↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セイテイノア  作者: みか
PR
30/32

セイテイノア30

次第に音が大きくなっていく。

戦場が近くなっている証拠だ。

彼の名前は灰原というらしく、灰原君と私はこの轟音の震源地を目指して足を進め、私は彼の後ろをついていく形になる。

多分私が飛べば私の方が速い。

しかし、私にその勇気はなかったし、本当のことを言えば行きたくなんかない。

彼が行くと言って聞かないからこうして渋々付いて行っているのだ。

最悪彼を抱えて飛んで逃げればいいかと。

そんな悠長な考えで自分を納得させた。

私たちは立ち並ぶビルや看板を飛ぶように移動し、目的の地点を見下ろすことのできるビルの屋上に降り立つ。

「・・・。」

先に着いていた彼が目の前の光景に目を奪われ、立ち止まっている。

私もその先の景色が気になり覗いてみると、眼下には黒いオーラを全身に身にまとい中の見えない巨大な化け物と、ボロボロな姿で瓦礫に埋もれる真木陽子の姿があった。

「真木さんがここまで一方的に・・・。」

ここまで余裕のない真木さんを想像ができなかった。

恐らくあの巨大な生物が先ほど空から落ちてきた化け物で、それにやられたんだろうが・・・とすると先ほどの悪魔を一掃したのは決して真木さんではなく、恐らくその相手、悪魔側によるものだと考えることができる。

多分真木さんを殺すためだけにあれほどの犠牲を払って、こいつを召喚したのだ。

弱いわけがない。

「やっぱり帰ろう・・・?」と怖気ついた私に対して彼は「なんで?真木さんが劣勢じゃないか、手助けしてあげないと。」と意思は固く、曲げる気はないようだ。

「でも、勝てるわけがない。」

「あんたが戦えば余裕だよ。覚醒者なんだから。」

「そんなこと言われたって・・・。」

こんな化け物相手にどう戦えばいいのか。

そもそもあの時は無我夢中でなにかしようとしただけで、まともな戦い方すらわからないのに・・・と私が介入を渋っていると、彼は痺れを切らしたのか「臆病者が。」と吐き捨てて行ってしまった。

