セイテイノア3
海峰は次の日学校に来なかった。
海峰が学校にあまり来ないのはいつも通りと言えばその通りなのだが、今回のはクラスでは俺のせいだということになっていた。
どうせ俺が行き過ぎたことをしたんだろうと。
クラスの雰囲気が悪くなると思っていたのはどうやら杞憂だったらしい。
今頃彼女といちゃこらしているのだろうか。
はあーとでかいため息が漏れる。
「なに?恋煩い?」
「愛しのみかちゃんにふられちゃったもんねー。」
こいつら・・。
俺が昨日どんな目にあったかも知らずに・・。
だが、こいつらが海峰のことをあれだけで嫌いになるような薄情なやつらじゃないと再確認出来てよかった。
みかは・・。
あのとき俺は何もできなかった。
もしあんなことがこいつらにでも起こったらまたあいつに頼るのか?
駄目だ、信頼できない。
そもそも助けてくれる保証もない。
俺があいつにあげられるものなんてなにがある?
等価交換、なにかしてもらうならそれ相応のことをしてあげないといけない。
それが普通で、そうでなければ関係が長続きするはずもないが・・・。
俺にはなにもない。
俺から提示できることなんてなにも。
精々お金ぐらいだがそれすら人助けなんていったい何円が相場なのか。
6,7桁言ってもおかしくはない。
そんなお金いったいどこから捻出するんだ。
学生の俺にはとてもそんなことできるはずもない。
俺一人でなんとかできるようにならないと・・・。
「そのためにはまずは情報収集だな。」
圧倒的な情報不足から話にすらついていけなかったことを思い出す。
とりあえず今後の方針が決まり、そのための方法や既存の情報を書き記すために久方ぶりにノートを授業中に開く。
久しぶりにわくわくが止まらない。
こんなに世の中には俺の知らないことがあったとは。
えーとこの世界には実は人が正気を失う病気?亜人化と言っていたが、のようなものがあり、それは一応治療可能な人物はいるようだが、その人物については未だ不明、とつらつらと書き足していく。
この人物に接触できればまた違うことが聞けるか?
あの女とはどうやら敵対関係?のようだし、何か有用なことが聞けるかもしれない。
「お、今日はやるきだな乃庵。どういう風の吹き回しだ?」
そのとき俺が珍しくノートを開いてペンを動かしていたからか、先生が此方をのぞき込んできた。
あ、やべっ。
俺は必死に両手と身体でノートを視線から防御する。
見られたか・・?
「・・・なんだ今のは?小説の設定か?」
あぁ!もう最悪!
この後の新たな餌を与えられた猿のように揶揄ってくるクラスメイトの姿が簡単に思い浮かぶ。
今日も良い一日になりそうだな!!
放課後、昨日の橋を訪れてみたが、そこに海峰の姿はなく、何かが起こったような痕跡も残されていなかった。
海峰の家も訪れてみたが、彼は家にもいないようだった。
そしてそのまま海峰の消息がわからなくなって3日が過ぎた。
さすがにおかしい。
あの彼女の家に泊まっているとしても家を3日も空けるか?
いや家族はいないんだったな・・。
それならあり得るのか?
図書室でぺらぺらと新聞をめくり、ここ3日にこの街で起きた事件を眺める。
そもそもあの海峰を捕えた女は信用していいのか?
海峰は無事なのか?
しかし、ここ3日で新聞に載るにまでなっているものは行方不明が一件だけだった。
でも結構近いな・・。
これは海峰のような正気を失った人間が新たに出たということなのか?
俺の知らないところで同じようなことが起こり、同じような被害者が出ているのか?
今日はここに行ってみるか。
とりあえず今日のこれからの活動方針が決まり、よしっと席から立ちあがると璃莉が図書室の入り口に立っていることに気づいた。
「部活はもう終わったのか?」
「うん。最近は物騒だから早めに下校しろだって。」
「で、お前はここに来たのか?」
「なるべく集団で帰れって。」
それで俺のところに?同じ部活の仲良しグループで帰ればいいだろうに。
グループ内で何かあったのか?
「わかった。じゃあ帰るか。」
あまりそういうことは深掘りしないほうがいいと判断し、詮索はしない。
図書室を出ると璃莉もついてくる。
・・・なんか今日こいつやけにおとなしいな。
4日前の衝突は後日学校に行ったら何もなかったかのようにふるまっていたし、これは本当に部活でなにかあったな。
「まあ、あんま気にしすぎないほうがいいよ。」
気休めにしかならないだろうが、まあ無言よりはましかと思い励ましのつもりの言葉をかけるが、反応はなく、ただ後ろを黙ってついてくる。
なんだこれ・・。
きまずい。
女は男の三歩後ろを歩くのが良いとは言うが時代があまりにも違いませんか?
