セイテイノア4
「お前も知らないのか・・?」
まったく知らない男から浴びせられたその言葉に女は怪訝そうな顔をする。
どうやら本当に俺のことは覚えていないようだ。
「この家に今いる人ならこの人の行方を知っていると聞いたから来たんですけど。」
その小さい声の主はじりじりと距離を詰めていく俺に対し明らかに警戒心を抱き始めた。
「いったい誰から・・。」
俺が一歩踏み出すたびに彼女も一歩下がる。
「知りません。なんかわけのわかんない男が聞き込みしてたら寄ってきて・・。」
「どんな見た目してた!?」
俺は女のその発言につい熱が入り、肩を掴もうとしてしまう。
しかしすぐに我に返り、すぐに手を引こうとしたがすでに遅かった。
宙に浮いていた両手はものすごい力で掴まれ、締め上げられていた。
「い、痛い痛い!ギブギブ!俺が悪かった!!」
俺はものすごい早口で謝罪の言葉を述べる。
そういえば忘れていた。
こいつは俺よりも、というかそんなじゃそこらのやつじゃかなわないほどの力を持っていると。
「やっぱり嘘だったんだ。これだから男は。」
そう言ってやっと離された手を抑えながら座り込む俺を横目に怒りを隠そうともせず去ろうとする。
「ま、待て!」
俺はおもむろに声を上げていた。
さっきまであんなに関わること嫌がっていたというのに。
「お前が探してる人っていうのは、海峰みかってやつだろ?」
俺がその言葉を吐いた途端、歩いていた足がぴたりと止まった。
「ずいぶん男嫌いなようだな。みかにはあんなにべたべただったのに、沙奈ちゃん。」
女がこちらを振り返り、俺を見る。
その時の顔は目が見開かれ、その表情は驚きのような、恥ずかしさのような。
つかつかとこちらに近づいてくるがその手にはあのときと同じカッターやハサミが握られていた。
なんとか彼女をつなぎとめることには成功したが、俺はこれから殺されるのかもしれない。
なんとか彼女には殺されずにすんだ。
情報を吐かないと殺すと凄まれ、命からがらした命乞いの際につい海峰の所在がわかるかもと口走ってしまってよかった。
みかのことはストーカーしたこともある!だからどこにいるかもしかしたらわかるかもしれない!と。
・・・。
まあ、隠し事は良くないしな。
その時の彼女の顔は忘れられそうもないが、そのおかげでこうして命があり、こいつの海峰の捜索にも参加できるのだから贅沢は言ってられない。
それに戦う力が手に入ったのはかなりでかい。
もし俺一人で海峰を見つけたとしてもただ飛び回るハエを叩くかの如く返り討ちにされるだろう。
彼女の戦闘力がどれくらいあるのかはわからないが、少なくともそっち方面では俺よりずっと頼りになる。
好感度がこんな最底辺からスタートして果たして協力ができるのかどうかという問題はあるが。
尋問の際に、俺がなぜ彼女のことを知っていたのかも話したのだが、彼女はこの話を聞いてもなお俺のことを思い出せなかったようだった。
これは自分の影の薄さを恨むべきなのか、それとも彼女の記憶力や注意力のなさを指摘するべきなのだろうか。
どちらもか?
いやあの時は状況が状況だった致し方ないことだ。決してお互いに非があったわけではない。
そういうことにしておこう。
それはそれとして、海峰みかの行方、か。
どうしたものか・・。
命惜しさにわかるかもと豪語して助かったのはいいが、正直皆目見当もついていなかった。
彼女は海峰と親密な関係のようだし、そんな奴が知らなくて俺が知っていそうな場所はというと・・。
あるか?
とりあえず情報がなければ始まらないと思い、彼女に質問しようとしたところで異変に気付く。
「あ、あのーなんか遠くない?」
俺が近づこうと足を一歩踏み出すとその分彼女は一歩下がる。
そういえばさっきも。
どうやら男嫌いからそれは来ているようなのだが、それはかなりのものなようで話しをするときも一定の距離をずっと保ったままだった。
その一定の距離も1mやそこらではなく、軽く5mは離れていた。
傍から見るとややシュールな絵面になっていたことだろう。
これは男嫌いの度を越えているのでは?