「あ・・。」

私が声をかける暇もなく、彼は屋上から飛び降り、すたすたとその怪物に近づいていく。

・・・私はどうしたいのだろう。

それはもちろんあれを協力して倒せたら文句なしだが、でもあれは見ただけでわかる。

私たちがいくら束になったって勝てやしないって。

じゃあ次は犠牲者を減らすことだ。

少なくとも無駄死にすることだけは避けさせないといけない。

ちょうど今の彼のように。

だが、私には彼を止める術がない。

彼を止める力は、あるのかもしれないが、そもそもの勇気が足りない。

嫌われてでも止めに入るべきだっただろうか・・・。

そんなことを考えていると、ものすごい衝撃音が鳴り響き私は耳を塞ぐ。

黒い化け物が身体から触手をだしており、なにかが勢いよく壁に叩きつけられたことはわかった。

煙が晴れ、それがなにか明らかになると私は自分の行動を悔やんだ。

その場所で伸びているのは先ほど勇猛果敢に向かって行った彼で、すでに死んでしまったのかピクリともしていなかった。

そりゃあ、そうだ。

誰が見てもわかる。

あんな化け物には、勝てるわけがないってことくらい。

どうあがいても私たちなんて精々蝿を払うかのように叩かれて終いだと思っていると、巨大な化け物の影から誰かが出てくるのが見えた。

最初に見た悪魔どもの主だ。

そいつはすーっと地面すれすれを浮きながら真木陽子の元へ近づいていく。

「あれだけ啖呵を切っておいてこの体たらくな今の気分はどうだ?うん?」

横たわる彼女。

「ああ、最高の気分だy」

彼女が言い終わる前に主の後ろにいた化け物の触手が彼女を襲い、受け身も取れずに塀に叩きつけられ、ずっと遠くから聞こえていた衝撃音が辺りに響き渡る。

「遊ぶのは良いが、誤って殺すなよ。何を中に飼っておるかわからんからな。」

黒い化け物がそれを聞いて返事だろうか、低く呻いた当たりでその主は首を動かし私の存在に気づく。

「うん?」

私の方に目を向けるのだが、その瞬間とても首を向けてその二文字を発しただけとは思えないすさまじいプレッシャーが私の横を駆け抜ける。

その瞬間、私は死を覚悟した。

「・・・さっきのやつの仲間か?命が惜しければ去れ。それくらいの温情は与えてやろう。」

漂うオーラとは裏腹に意外にも寛容な心をそいつは見せ、私は立ち尽くしてしまう。

「見逃して、くれるんですか・・。」

「殺されたいのか?」

「い、いえ・・そんなことは・・・。」

「なら行け。もう他の悪魔もおらんだろう。」

・・・え。

なに。これは。

私はあまりの予想外の事態に動揺するばかりであった。

・・・これが、あの悪魔の群れの頭目?

私を油断させようとしているのか?

そして助かったと思ったところでまた捕まえてあざ笑おうとしているのか?

あらゆる想定が私の頭を埋め尽くしたが、この悪魔の前では何をやっても無意味だと悟り、警戒しながらも下に降り、意識を失っている彼を担ぎ上げる。

そして上に戻る間もあの悪魔から目を離さなかったが、特に私たちにこれ以上どうこうする気もないみたいだった。

まるで悪魔らしくない。

悪魔とはもっと馬鹿で、野性的で、暴力的なものだと思っていたが・・・。

今起こったことに私の頭が追い付いて行かない。

私たちのことは眼中にないということか?