もうその時代はとうの昔に過ぎ去ったはずだが・・。
終始会話がないまま歩くだけの時間が続き、もう璃莉の家まであと半分といったところまで来た辺りでやっと話そうとしなかった璃莉がぽつりと口を開いた。
「私、寄りたいところがあるの。」と。
俺はそれに了承すると、ついてきてと今度は俺の前に立ち先導していく。
通学路から離れ脇道へ脇道へと。
どんどん人通りも少なく、明かりも消えていく。
何処に行くのか見当もつかないが、静かな場所に行きたいのか?
知人が実は別人になっていた、みたいな怪談話の一説にありそうな展開だと俺は内心ほくそ笑みながら、そのままひたすら突き進んで数分経つと、厳かな雰囲気の場所に出た。
なんだここ・・。
鳥居が立ち、それをくぐると参道がつづきその先には本殿も見えた。
どうやら神社のようだが、どれも傾いたり、崩れたりしてかなり老朽化が進んでいるようだった。
こんなところがあったのか・・。
静かで、神聖な雰囲気が漂っていて、なんか落ち着く。
「どうしてここに?」
「僕が君を呼んだからだ。」
俺の前で立ち止まった璃莉対して尋ねたとき、その奥、本殿の方から声が聞こえた。
そこに目を向けると先ほどまで何もいなかったはずの賽銭箱の上にいつの間にか男が座っていた。
その男はやあとこちらに気さくに手を振ってくる。
それと同時に目の前で璃莉が泥のように溶けて消えた。
「ああ、心配しないで。彼女は無事だよ。今消えたのは僕が作った偽物だ。本物は今頃お友だちと下校しているんじゃないかな。」
俺の心情を見透かしたように彼は飄々とそんなことを言う。
に、偽物・・?
確かに少し様子は変だったが、人形とは全く気が付かなかった。
こんな力が使えるということは、こいつもあの女と同類の超能力者ということだろう。
いや、なんだったかなにかこういう人ならざる力をもったのは・・そう亜人化だ。
あそこまで精巧な人形が作れる力ということなのか?こいつのは。
使える力にも個人差があるのだろうかと璃莉だったものがいた場所に残るかすかな泥が参道を汚しているのを見て俺は思う。
こんなに早くに亜人?に出会えるのは幸運だ。
こいつから少しでも話を聞きだして・・・と思ったとき、「少し、話をしないか?」と彼から願ってもいない要望が出た。
もちろんYesだと言いたいところだが・・・、こいつは、信用していいのか?
無理やり連れてくるようなやつだぞ?しかも友達の姿まで利用して。
正直信用は、できない。
でも、有益だ。
じりじりと男から離れかけた足を止める。
「別にそんなに怯えなくていいよ。この空間は入るときには中からの許可がいるが、中から外に出る分には自由なんだ。だから簡単に逃げることができる。」
そうなのか。
なら、少しは安心、か?
悪魔で信用するならば、だが。
今のところ男が逃げようとする俺を捕まえようとするそぶりは見せない。
それほど本当に俺になにかをするつもりはないのか、それともそれほど余裕があるのか。
俺は先日の女子高生と女の動きを思い出す。
あのスピードならば一般人になんかすぐに追い付けるだろう。
そして連れ去ることも当然、できうる。
それをせずに俺こうして回りくどい方法で連れてきたのには、いったいどんな意図がある?
そもそもどうして俺なのかという疑問も残るが。
「君は最近友達が一人いなくなったね。」
俺はその言葉に思考が止まる。
「なにか、知っているのか・・。」
「いや、僕は何も知らない。君が知っているんだ。」
俺が・・?
何を言っているんだ?
俺がなにか忘れていることや見落としていることでもあるのか?
「そんなに心配しないでも勝手に向こうから来るよ。」
この男の発言の意図を考え込んでいる俺に肩の力を抜こうよと語りかけ、死神はどうだった?と聞いてくる。
話題が急に切り替わり、少し理解するのに時間がかかる。
死神・・。あの女のことだろうか。
「どうって・・。」
「君の率直な感想を教えてほしい。」
率直な感想・・。
4日前に会ったときの感想でいいのか?