まあ年頃の女の子はこれくらいの危機意識があったほうがと思ったが、そういえば彼女俺を赤子の手をひねるかのごとく簡単にぼこぼこにしてたな。
じゃあなんの距離なんだこれは。
心の距離か?
・・・。
これ以上は自分で分析していて悲しくなってくるからやめたほうがいいかもしれない。
俺は自分も利用しているみたいなものだしお互い様かと開き直り、気にすることをいったんやめてどうにかその距離で彼女と会話を試みてみると、いろいろなことが新たにわかった。
俺の家の住所と情報は通りすがりの男から聞いたらしく、そして海峰はどうやら治してもらえなかったということ。
つまりそれは海峰はあの危険な状態でこの街に解き放たれたということが確定したことであり、早急になんとかしなければならない。
いつ暴れ出してもおかしくない。
爆弾が街の何処かに置かれているようなものだ。
彼女に一応聞いてみると当然海峰を殺すことはできないようで、海峰を見つけたとしてその処遇をどうするかで殺すことを挙げると「ありえない。」と強制的に打ち切られた。
そのため、なんとしてでもあの女より先に見つけなければならない。
死神・・・ね。
「芦塚はどこら辺まで探したんだ?」
怒りがやっと収まって来たのかだんだん落ち着いてきた。
悪態とともに口数も減り、次第に顔が俯いていく。
恐らくこっちが本来の芦塚なのだろう。
静かというか陰気というか。
話を聞いている最中で苗字も明かしてくれた。
しかしその経緯が俺が話を振ろうとするたびに呼び方につまっていたから仕方なくしぶしぶという感じで、名前を呼ぶたびにぴくりと肩を震わせる。
そんなに嫌なら教えなければよかったのにと思わなくもないが、下の名前だけを親しくない相手に知られているというのは俺が思ってるよりもつらいのかもしれないとなんとかわからない心情を理解しようとする。
「どこら辺って?」
「みかを探した範囲だよ。みかの行きそうなところはあらかた全部回っちまったんだろ?」
「あ、いやまだ家ぐらいで・・。」
ん?
何故か急に受け答えが曖昧になり、声も尻すぼみに小さくなっていく。
ただでさえ声小さい上に距離も離れているというのに、これでは聞こえない。
さっきまでのヒステリックな金切声は何処に行ったんだよ。
「家だけ!?みかが行方不明になったのは三日前なんだよな?じゃあその間何してたんだよ。」
「その間はずっと聞き込みを・・。」
え、普通順番逆じゃないか?
「聞き込みって、その絵を持ってってことか?」
はいと小さな声で頷く。
・・・。
さっきまで圧にビビっていたが、もしかして相当なポンコツちゃんなのではないだろうか?
普通聞き込みが最後の手段だし、その絵のクオリティじゃあ誰もわからないだろうし。
この三日間なにもしてないのと同義じゃないかそれでは。
「え、えーと。それじゃあまず、みかがいそうなところ手分けして探そうか。」
何故か声と口調が勝手に迷子の子どもを諭すときのようになってしまった。
内気な芦塚も露骨に嫌そうな顔をし、また一歩俺から遠ざかる。
そんなつもりはなかったんだがつい・・。
協力するのはまだまだ時間がかかりそうだ。
「そういえばその治してくれるってやつはどんなやつだったんだ?」
目的地に歩いて向かいながら何mか後ろを歩く芦塚に質問する。
結局手分けは無しになった。
もし俺が海峰を見つけたとしてなにができるの?だと。
ごもっともな意見で。
そのため俺らは二人で海峰の居そうなところを歩いて回っているのだった。
「それが、来なくて・・。」
来なかった?
「どういうことだ?勝手に来るんじゃなかったのかよ。」
少なくともあの女はそんなことを言っていたが。
「そのはずだったんだけど。」
来るまでずっと待って、朝まで待っていたがいつの間にか寝てしまって起きたら海峰はもういなかったそうだ。
寝てしまっている間に来て治したとかはあるか?
