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セイテイノア  作者: みか
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2/32

セイテイノア2

ここはどこだ・・。

俺は、死んだのか?

見たところマンションの一部屋のようだが。

どうやら俺は玄関に立ち尽くした状態で意識が回復したらしい。

どうやってここに来たのか記憶が全くない。

確か俺は化け物みたいなやつに意識を奪われて、みかがやってきて。

そこからどうなったんだ?

室内にはわずかに光が灯っているのが玄関からでも見えた。

紙の擦れているような音だけが室内から聞こえてくる。

どうする。

今ここの奥にいるのがさっきの化け物かみかなのかそれがわからない。

さっきの化け物ならばばれないうちに逃げ出したい。

みかであったとしても後日謝ればいい。

それならばと俺は外に出ようとし、ドアノブに手をかけるが、ドアノブは回らずびくともしない。

ガチャガチャと扉が揺れる音が響く。

玄関から逃げることができないとわかるとものすごい汗が噴き出してきた。

奥に行くしかないのか?

玄関から出れないとわかった以上、次に脱出を試みるなら窓になる。

しかし、それには部屋の奥へ進まざるを得ず、それには音の発生源であるリビングに行かざるを得なかった。

恐る恐る足を内部へ進めていく。

リビングに近づくにつれ、鳴り続けている音が大きく聞こえるようになっていく。

ついに端までたどり着き、部屋の中をのぞくと、そこには一人の人間がこちらに背を向けて何か作業をしているようだった。

白髪でどこか生気を感じない後ろ姿。

俺はその姿にどこか既視感を感じた。

俺はこいつを知っている気がする。

しかし、いったいどこで・・・。

かさっ。

そのとき、足元のビニール袋に気づかず足が触れてしまう。

まずい!ばれたか!?

白髪のそいつが音に反応し、こちらを振り返る。

俺は急いで隠れようとしたが、こちらを振り返る途中の一瞬映った横顔を見て自分の目を疑った。

そんなわけはない。

しかし、俺は最後まで確認しなければならなくなった。

逃げなければならないことはわかっている。

俺の中の警報もけたたましく音を鳴らせている。

でもそれが本当かどうか、見間違いではないかという淡い期待と好奇心が俺をその場に押しとどめる。

そして俺は戦慄した。

だってそれは、その白髪のそいつの顔は紛れもなく俺の顔だったのだから。



「はっ!?」

住宅街の真ん中、冷え切ったアスファルトの上で目を覚ます。

辺りは暗く、まだ夜のようだった。

「どうなってんだ・・。」

ここまでの記憶がない。

今のは、夢?

じゃあその前は?

一体何がどうなって俺はここに倒れてたんだ・・?

携帯を開いて時間を確認するとすでにあの時から3時間以上は経過していた。

確か、海峰が助けに来て、あの化け物は・・。

夢、だったのか?