「・・・冷徹な人だなと。」
「くっ、くはははははははは!」
それを聞いた途端、その男は急に笑い出した。
「そうか、まあそうだよな!」
何が可笑しいのか彼女は昔からそういうところがあると俺を置いてけぼりに一人でげらげらと笑っている。
なんなんだこいつ。
あの女と知り合いなのか?
「ごめんごめん、ちょっとこちらのお話でね。君はさ、神とか信じるかい?」
「いや、信じてないですけど。」
反射的にそう答えてしまう。
日常で祈ったりはするが、それは藁にもすがる思いやっているだけで、基本叶うと思ってやってはいない。
おそらくほとんどなやつがそうだろう。
少なくともこの日本では。
「そうかー。彼女のような力を目の当たりにしてもそれは変わっていないと。」
ふむ。
確かにそういわれればそうだな。
彼女の人知を超えた力は神のようなものだと言えなくもない。
だが。
「確かに彼女は人知を超えていますが、あれを神の力というには・・。」
いささか力不足なのではないかと、そう思ってしまう。
もっとこう、神の力というのは壮大で、神々しくて、一振りで世界を変えてしまう様な。
例えばモーセの海割りみたいな。
「ハハハ!いいね君。それについては僕も同意見だ。」
俺と同じ意見だったのがそんなにうれしかったのか君とは仲良くなれそうだとやけにテンションが高くなるが、次の瞬間にはところでと一気にテンションを戻した。
その落差に身体が強張るが・・・なんだ?
なぜ急に雰囲気変わった?
ここからが本題に入るのか?と思っていると。
「この世界には今深刻な危機が迫っているんだよね。」
さっきとは打って変わって低い声でその男は続ける。
君の助けが必要なんだ、と。
わかりやすく深刻そうな顔つきで言ってくる。
見るからに白々しい演技だが、これは本気で言っているのか?
俺の助け・・?
「俺のような一般人にはなにもできませんよ。」
「あれ?こういえば若者はみんな有無を言わさずについてくるって聞いてたんだけど。」
騙す気満々じゃないか。
俺に助けを求めるなんてそれこそ藁にも縋る思いすぎだろう。
日本人の神への祈りどころではない。
この人はいったい何をしようとしてるんだ。
「まあ、危機的な状況にあるっていうのはほんと。君も亜人化した人見たでしょ。あれと同じ現象が各地で起こっているんだ。」
あれが、各地で。
あの女も言っていたが、本当だったのか。
「それで君に協力をお願いしに来たわけ。」
いやそこがわからないのだが。
その亜人化が各地で起こっていることから俺の助けが必要な理由づけを教えてほしいのだが。
なぜそこの説明を省く。
例えばそれはタコ焼きにたこがないようなものだ。
つまるところ中身がない。
「なんで俺の助けが必要なのかはわかりませんけど・・・例えば何をすればいいんですか?」
「そうだね、まずはその鳥居の下に立ってほしい。」
鳥居の下?
この崩れかけのか?
なぜそうしなければいけないのかわからなかったが、とりあえず俺はその男の言うとおりに移動する。
しかし。
「あー違う違う。もうちょっと左。」
とやけに細かい指示が飛んでくる。
そのたびに少し移動を繰り返すが、なかなか男は気に入らないようだ。
工事現場とかならまだしもこれにそんな細かな指示いるか?と少しイライラし始めたとき、ふいに男がこの場所で唯一開けている部分から空を見据え出した。
どうした?
俺もつられて空を見上げるが別に雲と太陽以外特に何も見えない。
こいつはやはりただの頭のおかしいやつなのではという疑いが頭をよぎり始めた辺りで男は視線を戻し、何かを唱え始める。
その様子は何か焦っているように見え、俺も少し緊張してくる。
そもそも俺に協力ってなにを求めているんだ?