だとするとわざわざ生かす意味も分からないが。

これだけの人間を殺して今更見逃すだなんて、あまりにも辻褄が合わな過ぎる。

私はすっかりあの悪魔に夢中になっていた。

一体何が目的なんだと一旦離れた後振り返り、彼らの方を振り返ると少し離れたところで瓦礫がガラガラと崩れ落ちるのが見えた。

なんと真木さんが起き上がったのだ。

あれだけぼろぼろにされたのにまだ動けるのか。

服はいたるところが破れ、全身に切り傷やあざが散見して血を流し、見るからに痛々しい。

それだというのにその目からはまだ戦う意思は消えていない。

彼女はおもむろに何もない空間に手をかざすとそこに立方体の箱が現れた。

そしてその箱に手を入れた思うと、中から何かを引っ張り出そうとする。

徐々にそれの姿が露わになり、途中でそれは剣であることがわかった。

一点の曇りのない真っ黒な剣。

それはまるで先ほどの黒く染まった空を彷彿とさせる。

その剣を取り出すと黒い化け物に向かっていくのだが、化け物も黙ってはいない。

身体のいたるところから触手が出てきて彼女を叩きつぶそうと襲いかかる。

彼女はそれらの触手を避けながら向かうのだが、その最中でどうしても平面では限界があると思ったのか、高く飛んでそれを避ける。

しかし化け物の反応速度は速く、飛んだ先にも次の触手がすぐに襲い掛かる。

まだ地面まではかなりの距離があり、何もない空中では進行方向を変えることができない。

命中する!!と思った次の瞬間彼女は空中にも関わらす90度角度を変えさらに飛んで見せた。

空気を蹴ったように見えもしかして彼女は空を飛べるのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

彼女は先ほど空間に作った箱上のものを足場にして移動してしているようで、作ってそれを蹴っては移動して作ってそれを蹴っては移動してを高速で繰り返しているようだった。

初めは空を飛べるのかと本気で思ってしまった。

先ほどそのような話を聞いたばかりだし、彼女ならあるいはと。

化け物の周りに空中に浮かぶ立方体が乱立していき、なんとも不思議な空間が出来上がっていた。

彼女はそれを足場にし、下に上にものすごいスピードで空中を移動していく。

目のない化け物はその立体的な動きを追えないのか明らかに彼女に攻撃が当たらなくなり、そして彼女はその隙にしっかりと相手に深手を与えていく。

何本もある足を切断し、バランスを崩したところで中心の大小さまざまな口が生えている場所を的確に刺して行く。

「オオオ、ォォ・・。」

彼女の猛攻により最初は必死になって捕えようとしていた化け物も次第に防戦一方になっていき、終いには見るからに弱弱しい呻き声を上げた。

しかしそれでも彼女はその攻撃の手を緩めることもなく、最後には地面に倒れ込む化け物の上に立ち中心の顔と言ってよいのかわからない部分に深々と剣を突き刺した。

巨大な怪物の上に剣を突き刺して立つ背中はなんとも絵になって、本当に童話に登場する救世主のようだった。

彼女は残された悪魔の方を振り返り、次はお前だと言わんばかりに見据える。

彼女ならばもしかするとこいつも・・・。

そう思い悪魔の主の顔を見るのだが、そいつは黙って彼女らのやり取りを見ているだけであった。

彼(と呼んでいいのかわからないが)が加勢すれば余裕で真木さんを倒せたかもしれないところをなぜ・・。

そんな疑問を抱えていると、未だに余裕そうな態度を取る彼が表情もないというのににやりと、確かにそう笑った気がした次の瞬間。

動かなくなったはずの化け物から黒い靄があふれてくる。

そしてそれは切られたはずの足を作り直し、触手を再生し、大きな口がカチカチと動き出す。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

復活を示すその咆哮とともに、上に乗っていた彼女を振りはらおうと大きく身体を揺さぶる。

彼女はたまらずその場所を手放し少し離れた地面に着地するが、困惑を隠せていないようだった。

そしてそれは私も同じ・・。

「そいつはな、わざわざ儂が死者を媒介として召喚したものだ。この世界にばらまいた教本によりこれまで死んだ人間とこの窓が開いてから息絶えた生物の命とわが部下、延べ数千もの命によってこの世界にも顕現できるもの。死者の魂から作られ、初めから生などないこいつに死の概念は存在しない。」

死の概念が、ない・・?

そんな生きものが存在するのか?

ロボットだって故障すれば動かなくなるし、永遠に動くわけではない。

寿命があるものだ。

それすらないと言うのか?こいつには。

いや、そんなわけはない。

何事も死からは逃れられない。

どれだけ実力差が離れていようと、寿命が違かろうと、死だけは平等にあるはずだ。

きっとハッタリで、なにか策や仕掛けがあるはず・・・。

「こいつの動きを止めようと思ったら、効力の消える時間制限までひたすら耐えることだ。

 時間にして、あと30分くらいか?」

30分・・。

こんなやつがまだあと30分も・・・と考えて私はふと疑問に思う。

なぜ彼はこんなにも執拗に彼女を殺したがるのか。

私たちのことは見逃したというのに真木さんに至ってはここで完全に仕留めるつもりのようだ。

そのためにこの化け物を呼び出したようだし。

彼女に目を戻すと復活した化け物の攻撃を避けている最中で、私はさらに考える。

確かに彼女は強い。

この一筋縄ではいかない組織をまとめ上げているし、この世界を征服しようとすると障害になることは間違いないだろう。

しかし、ここまでする必要があるのだろうかとも思う。

元々悪魔と人間サイドでは今日の戦闘を見ただけでもわかったが、戦力差は圧倒的だ。

人間が一人いたところでどうにかなるレベルではない気もするが・・。

それでもここまであの悪魔が彼女に固執するのは、ひとえに彼女が脅威だからなのか、それとも・・・。

そんなことを考えている間にいつの間にか彼女はあの化け物の猛攻を潜り抜けて悪魔に迫っていた。

あいつには構わず本体を倒してしまおうと話なのだろう。

しかしそれには悪魔も気付いていたようで、水平方向に勢いよく振りぬかれた剣を軽々とはじき返す。

なにが・・!?

完全に当たったように見えた彼女の一太刀は見えない壁のようなものにきれいに弾かれていた。

よく見れば少しあの悪魔の周りの空間が歪んでいる。

まるで昔の子どものゲームでよく見たバリアのようだ。

渾身の一撃を防がれた彼女は態勢を崩し少しよろけたが、その隙を後ろから追いかけてきていた化け物が見逃すわけがなく、彼女は足を絡めとられ化け物の元に引きずり戻される。

