セイテイノア6 間章 『役』
「おかえり。」
俺はのあ(彼女の名前はひらがなでのあと書くらしい)と少し話しをした後、家に帰宅すると、すでに母さんが帰宅して夕飯の用意をしていた。
容体は良くなったの?と外に出ていたことにはなにも言及してこない。
昔からこうなのだ。この人は。
放任主義というかなんというか。
心配していないことはないのだろうが。
だが今の俺にはその気遣いがとてもうれしかった。
なんせ、あんな突拍子もないことを急に話すわけにもいかない。
普通の人なら病院に入れられて終わりだ。
母さんなら話は聞いてくれるかもしれないが、まあまだいいだろう。
「良くなったから散歩に行ってきた。」
普段散歩などしないから苦しいか?
怪しまれるかもとも思ったが、ふーん、どうだった?と特に疑ってはいないようだ。
「別に、風が気持ちよかったよ。」
それはよかったわねという声とともに包丁で野菜を切る音が一定の間隔でリビングに響き渡る。
うちはいわゆる母子家庭で、母さん一人で俺を育ててきてくれた。
父さんの話は聞かない。
母さんは話そうともしないから今まで聞いたこともない。
どんな人だったのか気になり、自分で調べようともしたが、そのたびに母さんを傷つけることになるのではと思いやめていた。
「そういえば、さっき璃莉ちゃんが家まで来て今日の配布物持ってきてくれたわよ。」
璃莉が・・。
そんなことをしてくれるようなやつだったのか、意外だ。
家そんなに近いってわけではないだろうに。
一人っ子のはずだが、案外世話焼きなのだろうか。
今まであまり学校休んだことがなかったから知らなかった。
友人の新たな一面を見てしまい得した気分になっていると、ピンポーンと家のインターホンが鳴った。
ちょっと今手が離せないから、代わりに出てくれない?と台所から声が聞こえる。
俺はしかたなく玄関に向かう。
璃莉がまた戻ってきたのか?こんな時間に客人が我が家に訪れるなんて珍しいが。
時計の短針は7の数字を回り、最近暖かくなり始めてきたとはいっても未だに日が落ちるのは早く、外はもう真っ暗になっている。
そういえば今日の出来事もインターホンから始まったな。
俺は朝の如月と再会した際のあの不審感を隠そうともしない顔を思い出し笑みがこぼれる。
あそこからよくここまで仲良くなれたもんだ。
如月が家を訪問してきて、一緒にみかを探して、のあに殺されて。生き返って・・。
本当にこれらが今日一日で起こったことなんだよな。
そんな現実感のない出来事を思い起こしながら、はーいと今日で累計三回目の訪問に対し今度はやさしく、そっとドアを開けるのだが。
・・・あれ?
「誰もいない・・?」
いたずらか?
一応家の前の歩道まで出て周りを確認するが、だれかいるようには見えなかった。
「母さーん誰もいなかったー。」
「あら、いたずら?珍しいこともあるものね。」
いいことあるかもと言ってうふふと笑う。
いやそれはポジティブすぎだろ。
むしろ逆では?
俺もたいがい自分のことはポジティブな性格しているとは思っているが、母さんの天然も合わさったものを前にすると霞むな。
この親にしてこの子ありと言ったところか。
息子ながら心配になってくる。
「昨日新手のナンパ?のようなものもされたし困っちゃう。」
キャーっと派手に照れるようなしぐさをする。
母親のそのような姿を見せつけられるのもなかなかに来るものがあったが、そんなことより、ナンパ?
今ナンパと言ったか?こいつ。
思わずここまで育ててくれた自分の母親のことをこいつ呼ばわりしてしまった。
確かに自分で言うのもなんだが母さんは35という割にはきれいではあるとは思うが・・。
正気か?
いや待て、本当にそうであったか決めつけるのはまだ早い。
母さんはナンパ?と疑問形であった。
ポジティブすぎる母さんことだ。
おそらく道を聞かれたくらいをナンパだと言い張っている可能性が・・。
「ち、ちなみに相手の第一声って・・。」
「・・・?お姉さん、今時間ありますか?って。」
完全にナンパだー!