・・・。

海峰に会わないと。

海峰みかに会えば、すべてがわかる。

いっそ夢であってほしい。

あってほしいが、これは。

あまりにもリアルな感覚を思い出して身震いする。

その俺の体験した恐ろしい出来事を否定してくれるただ一つにすがるように俺はみかの家に足を運んだ。



「はぁーねむ。」

朝、ぎりぎり遅刻せずにクラスに滑り込むことができた俺はかなり寝不足だった。

昨日帰ってから死ぬほど怒られ寝付くのがかなり遅くなったこともあるが、一番の原因はやつがいつまた来るのかと気が気でなかったせいだ。

あの顔のない化け物は確実に俺を殺そうとしていた。

もし海峰が来てくれていなかったら・・。

そこまで考えたところではっとしてクラスを見回すが、彼の机にその痕跡はない。

海峰は・・まだ来てないのか。

俺は海峰の机に姿がないことを見て肩を落とす。

クラスメイトにその様子を見られており、また揶揄が始まったがそんなことはどうでもよかった。

昨日あの後、夜中にも関わらず海峰の家にまでいったが、彼は出てこなかった。

まあ夜中だし当たり前と言えば当たり前なのだが。

いったいいつになったら真相を明らかにできるんだ・・。

クラスメイトからの揶揄は寝たふり(本当に寝たいが)をして躱しておけばいいが、海峰は今日は学校に来ないのだろうか。

そのまま授業が一時間、二時間と過ぎていき、昼休みになったころ。

俺は友達をかわそうと教室から出ようとしていた。

別に海峰のことで揶揄られるのはもういいが、昨日のことを整理したかったのだ。

昨日は絶対に夢ではないと決めきってしまっていたが、はたしてあんな超常現象や化け物がこの世界に存在していたとして、ここまで話題にならないものだろうかと。

一晩立ってみると自分の中に疑念が生まれ始めていた。

この文明化した社会で一回も目撃情報がないというのは不自然だ。

幽霊だろうが地球外生命体だろうが、なにか被害をだしたのなら話題にぐらいはなっているはず。

昨日帰ってからネットで検索をかけたし、今朝クラスのやつらにそれとなく聞いてみたがそのような話はなかった。

三鷹市の死神。

この話ばかりだった。

やつがそうなのかと言われると、正直なところわからない。

剣なんて持っていなかったし、姿かたちは明らかに人間のそれではなかったが、死神と言われればそれに近いなにかを感じるものがあった。

あれで鎌でも持っていればだいぶそれらしいだろう。

あんなに特徴的な見た目をしていて見た目が語られないことがあるだろうか。

それに俺の目を信じるのならば確実に人の死体はあった。

つまり犠牲者はいるはずなのだ。

それだというのになにも話題になっていないというのは明らかにおかしい。

俺が幻覚を見ていたり、夢を見ていたというほうがまだ現実味があるような。

俺が目を覚ましてからは自分が受けたはずの傷やその場所にあるはずの死体どころか血の一滴すらなかったわけだし。

俺の調べ方が悪かった可能性もあるが・・・。

とりあえず今日帰ってからもう少し調べてみてー。

そんなことを考えながら教室の出口に歩いていると、目的の人物はやけにあっけなくその角から姿を現した。

もう少しタイミングがずれていたら少女漫画的な展開であったことだろうと言えるような刹那的なタイミングではあった。

背の小さいそいつはとても眠そうにあくびをしながら俺の横を通り、自分の席につく。

初めそれをただ目で追っているだけだった俺は、次の瞬間にはまっすぐその人物の元へ勝手に足が動き始めた。

ずっと待っていたその人物の登場にうだうだ考えていた俺の頭は一気に覚醒した。

「みか、三鷹市の死神って信じるか?」

机に座って窓を見ている海峰の正面に立ち、話しかける。

なるべく平静を装って。

痛い奴と思われないように。

しかし、彼は俺の言葉を聞いた瞬間、急にこっちを向き、目が合った。

目が見開かれ、その表情は驚いているような、怯えているような、よくわからない。

「ちょっと、人のいないところ、行こう。」

そんな中海峰がその重い重い口を開けた。

静まりきった教室にそんな彼の声だけが響き、そのまますたすたと教室から出ていく。

俺は自分のこんな言葉に彼が反応を示したのもそうだが、なにより声を出したことに驚いていた。

おそらくこんなにはっきりとした海峰の声を聞くのはクラスメイトも初めてだろう。

それに呼応したようにクラスがざわざわしだし、みんなの視線をひしひしと感じる。

変な勘違いがされていそうな嫌な気配を感じるが、俺は教室から出ていく彼についていくしかなかった。



海峰はおそらく学校の端にあるあまり使う人のいない階段を屋上に向けて歩いているのだろう。

屋上は危険だから基本的に鍵がかかっていていくことはできないが、まあ誰もいないとこで話すのならばこの学校内ではこの屋上ドア前が最適だろう。

こそこそついてきてる数名が気になるところだが。

「で?話は、何?」

沈黙を貫き階段の数段先を歩いていた海峰が振り返り言う。

段の数が上乗せされ俺を超えた高さから見下ろされる光のない目とあまりの冷たい声に俺はおもわず物怖じしてしまう。

「昨日の夜、死神を見たんだ。」

意を決して話を始める。やつのことは死神ということにしておこう。

「どうして俺に話すの?」

死神がいることについては特に言及しないんだなと思いながら俺は話を続ける。

