セイテイノア 第一章 『三鷹市の死神』
教室内が騒がしい。
「またいなくなったらしいぜ。」
「またぁ?これで何人目よ。」
「最近物騒だな。」
「ねぇ、三鷹市の死神って知ってる?」
「なぁにそれ?」
「この街にだけ現れる死神。見た目は金髪のきれいな女性で、気に入った人間の命を自分の等身ほどもある刀身で奪っていくんだって。」
「なにそれ、駄洒落?」
「ごめん。正直狙った。」
「アハハ、ウケるー。」
また、今日が始まる。
「よう!元気してたか?」
教室に入るなり俺は背の小さな親友の背中を叩いた。
「・・・。」
「元気そうだな!よかったよかった!」
俺は心底めんどくさそうな表情でこちらを見て、すぐに窓の外の景色に視線を外す海峰みかを見て安心する。
「二日も何してたんだよ。学校休んでさ。」
「別に。」
海峰はいつも通り俺を冷たくあしらう。
視線は相変わらず外を向いたままだ。
「なあ、あれ聞いたか?また行方不明者が出たって話。」
会話に困った俺は、最近話題になっている話を振る。
「うん。」
「早く犯人捕まるといいな。」
「そうだね。」
つ、続かねえ・・・。
変わらず淡々と答えるみかに口角がぴくりと上がる。
会話拒否している相手相手にいったいどうやったら会話をしてもらえるのか。
俺は最近ずっとそれに頭を悩ませている。
なにか、なにか手がかりがあれば・・・。
何も話そうとしないヲタクだってなにかトリガーを踏みさえすれば決壊したダムのように話し出すというのに、こいつにはどうにもそれがない。
うんとかそうとか一単語しか喋れない縛りでもあるのかと思わされる。
会話の糸口に困った俺はつい海峰の視線の先、窓の外に目を向ける。
その先には別段特に変わった景色は見えない。
いつもの日常である。
「・・・いつも何見てんだ?窓の外よく見るけど。」
「・・・。」
俺はふと疑問に思って聞いてみただけなのだが、なにか気に障ったのかそのまま海峰は席を立って教室から出て行ってしまった。
本当に読めないやつだな・・・。
そう思いながら俺はいなくなった彼の席に座る(?)。
そして海峰と同じポーズ(頬杖をついて)をして窓の外を眺めてみた。
がしかし、特にこれといった変化はない。
同じ目線に立ってみればなにか見えるものも違うかと思ったけど、外れか。
万に一つあるかもしれない可能性をつぶし、俺は席を立とうとすると、隣から「うわっ。」というおよそ人に向けて良いものではない声が聞こえた。
「・・・何、やってんの?」
「え?みかの真似。」
「きっ・・・」
「おい、言いたいことあるなら起承転結まで言え。」
「きっしょう転結。」
「何もうまくねえ!!」
俺に冷めた視線を向けてくるこいつは一年以来の腐れ縁の友達、河西である。
サッカー部に入っていた関係で仲良くなった。
最も俺はすぐにやめてしまったのだが、その関係は三年になろうという今でも続いているというわけだ。
「お前の変人さはわかっていたけど、まさかここまでとは・・・。」
「待て、なにかあらぬ誤解が生まれようとしている。俺はただ、みかが座っていた席に座ってみかと同じ行動をとっていただけだ。」
「大丈夫、そこになんの誤解もない。」
「みかと同じ空間に立ってみればなにかわかるものもあるのかなって思ったんだよ。」
「女子高生が立ってた場所に自分も立って残滓嗅ごうとするやつやめて。実質S〇X理論やめて。」
「あ、間違えた。みかと同じ景色を見ればなにか見えるものもあるかなって思ったんだよ。」
「あぶねえ、俺はもう少しでお前を警察に突き出さなくてはいけないところだった。」
「どう考えてもあの発想が出るお前の方が警察に突き出されるべきだと思うが。」
「・・・?」
自覚がないようだ。まるでそれは誰もが思っていても当然だとでも言いたげな。
「身体が重なれば性行為だろ?」
「時間軸は別に問わないのか・・・。」
それだと処女や童貞という概念はこの世から消えるな。
「まあつまりだ、俺は必要だからこうしているだけであって、決して先ほどまで残っていた椅子の温もりを感じているわけではない。」
「お前も大概だな・・・。」
「だからこうして仲良くやれているのだろうに。俺が通報しないことに感謝しろ。」
「へえへえ、ありがとうございます。」
というひと悶着があって。
