セイテイノア28 夢
・・・どうして私はこんなところにいるんだろう。
もうなにもする気もなくなって、あれほど死にたいと思っていたというのに。
彼女、真木陽子に真実を告げられてから私の心の支えはぽっきりと折れてしまった。
もう生きる意味がない。
そう思って、さっき彼女に外に出されたときさっさとこの化け物共に食べられて終わるつもりだった。
それなのに・・。
私は未だに嫌な触感の残る両手と、足元に横たわる規格外のサイズの虫を見る。
「お母さん、だよね・・?どうしてここに・・。」
背後から声がかかった。
そう、問題はこれだ。
今の私には、気持ち悪い生物の体液がかかったことよりも、死に底なったことよりも重大な事態にさらされている。
私の娘と言う設定を馬鹿正直に信じている彼女に私は今から贖罪をしなければならない。
私が助けたことで。
助けてしまったせいで。
所詮彼女も他の大多数と同じ旧人類で面倒なことになるのは目に見えていたはずなのに、なぜ自分が助けてしまったのかわからない。
設定上は自分の娘だから?
いや、そんなの本当の娘が思い出されて悲しくなるだけだ。
助けを求めていたから?
いや、ここまでの道のりでそんな人は尽く見捨ててきた。
じゃあ、どうして・・?
自分に問いてみるが、答えは返って来ない。
ただ、強いて言うのならばこれが贖罪なのだろうか。
私はこれから本来はしなければならない説明をしないことと今までの自分の行いの罪滅ぼしのために彼女の命を救った。
こんなことでつり合いが取れるとは思えないけど。
いや、ただの自己満かもしれない。
今までの自分の最低な行為を正当化、慰めてもらうための善行。
こんなことで許してもらえるはずもない。
悪行を積み重ねてきた不良が捨て猫に傘を差しだしたところで今までの好感度が逆転することなんか起きるはずもない。
結局私は逃げるようにしてその場を後にしようとすると、彼女から「待って!」と静止を求められる。
その声は若干怒気をまとったように聞こえ、私はこれから今までの恨み辛みが来るんだろうなと思っていた。
私は他に助けを待っている人がいるからなど適当な理由をつけて早々にその場を去ることもできたが、これが自分の罪なんだと受け入れてそのすべてに耳を傾けようと思った。
せめて最後くらいは彼女の鬱憤を聞いてあげようと立ち止まる。
それを抱えてすべて飲み込んで消えてやろうと。
しかし少し間を置いて彼女から出てきた言葉は驚くべきものだった。
言葉自体はごく普通なものだった。
今の状況を顧みても。
彼女と私は助けられた人と助けた人の関係で。
でも、それは今までの私と彼女の関係から出ていい言葉じゃない。
無理やり与えられたものとは言え母親としての義務を果たさなかった私に対して言う言葉じゃない。
そんな満面の笑顔で、助けてくれてありがとう、だなんて。
私は記憶を失う前夫と娘の三人で暮らしていた。
一軒家を購入し、共働きで生活はお世辞にも贅沢とは言えなかったが、結婚して10年以上何事もなく過ぎて娘も大きくなった。
毎日が楽しくて過ぎ去る時間の速さに驚いていたものだ。
その日は久しぶりの家族総出でのお出かけで、娘も反抗期ながらも服を買ってあげると言うと渋々ついてきてくれた。
三人で車を出して少し遠くの大型ショッピングモールに行って、娘に合う服を選んでいたころにそれは起こった。
良さげの服が見つかって会計にそれを持っていこうとしたところで遠くから大きな爆発音と悲鳴が聞こえた。
初めは何かの事故かなにかだと思ったがそれは違った。
その爆発の中心地には大きな穴が宙に浮いており、そこから見たこともない化け物が出てきたのだ。
今でもはっきりとその当時のことは覚えている。
初めに出てきたのは小さい小人のような姿をしたやつでそいつはてとてとと一見可愛らしい歩き方で見物人の一人に近づいたかと思うと、その見物人に飛び掛かり身体から水分と言う水分を奪い取りミイラのようにしてしまったのだ。
そこから先は地獄だった。
その化け物達は手当たり次第に近くにいた人間を襲っていき、初めは物珍しく化け物を眺めていた人々もそれが攻撃的だとわかると悲鳴を上げ逃げ出した。
私も必死になって逃げた。
右も左もわからなくなるほどに。
逃げ惑う人々に揉まれながらも必死に出口に向かって走り、そしてなんとかショッピングモールの外まで逃げ出すと空は赤く、いたるところで煙が立立ち昇り、緊急のサイレンが辺りに轟くように繰り返し鳴り響いていた。
それを見て私はこの異常事態がこのショッピングモールだけではないということに気づくと同時に、一番大事なことを忘れていたことに気づく。
夫と娘は?と。
なぜそれが一番最初に思い当たらないのか。
自分のことで精いっぱいであったということは言い訳にしかならず、激しく自分を責めながら自分より先に逃げ出していた人々の顔を一人、また一人と確認していくがどこにも二人の姿は見えない。