そして待っていたと言わんばかりの数えきれないほどの触手が彼女に襲い掛かるのだ。

正直見ていられなかった。

なんとか彼女は耐えて耐えて隙を見つけては悪魔の主に向かっていくのだがそのたびに返り討ちにあい、一つ、また一つと深手を増やしていく。

なにか、なにかないか。

この状況を打開できるなにか・・。

先ほどまで悪魔に夢中だったというのに、真木さんがいざピンチになるとこの焦りようだ。

結局は自分の命がかわいいということなのだろう。

この少年はまだ伸びているし、私は戦えるかと言われると・・・。

あの戦いに介入する勇気は持ち合わせていない。

いつの間にか辺りには悪魔退治に集まっていた病院のときに見た人たちの生き残りが集まってきており、中には真木さんを助けにあの悪魔に立ち向かっていく勇者がいた。

しかしその全部がまともに彼に触れることさえも叶わず、儚く散っていった。

目を覆いたくなるような光景が辺りに広がり、私はやはりあいつは悪魔なんだと再確認する。

どうして少しでも希望を抱いてしまったのだろう。

分かり合えるかもしれない、と。

そんなことは全くなかった。

あいつは悪魔で、私たちは人間。

そもそも侵略してきているのは向こう側で、無差別殺人をしているのも向こう側だ。

私たちはただ抵抗しているだけ。

分かり合えるはずもない。

ただの強者ゆえの戯れだったのだ。

自分の愚かな考えを悔い、そこまで悟ったところで私は先ほどまで見られなかった異質な光景にふと気づく。

彼女から流れ出る血が、その色がおかしいのだ。

赤色ではなく緑色のような・・。

それは何度自分の目を擦っても変わらないばかりか、次第に目の色も変に見えてきた。

目の奥に何か炎のようなものがゆらゆらと揺らめいており、言っちゃなんだが少し不気味だ。

これもこの悪魔の仕業なのか?

私の認識になにかしたのか?と思い悪魔の主を見るが、変わらずそいつは楽しそうに必死に戦う彼女に夢中でこっちには目もくれていなかった。

私たちの代わりに死ぬ気で戦う彼女を疑うなんてあっちゃいけないことだ。

でも、どんどん彼女の化けの皮がはがれていく。

二体の悪魔と戦う中で負傷してくたびに肌の色が落ち、目の色が変わり、見るからに生気が感じられなくなっていく。

そんなわけはない。

あるわけがないと思いつつも私の中でそれは確信に変わっていく。

そのできものや乾いて爛れた青白い肌は、黒い目の代わりに揺らめく炎は、決してこの戦闘の傷によるものではない。

きっともっと前から、いや最初から彼女はこうで、ずっと隠していたんだ。

だって彼女の露わになったその姿は人のそれではなく、まるで悪魔のように見えたから。



「なに、その姿は・・。」

私の口からつい漏れてしまった言葉に黙って見ていた悪魔の主が反応する。

「ああ、なんだ。お前たちは知らないのか。てっきり恐怖心かなにかでしばりつけているものだと思っていたが。」

そう言ってそいつは仕上げとばかりに触手で雁字搦めにされ動けない彼女に触れると、彼女のその全貌が明らかとなった。

風格漂う大人な女性の見た目からは一転、顔はできもので覆われお世辞にも美人と言えず、さらに肌も爛れ色も血の気がなく、目には陽炎のような揺らめきが映る。

かろうじて人の形は保っているが・・・これは人間なのだろうか。

人間というよりは、まるで・・・。

嫌な想像をしてしまうそんな私の疑問に答えるように悪魔が答える。

「こいつは魔将だ。」

魔将・・・?

魔将って確か、悪魔の中でもトップって・・・。

「この程度のと同じに分類されるのは癪でならんが、まあ人間ではない。自分の世界を追われこの世界に逃げ込み、人間に化けて世間に溶け込んでいたのだ。いつか魔将不在のこの世界を乗っ取ろうとでも考えとったのかもしれんな。」

真木陽子が魔将・・?

悪魔から市民を守る組織のトップが実は悪魔だったという明かされた衝撃の事実に身体が震える。

そんなことがあるのか?