もうその常套句は完全にそれだ。
疑いようもない。
う、嘘だろ・・。
自分の母親が実際にナンパされたという事実を受け止めきれずその場にへなへなと崩れ落ちてしまう。
今日起こったなんやかんやがどうでもよくなってくる気さえする。
さすがにそこまではいかないか?
「あ。相手はどんなやつだったんだよ!」
俺は若干(若干というには少し表現がひかえめすぎたかもしれないが)前のめりになりながら母さんに詰め寄る。
「それがね、中学生。」
「へっ・・?」
中学生・・?
「なんじゃそりゃあ!!」
恐らくここ数年で一番の大声が出た。
こら近所迷惑でしょと当の本人はにこにこと機嫌よく鼻歌を交えながら料理を続けている。
俺の心配した気持ちを返してくれ。
どっと疲れた。
てっきり俺は母さんが再婚でもするのかと・・。
「で、その中学生がほんとに可愛くてー。ほんとはお話したかったんだけど、風邪を引いた乃庵が私を待ってる~って帰ってきちゃった。」
息子一筋な私をほめてとでも言いたげにこちらを見てくる。
「はいはい。ありがとうございます。」
はあ。
ほんとにこの人は心配するだけ損だということ痛感し、自分の部屋に向かうとたまった疲れのせいか沈み込むように寝てしまった。
目が覚めたのはすでに日が昇った後で、、机の上には弁当と昨日の夜ご飯だったはずのものが置かれていた。
夜ご飯を食べていなかったこともあり無性に腹がすいていたので食べようと手に取ると、一枚の紙が机から落ちた。
拾ってひっくり返して見ると文字が書かれていた。
手紙とはめずらしいと思い内容を読むと、『せっかく頑張って作ったのに何で食べてくれないの!ぷんぷん!』と横にかわいいイラストも添えて書かれてあった。
いやーきついっす。
勘弁してくれ。
まさかこれ外でもやってるわけじゃないよな?
せめて家の中で留めておいてくれと願いつつ、俺は朝食をおもむろに掻き込み、家を出た。
家を出たと言っても学校に行くわけではない。
昨日のあから頼まれた仕事とやらに行くのだ。
ほぼ待ち合わせ場所しか知らされておらず、とりあえず財布と携帯を持ってその場所に向かう。
もちろん今までの俺ならば平日の昼間は学校にいっていた。
健全な男子高校生は学校に通っているのが普通の時間帯だろう。
しかし、俺は普段の登校時間とは一回り遅い時間に家を出ている。
もう少し早い方が良かったようなのだが、登校中の他の学生(主に同じ学校の生徒)と出くわすことを恐れた小心者の頼みを受け入れてくれた。
ほとんど選択の余地なしのなし崩し的にこういうことになってしまったことへのせめてもの情けなのだろうか。
律儀に登校している他の学生には少し気がひけるというかずるをしているような気もする。
この事実を知られると学校休めるとかいいなー、俺も休みたーいなどを思う輩もいるだろう。
しかし俺は正直学校の成績が気になって気が気でなかった。
もちろん多少の優越感はあったが、基本俺は今まで無遅刻無さぼりのまじめちゃんなのだ。
幸い給料はあるようなのだが、ただでさえ学校の成績が振るっていないのにさぼりだなんて。
学生の本分は勉強だという文言はどこへやら。
人命がかかっているとはいえこれをそのまま学校に説明するのもなあ。
いったい学校にどう釈明しようかと頭を悩ませながら指定された場所にいくと、すでにのあは到着し、おもむろに携帯をいじっていた。
ものすごいタイピングスピードで何かを打ち込んでいる。
いや、ほんとに速いな。
最近のjkにも負けず劣らずのスピードである。
若い女性はこれがデフォなのか?