「みかもその場にいたんだ。正確にはいた気がするって話だけど。」

「・・・詳しく話して。」

そういう彼の雰囲気は深刻そうで、今にも俺の肩を掴みかからんとしても何らおかしくはない状態だった。

今にも話さなければ殺すといわんばかりだ。

「昨日俺は死神に襲われそうになっていた。噂のかはわからないけど、でもその時に間に入ってきて助けてくれた人がいたんだ。」

「・・・。」

「それがみか、君なんだ。」

「・・・本当にそれは俺だという確証はあるの?」

「えっと、今着てるこの学校の制服を着てて、後ろ姿だったし意識も定かではなかったから確定はできないけど、あれは十中八九みかだと思ってる。」

ほとんど確信はしているのだが、自信満々に言い切ってしまう理由が理由なので流石に言いづらい。

「・・・。」

何か考え込んでいく仕草とは反対に表情は変わらないままなので今何を考えているのかまったくわからない。

みか、お前はいったい何を知っているんだ・・。

「そう・・・。うん。ありがとう。」

これ以上は話さなくていいと手で静止をかけてくる。

その際も表情は一切変化していなかったんだが、今、なにか・・。

一瞬、悲しそうな・・。

「っておいおいおい!ちょっとまて!」

勝手に自己完結したらしく、そのまま去っていこうとするみかを俺は必死に食い止めようとその肩に手を伸ばす。

その手が海峰の右肩に触れた瞬間俺の手首に激痛が走った。

「がっ!」

海峰が俺の手首を締め上げていた。

ぎりぎりと鈍い音が鳴る。

俺はあまりの痛さにその場にうずくまり、必死に海峰の手をひっぺがそうと躍起になる。

しかしびくともしない。

「が、ぐっ!」

まずい!このままだと折れる!

この手を離してくれとすがるように海峰を見るが、俺を見下ろし力を弱めるそぶりもない。

むしろどんどん強くなっているような。

これは、ほんとに・・。

覚悟を決めかけたその瞬間、手が離れた。

「なにやってんの!?みかちゃん!?」

その声とともに海峰の横に女子が立っていた。遅れてもう一人が駆け寄ってくる。

こそこそついてきてたやつらか?

邪魔だと思っていたが正直助かった。

腕は、折れてはいないようだったが、大きく腫れ変色していた。

大丈夫?と女子がハンカチを渡してくる。

よく見るとその女子は璃莉だった。

「ストーカーは迷惑極まりないが、今回は正直助かった。」

自分で言った後に俺が正常な状態であったらどの口がとセルフ突っ込みをしていたことだろう。

しかし俺は手首を襲うあまりの痛さに顔を顰めそんな余裕はなかった。

「なにがあったの?こんなこと・・。」

俺の損傷個所に湿ったハンカチを当てながら聞いてくる。

「いや、俺にもなにがなんだか・・。」

どっと汗が噴き出てくる。

「すごい汗だけど・・。」

俺の看病をしてくれる璃莉を横目に俺は海峰を見た。

璃莉の友達(安藤だったか?)に何か言われているようだったが、なにも耳に入っていない、右から左へという様子だった。

俺の腫れあがった手首と自分の手をしきりに交互に見つめていた。

俺はその様子に恐怖した。

海峰のその見開かれた目は、まるで自分が何をしたか覚えていないようだったから。



保健室で大量の保冷剤をもらい、患部に当てながら午後の授業は受けた。

利き手の損傷だったのが痛かったが、右手の練習だと思い割り切った。

海峰はというとあれから心ずっとここにあらずというようにずっとぼーっとしているようだった。

クラスメイトからなにか尋ねられてもフルしかと。

「海峰さん、告白した乃庵にいきなり暴力ふるったんだって?」

「しかもそれからずっとだんまり。ちょっとひどくない?」

いや別に告白はしてないが。

話に勝手な憶測が含まれてはいるが、ほとんどが事実だから庇うこともしづらい。

俺はこのクラス全体の雰囲気が良くないところへ向かっているのを感じていた。



放課後もクラスメイトから今日の事件についてあることないこと聞かれたが、とりあえず起こった事実だけ話しといた。

こそこそ見てたやつらがいるから、露骨な嘘はつけないが、全ては話さない。

起こっている出来事が荒唐無稽すぎて説明しても信じてもらえるか怪しいからだ。

俺だって理解しきれていない状況で説明しても混乱を広げるだけだし・・・それになにより。

張本人に聞いてみないことには。

「ごめん。俺今日は用事あるからもう帰るね。」

少々強引に話を切り上げて帰ろうとする。

「えー?そのけがで?」

「今日くらい休んじゃいなよ。」

「お前らそろそろ部活だろ。ほら早く行った行った。」

ブーイングも上がったが、どうにかみんなを散らすことに成功した。

「用事ってどうせまた海峰君のとこでしょ。」

そのまま俺も帰ろうと教室を出たところで璃莉が立っていた。

「乃庵、次は本当に殺されちゃうよ。」

少し俯きがちに震えているのがわかった。

「大げさだろ。」

「じゃあ、その左腕の包帯はなに。どうやって怪我したか覚えてないわけないよね?」

あたしが止めに入らなかったらどうなっていたかと詰め寄ってくる。

「昔あたしに言ってくれたよね?無理しなくていいんだって。自分の好きなやつらと、居心地のいいと思うやつらとつるめばいいんだって。乃庵は、どうなの?そうやって他人のことばっか気にして。無理、してるんじゃないの?」