「別にそれ外の景色に興味があるんじゃなくて、ただお前に興味がないだけだろ。」
「いや~でも俺以外と話すときもあんな感じだよ?素っ気ないというか、うわの空というか。」
「じゃあ話すことがあんまり好きじゃないんじゃね?だとするなら無理に話しかけに行く方が迷惑なんじゃないか?」
「いや、じゃあどうやって俺は仲良くなればいいんだよ~。」
「それ海峰さんの机だからお前が寝そべらないで。」
いちいち厳しい奴だ。
「仲良くなりたいという気が一ミリでもあるんだったら海峰の席について同じ姿勢を取らない方が良いし、みか呼びも辞めた方が良い。」
「いや、同じ姿勢を取ったらもしかしたら何かこう、違う景色が見えたり、あるかもしれないじゃん。パズルのピースがはまったり、とか。」
俺は何故か誤解されているので、身振り手振りでなんとか同じ行動をとる必要があることを彼に訴える。
よくあるだろう。
視線を低くしたり、ある角度から見たら全く違って見える的なやつ。ミステリーとかでよくあるあれだ。
「はいはい、わかったわかった。じゃあ呼び方の方は?いったいどんな崇高な理由があるんだ?」
「・・・?呼びやすいから?」
「駄目だこいつ、早く何とかしないと。」
そう言って頭を抱える彼。
どうしてみか呼びがダメなんだい?
というかどうしてこいつがこんなにみかのことについて口出ししてくるんだよ。
彼女かなにか?
「・・・てか推理物の読みすぎだろ。フィクションじゃないんだから都合よくそんなもんがあるわけ・・・。」
「でも今は2週間に1回のペースで人が行方不明になっています。」
「残念!!〇ナンは1週間に1回のペースで人が死んでいます。」
「速攻魔法発動!!みかは行方不明者が出る日はほぼ必ず学校を休んでいます!!」
「罠カード発動!!海峰さんは身体が弱く、その日に限らず結構な割合で学校を休んでいる!!」
「ぐ、ぐぎぎ・・・。」
「ほんとにそんな苦し紛れの声出す人いるんだ。」
残念ながら俺にはこれ以上海峰を疑う根拠を提示することができない。
人知れず三鷹市で続く行方不明者事件の犯人が海峰みかなのではないか、そんなことを勝手に思っているのだが、その実、ほとんどは直感である。
ただ学校を休む日と行方不明者がでる日が重なる、ことがあるだけ。
それだけで俺は海峰を疑ってしまっている。
本人からすればたまったものではないだろう。
しかし俺は何故かそんな気がするのだ。
理由はよくわからないが、あいつから目を逸らしてはいけない、そんな気がする。
「そんなに簡単にドラマは起こらんぜ。」
ここは現実だからなと悪友はそう言った。
まあそれはそうだ。
あのときのあれは幻覚のようなもので。
スーパーマンや裏の組織のようなものはなく。
俺ももう世間ではもう成人一歩手前。
フィクションに夢を見るのは止めよう。
そう思っていた。
このときまでは。
「先生さよならー!」
そんな下校していくクラスメイトの元気な声で俺は意識を取り戻した。
「はっ!海峰は!?」
「もう帰ったよ。寝すぎだろお前。」
そう言って生徒会で残っていたのか資料を抱えた河西が俺の横を通り過ぎる。
どうやら考え事をしていたらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
まずい。
追いかけなければと俺は慌てて荷物を鞄に詰める。
「追いかける気か?」
「っそうだけど?」
「捕まらないようにな~。」
余計なお世話だ、と言いたいところだがあながち否定もできず俺はぐっと言いたい言葉を飲み込む。
「いけない子は死神にさらわれちゃうらしいぜ?」
「俺を何歳だと思ってます?」
「うるさい。」
「う~ん、30点。」
そんな他愛もない会話を尻目に俺は教室を飛び出す。
死神にさらわれるなんて、いつの迷信だ?
懐かしすぎる。
子どもの頃にそんな話が合った気がするが、いつかはよく思い出せないな。
最近は死神だの、ドッペルゲンガーだのオカルトじみた話が学校の間で何故か流行っている。
もう少し現実的な問題をぜひとも見てほしいところだが・・・。
アホらしいと切り捨てて、俺はとりあえずリサーチ済みの海峰の登校ルートを逆走するが、なかなか見つからない。
途切れた息を整えながら俺は辺りを見回す。
どこだ?かなり前に帰ってしまっていたか?