ぶつぶつと何かを唱えだす男を目の前に俺は心配になってくる。
あからさまに怪しいし、なにかとんでもないことが起こるんじゃ・・。
宗教勧誘程度であってくれればいいのだがと願いながらも、俺はとてもその程度では終わらないだろうという嫌な予感をひしひしと感じていた。
しかし、何故かその場から逃げだすことはしなかった。
理由は俺にもわからない。
知的好奇心から来たのかはたまた別の感情から来たのかわからないが、俺は何故か懐かしい思いに駆られてしまったのだ。
ノスタルジックとでもいうのか。
気づくと、どこかで嗅いだことがあるようなにおいと、妙に見覚えのある景色が流れ出し、いつの間にか周りの景色は揺らぎだし、男の姿も視界に捕えづらくなっていた。
まずいと思うが、もう身体の自由が効かない。
男が勝ち誇ったような顔をし、開いた手を閉じようとした瞬間、なにかが降ってきた。
初め俺はそれがなにかわからなかった。
あまりのスピードに振ってきたものがなにか見えなかったからだ。
だんだんと廃神社の境内に巻き上がった砂煙が晴れてくると同時にそれがなにか理解する。
あの女だ。
女がどこからか飛んできて男の構えていた腕を叩き切ったようだった。
今頃になって切られた腕が地面にぼとっと生々しい音を立て落ちる。
男は片腕を失ったというのにやけに平然として立っていた。
「久しぶりだね。会いたかったよ。」
「奇遇だね、私も。」
そう言って彼女は間髪入れずその自分の等身ほどの長刀を大振りに横に薙ぎ払う。
彼はそれを難なくかわし、彼女から距離をとる。
「あいにく今持ち合わせがないんだよ。こんなに早く見つかるとは思っていなかったから。」
「それはどーも!!」
その掛け声と同時に、再び彼女は大きく長刀を彼に向かって振りぬいた。
それにより男の背後の雑木林がバッサリと豆腐のように崩れ落ちる。
相変わらず人間離れした力で俺は思わず惚れ惚れしてしまう。
危険だとわかっているがその場から離れられない。
その後、一方的に彼女のターンが続き、男はひたすら躱すのみだが余程余裕があるのかその猛攻の間にも男は彼女に話しかけるのが聞こえた。
「まだ神様ごっこしてるの?」
「・・・。」
「ねえ、答えてよ。」
彼女は男の煽るような言葉にも意に返さず、無言で剣を振り続けるが、男はそれをぎりぎりでかわす。
神様ごっこ?
それを繰り返す途中で、なにも反応しなくなった彼女にしびれを切らしたのか、離れるばかりだった男が彼女に近づいた。
斬撃を避けなが徐々に距離を詰めていき、彼女の目の前まで来たかと思うと、そのままずいっと顔を近づけ何か彼女に囁いた。
次の瞬間、男の身体は彼女にきれいに二つに裂かれていた。
彼女の長刀が横薙ぎにヒットし、男の上半身を宙に飛ばす。
あまりの光景に目を覆いたくなったが、すぐに男の身体は璃莉のときと同じように溶けてなくなってしまった。
自分すらも人形だったのか。
彼女が身体に付着した泥を払い、乱れた服を整えるのを眺めながら俺は置いてけぼりだった脳をよううやく働かせる。
『どうせ君には何も変えられない。』
男が最後に彼女に告げた言葉が思い出される。
あれはどういう意味なのだろう。
彼が彼女に放った言葉も気にかかる。
確か神様ごっこと言っていたな。
彼の話はとりとめがなく、バラバラだが、何かつながりそうな気がするんだよな。
あと少しでなにか形になりそうなのだが、なかなか形にならずもやもやしているところに彼女がつかつか歩いてくる。
「囮役ごくろーさま。これがまああの時助けた分ってことで。」
これで借りチャラねと言ってくる。
「囮役・・?そんなこと聞いてないぞ。」
俺はもう少しでどうなるかわからなかったというのに。
それに借りチャラってそれ確かマッチポンプでできた借りじゃなかったか?
悪徳セールスでもここまでしないだろう。
「そりゃあ、聞いたら引き受けないし、自然にならないからね。それとも何?ほかに何か役に立つことができたの?」
知らず知らずの内に囮とされていたことに対し強く抗議したつもりが、思いがけないカウンターが返ってきて、それは・・と黙り込む。
なにもない。
今朝考えていたことだ。
「お金とか・・。」
せめてもの抵抗で言ったが、もちろん学生の持ってるお金なんてたかが知れている。
それは女もわかっていたようで一瞥するだけで何も言わなかった。
「ていうか助けた分って、みかは行方不明なんだぞ!」
海峰はどこに行ったんだとそのまま立ち去ろうとする彼女を引き留める。
「彼のその後については保証できないよ。治せるのは私じゃないし。それに忘れてるかもしれないけど、元々私は彼を殺すつもりだったんだ。強い頼みがあってわずかな可能性を期待しただけ。当人もリスクについては了承してたし、元々治療というのは勝率の低い賭けだったんだ。」
わずかな、可能性?リスク?
じゃあ、海峰は?あのままなのか?