「無理なんかしてないよ。俺はみかのことがほっとけないからなにか力になれるんじゃないかと思ってるだけだ。」

これは本当だ。

もう他人ではなく、知り合いだ。

知ってしまった。

「もうこれ以上彼には関わらないで。」

璃莉の身体が震えているのが傍から見てもわかった。

怒りか悲しみか、はたまた全く別の感情からかわからないが、その切実なお願いにいつもの俺なら頷いていたかもしれない。

しかし、その時の俺は違った。

「知ってしまったら、ほっとけないだろ。知り合いに何か起こるのがわかっていて何もしなかったら目覚めが悪いからな。お前だって何もしなかったこと、後悔してるんだろ。」

今日みかに会わないといけないという確信があった。

「それは・・・。」

「じゃあ、俺は行くから。」

ただ俯いて立ち尽くしている璃莉を尻目に校門へと踵を返す。

過去のことを持ち出して丸め込むのはさすがにいじが悪いかな。

でも、そうでもしないと璃莉は引いてくれないだろうし。

まあ、なにかあったら明日謝ればいいだろ。

心配性すぎるんだよ。あいつは。

お前の弟なわけでもあるまいし。

そんなことを考えながら歩いているとあいつは昔から・・と誰に聞かせるわけでもないのに不満が次から次へと湧いてきた。

海峰が俺を殺す?とかどうとかも言ってたな。

あいつはそんなことするような奴じゃない。

確かに昼の海峰は何か様子がおかしかったが、別にそれはいつもの海峰じゃない。

いつもはおとなしい無害なやつだし、昨日は助けてくれたし。

誰にでもイライラしているときはあるだろうし、どこかに踏んではいけない地雷があるものだ。

それは俺にも、璃莉にだって。

俺がそれをたまたま踏んでしまっただけ。

別に悪意がそこに存在していたわけではない。

話せばわかってくれるはずだ。

話せば・・。

俺の手を締め上げた後の海峰の顔を思い出す。

大丈夫・・。

胸に薫る不安をかき消すように俺は先に帰った海峰に追いつくため走り出した。



見つけた。

全速で走って数分、通学路の半分ぐらいに差し掛かった橋の上で川を覗いている海峰の姿が見えた。

乱れた呼吸を整えるために見失わない位置で休憩していると、不意に黙って川を見下ろしていた海峰が橋の欄干を乗り越えようとしているのが目に入り、つい声をかけてしまう。

「よっ。なにしてんの?」

俺の声に反応して跨ごうとあげていた足が止まる。

「まさか自殺でもしようってか?」

「うん。そうだよ。」

冗談で言った一言に対しての思いがけない返事に一瞬思考が止まった。

あれ?

じさつってあれだよな?

自殺(これ)だよな?

俺何か間違ってる?

「・・・本気で言っているのか?」

海峰の表情は依然読めないままで本気か冗談か判断できなくて困っていると、彼が口を開く。

「俺さ、自分の身体のコントロールが効かないんだよね。」

?

どういうことだ?

障害を持って身体を動かすのに支障がある的なやつか?

「昔はもっと動かせたんだけど。最近どんどん意識がない時間が増えてるんだ。」

そんな症状の病気を患っているのか?

病弱とは聞いていたが、そこまでとは・・。

治療法はないのか?

「意識がない時間ってどれくらいなんだ・・。」

「夜はほとんど。前までは寝てる間に勝手に動くだけだったんだけど、最近は起きてるときにもちょっとした衝撃で意識がなくなっちゃう。」

だからあんなに触れられることを嫌がっていたのか・・・。

「今日のことはホントに悪かった。俺が軽率だったよ。許してほしい。」

「いいよ。あんたは悪くないから。・・・悪いのは全部俺。」

「全部俺って、それは言い過ぎだろう。」

「いや、言いすぎじゃないよ。悪いのは全部俺。俺がもっと早くにこの判断ができていればこんなに犠牲者がでることもなかった。」

・・・?

なにを言っているんだ?

この判断って言うのはなんだ?

まさか自殺のことじゃないよな?