あいつらにいつごろ出たか聞いておけばよかったな。
くそっと悪態をつきながら走っていると家にまでついてしまった。
「まだ帰ってないのか・・。」
俺は電気の灯っていない海峰の家を前に呆然と立ち尽くす。
どうやら寄り道をしているらしい。
玄関は閉まっているし、人がいる気配もない。
もうすでに辺りは暗くなっているのでこれで中に人がいたらとんだロングスリーパーである。
老人でもそんなに早くは寝ないだろう。
もはや縄文人である。
「寄り道っていったってどこにいるんだよ・・。」
行先に全くあてのない俺は寝過ごした自分を責めながらも、海峰を探すために元来た道を引き返し、辺りを当てもなく散策する。
公園をちらりと覗き、何気ない路地の裏に目を通す。
その道中、ふと視界に警官がひっきりなしに出入りしている一軒家が映った。
「ここって、確かニュースでやってた・・。」
俺は見覚えのある景色を見て、そういえば事件現場ここら辺だったなと思い出す。
まだ犯人は捕まっていないって言っていたな。
最近行方不明の事件多いし、警察は何をやっているんだか・・。
立ち入り禁止のテープを潜っていく警官らしき人達をぼんやりと眺める。
・・・。
そろそろ帰るか。
何とも言えない気持ちになった俺はせわしなく動く警官達から目を離し、帰路に就く。
結局今回は何も進展がなかったな。
それもこれも最初から尾行していなかった俺の責任なのだが。
やはり休んでいる日の行動がわからないことには。
次は休んでいる日俺も学校休むか。
いや、そもそもいつ休むのかが不定期でわからないんだよな。
早退するか?
でも学校での俺の立場と成績が・・。
そんなことをぼけーと考えながら歩いているとき、ふいに背後から視線を感じた、ような気がした。
俺は反射的に振り返る。
誰もいない。
確かに辺りは暗くなってはきているがとても暗闇に紛れられるような暗さではなく、誰かいるのであれば振り返れば必ず視界に入るはずであった。
気のせいか・・?
なんだか怖くなり俺は気持ち速足で家に帰った。
そこから数日ずっとストーカーしていたが特に変わったことはなかった。
いやストーカーというと語弊があるかもしれないから言っておくが、これはあくまで情報収集のため。やましい気持ちは一切ないことを明言しておく。
平和のためである。
強いて変わったことを挙げるのならば、海峰は下校時に一直線に家に帰らず、この近辺を回ってから帰っていたことだろうか。
これが習慣化されていて普段から行っているのかはわからないが、少なくともこの数日は毎日行っていた。
しかしだからと言って特別何かするわけではなく本当にただ見て回るだけ。
パトロール・・?のようなものか?
まあただ単に散歩かもしれないが、息抜きに散歩する人は特段珍しくもなんともない。
俺だって気分が沈んだり、集中力が続かないときは気晴らしに散歩するものだ。
しかし連日となると話は変わる。
もうルーティーンのようなものになっているのか?