のあが何歳なのかは知らないが、きれいな容姿も合間見合って見た目は20歳前半のように見える。
あまり女性に年齢を聞くのもよくないというし、年齢を訪ねたくなるのをぐっとこらえ(さすがに第一声が年齢は前提差し置いてもまずいので)、無難なあいさつを選択する。
「のあさん、おはようございます。」
すると、彼女はいじっていた携帯を閉じ、代わりに口を、第一声を開いた。
「じゃあ、仕事を始めるよ。」
「え!?いきなりですか?」
俺が第一声を色々気にしたのに対し、この人はお構いなしにずかずか入ってきたな。
まず説明とかないんですか?
あいさつとまではいかなくてもせめて仕事の内容とか持ち物とか、何も知らされていないんだが?
「いきなりってなに?なにか先に聞きたいことでもあった?」
「いや、むしろありすぎて困ってるくらいですけど。」
決して談笑がしたかったわけではないが、なにかもう少し仲を深めるなにかがあるものだと思っていた。
これから一緒に仕事をする仲だし。
どうやら彼女はそのようなことを好む性格ではないようだ。
ここで俺はどれを質問するか少し考えた後、気になっていたことを聞いてみた。。
「なんでここが待ち合わせ場所なんですか?」
そう。ここはあの廃神社だった。
「なぜって君も私も知っている場所だろう?それにここは周りの目もなく、静かでなにかと都合がいい。」
よくこのような場所を見つけたもんだよと言う。
それはあの男に対していったのだろうか?
あの不吉なオーラをまとって賽銭箱の上に座っていた男。
彼はなんの目的で動いているのだろう。
「ああ、彼はもうここにはいないよ。」
俺の不安そうな表情を読み取ったのかそんな見透かしたような発言をする。
「君も見た通りここにいた彼は殺したからね。結界も新たに貼りなおしてあるし、しばらくは安全だろう。」
君も結界の強さは自分で体感したんじゃないかな?と続ける。
昨日みかを探しにこの神社に向かったときにあった結界は彼女のものだったのか。
確かにどうしようもなかった。
「さて、質問は以上かな?それじゃ仕事に移ろう。」
隙あらば仕事に移ろうとしてくるな。
どれだけ仕事人間なんだ。
「仕事の内容については君が昨日見せた通りのことをすればいい。亜人になってしまった者を人間にもどす、ただそれだけだ。それ以外のことは私がやるから。」
「ちょ、ちょっとまってください!人間に戻すっていったって俺だってなにが起こったかわかっていないんですよ?確実に戻せる保障もしかねます。」
あのときはたまたま奇跡が重なって戻ったのかもしれないし、もしかしたらみか自身の力かもしれない。
「そのときはまた方法を考える。あれは君の力で間違いないよ。どうすればその力を使えるようになるのか二人で探りあっていこうじゃないか。」
最悪あのときの状況を再現すればいいと簡単そうに言うが、いやそれ俺死んでるんですけど。
次も生き返れる保証はないぞ?
「じゃあ、患者のところに行こう。」
納得しかね、いやしかし、ですが、とねばる俺をひょいと米俵のように担ぎ上げ、膝を曲げたかと思うと、次の瞬間俺は空を飛んでいた。
空を飛びたいと思ったことは何回かあるけれど、それはあくまで鳥のように飛びたいのであって、自身がロケットになって飛ぶのはなにか違うなと思った。
着いたよと意識の飛びかけていた俺を起こし、彼女は肩から下ろした。
意外にも着陸の際はあまり振動を感じなかった。
意識を失いかけていたおかげかだろうか。
まったくとんだアトラクションだ。
いや飛ぶアトラクションか?
俺は乱暴な移動方法に悪態をつきながらも周りを見回す。
どうやら公園のようだが・・。
遠くのベンチに一人腰掛ける少女とその横にもう一人、家族だろうか。
少女のほうは小学校高学年くらいか?