それに犠牲者って・・。

「・・・自殺なんて馬鹿なことはやめてくれよ。」

それは、残される人にあんまりだろう。

「家族も悲しむだろうし、望んでいない。」

咄嗟に口から出てくるのは薄っぺらい聞こえの良い言葉ばかり。

本当にそう思ってるのも事実だが、そうじゃないだろう。

なんかもっとこう、心に響くような、量産型じゃないことが・・。

彼の心に刺さる言葉に必死に頭を回転させ捻りだそうとしていたところに海峰の口から衝撃的な事実が明かされる。

「家族はいないよ。もう、いない。」

その言葉を発するときの海峰の表情も眉一つ動いていなかったのだが、なぜかわかった。本当に悲しんでいる、そうだと確信できた。

「い、いないって、どういう・・。」

「死んだんだ全員。三か月前にね。」

少し笑って見せる海峰。

それは初めて見た笑顔で、表情だった。

あまりのきれいさに同姓ではあるが、ドキッとしてしまうほどだった。

しかし、そのタイミングで見せる笑顔はあまりにも歪でどうしても強がりにしか見えなく、また悲しみを増幅させた。

かける言葉が咄嗟に思いつかない。

あまりの事実に用意してきた言葉が崩れていき、うまく形をつくれない。

なにか気の利いたこと一つ言えないのか俺は。

「だから悲しむやつなんていないよ。」

わかったら止めないでくれと何も言葉をかけられない俺に海峰が続けて言う。

しかし、その言葉に俺は無性に腹がたった。

「いるだろ。悲しむやつ。いない人間なんかいるわけがない。」

「いないよ。」

「家族がいなくても友達とかいるだろ。」

「いない。」

「クラスのやつらとか。」

「クラスの人は何とも思ってないよ。」

俺と話したくないのか歩き始める海峰。

「俺は何とも思ってなんかない!あんたが死んで悲しむやつなら世界のどこかに必ずいるし、ここに一人は確実にいる!だから自殺なんて言わずに・・。」

欄干に向かおうとするいざよいの手首を掴んで歩みを強引に止める。

「俺に触れるな!!」

掴んでいた右手が勢いよく振り払われ、また俺から離れようとする。しかし、その様子はどこか変で足元が定まっていなくよろよろと後ずさりする。

つい海峰の手を掴んでしまった俺に対して聞いたことのない声量に、引き留めようとしていた身体の動きが止まってしまう。

時間が止まったかのようだった。

空気をつんざく悲鳴にも似たその声は俺に生物としての恐れを思い出させ、周りにいた鳥も驚いて飛び去って行った。

辺りに刹那の静寂が訪れる。

あの声量を放った本人の肩での激しい呼吸音だけが辺りに響く。

「・・・なんで死ぬ必要があるんだ。お前が死ななければならない理由なんてどこにも・・」

そのとき海峰がなにか呟いた。

「俺が、死神だからだ・・。」

「・・・え?」

海峰が、死神・・?

そんなわけは、だってお前はあのとき俺を・・。

「あーあ。君が余計なことするからもたなかった。」

そんなとき、耳元で声が聞こえた。



俺は何の前触れもなく起こった出来事に身体を飛び上がらせながらその声のした方を見ると、そこには女が立っていた。

身長は170くらいだろうか。すらりとしていて、かなりスタイルは良く見える。

「しょうがないから、ほら、君が殺してあげなよ。」

そう言って俺にぽいっとナイフを投げてきた。

慌ててそれをなんとかキャッチする。

「は・・?こ、殺す?俺が?なんで・・?」

「ほら、彼頑張ってるよ。君に邪魔されて自殺できなかったからなんとか耐えて抑え込んでる。でも、そう長くは持たない。」

情報が多すぎて整理できない。

「み、みか・・?」

俺は立ち尽くして微動だにしない彼に対して反応を求めてのんきにもおーいと手を振るが、返事は返って来ない。

「抑えられなくなったら生物を襲いだす。それは彼も望んでいないだろう。だから自殺しようとしてたんだ。でもそれを君が邪魔をした。意図的ではなくてもね。その責任は果たしてもらわないと。」

責任・・?なんなんだこいつさっきから。

生物を襲う?海峰がか?

別に何の変化も・・。

海峰は海峰で、なにも変わっていないだろうと目を向けて俺は恐怖した。

俺に向けられた目がとても冷たく、色がないものになり、その身体からは黒い靄みたいなものが漏れ出していた。

昼に俺の手をねじ上げた時と同じ目・・。

「それに、彼もそれを望んでる。」

意識がなくなるって、意識が乗っ取られるということだったのか・・?

俺は遅れながらに理解する。

「お、俺がみかを、やらないといけないのか・・?」

「そう。ほら頑張って。」

にっこりした笑顔で殺そうとしているのを応援してくる。まるで嫌いな食べ物を子どもに食べさせようとするようなテンションで。

ナイフを持つ両手が震える。

気持ち悪い。なんなんだこいつは。

急に非現実に投げ出されて脳が現実を拒んでいる。

昨日今日でいろんなことが起こりすぎてる。

なんでだ?