その行動の意図まではわからなかったが、まあ人の趣味習慣には何も言うまい。
本当にそれくらいで他に特に怪しい点もなく日が過ぎていった。
しかし数日後、珍しく連日登校していたみかが学校を休んだ。
「先生、急にお腹が痛くなったので早退します!」
「おい待て、どうせ海峰のとこに行く気だろ。席に戻れ。」
教室を出ようとした俺の腕が先生によって掴まれる。
「・・・。」
あれ?なんでばれて・・。
「ぶふっ。」
クラスの後ろ側で誰かが吹き出した声が聞こえた。
「先生!僕も彼女に会いたいんで早退します!」
「良いわけないだろ。何を馬鹿なこと言ってんだ。神代、お前もどうせ海峰のところに行こうとしてただけだよな?ほんとはお腹なんか痛くないだろ?」
「・・・はい、痛くありません。」
良いわけはなかったし、言い訳はなかった。
渋々席に着くと隣に座っている安藤が口元に手を当て何かを言っている。
「本人には言わないでおくね。」
それはほんとに頼む。
「そもそも神代、お前成績落ちてきてるじゃないか。授業中もぼーとしてるし、提出物は出さないし。今日は補修だからな!」
「え・・。」
教室が爆笑の渦に包まれた。
最悪だと俺は頭を抱え、どうにかこれから抜け出す方法はないかと思考をめぐらすが、何も思い浮かばない。
運命とは修正力が働き、そう簡単には変わらないというが、恐らくこれがそうなのだろう。
またしてもなにかつかめるチャンスを失い、俺は力なく机に崩れ落ちた。
「はあーやっと終わった。」
日もすでに落ちかけ、俺はだれもいなくなった教室で大きなのびをした。
グラウンドから聞こえてくる部活動に勤しむ声を横目に俺は校門へ向かう。
帰りに海峰の家に寄って帰るか。
帰宅部の俺には部活動などというものは無縁の存在だ。
運動や活動を一緒にすることは嫌いではないのだが、俺はすぐに目移りしてしまうのだ。
悪く言えば飽き性、良く言えば好奇心旺盛。
一つのことが長続きしないのだ。
できることならばすべての部活を一日ごとに回りたいのだが流石にそういうわけにもいかず、泣く泣く途中まで入っていたサッカー部を辞め今は帰宅部となっている。
せめて海峰が家にいるのかどうかぐらいは確認しておかないと。
時間も時間だからまったく意味をなさないかもしれないが。
「あれ?乃庵じゃん。もう補修は終わったの?」
はぁとため息をつきながら校舎から出ていたところに横から声がかけられる。
「ああ、終わったよ。」
「今日もこれから海峰くんのストーカーするの?」
なんか不機嫌そうだねと陸上部の吾妻璃莉は後ろで手を組む。
彼女の名前は璃莉と書いてリリイと読む。
変わった読み方だが彼女は容姿端麗で金髪、そしてモデルような体型と前世でどんな善行を積んだらこうなるんだという見た目をしている。
普通ならこんなキラキラネーム嫌がるだろうが彼女はそのポテンシャルから見事にその名前を自分のものにしており、それ故に人気が高く、よくうらやましがられるようだ。
みんなには間違っても将来自分の子どもに名付けするときはこの極端な例に引きづられないで謙虚なというか、ちゃんと考えて名前を付けてほしいところだが、こんなのが身近にいたら歪んでしまってもおかしくはない。
まあいろいろと罪な女なのである。
そのせいで色々あったりもしたようだが、それはまた別の話。
「そりゃ不機嫌にもなるわ。せめて今日じゃなくても・・。」
「本当に好きだね~。一途な人はモテるよ。」
「いつか本当にモテたいものだね。」
追いかけてばかりでは疲れると言うもの。
追いかけられたいものだ。
「昔から結構追いかけられてなかった?」
「・・・あれは、追いかけられていたというか、追われてたというか。純粋なあれではないよ。」
「・・・恋に純粋も濁るもないと思うけど。」
お。なかなか深いことを言う。
「というかそんなこと言ったら、今の乃庵のやっていることは何?違うわけ?」
「これは・・・。」
そう考えて俺は言葉が詰まる。
あれ?
俺のやっていることは・・・なんだ?
「これは、ただ、好奇心からやっているだけだ・・・。」
「好奇心、ね・・・。」
彼女は露骨に納得していないという表情を見せる。
そんな彼女を俺は避けるように「・・・お前はさぼり中か?」と話題を変えた。
「いやだなぁ、ちゃんと部活中だよ。ちょっと抜け出しただけ。」
「そうか、休むのはいいがさぼりすぎんなよ。」
部活の邪魔しちゃ悪いからなと、そう言って早々に退散しようとしたが璃莉は「あ。」と何かを言いかけたので帰路に向けていた身体を戻す。
「ん?」
「あ、いや。なんでもない。」
そう言って璃莉はあわてて何かを後ろに隠した。
なんなんだ。
結局よくわからなかったので俺はじゃあと言ってそのまま璃莉とは別れた。
海峰の家に着くころにはすでに日は落ち切って辺りは街頭の灯を頼りに照らされていた。
「誰も、いないのか?」
暗くても間違えるはずはないのだが傍から見てどこの部屋にも電気がついているようには見えなかった。
確かにここが海峰の家のはずだが、また人いる気配がない。
間違えてはいないよな?
俺は表札を確認し、間違えていないことを確信する。
とすると出かけてることになるわけだが。
「こんな時間にどこいくんだ・・。」
もう時計の針の短い方は7の数字をを回っていた。
また散歩、か?