いや、だとすると学校に普通に来てるだろうし、家にいないのもおかしい。
やはりどうしたって希望的憶測にはすがれなさそうだ。
しかし、少なくともニュースになっているものではここ3日でこの辺りでの殺人事件は起きていない。物騒なものと言えば行方不明の一件しかないが、今のみかはあの日見た状態のままだとすると誰かを攫うというよりは殺しそうで関係は薄そうである。
そのため今は別の場所に向かっていた。
昨日の神社跡だ。
俺はその場所とあの神社跡ぐらいしかみかの手掛かりが手に入りそうな場所を知らない。
新たに手に入った戦闘要員に少し気が大きくなっているのか、あまり恐怖感は感じていなかった。
ずんずんと自分でも驚くほどに歩を進めていく。
あの神社跡は人があまり寄り付かなく、隠れる場所としては絶好の場所だ。
あの男と鉢合わせる可能性はあるが、緊急事態だ。しかたあるまい。
こっちには心強い味方がいるしな。
芦塚がいったいどれほど強いのかはわからないが、あの女くらいはあるのかな?
正直こいつらが人間の常識を逸脱しすぎていて違いがよくわからない。
彼女とあの男は互角?っぽいように見えたが、海峰と彼女では彼女が一方的だった。
やはり力量差はあるようなのだが、よくわからない。
まったく興味のないスポーツを観戦するようなものだろうか。
とそこで、彼女と鉢合わせる可能性も浮上してくるが、それならそれで彼女を説得することができたなら完璧だと思って割り切ることした。
意思は固そうだったが、どうなるか。
問題はこの二つに行っても何も手掛かりが見つけられなかった場合だ。
海峰が家に帰る前に寄り道をするルートしか残っていないが、そのくらいもう探しているだろうし、これだけ見つからなくて音沙汰がないとなると、そんな単純な場所に隠れているとは思えない。
このままでは芦塚に用済みと埋められてしまう様子が容易に想像でき冷汗が流れる。
ただでさえ俺の移動のペースに合わせてもらっているというのに。
なんとか手柄を立てなければ。
「そういえばあの女とはどうやって知り合ったんだ?」
「あの女って?」
「ほらあのみかを捕えた人。」
「ああ、あの人。なんか向こうから勝手に会いに来た。」
誰にでもああなのかあの人は。
「どのくらい知ってるんだ?」
「いえ、特には。みかを見つけるのを手伝ってくれるというから連絡先を交換していただけです。」
個人的にあの人のことには興味があったのだが、芦塚もあまり詳しく知らないらしい。
あの男との関係など知りたいことは山ほどあったがしかたない。
「今連絡はできないのか?」
「もう消しました。」
連絡先を持っているということで、こちらからあの女に鑑賞できる方法が見つかり使えそうだなと思った反面、彼女からのその言葉に俺は思わず「なんで!?」と声を荒げてしまう。
その瞬間、芦塚が顔を背け、手のひらををこちらに向けた。
・・・?
なにをしているんだ?
両手を顔の横に置き、まるでそれはなにかから顔を守っているようにも見えた。
「あのーどうかされましたか?」
俺のおーいという呼び声で恐る恐ると言った具合でこちらに向けた手の間から俺の様子を確認する彼女。
いったいなんだというのだ。
俺の後ろに誰かいたりでもするのか?
まさかそんなべたなホラー展開あるわけと思いつつも俺はゆっくり後ろを振り返るが、当然そこにはなになく、ただ住宅と道を分けるブロック塀があるだけだ。
「え、得体のしれない人の連絡先なんて残しておきたくないから。」
なにもないではないかと俺が視線を戻すと彼女は何事もなかったかのように態勢を戻し、寸とした態度で話を戻す。
いやいやいや、今のなに!?
「別に必要ないでしょ。だってもう敵なんだから。」
私はみかを取り戻すためならなんだってする、と。
言っていることの意味はわかるのだが、やばい。
さっきの行動の意味が知りたすぎてなにも話が入って来ない。
なんでえこいつはあの奇行を何もなかったことにしようとしてるの?