あの化け物にあったせいか?

それとも海峰に会ったせいか?どこから始まった?

「こ、殺せない・・。」

何とか絞り出した言葉がそれだった。

できるわけがない・・。

「ふーん。あ、そう。」

女は俺が殺せないとわかると急に声が冷たくなり、どこにしまっていたのかわからないほどの長刀を取り出した。

それを見て俺はクラスメイトが話していたことを思い出す。

金髪で長身、きれいな女性、自分の等身ほどの刀身・・。

もしかして、こいつが・・?

「じゃ、私が殺しちゃうね。」

「まっ」

女は俺のそれが言い終わるまでにその長刀を振り払った。

それはきれいにみかの首を捕え、高く切り飛ばしたーはずだった。

首の切り口から黒い蔓のようなものがでて飛ばされた頭の方の切り口に入ったかと思うと、頭が首に引き寄せられてまた繋がったのだ。

なにが起こったのかわからなかったのかみかがキョロキョロと辺りを見回し、自分の修復されている最中の箇所をしきりに触る。

「思ったより短かったね。」

女は続けて長刀を修復中の箇所に振りぬく。

しかしそれはみかの手によって止められた。

あれほどの速さで振られた刀を指で掴んでいた。

カチカチカチと刀身が震える音が響く。

まじかよ・・。

女もこれにはへえと素直に感嘆しているようだった。

そのすきにみかは女の顔に鋭い蹴りを繰り出す。

すんでのところでそれを大きく後ろに飛んで躱す女だったが、刀を取られてしまった。

みかは手に入れた刀をしばらく物珍しそうに眺めてから、見様見真似で女と同じように構えて女に向かっていく。

女は武器を取られたことに動揺しているのかみかに向かって右手を伸ばし、動かない。

武器を取られて抵抗する術を失った女の首にあともう数センチで刃が届くというその瞬間、女が何かつぶやき、右手を広げた瞬間、刀が急に形を変え、広がった。

まるで蜘蛛の巣のように。

そしてそれはあっという間にみかに覆いかぶさり、次に女が右手を握りしめるかと思うとみかを捕えた網がきゅっと締まり、地面にそれを押さえつけた。

みかはなんとか逃れようと必死に暴れるが、その拘束は余程強力なのかびくともしない。

「またチャンス来たけど・・って無理そうだね。」

女はこちらに視線を向けるが、また視線を地面に突っ伏しているみかに戻し、拘束しているそれに触れたかと思うと一部を分離してまたあの長刀を作り出した。

「あんまり時間ないから、ごめんね。」

そう言って頭を貫こうと長刀を逆さに向ける。

「ま、待て!」

声を出さずにはいられない。

「なに?殺してあげる気になった?」

振り上げた手はそのままに女は聞いてくる。

「みかはまだ何も悪いことはしていない!」

「これからするんだよ。」

「これからって・・そんなのわからないだろ!」

「いや、もう決まってることなんだ。君はこの街で行方不明者が多発しているのは知っているかい?」

ここでようやく逆さに構えていた長刀を下ろし、なにやら携帯の画面を眺め始めた。

「知っているが、それとみかは関係ないぞ。」

ずっとストーカーまがいのことをしてきたことは無駄じゃなかった。

自分の目で見てきたことだからはっきりと自信をもって否定することができる。

「彼は今のところその件とは関係ない。でも彼と同じような症状の人たちがこの街には思いのほかいてね。人が人ならざる者になる病。」

ほっといたら彼らは何をしたと思う?と少し自嘲気味に笑う。

「他の生き物を殺し始めたんだ。」

それも惨たらしくねと付け加えてくる。

「そ、そんなニュース聞いたこともない・・。」

「それはそうだろうね。ほとんどのはニュースになる前に私が殺しているからね。今回みたいに。」

携帯をいじりながらこちらに見向きもしないで続ける。

この女何を言っている?

まるでその言い方だとこの街全部を支配しているみたいじゃないか。

さらりととんでもないことを言ってくる女に俺はあっけにとられていた。

俄かには信じられない。

しかし先ほどの戦闘を見ると嫌が応にも信じてしまう。

海峰のような被害者が他にもいたという事実にも驚きだが、この街にどれだけそのような被害者がいるのだろう。

行方不明者と殺人被害はここ最近でも結構出ているはずだ。

こいつの口ぶり的にも最低でも二桁数はいるか?