いや、バイトもあるか。
バイトは基本的には校則で禁止されているのだが、実際は隠れてバイトしている人も多く、取るに足らないルールだと思われているのは事実だ。
それに、家庭事情が厳しい者に限ってはバイトすることを許可されている。
彼がいったいどちらにいるのかはわからないが、彼の立ち振る舞いを見ると後者であっても別段おかしくはない。
家の前で張っておくか?とどうやって一回見失った彼を見つけるかと考えていると、全身に悪寒が走った。
まるで蛇ににらまれているかのような強烈な圧迫感。
蛇ににらまれた蛙とはまさにこのことかと実感した。
恐る恐る振り返ったその圧の先に、女が立っていた。
目と鼻の先。
下から見上げるように俺の顔を凝視していた。
俺は音もなくいつもまにか後ろに立っていたその人物を見て心臓が飛び出すほどに驚いたが、なんとか顔には出さず、平静を保っているように擬態することに成功する。
何だこの女。
さっきまで立ってたか?
制服を着ていることからどうやら高校生であることはわかるが、うちの高校ではないようだ。
故障したロボットかのように立ち尽くし、ずっと俺の顔の一点を見つめている。
最初は俺を見ているのかと思い、「何か用か?」と若干声を震わせながら話しかけるが反応はない。もしかしてと思って身体を引いても視線は変わらず、ある一点を見つめているようだった。
海峰の家を・・・見ているのか?
俺はまるで生気を感じないその様子に気味悪さを感じ、海峰の家の前から急いで離れた。
その女は俺の視界から見切れるまでの間片時も動くことはなかった。
「なんだあの女こわっ。」
家から離れあの女がいないことを念入りに確認して詰まっていた空気を吐き出す。
未だに激しくなった動悸が治まらない。
妹や姉・・てことはないよな?
ないな。
自分の家の前で静止して立ちつくす兄弟とか嫌すぎる・・。
なら彼女とかか?
だとしてもやばい気しかしないが。
やばいやつとかと絡んでんのか?あいつ。
とそこまで考えたところで、そういえば俺は海峰の家族構成すら知らないことに気が付く。
海峰の家の玄関をくぐった人物は海峰みか本人以外に見ていない。
まあ、これは俺が体力的にきついのが理由で放課後しか尾行していないからで、親は帰りが遅いとか理由はいろいろ考えられるが。
俺の中で一つの疑惑が湧きたつ。
高校生で一人暮らしなのではないか?と。
なんらかの事情で親がいない訳あり高校生。
ありうるな。
歪んだ家庭環境とバイトの忙しさ故に交友関係も歪んでしまって・・。
まあただのスーパーのタイムセールで今はいないということも考えられ、これだけで断定はできないが。
ぶつぶつと頭の中で考えたことをつぶやきながら歩いていると、ふとコンビニで掲げられているでかでかとしたセール広告が視界に入った。
そこには2月14日とチョコの文字が大々的に書かれており、俺はそれで初めて今日がバレンタインデーであったことを気づいた。
完全に忘れていた。
教室のやつらがやけに浮かれているように見えたのはそういうことか。
ということは海峰もそういうことか?
ネガティブに考えすぎていただけで実際はこの浮かれた世の中に便乗して誰かと現を抜かしているのか?
今までストーカーもとい情報収集した時はこんな遅くに家にいないことはなかったしな。
さっきの女はただの元カノとかいう昼ドラさながらの泥沼展開なだけか?
まだそっちのほうが希望がある。
もしそうだとするならばみかを探すためにはこの上なく今行きたくない場所場所を回らなければならないことになるのだが。
海峰にとっても俺にとっても地獄すぎる。
win-winどころかlose-loseだ。
二人きりの時を邪魔されるみかといちゃいちゃを見せつけられる俺・・。
俺が思うにバレンタインデーとやらはこの世から消すべきだと思う。
なんで毎年毎年こんな意味のない期待に胸を膨らませられなければならんのだ。
期待するな。どうせもらえない。と自分を諭してもどこかで勝手に期待が生まれてくる。
自分の心を完全にコントロールできないことがなによりうらめしい。
自分の心くらい好きにさせてほしいものだ。
まあチョコを売りたい側からするとそういうわけにもいかないんだろうが、本当に世の中というのはよくできている。
今日はやめといたほうがいいか?と悩みながらも、辺りをぶらぶらと散策し、脇道を適当に進んだところで俺は違和感に気づく。
・・・。
あれ?ここの道ってこんなに暗かったか?