悪魔の言うことなど信じられるかと跳ね除けようとするが、目の前の光景がそれを簡単に否定する。

見た目があまりにも人間からかけ離れている。

しかしそうすると、彼らはずっと騙されていたってことになる。

足元で転がる彼や病院前で一緒に戦ってくれていた彼らも、街で人助けしていた人達も。

みんな彼女を信じて戦って死んだ。

このことは纐纈でさえ何も言っていなかった。

まああの人はあまりそう言ったことに興味を持っていなかったけど。

そう思ってはっとし私は首を振るが、彼はこの場にいないようで少し安心してしまう。

私たちは利用されていただけなのだろうか。

商売敵を排除する駒として都合よく。

わからない。

わからないが、言いようもない不信感だけが加速していく。

周りでこの一部始終を見ていた他の人たちもこの事実にざわざわと狼狽えているのがわかる。

でも彼女はずっと先導して最前線で悪魔と戦っているはずで・・いやそれもただ自分がこの世界を独り占めしたいがために邪魔者を排除しようとしただけなのか?

じわりじわりと良くない流れが辺りを覆い切ろうとしていたとき、足元意識を失っていた彼が魔将に向かって叫んだ。

「嘘を吐け!!お前が幻術でもかけて真木さんの姿を変えたんだろ!!」

いつの間にか意識を取り戻した彼は真木さんを返せと大声で魔将を罵り、怒りを露わにした。

「まことに悲しいことにこれは嘘ではないのだ。信じたくない気持ちはわかるが、気になるのならば聞いてみればよいではないか?」

そう言ってそいつはもう抵抗する気も失せ俯いている彼女の方を見やる。

ただただ恥ずかしいのか、はたまた罪悪感に苛まれているのか。

「ハッ。そうやって俺が近づいて油断したところを殺すんだろ。」

警戒心を露わにする彼に対し、魔将は「そんなもの今すぐにだってできるわ。」と余裕の返しを見せる。

私たちの代表として身体を引きずりながらゆっくり近づいていく灰原君を私たちは固唾をのんで見守る。

「あなたは人間ですよね?」

しかし彼女は俯くだけで答えは返ってこない。

「黙ってちゃわからないですよ・・・。しゃべれないなら首を縦に振るとか・・・。」

終始黙っている彼女に対し彼がそう語り掛けると、彼女は首を横(・)に振った。

それを見て私たちの間に一斉に緊張が走る。

「だから言ったであろう?ん?」

「う、嘘だよな?真木さん・・。」

よろよろと起き上がり、力を振り絞った彼の懇願には彼女は答えず、彼は絶望に打ちひしがれているようだった。

「僕たちは、悪魔同士の戦争に巻き込まれていただけ、だったのか・・・?」

崩れ落ちる彼に「そういう見方もできるな。」と意味深な発言をする魔将。

「この状況をこのままずっと眺めておくのも悦だが、生憎もうあまり時間がないのでな。これで失礼する。そいつは煮るなり焼くなり好きにしてよいぞ。貴様らが憎む悪魔への恨みやつらみがあるやつもおるだろう。」

そうしてそいつは向きを変えその場を去ろうとしたところで、何かを思い出したのかふと動きが止まりこちらを振り返る。

「そういえばお前らは地球と言う惑星を知っておるか?」

周囲がざわつき、私は不意に出てきたその言葉にどくんと心臓が高鳴る。

なぜこいつがそれを・・?

「ほらあれだ。お前らの言葉で何と言うんだったか・・・太陽系第三惑星の。」

「・・・知ってますが、それがなにか?」

「行きたいと思わんか?お前らの故郷なのだろう?」

・・・は?

急に何を言い出すのだこいつは。

それができたら苦労はしない。

私がその謳い文句で何度騙されたか。

あの時の馬鹿な自分の記憶が思い起こされ、また暗い底の中に気が落ちかけたが、次にその魔将が言った言葉で私はまるで頭に水をかけられたかのように冷静になった。

「儂に就いたら、地球とやらに返してやるぞ?」

・・・・。

私はその言葉に少し考える。

確かに私はその言葉で何度も騙されてきた。

そのどれもがただの人間で、大した力も持たない口先だけの詐欺師だった。

それによって私は所詮人間には不可能な芸当で、もうここで余生を過ごすしかないのだと諦めていた。

しかし、この悪魔なら?