俺が気づいてないと思ってる?
もしかして俺をビビらせるための一芸?
これが彼女流のコミュニケーションの一つだとでもいうつもりなんだろうか。
わからない・・。
だが、あまりに自然に話を続けるものだから流れてしまって聞ける雰囲気でもない・・・。
しかし俺はあの動きを見たことがあった。
あれは璃莉と初めて会ったときだったか?路上で知らない男と口論になり手を振り上げられたときこの動きをしていたように思う。
あのときの璃莉はまだ荒れていたが、あれは咄嗟の防衛反応だろうか。
殴られると思ったから顔を守ったと。
それを基に考えると芦塚も先ほど殴られると思ったから顔を守ったということになるが、俺は少し大きな声が出ちゃっただけだし手も動いてはいなかったと思う。
道の反対側を歩く彼女を見る。
特にこれといった変なところは見えないが、確か初めに彼女は男嫌いと言っていた。
それはただ単に俺が信用できないから言っているのかと思っていたが。
・・・まあ、人は一つくらいなにか暗いものを抱えているものだ。
詮索はよそう。
ん?
おっと。考え事をしていたら道を間違えてしまったようだ。
少し入り組んでたからとはいえ昨日のことを俺としたことが。
それにしても敵・・か。その言葉に俺はひどい違和感を覚えた。
海峰みかを助けたい芦塚と海峰みかを殺したい女。
あの死神が海峰を殺すのはおそらく市民のためだろう。他の犠牲者を出さないように。
最大多数の幸福という意味では死神の方が正しいのだろう。
しかし海峰を助けたいと願う彼女は・・・、彼女のあのときの笑顔は、悪だろうか・・・。
果たしてどちらが敵なのか。
否、どちらも敵ではないのだろう。
あるとするならばあの病気だ。
あれはいったいいつからあって、どこからやってきたのだ。
なぜ大きく報道されないんだ?
いったん考え出すと疑問が次から次へと湧いてくる。
まだ入ってきたばっかで認知されていないのか?
俺がだいぶ初期に知ってしまっただけで。
いやだが最近多発している行方不明者はどう説明する?
もちろん全員が全員そうではないのだろうが、彼女の口ぶりからして行方不明者の中のあの病気になってしまったものの割合は多いのだろう。
あの死神は報道される前に対処していると言っていたが、全てにおいてそんなことが可能なのか?
確かに戦闘は強いみたいだが、どこまであの女を信用できるかわからない。
対立しているというあの不吉な男と一体どちらに付くべきか。
今のところ男の方が好感は持ってくれているみたいだが、知らず知らずの内になにかされかけていたみたいだしどちらも大概なんだよなあ。
横にいる芦塚は海峰のことばっかりであんまり詳しくないみたいだし、せめて本とかで勉強できることだったら独学でもいけるのだが。
そんなことをぶつぶつとつぶやきながら考えながら歩いていると。
・・・。
数分前に見たことのある景色が広がるところに出た。
そうこうしているうちにどうやらまた道を間違えたらしい。
背後からひしひしと痛い視線を感じる。
おかしい。確かにこのあたりのはずなんだが。
そう思い俺は道を引き返してもう一度その道に入るが、一定時間歩くと俺はまた同じところに出てしまった。
あれ?どういうことだ?
何度やっても同じところにでる。
どうやら俺はこの年にして認知症を患ってしまったのかもしれない。
俺が意味が分からず一人うんうんと唸っていると背後からさっきからなに同じところぐるぐると回ってんのと冷たい声が聞こえた。
「あ、いやこれは道を忘れたわけではなくてですね~確かにこの道のはずなんですけど。」
なぜか敬語になってしまったのは置いておいて、常識的に考えて一本道をまっすぐ行っているのに元の位置に戻るわけがないのだ。
脇道でもあったか?