水色のランドセルを片脇に置き若干俯いている。
最近のランドセルは様々な色があるんだなと思いつつも、この時間は学校があるはずだがどうしてこんなところに、と自分のことは棚に上げて心配になる。
もう一人は高校生くらいの女性で、少女をなにか気にかけているようだった。
「彼女が今回の患者。今は大丈夫そうだけど、またいつ暴れ出すかわからないから気を付けてね。」
そう言って二人の方を指さすのあであったが、俺はどっちのことかわからず困惑する。
「ああ、左の子ね。」
もしかして二人ともなのかと最悪のパターンを考えていた俺に気づいたのかちゃんとわかるように補足をしてくれる。
右の高校生はのあを見つけるとベンチから立ち上がり駆け寄ってきた。
「のあさーん!待ちくたびれましたよー。」
彼女の方はまったく子守も楽じゃないんですからと妙に親しげだが、のあはどこかドライだった。
「彼女は昔亜人だった人の一人だ。私が治すのに協力したんだが、それ以来こんな感じだ。」
べたべたとスキンシップを取ってくる彼女を鬱陶しそうに払いながら説明してくれる。
「だれですか?この男。」
彼女はなんとかのあに触れようとしばらく悪戦苦闘した後、のあの後ろにいた俺の存在にやっと気づいたのか若干とげのある言い方で尋ねる。
「彼は私の助手だ。」
「えー!!今まで誰もいなかったじゃないですか!私のことはあんなに助手にしてくれなかったのに!!」
キッと俺に鋭い目線が向けられる。
そんなに敵意を向けられましても・・。
文句は目の前にいる彼女に言ってくれ。
当の本人ははあ~と深いため息をついて心底めんどくさそうだ。
いや、あなたが解決してくれないとどうしようもないんですが?
「彼は神代乃庵。亜人化してしまった人間を元に戻すことができる。ついでに不死身だ。」
「え、本当ですか?それ。」
俺に向けられていた視線が敵意から懐疑的な物へと変わる。
「じゃあ彼がいつも亜人化した人を治して回っていた例の人ってことですか?」
「いや、やつはもう出てこない。」
「ちょうど前の亜人化を治す人が姿を見せなくなったと思ったらすぐに二代目が姿を現したと・・。」
彼女は不信感を隠そうともしない。
まあタイミングとしてはできすぎだとは自分でも思うが。
「じゃあ、彼は空いた穴の代用ってことですか?」
「そういうこと。」
なんかひどい言われをされているような気がするのだが。
そういうことはせめて本人の耳に入らないところでやってほしいものだ。
「殺しても生き返るんですか?」
「少なくとも私が一回殺しても死ななかった。」
へえーと言いながら彼女は俺に目を向ける。
いや、目に光が灯っていないんですが?
怖すぎる。
興味本位で殺さないでくれよ?
ちゃんと痛みだってあるし、また生き返れる保証もないんだから。
「私は真木陽子。言っとくけどのあさんは渡さないから。」
俺の身体を下から上に品定めするかのように見た後、よろしくのよの字を返す暇もない吐き捨てたような自己紹介をされた。
俺は初対面の人からの好感度を最低値からスタートするという力も持っているのかもしれないと思えてきた。
こいつはダメだと思い、すっかりほったらかしにされていた少女のほうに目を向け、声をかける。
しかし、反応はない。
あれ・・まさかほんとに?
「華音ちゃんのことは今はそっとしておいてあげて。」
ついに子どもにもか・・と肩を落としていた俺に真木さんが横から声を投げかける。
「華音ちゃんは昨日家で亜人化しかけて家族が重症になっちゃって、恐怖と罪悪感でふさぎ込んでいるの。」
のあさんが間に合わなかったらどうなっていたことかとつぶやく。
昨日この子のことも救っていたのか、この人は。
忙しないな。
自分の家族をだなんて、実際に自分に起こったと想像すると震える。
そうだ、今俺が向き合っている問題は今現実を襲っている深刻なものなんだ。
実際に目の当たりにするまで現実感がなかった。
正直今まで世界のどこかで飢饉が起こったり、テロが起こったのを四角い画面を通してみているぐらいの気持ちだった。
こんなことがこの街で起こっているなんて。
実際にみかが危害を加えているシーンを見ていなかったからと言って、認識が甘かったのかもしれない。
「それで、どう?治せそう?」
「え、ああ。それは、やってみないとわからないですけど。」
「じゃあとりあえずやってみて。」
俺はやり方も何も知らないし、覚えてもいないが、とりあえずどこぞの霊媒師のごとく手のひらを構え念のようなものを送ってみる。
不思議な力といったらまずこれだろうと思い、いつかテレビで見た動きを見様見真似で続ける。
・・・。
これであっているのか?