この街の中からそれらしい人物を見つけ、それだけの人数を監視し、未然に防ぐ。

そんなことが可能なのだろうか。

「結構大変なんだよ?それらしい人物に当たりをつけて監視してっていうのを全部一人でやるの。」

一人!?

いや、こいつなら可能なのか?

超人的な身体能力と不思議な力を持っているこいつなら。

急に俺の横に現れた時とあの状態のみかの鋭い蹴りを躱したときの様子が頭に浮かぶ。

「なんでお前はそんなことをしているんだ。」

「これが仕事だからね。」

「誰に頼まれてるんだ。」

「個人経営なんだ。」

「あんたが三鷹市の死神なのか?」

「そう言う人もいるみたいだね。」

「なにが目的だ・・。」

「そろそろ質問は終わりにしてほしいところなんだけどね。予定が迫ってる。」

そう言って女は携帯を勢いよく閉じる。

予定・・?

最期の質問と言われ、俺は震えてずっとあえて聞くのを拒んでいた質問に手を伸ばす。

「みかは、もう戻ることはないのか・・?」

答えはもうほとんどわかりきってはいた。

「ないよ。もう殺すしかない。」

そうか。

さきほどの女に襲い掛かった様子が思い出される。

目で追うのがやっとだった。

確かにあの危険さは放置しておけない、が。

なにもできない自分に腹が立つ。

せめて俺が介錯してやりたいと思うが、どうしても手が動かない。

海峰はこのままこのわけのわからない女に・・。

「と、思ってたけど、どうやらまだわからないみたいだね。」

は?

女は俺の背後を見て、にやりとする。

俺もつられるように振り返るとそこには女子高生がいた。

正確には制服を着た女子ってだけでほんとうに女子高生かどうか定かではないが。

普通の人はそんなわざわざ疑うようなことではないかもしれないが、俺がそう疑ってしまうのには理由があった。

まず両手になにか刃物を持っている。

右手にはハサミと左手はカッターだろうか。

今にも人を殺そうとしているかのように鬼気迫ったオーラを出してこちらに近づいてくる。

本当に俺と同じ年齢を刻んできたのか?

一体どんな過酷な人生を歩んできたんだよ。

しかし、その女子高生の皮を被った化け物との距離がだんだん縮まって顔が見えてくるとその顔に見覚えがあることに気づいた。

このJK、昨日海峰の家の前にいた・・。

間違いない。

あのときはこんなに鬼のようなオーラではなく、どちらかというと負のオーラな感じだったが、確かにこいつだ。

「やあやあ、沙奈ちゃん。待ってたよ。」

女は陽気に手を振るが相手のJKはもちろん手を振り返さず、きつくにらみ返している。

このJKに会うのが予定だったのか?

「みかを返して。指一本でも触れたら許さない。」

その低い声からは激しい怒りひしひしと感じ取れた。

「返してって、ひどいなあ。ちょっとからかっただけじゃん。私が見つけてあげたのに。」

「早く!早く返さないとこいつ殺すわよ。」

そう言ってそのJKは一瞬で俺を捕まえ、首元に先ほど持っていたカッターを突き付ける。

いつの間に背後に。

「彼は関係ないんだ、放してやってくれ。」

「あなたがみかを開放して返してくれたらね。」

女は先ほどまでと打って変わって言葉に余裕がなく、このJKに押され気味に見える。

俺の命を気にかけているのか?

「しょうがない。」

人命には代えられないからねとやけにあっさりと女は海峰の拘束を解いた。

「意識は奪ってあるけど、一日もすれば目が覚めると思うからそれまでになんとか交渉することだね。」

女がそう言って拘束の解かれた海峰がJKと俺の前にどさっと置かれると、JKは俺をあっさり手放し、海峰に抱きよった。

それを見て貸し一つと言わんばかりにこちらに女はウインクしてくる。

・・・ひどいマッチポンプを見た。

これ貸しになるのまじ?

彼女に目を移すと良かった無事でと涙を流しながら意識のない海峰に縋り付いていた。

このJKは海峰のなんなんだ?

家族はいないと言っていたが、彼女とか従妹とか、か?

まだ隠していたことがあったのか。

彼女は目を真っ赤に腫らしながらもよかったよかったとしきりに叫んでいる。

・・・。

なにが悲しむ人なんかいないだ。

こんなに思ってくれる、助けるために人殺しまで厭わないと思ってくれるやつがいるじゃないか。

・・・なぜかひどく裏切られた気分だが、それと同時に嬉しい気持ちもある。

「実はね、一つだけこの症状になった人を元に戻す方法があるんだ。」

亜人化と呼んでいるんだけど。

何を隠そう彼女が克服者なんだとついでのように彼女の紹介を海峰の前で泣きはらしているところを余所に話し始める。

こいつが・・?