なにか、何か理由が・・。
「あ、そういえば結界がどうとかってあの男が・・。」
「結界・・?」
怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
そんな顔で俺を見るな。俺もよくわからないんだから。
「結界ってこういうもんなのか?こう、目的地に行こうとすると何故かたどり着けない的な。」
これが俺の記憶能力の低さからきているただの迷子の可能性も十分にあるので恐る恐る確認する。
「知らない。そういうことは詳しくないから。」
そう言った後に彼女は、私この力持って日が短いしとボソッと漏らすのを俺は聞き逃さなかった。
そうか。それじゃあ最近病気も治ったということか。
「でも結界があるならみかも中に入れないんじゃないの?」
新たに手に入った情報からまた思考を深めようとしたところに芦塚が珍しく自分から口を開く。
む。
それもそうだ。
それに先ほどから結界を通してくれるようにおそらくこの結界の張り主であろう男に大声で呼ぶなどしてアピールしているのだが、何の音さたもないし、結界を無理やり突破する方法もわからないし。
これは後回しにしとくのが賢明そうだ。
俺は芦塚とこの場を離れ、次の目的地、一家全員行方不明事件の現場に向かうことにした。
しかし、そこでは一夜にして家族全員が消えたそうだが、夜逃げではないかという線で捜査が行われているという話が聞けただけで、中の様子も見ることはできなかった。
少なくとも現場の警察官か検察官かはわからないが、事件の捜査に関わっている人は常識の範囲に捕らわれているということではあるかもしれない。
国の方もやはりまだ対応できていないということで、ニュース以上の有力そうな情報はなにも得られなかった。
まあ俺みたいな一般人に公務員がべらべらと事件の内容について話すわけもないのだが。
この後海峰が下校時に寄り道するところももう一度二人で回ってみたが、どの場所にも海峰はおろかいたという痕跡すら見つけることもできなかった。
ま、まずい・・。
芦塚にちらちらと目を向けるが俯いていて何を考えているかわからない。
そろそろみかの手掛かりがないと・・。
日はとっくに傾き切り、今にも沈もうとしていた。
「次はどこにいくんですか?」
後ろから芦塚のせかす声が届く。
あーやばい。どうしよう。
もう思い当たる場所がないとは言えない。
そういえば彼女さっきからずっと次の目的地を俺に聞いてばっかだな。
こんなに躍起になって助けようとしているくらいだから俺よりずっと海峰について詳しそうだが。
「なあ、芦塚さんはどこかみかがいそうなところ知らない?家は行ったんだよね?だからそれ以外でさ。」
「知っていたらもう行ってる。」
まあそれもそうか。
・・・ん?
そのまま聞き流してしまいそうになったが、そこで俺は何かおかしいことに気づく。
その言い方だと家以外に海峰の行きそうなところ、居そうな場所を全く知らない、心当たりもないということか?
「おいおい冗談はよしてくれよ。仲良かったんだろ?まさか家しかみかの居そうな場所知らないってわけじゃないよな?」
「・・らないです。」
俺のはははっと笑いながら放ったからかいに対し、ぼそぼそと何か言ったようだがよく聞こえない。
「え・・?なんて?」
もう一度と聞き返す俺に対して彼女は「だから知らないんです!!」と声を張り上げた。
「し、知らない・・?」
そんなことがあり得るのか?
「俺がもう全部回ってしまったからか?」
「・・・違います。私実はみかのこと、何も知らないんです。」
その言葉を皮切りに、声を震わせながらぽつぽつと彼女は話し始めた。
見た目と下の名前、それしか知らなくて家はあの女から聞いて五日前に初めて訪れたこと。
その時に家の表札で苗字を初めて知ったこと。
後から海峰みかの状態と現在地をメールで教えてもらってあの現場に駆け付けたこと。
そしてそこが初めての海峰との対面だったことなどいろいろ打ち明けてくれた。
私一人では何もできなくてとついに芦塚はその場にうずくまり泣きだしてしまった。
あんなに強い力持ってるのにこんなにも縮こまって泣き出す様子を見て俺は、ああ、この子もただの女の子なんだと何故か安心してしまった。
そのまま彼女をなだめながら俺は考える。
えーと、五日前に海峰の家の前で見た時が初めての家訪問で。
あの現場で初めて海峰と対面した?