見たところ効いているようには見えないが。
後ろでひそひそと真木がのあに耳打ちしているのがかすかに聞こえてくる。
詐欺師かなんかじゃないんですかこいつ、と。
聞こえてますよー。
どちらかと言えばお隣の今話しかけている人が詐欺師ですと突っ込みたくなる。
まあそれは、もし俺が本当は力を持っていなくて騙されているとしたらの話だが、しかしそれも今となっては本当に俺は騙されているんじゃないかとすら思えてきた。
だって何も感じないんだもん。
今こうして力を引き出そうとしてる本人が。
半ば無理やり連れてこられていきなり本番で、笑われるとかどんな嫌がらせだよ。
背後で勝手に上げられたハードルが勝手に下がっていくのがはっきりとわかる。
過度な期待ほどつらいものはないとはいうが、俺自身もそうだと思う。
クラスで一回いい点を取ってしまったがゆえに周りから頭がいい人だと認知されてしまい引くに引けなり破滅した者。親からの期待の圧に負け、ぐれてしまった者。
俺が知っているだけでも様々だ。
期待する方も圧をかけてやろうと思ってしているわけではないだろうが、無自覚が故に恐ろしい。
期待をかけられている当人の責任感が強ければ強いほど。
各いう俺はどうなのかというと、見た通り適当な人間なので過度な期待をかけられてもあまり考え詰めるようなことはない。
勝手に期待した方が悪いだろ馬鹿が。ざまーみろ、と。
さすがにそこまでは過激かもしれないがまあ少なからずそのようなことは思っている。
とはいえ俺も絶対に期待を裏切ってやろうという逆張り精神で動いているわけではなく、もちろん期待にはできるだけこたえてやりたいとは思っている。
思ってはいるのだが。
今回のこれはどうしてやればいい?
どうすればこの子を救える?
あのときの俺はなにをしたんだ。
どうすればいい。
最悪あの時の状況を再現すればいい。
のあの言葉が蘇る。
もう本当にそれしかないのか・・?
本当に俺が死ねば亜人化は治るのか?
本当に・・。
「できない?」
いつのまにかのあは耳元まで寄ってきていた。
俺はその言葉に小さくはいと答えることしかできなかった。
のあはそのまま人形のように動かない少女をじろじろと眺める。
「まあ、時間はまだ余裕があるから色々試してみなよ。私は少し用事で抜けるけど真木を置いていくからなにかあったら彼女に頼って。」
そう言ってかがんでいた背格好を元に戻し、開いていた携帯を閉じる。
そして、君が今考えていることは最終手段だから。ちゃんと吟味してね。と。
そんな見透かしたような言葉を残し、また彼女は俺の前から姿を消した。
また誰かを救いにいったのだろうか。
俺の中での彼女の評価は昨日までのそれとはすっかり変わってしまっていた。
昨日ちゃんと話してみてわかった。
この人は薄情に見えて意外と情に厚い人だと。
少なくともあの不吉な男よりは断然信用できる。
彼女は本気でこの街を一人で救うつもりなのだろうか。
いつかの映画でそのような人物を見たが、確かあれは、スーパーマンだったか?