この桁外れの力を持った魔将なら?

倫理観は欠けているが、それが可能な力は持っていてもおかしくはない。

現にこの世界には侵入に成功している。

・・・だがまた騙されたらと思うと足が竦む。

こいつは悪魔で人間を食い物にする生物だ。

私たち人間のことなんてこれっぽっちも気にかける理由がない。

なぜこのようなことを持ち掛けたのだ。

内部から破壊する気か?

いや絶対そうだ。

恐らくこいつはこの提案を持ち出して私たちが仲間を裏切るのかどうか悩んでいる姿を見るのが好きなのだ。

仲間を取るか、自分の身可愛さに裏切るかその葛藤を見ているのだ。

何とも悪趣味なやつで、表情は見えないというのにその顔があるはずの黒い空間からにやついているのがなんとなく感じ取れた。

他の人も悔しそうに手を震わせるが、抵抗するとどうなるか先ほど嫌というほど思い知らされた。

怒りに身を任せても身を亡ぼすだけだ。

それより私はこれはチャンスなのではないかと思い始めていた。

分かたれた家族と再会する千載一遇のチャンス。

こんな牢獄に囚われてしまった私に訪れた最初で最後のまたとない機会。

少なくとも今まで一番可能性がありそうなのは確かだ。

その分リスクも大きいが、どうせこのまま一人で余生を過ごさないといけないのなら死ぬかもしれないなんてことリスクにはならない。

だったら今ここで足を踏み出さないと・・。

そうは思うのだが、身体がうまく動かない。

「まあ、この場でどうどうと裏切り発言ができるほど勇気がある者はおらんか。」

魔将は再び踵を返し、今度こそこの場から去ろうとする。

このままでは、せっかくのチャンスがどこかに行ってしまう。

待って・・まだ私は・・・。

そうは思うのだが、うまく言葉にならない。

周りの目が気になっているからだろうか。

パクパクと口だけが動き、喉もカラカラだ。

それでもなんとか絞り出した「私は・・」という言葉は、おもむろに立ち上がった彼の言葉でかき消された。

「黙れ!!誰がお前なんかの誘いに乗るか!!真木さんを解放しろ!!」

ぶつぶつと何か言っていた灰原君がその悪魔に向かって何かがはち切れたのかものすごい勢いで罵詈雑言を浴びせる。

「そもそもお前らが攻めてこなければ僕たちはここでも平和に暮らせていたんだ。こんなひどいマッチポンプがあるか?そうやって誘惑すれば心の弱い奴を引き込めると思っているんだろうが、お前ら悪魔に僕たちが従うなんてことは一生ない。絶対にだ。わかったらさっさと消えろごみが!」

ひどい剣幕で捲し立てられたそれは彼の怒りを体現するに相応しく、それだけで彼が悪魔に何をされたのかわかりようなものだった。

周りの者も彼に便乗して、「悪魔ごときが偉そうに!」と囃し立てる。

私はそれを聞いている間、いったいどんな報復が来るのか恐ろしくてたまらなかった。

今すぐにでもこの場から逃げ出したい。

この人たちと同じ思考だと、仲間だと思われたくない思いでいっぱいだった。

しかし、それを大人しく最期まで聞いていた悪魔は「そうか。ならば消えるとしよう。」と意外にも冷静で。

彼が叫んだときは激高して殺されてしまうのかと思ったが、これが長としての器なのだろうか。

彼もそれは意外だったようで大人しく引いていく悪魔を目を丸くして見ていた。

かく言う私は完全に言うタイミングを逃し、消えようとしている悪魔に名残惜しそうに手を伸ばそうとしてしまう。

私もどうか連れて行ってほしい。

そうは思い手を伸ばすのだが、何故か引っ込めてしまう。

『私を頼ると良い。』

なぜここで真木陽子の言葉が・・・。

やめろ、思い出すな。

彼女は今関係ない。

だって彼女は叶えてくれないではないか。

地球に帰るのは諦めろって、確かにそう言ったではないか。

しかもその当人は実は悪魔ということがわかり、すぐそこで満身創痍の姿になっている。

力の差も歴然で、普通に考えればあの魔将に付いて行く方が賢そうだ。

私たちは、負けたのだ・・。

しかし、何故かそれが叶わない。

どうしてしまったというのだ。

私の身体は。

そう思いながら悪魔の背中を眺めていると、そのまま去るかと思われた悪魔がぴたりと動きを止め、再び振り返り、言った。

「あ、そうそう。モルケト、そいつらもうやってよいぞ。」

・・・もるけと?