そんな状態でどうやって初めに海峰の名前と見た目を知ったんだ?
それについて聞こうと思ったが、本格的に泣き出してどうやら聞ける雰囲気ではなさそうだ。
それでいうならこの執着心もはっきり言って異常だ。
一目ぼれにしてもこんな、こんなに必死になってくれるものか?
見た目と下の名前しか知らない相手にはたして俺はここまで親身になれるだろうか。
海峰の頬を触って笑っていたときの芦塚が脳裏をよぎる。
・・・。
まったく罪な男だな海峰とやらは。
俺は芦塚のことをどこか不審に思い、信頼していなかったが、どうやらそれは誤解だったようだ。
そもそも、もし芦塚がストーカーだとしてもそれは俺も同じじゃないか。
こいつはたまたま力を持ってしまったただの女の子で、ちゃんと人間だ。
こいつと俺は似ている。
無力で何もできなかった少し前の俺に。
「絶対見つけるぞ。そんなところで座り込んでないで早く立て。」
力がないからなんだ。人間なにかは欠けているもんだ。
戦う力がないなら頭で戦えばいい。
考えろ。いったい海峰はどこにいる。
あの男は海峰は勝手にやってくると言っていた。
だがそれはいつだ?
もう来ていたのか、これから来るのか。
いったん常識的なことは頭から排除しよう。
あの非常識な存在達には当てはまらない。それでは小ばかにしていたあの警官達といっしょだ。
これだけ目撃証言もない存在。普通の場所にはいないだろう。
人の寄り付かないところ、いないところ。
それこそあの男の貼っていたという結界のような。
芦塚の涙が足元の長く伸びる自分の影にぽたぽたと落ちている。
この街の何処かにもう一個結界があるのか?
結界がどれほど難しい技なのかわからないが、海峰も亜人化しているからできないことはないのかもしれない。
結界の存在に気づくことは案外容易だった。
結界の存在さえ知っていれば。
この街をしらみつぶしに回って探すか?
あまりに効率が悪く大変だが、最終手段としてはありだろう。
それと、勝手に来ると言うのは一か所にとどまっておかないといけないのか?
あんな男の言葉を100%信用してその場にとどまり続けるのもリスクが大きい。
動きながらでも大丈夫だろう。なにせ勝手に来るのだから。
こちらの動きは関係がないはずだ。
ここはそう思うしかないが、リスクを考えるとこれでいいだろう。
俺と芦塚が分かれてどちらかが待機、どちらかが捜索することも考えたが、俺の方に海峰が来た場合積みだ。
「おい、こんなところでうずくまっていては横をみかが通ったとしても気づけないぞ。見つけたいのなら足を動かせ。顔を上げろ。」
俺も絶対見つけると啖呵を切っておきながらこの体たらくだ。
もうこんな総当たり的な方法しか思いつかない。
だがやるしかない。
芦塚もまだ泣いてはいるが、起き上がろうといていた。
同年代の女子の泣き顔をこんなに見ることになるとはな。
そう思いながら起き上がる助けになるように手を差し出す。
われながらいつの間にこんなに距離が近くなったのかと思ったが、芦塚も最初のころと違い特に気にすることもなく手を取ろうとしたそのとき視界の端で何かが動いた、気がした。
今、影が・・・。
泣きじゃくる芦塚の足元にある影が動いたような・・。
・・・気のせいか?
俺はもう一度芦塚の足元に目を凝らす。
・・・いや、気のせいじゃないっ!?
なにかおかしいと異変に気付いた瞬間、その影からなにかが飛び出してきた。
始めに見えたのは人間の腕だった。
それは俺に向かって伸びてきて、あまりの驚きから仰け反った俺の首をものすごい力で締め上げる。
ゴキゴキと今にもぽっきり折れてしまいそうな音を上げさせるその腕に必死に抵抗している中、全身が露わになったそいつを見て俺は納得した。
恋人の影に隠れるなんて、それは見つけられないわけだ。
影から出てきたそいつはどこからどう見ても俺らが必死になって探していた海峰みか本人だった。