「そういうことだろうね。どういうことか私でも消息を追えていないことが問題なんだけど。」
「なあ、なんとかしてくれよ!このままじゃみかは・・。」
人殺しになってしまう。
それは、それだけはなんとか回避しないと。
俺はプライドを金繰り捨てて頼む!と女に頭を下げる。
俺にできることはなんでもするとダメ押しに続け、そのまま去ろうとする女にみっともなく縋り付く。
まず捕まえて動きを止めて、そこから・・。
しかしそこからの思考は女のため息によってかき消された。
「あのさあ・・・私は神様じゃないんだよ。」
俺は海峰のことでいっぱいいっぱいで気づかなかった。
情けなく縋り付く俺を見る目がいつのまにか見下すような冷たい目になっていたことに。
その言葉を聞いて俺はあの男の言葉を思い出した。
まだ神様ごっこしてるの?
その言葉の真意はそのときはわからなかったが、今わかった気がする。
こいつは今までもずっとこうだったんだって。
ずっと誰かに願われてきたんだって。
女は崩れ落ちている俺から目線を離し境内から出ていこうとする。
どこかに行ってしまう。
頼みの綱が。
今引き留めて説得しないと次はいつ会えるかわからないぞ。海峰は見殺しか?
心の中でもう一人の俺が必死に語りかけてくる。
しかし、無力な俺は坂を下っていく女の姿が見えなくなるまでただ黙って見ていることしかできなかった。
女の発言が反芻される。
私は神様じゃない。
さっきの男の発言とは矛盾する発言。
苛立ちから来ただけではない諦めのようなものを感じた。
情報が錯綜としすぎてすでになにが正しいのかわからない。
ただ俺は海峰を、海峰の助けになりたかっただけなのに。
一市民の高校生には、どうにもできない。
こんなになにもできないんだったらこんな事実知りたくなかった。
こんなにもみじめな気持ちになるならただのうのうとクラスメイトのように部活や恋にうつつを抜かしておけばよかった。
俺の暗く濁る心とリンクしてか空もどんよりと重く今にも泣きだしそうだった。
次の日、学校を休んだ。
親には熱と言っておいた。
何もする気が起きず、昼を回ってもなお親が作り置きしてくれていたご飯にも手を付けてられずにいた。
頭の中は考えたくもないのに常に最近起こった出来事ばかりが反芻され、常にショート寸前だった。
熱は測っていなかったが本当に熱があるかもしれない。
いっそのことこれらの出来事すべてが風邪の時に見る悪い夢だったらいいのにと何度も思った。
しかし、そのたびにはっきりと鮮明に思い出せ、現実なんだと思い知らされる。
なにも考えたくなくなって寝てしまいたかった。
魘されながらも強引に寝入ろうと格闘し、だんだん疲れそろそろ寝れそうになってきたとき、家のインターホンが鳴った。
もちろん無視した。
寝付けそうなときになんて間の悪い奴なんだと内心いらいらしたからだ。
無視しておけば勝手に帰っていくだろうと思っていた。
仕方ないからもう一回やり直そうとし、布団に入るが、その主は帰るどころかインターホンを連打し始める。
もうここまでくると完全に迷惑行為だ。
挙句の果てには玄関を強く叩いてくる。
その借金取りさながらの激しい出てこいアピールに俺はなにか高が外れてしまった。
本来の俺であればそんな危険なやつの元へは行かず玄関も空けないだろうが、気持ちの良い睡眠が邪魔されたのと最近ためがちなストレスからかその主に文句の一つでも行ってやらないと気が済まなくなった。
二回からわざと音を当てながら降り、そのままずんずんと言った擬音が正しい足取りで玄関まで行き、思いっきりドアを開けた。
そのままこの主にぶち当たれという思いで。
それ自体は躱されてしまったのだが、俺はその主とその後の言葉を聞いて抱いていた怒りなんか吹き飛んでしまった。
「このような男の子を見ませんでしたか?人を探しています。」
勢いよく開いたドアが当たるわけもない離れた位置にその女は立っていた。
苛立ちを隠そうともしていなかった俺に物怖じ一つせず何食わぬ顔でその女は一枚の絵を提示してきた。
その絵はかろうじてそれが人を差していることがわかる程度のひどさだった。
まるで小学生が書きなぐったかのような。
しかし、俺はその絵が誰を差しているのかわかった。
「お前・・。」
このインターホンを連打しといて全く悪びれた様子のない自分勝手さ、俺のことを殺しかけといて初めて会った人かのようにふるまうずうずうしさは、4日前に海峰といっしょにいたはずの女で間違いなかった。