「・・・なんでそれをみかにしようとしなかったんだ。」

「私じゃ無理なんだ。」

「あんたで無理ならもう誰でも無理なんじゃないのか。」

「いや、むしろ私だから駄目なんだ。極論私以外であればだれでもいい。もちろん君でも。」

そう言って俺に指を差してくる。

「俺には無理だ。」

「君が直すんじゃない。君はみか君を連れていくだけでいいんだ。」

「連れていくってどこに。」

「治してくれるやつのところにだよ。」

「あんたのが早く、確実に運べるだろ。」

「いや、無理なんだよ。なんたって私はそいつに嫌われているからね。」

会うことすらできないと少し悔しそうに言う。

「ま、どのみちそれは今回彼女が代わりにやってくれるみたいだけどね。」

やっと泣き止んだのか鼻をすすっている状態のJKにちらりと視線を向ける。

「なんで真っ先にその方法ではなくて殺そうとしたんだ・・。」

「その方が楽でしょ。君に無理に頼むわけにはいかないしさ。」

こいつは、どこまで・・。

「頼まれたら行ってたさ!もしこいつが来なかったら・・。」

「ほら、泣き止んだなら早く準備しなよ。方法は教えた通り。」

女は俺の言葉には耳を貸さず、Jkのはたわらに座り込み、頑張ってねと囁く。

一体何がどうなっているというのか。

「さて、私たちはさっさとここから離れるよ。」

そう言って女は俺を手招きする。

「おい、こいつらはここに置いていくのかよ?」

俺は意識を失っているみかとそれに縋り付いている彼女にちらりと目を向けて聞く。

「そうだよ。彼らはここに置いていく。」

「彼女はどうやってみかを連れて行くんだ。」

「いいんだよ。勝手に来るから。」

「勝手に来るって・・・。」

そうは言ってもこんな時間に実質女の子一人でなんて。

辺りはとっくに日が落ち、街灯がぽつぽつと照らされ始めていた。

「うるさいなあ、二人っきりにさせてあげなよ。そんなだからモテないんだよ。」

「はあ?」

そんなもん元に戻してもらってから思う存分すればいいだろ。

今はそんな状況ではないと思うのだが。

彼女たちを振り返るとみかのほっぺをつついてえへへと笑い、完全に二人きりの世界観に入っていた。

「君も早く帰った方がいい。親御さんも心配しているだろう昨日の今日で。」

なぜそれを知っている。

「親の心配とか気にしてる場合じゃないだろ。俺はみかの安否を確認できるまでは帰らない。」

頑なに意地を張る俺に女は愛想をつかしたのかはあ、とため息をついて俺に話す。

「正義の心に目覚めるのは勝手だが、そこで感傷に浸ってる彼女、君の何倍も強いよ。完治しても元亜人、それに対して君は単なる高校生。ここでは君が一番弱い。」

は?こいつが・・?

脳内お花畑に視線を移すと、今度はみかと恋人つなぎをして一人ほほを赤らめていた。

どこからどう見てもただの高校生にしか見えないが・・。

しかし俺は一瞬で俺を捕まえられ、カッターを突き付けてきたことを思い出した。

「君も彼のものすごい力を身をもって体感したからわかるだろう?一度亜人化したものはそこらの人間には到底出すことのできない力を出すことができるようになるんだ。」

「じゃあ、あんたもそうなのか・・?」

亜人化というのは先ほどの海峰のような状態の人間のことだろうか。

先ほどまでの超人的な力を見てそうではないかと聞いてみるが、まあそんなとこかなと微妙にはぐらかされた気がした。

「じゃあ、私は次の仕事に向かうけど、君も帰った方がいいよ?君にできることなんてなにもないんだからさ。彼女らより今君のことを必要としている人のとこに行ってあげなよ。」

君は、求められる人なんだから。

女は去り際にそんな言葉を残していった。

求められる人・・か。

そんな大層な人間じゃないと思うがなと思い、俺はもう一度二人に目を移す。

海峰の家の前で見た時はあんなに負のオーラをまき散らしていたというのにずいぶんかわいらしくなったもんだ。

・・・。

帰ろう。

俺にできることはなにもない。

なにも知らないし、力もない。

あの女の言う通りだ。

俺では海峰を救い出すことができなかったと、ただそれだけ。

そのまま俺は帰路に就き、倒れこむようにベッドに入った。

ただただ自分の無力さを痛感した一日だった。



次の日、海峰みかが学校に姿を現すことはなかった。



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