やるって?なにを?

私は一瞬なにをいっているかわからなかったが、直後に背後で聞き覚えのある咆哮が鳴り響く。

私はそれによりその言葉の意味を理解する。

この化け物の名前がモルケト、だったのか!?

私は全身を襲う衝撃に耐えきれず必死に耳を塞ぎうずくまり、次に顔を上げた時にはもうそこにあの悪魔の姿はなかった。

未練がましくもあの悪魔が消えた場所を眺めていると、モルケトはまるで飼い主からの待ての合図が解かれた犬のように嬉しそうに触手で四肢を拘束している彼女を叩きつける音が背後で響き渡る。

彼女はなんとかそこから抜け出そうとはするのだが、もう力が入らないのかそれが叶わないようだ。

灰原君が彼女を助けようとモルケトに向かって行くのだが、その援護も空しく数多ある触手に捕えられ、モルケトは彼女を食べようとその大きな口をさらに開く。

この時点では、この場にいるものはすべて己の死は疑いようもなかった。

姿の変り果てた真木陽子こと魔将はもう戦う気力もないのか項垂れ、ただされるがままで、それを助けようと動いた灰原君は触手に捕えられ身動き一つとれない。

他の者は、迷っているようだった。

悪魔である彼女を助けるかどうか。

中には彼に続いて迷うこともなく助けに行く者もいたが、その体格さに呆気なく足に、触手に潰され見るも無残な塊になった。

かく言う私はただそれを眺めているだけで、鎖の解き放たれた不死身の化け物がただただ破壊し、このままこの世界のすべてを食らいつくすのではないかと、そう思っていた。

なにが私を頼ると良い、だ。

自分の身一つですら守れないくせに。

よくそんな大層なことが言えたもんだ。

今にも口の中に落とされようとしている彼女を見ながら悪態が次から次へと出てくる。

私を救ってくれるんじゃなかったのか!!

あれは嘘だったのか?

そうして掲げられた彼女がついにその拘束を解かれ下に待つ口へと自由落下を始めたその時、私は彼女の後ろの空が光るのが見えた。

一瞬私はまたこんなやつが来るのかと心が折れそうになった。

空に異常が起こるのはまるでこの化け物が産み落とされた際のことが思い出されたからだ。

その光は金色に輝き私たちの目の前に落下してくる。

今にも彼女を口に頬張ろうとしてた化け物の身体を貫いて。

私はそのあまりの衝撃と美しさに初め流れ星が落ちてきたのかと思った。

しかしそうではなく、その光の正体は二人の人間。

まず目につくのが金髪の長髪をたなびかせているモデルのようなスタイルの女性。

その容姿からか圧倒的な存在感を放ち、見た目から格の差を知らしめている。

光が金色に見えたのは彼女の髪が金髪だからだろうか。

あの光り方は流石に髪の色だけで成り立つとは到底思えないが、それでもそう思ってしまうほど奇麗な人で、私の目は彼女に釘付けにされる。

もう一人は高校生ぐらいだろうか。彼女の横に並んでいるせいで可哀想なほど存在感のないごく一般的な青年に見えてしまうが、私はその姿に見覚えがあった。

名前は憶えていないが、確か璃莉のことで一回家まで来たことがあるはずだ。

少し話をしたのは覚えている。

そのころの私はあまり冷静に話をできるような状態ではなかったけれども、今までの人と違い彼は真剣に話を聞いてくれたので印象に残っている。

しかしあの頃と比べると少し印象が変わっており、少し大人びたというか、さらに余裕ができたように見える。

一体何があったのか。というかそんな彼がなぜここに?

そんなもろもろの疑問がたくさん湧き出てくる中、圧倒的な存在感を放つ彼女が私たちを見ておどけて言う。

「これは・・・ギリギリセーフかな?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。