俺は考えごとをしていてあまり気にしていなかったが、一回躓きかけたことでその違和感の正体に気づく。
「あ、街灯がついていない。」
一つだけではない。この道に数メートル間隔で設置されている街頭のすべてだけでなく、道に沿って並ぶ家々のどれにも電気が灯っていなかった。
停電でも起こっているのか?
どうやらやけに今日は暗いと思っていた違和感はそこからきているようだった。
俺は珍しいこともあるもんだなと思いつつも近道だったので多少暗くても気にせずその道に入った。
まあそういうこともあるだろう程度の認識で。
思ったよりも暗いな。
歩みを進めたはいいが、さすがに冬の7時過ぎになにも明かりに頼らず歩くのは危険だったかもしれない。
なにしろ一寸先も見えないのだ。
いくら住宅街だからといって甘く見てたかと言っても、月や星は出ているはずなのだがと思い俺は空を見上げるが光のひの字も見えない。
まあそこそこ通る道だし多少暗いぐらい気にすることではないか。
足元すらまともに見えなくても普段の慣れというのは怖いもので、そのせいで俺は今現在自分がどこに足を踏み入れているのか、街の騒音がいつ間にやら聞こえなくなっていたことにすらきづいていなかったのである。
俺は何回も躓き、こけかけながらもその一本道の先の僅かに光の漏れている地点を目指して歩みを進めた。
この道こんなに躓くものなんかあったか?
俺の記憶ではアスファルトで舗装された平らな道なはずでこんなでこぼこしていなかったと思ったが。
知らない間に工事でもあったのか?
「痛っ!」
本日何回目かわからないつまずき。
思いのほか足元のそれが大きく、両手を地面につけることで何とかこけることは回避したが、そのとき地面に触れた手が何か液体に触れた。
その時に俺は違和感を気づいた。
触れた液体がただの水ではないということに。
ちょっとドロッとしていて、俺はそれがなにか理解しようとして顔に近づけるとひどい匂いが鼻を貫く。
この匂いは・・・。
あまりの匂いに顔を顰めながら、俺はようやく自分がどこの上を歩いていたのか理解した。
あまりの暗さに足元に広がる液体がなにかよく見えていなかった。
前のめりにこけて顔が地面に近づいたことで、手がその液体に触れたことで初めて気づいたが、これは、この足元に広がる液体は、血だ。
「なんなんだよ・・これ。」
俺はスマホを取り出して、今まで自分が通ってきた道にかざす。
そして俺は絶句した。
俺が今まで躓いてきたものは地面に転がっていた人達の身体の一部だったのだ。
辺り一面に無残にも食い散らかされたと思われる死体が転がっている。
「うっ。」
吐きそうになるのを何とかこらえる。
こんな大量殺人いったいだれが。誰も通報してないのか?早く通報しないと!
「っ!」
急いで番号を打ち込もうとするが、こんな状況初めてでうまく指が回らない。
急げ急げと自分を掻き立て番号をなんとか打ち終わったとき、少し離れたところから何かの物音が聞こえた。
まるで何か物が落ちたかのような。
俺は急いで周りをライトで照らすが何も映らない。
そこで俺はある可能性に考えを巡らす。
そう。まだ犯人がこの場にいるという可能性だ。
一気に全身に鳥肌が駆け巡った。
これに気づいた瞬間俺はどうしてこの惨状を見た瞬間とりあえずこの場から逃げなかったんだと思うが、今更そんなこと後悔しても遅い。
時すでに遅し、だ。
まだ、いるのか・・?
こんな惨状を引き起こした張本人が。
俺はゆっくりと音を立てないように先ほど音が聞こえた方をじっと見ながらじりじりと来た道に後ずさりを始める。
どうしてこんなことになった。
いやそもそもなんでこんな静かなんだ。
街中だというのに車の音も聞こえなければ、環境音自体聞こえない。
ここに来るまではしっかり聞こえていたというのに。
まるでここだけ切り取られた別空間のような。
しかし、そのおかけで今ははっきりと聞こえた。
なにかがこちらに近づいてくる音が。
同時に唸り声のようなものも聞こえる。
俺は緊張感に駆られながらその音の鳴る方に光を当て続けた。
どんなことが起こっても、どんな奴が出てきても対応できるように。
光を当て続けながらも続けていた後ずさりでどうにか足場の悪い場所を突破したかと思った瞬間、不意に背後から強い衝撃を感じた。
俺はそれに地面に引きずり倒される。
「このっ!」
またがってくるそいつを跳ね除けようと取っ組み合いになる。
造形は犬のような四足歩行のように見えるが身体がブラックホールのような闇で覆われており、遠近感がわかりづらい。
元々の夜の暗さも合わさってこの距離でも背景に溶け込んでいて、時折掴もうとした腕がすり抜ける。
馬乗りにされ目の前で歯ががちがちと嚙み合わさる。
必死に抑えていると視界の端に最初注意を向けていた闇の中から二匹目がぼうっと現れるのが映った。
まずい。
こいつをどうにかどかして逃げないと!