彼のような超人でもすべてを救うことはできないというのに、彼女一人では限度があるだろう。
人間である以上、限界はある。
睡眠はとらないといけないだろうし、適度な休憩や食事も必要だ。
この人、真木さんのようなサポートの人も連絡をこまめにとっていることから仲間は何人かいるにはいるのだろうが。
それはどのぐらいなのだろう。
今になって彼女の言う仕事とやらに興味がわいてきた。
今朝までは無理やり連れてこられただけであまり興味はもっていなかったというのに。
ふと、その仕事仲間とやら(自称)の真木に目を向けると、彼女は少女の横に座っていた。
ご飯は大丈夫?など少女を心配する声が聞こえる。
俺にもその優しさを100分の1でも分けてほしいところなのだが。
その様子を見ている俺の視線に気づいたのか、真木がベンチから立ち上がり、俺の方に寄ってくる。
「君、もしのあさんを騙しているんだったら殺すから。そうじゃないんだったら早く治し方を見つけて。」
すごい剣幕でまくしたてる。
「のあさんはまだ時間があるって言っていたけど、正直もうこの子はなにがきっかけで溢れ出すかわからない状態なの。」
だから勝手なことはしないでよね、と。
勝手なこと。
今俺はその勝手なことすら思いついていない。
何をすればいいのかがわからない。
早く治せと言われてもどうしようもないのが現状だ。
せめてもう少しのあさんから昨日の時の状況を聞いておくべきだったか?
芦塚、あ、いや如月だったか、から聞くという方法もあるが、今どこにいるかがわからないし、そもそもそんなことをしている時間もないかもしれない。
とりあえず昨日の状況をひたすらに再現するしかないか?
「真木さん、少女の身体に触れていいですか?」
「は?」
ただでさえ冷たかった俺を見る目線が、家畜を見るような目に変わる。
今にも解体作業に入りそうな勢いだ。
そこで俺は自分のした発言の危うさに気づく。
「いやいやいや、違います違いますよ?別に決してそういう目的で触れたいってことじゃなくて、別に触れるのならどこでもよくて、あーいやこれもなんか危ないな。とりあえず、昨日の状況の再現がしたいってだけで、やましい気持ちは一切ないです。はい。神に誓って。」
ものすごい早口で自分の無罪を主張しながら、こちらに無言で近づいてくる彼女をなだめようとする。
ここまで自分が早口でまくしたてられることに正直驚いた。
早口言葉を言う時ですら(実際に言えていたかは置いておいて)ここまで早くはなかっただろう。
人間自分の命がかかるとここまで本領発揮できるものなのか。
「昨日奇跡的に治った時は患者の身体に触れていたってこと?」
ようやく彼女の足は止まったが、未だに不信感を露わにしながら聞いてくる。
「はい。自分でもどうやって治したかわからないんでとりあえず昨日の状況を再現すればなにか変わるかなと思いまして。」
何故か丁寧な言葉遣いになってしまうな。
喉元にナイフを常に突きつけられているような状態だからだろうか。
「勝手にしたら。」
彼女も俺の丁寧な言葉遣いに感激したのか少女の身体に触れることを許可してくれた。
背後からの痛いほどの視線を感じつつも少女に近づく。
とりあえず手、かな?一番無難なところは。
少女にも触れていいか許可を求めるが反応はない。
反応はないが、いいのか?
まあ保護者的な彼女に許可はもらっているし、これはあくまで実験だから。
そう思い、少女の手に触れるが。
・・・。
特に何も起こらないな。
手を触れることは条件ではないとわかり、身体の部位によって違ったりするのか?と思考をめぐらせていると、ふとなにか少女が口を開いた、ような気がした。
「・・・ないで。」
やはりぼそぼそとなにか言っている。
「真木さん!なにか話してます!」
彼女に報告しようとふり向いた瞬間。
「#◎%$※■!?」
背後から今まで打って変わった声が聞こえた。
さっきまでしていた今にも消え入りそうな声ではなく、人間のものとは思えない金切り音。
その現象の全貌を把握しようと顔を正面に戻そうとしたところに俺は胸に鋭い痛みを感じた。
いつの間にか少女の手が俺の胸を貫いていたのだ。
血が決壊した河川のように流れ出す。
それを冷静に見ながら、だんだん意識が遠くなるのを感じていた。
少女の目からは光が消えており、背後から叫ぶ女性の声が微かに聞こえる。
結局これになるのか。
ちゃんと吟味したかどうかは怪しいところだけど、自殺する勇気のない俺には検証方法としてはピッタリだろう。
これでだめならやはりあれは俺の力でなかったということで、ただ俺という一般人が死ぬというだけ。
もしそうでなかったとしたら・・。
そこまで考えたところで、意識を失った。
二日で二回も死ぬとは。
ヴァンパイアもフェニックスもこの頻度にはびっくりだろう。
このままいけば一日一回の死がノルマになるのか?
そう、なぜ俺がこんなに悠長に思考しているのかというと、どうやら生き返ってしまったらしい。
もう言い逃れができなくなってしまった。
どうやら俺は本当に不死身で、亜人化してしまった人も元に戻せるようだ。
俺の膝上で寝ている少女を見ながら思う。
この子が救われて良かった。
俺はこれから本当に忙しく、つらいことがあるかもしれないが、俺のおかげで救われた人がいる事実だけが俺を俺たらしめ、救ってくれることだろう。
俺は動かせない下半身の代わりに首を動かして真木さんを探す。
すると、案外すぐに見つかった。
のあを呼びに行ってたりするものかと思っていたが。
彼女は信じられないといった様子でこちらを凝視していた。
自分の崇拝している人が言っていたことでもどうしても信じられないことがあるようで、ちゃんと自分の意思があることに安堵する。
「この後はどうするんですか?」
「君その力どうやって・・。」
「どんな感じでした?俺が死んでいるとき。」
「どんな感じって、まるで違う人が乗り移ったかのような。」
違う人?
「どんな人ですか?」
「姿形は君そのものだけど、身体が妙に発光してて・・・。
なんか、なんというかあれはまるで、神のような・・。」
君は本当に人間なのか?と。
確かに死がない人間は果たして人間と言えるのかと言う問題はあるが、まあ、今こうして人の形を保っているのだから人間ということにしていいだろう。
母親もちゃんといることだし。
手を開いて閉じてを繰り返してみる。
よし、身体に異常はない。
肩を回したりしてもいつも通り、自分の思うように動かせる。
「うん・・。」
起こしてしまったか?
確認のためとは少し激しく動かしすぎてしまったかもしれない。
膝の上で寝ていた少女が目をこすりながら身体を起こす。
何が起こったのかわかっていないのか、周りをきょろきょろしている。
そして俺の膝の上で寝ていたことにようやく気づいたが、それよりどうして俺が無事なのかの方が気になっているようだ。
その証拠に俺の胸と自分の腕を交互に見つめている。
一応あのときも意識はあったんだな、と思いつつもあの声を思い出し、ギャップで笑いそうになる。
「このおにーさんが助けてくれたんだよ。」
困惑している少女に対し、彼女がさっきまで自分も同じ立場だったというのにそんなそぶりは一切見せず優しい口調で話しかける。
自分より慌てている人を見ると逆に落ち着く的なあれだろうか。
「もうその病気は治してもらったから、安心して。ほら、おにーさんに礼いおっか。」
「あ、ありがとう。」
手のひら返しすごいなーなどと愚かにも考えていた頭がその一言で一瞬で埋め尽くされた。
あーしみわたる。
子どもからの感謝ほど身に染みることはないわー。
なにかつらいことがあったらこれからこれを思い出そう。
欲を言えば録音して常に聞き直せるようにしておいてほしい。
さすがにそれをお願いするとここで上がった株が垂直落下して深海まで到達しかねないので言えないが、本当にそれくらい効いた。
自分の命を懸けてよかったと。
まあ結果的に命が懸かってしまったようなものなのだが、どちらにしろ最後には同じ結末になっていただろう。
そう信じたい。
俺は自分の命惜しさにこんな子どもを放置して逃げるような人じゃないよな?