しかし、その一匹ですら力が強くどかせられない。
迫りくる歯を押さえつけるので精いっぱいだ。
目の前までゆっくりと迫ってくる黒い影が映る。
やられる!と思ったその瞬間、
「やめよ。アビー、むぎ。」
闇の中から冷たく、聞いたものの背筋が凍ってしまいそうなほどぞっとする声が聞こえた。
最近大切な人を亡くした、深い悲しみを背負ったような声。
その声を聞いた途端俺を襲おうとしていた二匹は急に俺から離れ、クゥーンと物欲しそうに鳴きながらその声の主に向かっていく。
「どうやって入ってきたのだ?この結界に。」
その声の主は足元に寄った二匹を撫でながら流暢な人間の言葉を話す。
そいつは上半身を見れば一見人間のように見えるが、下半身がたこやいかのように触手で構成されており、一目で人間ではないとわからされた。
パーカーを着、そのフードを深く被っているため顔は見えないが、まずあるのかどうかが疑わしい。
明らかに人間でない者が人間の衣服を着ているこの異質な姿がまた恐怖を加速させる。
あっけにとられていると視界に血が一滴映った。
ぎょっとして周りを見ると、いつの間にか辺り一面にできていた血だまりから血が細い線状に浮かんできていた。
それはまるで血が空に落ちていくようで、重力が失われたかのようだった。
俺はとっくに馬乗りに押さえつけられていたやつもどいて自由に動けたはずなのに、こちらにゆっくりと地面すれすれをスライドしながら近づいてくるそいつを黙って見ていることしかできなかった。
それは決して動きが止められていたからではない。
動こうと思えば動くことはできた。
逃げだすこともできただろう。
しかし、動き出すことが怖かったのだ。
こいつの気に障ることをしてその報復がくるのが。
「ん?言葉がわからんのか?すっかりこの世界の言語はマスターしたつもりだったのだが。」
そいつは首をかしげながら近づいてきて、ついに俺の目の前にまで来た。
結界?この世界の言語?なんだそれは。
「なんと運が悪いことよ。せめて苦しまずに葬ってやろうぞ。」
そういってそいつの腕が俺に伸びてくる。その手にはまともな指がほとんどなく、大半がつぶれてしまっていた。
これに触れられると絶対にまずい。
なんとなくそれだけはわかる
しかしそうとわかっていても俺は動くことができなかった。
ただそれが近づいてくるのを黙って眺め、ついにそれは俺の顔を捕える。
俺の頬を撫でるかのように残っていた指を近づけ、俺に触れた瞬間、頭に色々な景色が流れ込んできた。
「っ!!」
・・・何だこれ。
知らない女性と知らない場所。
これは、誰の記憶だ・・?
俺は誰かの記憶を植え付けられているのか?
わからない。
この化け物の狙いはなんなんだ。
目撃者である俺を殺すことじゃないのか?
・・・頭が。
あまりの情報量の多さに整理しきれず、意識が遠くなっていく。
その失いつつある意識の中、ぼやけつつある視界の端で俺とそいつの間にふと誰かが見えたのを覚えている。
後ろ姿しか見えなかったが、あの制服、俺らの高校のだ。
黒を基調とした学ランに、同じく黒のズボン。
そしてあの後ろ姿。
寂しげな背中、長めの髪、男の中でも低めの目立つ身長
俺が何度も見てきたものだ。
見間違えるわけがなかった。
俺がずっとストーカーして、追いかけ続けた背中。
まさか向こうからきてくれるなんて考えてもいなかったが、俺は意識が消えていくさなか当初の予想が悪い方で当たらなくて本当に良かったと、心の底から思うのであった。