・・・。
いや、これ以上考えるのはやめよう。
結果的にこのハッピーエンドになっているんだからわざわざ自滅することもあるまい。
俺がそんな負のループに入りかけていたところに彼女が声をかける。
「私はこれからのあさんに報告して、この子は親のところに連れていくけど、君はどうするの?のあさんからなにか指示がある?」
いや、ないですけどと答えるが、なぜか彼女は動かない。
その後気まずい沈黙が続いたと思うとやっと彼女が口を開いた。
華音ちゃんを助けてくれてありがとう、と。
そんならしくない言葉を去り際に吐いて、彼女は少女を連れ公園から出ていった。
少女も去り際にまたねーと振り返り、手を振ってくる。
真木さんに手を引かれ歩くその様子を見て、まるで姉妹だなと思ってしまった。
ほほえましい光景。
そんな変哲のない日常。
しばらくベンチに座ったままでいると、俺はこれを守れたんだなという実感が沸々と湧いてきた。
それに真木さんのあのセリフ、少しは認めてくれたということだろう。
初日の仕事だということもあってか、あまりの達成感に自然と笑みが漏れてしまった。
そうだ、俺には人々を救う力がある。
俺がヒーローになれるんだ。
小さい時から憧れないことはなかった。
誰もが一回は想像はしたことはあるだろう。
教室に凶悪犯が入ってくるがそれを自分が撃退、クラスでヒーローにというシナリオを。
それが今現実になりつつある。
そのなんとも言い難い高揚感と背徳感に酔いしれていたとき、ふいに頭に痛みが走った。
なんだ?
一瞬の痛みだったが。
疲れているのか?
まああんな力を使ったことだしありえないわけではないが、意図的に使ったわけでもないのにちゃんと消費されるのだろうか。
そういえば、あの力は一日に何回使えるんだ?
これからもっと自分の力について知っていかないといけないのだが、いったいどう実験したものか。
自分の力の実験のしづらさを痛感する。
自分の命がかかっているから迂闊なことはできないし、ぶっつけ本番で毎回本当に死ぬかもしれない恐怖を味わいながらやるしかないのか?
もっと安全にこの力を試すことはできないだろうかと考えてみるが、良い考えはとっさには思いつかない。
明日のあにでも聞いてみるか。
いったんこの議題は保留として、時間はまだ昼前。
身体に疲れも溜まっているかもしれないから念を入れて今日は帰宅するか。
帰宅中も保留とは言ったが、やはり頭から離れずふと考えてしまう。
それにしても考えないといけないことが多すぎる。
それだけこの界隈が一般人にとって未知数で未開拓ということなのだろうが。
・・・そういえば今日の昼ごはんどうするかな。
少し豪華にしても罰は当たらないよな?
仕事初回を乗り越えた自分へのご褒美として豪勢な昼食はなにが良いか考えながら道を歩く。
さながら社会人の初任給をもらったような感覚だ。
スイーツでも買って帰るか?それともちょっと高い肉でも買って帰るか?
いや回転ずしに行くのも捨てがたい・・。
悩ましい・・。
「・・・あん、神代乃庵」
ん?
誰か俺を呼んだか?
頭の中で考えていた妄想が泡を立てて弾けて消える。
何回目かの時にようやく自分が呼ばれていることに気づく。
やべっ、知り合いか!?
その瞬間、俺は今すぐにでも振り返らず全力疾走したかった。
しかし、顔を確認しないことには後々口封じもできないと思い、ぎぎぎと油のさされていない機械のようなぎこちない動作で振り向くと、そこには中学生が立っていた。
予想もしていなかった呼び人に一瞬思考がフリーズする。
なんでこんな時間に。
不登校児か?
背格好は完全に子どものそれだし、さっきの子よりは男の子だから大きいが、なにより着ている服が中学校の制服なので間違いない。
俺の通っていた中学の制服。
なんだ?俺の雄姿は俺の通っている高校を超えて母校の中学にまで轟いたのか?この短期間で。
まだあれから30分ほどしかたっておらず、絶対にそんなことはないのだが、そんなうぬぼれたことを考えてしまうほど舞い上がっていたことは認めよう。
しかし、口角の若干上がって浮ついた表情をしているだろう俺に中学生が次に放った言葉でそんな考えは一瞬で払しょくされた。
「母さんを返せ。」
どうやら今日はまだまだ長くなるらしい。