まさかと思い、燃え盛るショッピングモールを振り返るが、私にはそこから先を確認する勇気がなかった。
まだ逃げ出した全員の顔を確認したわけではなかったが、怖くて見ることができず顔を覆う。
目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
そうして私が現実から目を背けて泣いていると、いつの間にか意識を失っており、そこから先は記憶がない。
気づいたら何もかも忘れ、知らない人を育てさせられていた。
「どうして、忘れていたんだろう・・。」
その記憶を取り戻したとき、私は今まで本当の家族の存在を忘れていた申し訳なさと、会いたい思いで自然と涙がこぼれていた。
「どうだい?許せないだろう?」
そんな泣いている私にチャラめの男が語り掛けてくる。
彼が私の記憶を呼び起こしてくれたらしい。
どうやってかはわからないが、そんな彼が「元の世界に帰りたいよね?」と訪ねてくるので、私はもちろん二つ返事で頷く。
当然だ。
こんな偽物の、仮初めの世界に一秒だって居たくはない。
「帰るためにはあることをやってもらわないといけないんだけど・・あ、まあ彼がいるし、彼でいっか。」
じゃあ、後は彼から。僕は用事があるからとそう言って紹介されたのが纐纈だった。
一目見て私は驚愕した。
だってその顔は私の良く知る、夫の顔にそっくりだったから。
「あれ?戻って来たんだ。好きにしていいっていったのに。」
嫌なことを思い出していた私にスーツを着た数人と会話していた真木陽子は私の存在に気づき、声をかけてくる。
「・・・。」
「ん?もしかして泣いてた?」
涙は完全に乾いているはずだが、嫌なところをしっかり見抜いてくる彼女のそれを無視し私は彼女に尋ねる。
「・・・わかっていたんですか。」
「なにを?」
「私が戻ってくるってこと。」
「いや?別にそのまま死んでしまってもそれが君の選択ならと止めなかっただけだよ。そうならなかったってことは、なにかあったんだね。」
「・・・。」
できれば手伝ってほしい仕事があるんだが、と彼女が言ったところで横の男が彼女になにかを耳打ちをする。
それを聞くと彼女は「正面玄関に戦力集めといて。私もすぐに行く。」と男に指示をし、移動し始める。
「この人は・・?」
「ああ、なんでもないよ。無関係のただの一般人だ。」
男の質問に対して彼女はさらりと嘘を吐く。
一般人ではないのかと言われると一般人の定義がわからない以上正直判断しかねるところだが、少なくとも無関係ではない。
私は彼女に匿われ、彼女からこの世界の真実を知らされた。
恐らく彼女がこんな不自然なほどの言い方をするのは私をこれ以上関わらせないためだが、男が何か言うまではまだ協力を仰いでいそうではあった。
いったい男に何を聞かされたというのだ。
男は彼女の言葉に対して若干眉を顰めるが、特にそれ以上突っ込むこともなく黙って彼女に従い、ついていった。
彼女を中心として広がっている周りの黒服の人達もそわそわとし、落ち着いていないように見える。
戦でもするのだろうか。
「お姉さんは行かないの?」
自分は何をすればよいかわからず、ポツンと取り残されていたところに後ろから声をかけられる。
背は小さく、私とは一回りも年が違いそうな少年だった。
「これから、何が起こるの・・?」
「戦争だよ。」
戦争・・・。
「お姉さんもこっち側でしょ?参加して活躍すれば真木さんから祝福がもらえるよ。」
祝福・・・?
ご褒美とかそういう意味だろうか。
「まあ参加したくないんなら僕の殺せる悪魔の数が増えるからそれはそれでいいんだけど。じゃあ僕はもう行くから。」
そう言って少年はとことこと建物の角に消えていく。
あんな少年が戦争や殺すなど物騒な単語を言っているのに震撼する。
しかもあれは恐らく子ども特有の過剰表現ではなく、事実なのだ。
街中に闊歩するさまざまな形の悪魔たち。
街を覆う球状の檻。
この世界ではこれが普通なのだ。
・・・どうせどこにも行く当てなんてない。
それならばと私は重たい足を引きずりながらこの戦争の一部始終を目に焼き付けるためさっきの少年の後を追いかけるのだった。
彼を追いかけてこの病院の正面玄関辺りにやってくるとそこには数十人の人がおり、それぞれが神妙な面持ちをしていた。
さっきの少年もその中にはおり、こちらに気づいて手を振ってくる。
その中で真木さんは座り込む一人の青年を慰めているようで、会話の内容が若干こっちまで聞こえてくる。
「本当に・・・ですか。」
「活躍すればね。」
声が小さくてよく聞き取れないが、先ほどのあの少年が言っていたご褒美とやらの話だろうか。
一体何がもらえるというのだろう。
・・・私の欲しいものももらえるのだろうか。
少し考えてそんな馬鹿なとすぐにその愚かな考えを払拭していると後ろから声がかかり、私はこの場に興味本位で来たことを激しく後悔した。
「お、お前も参加すんのか?」
その声は聞き覚えのある嫌な声で、私の身体は金縛りにあったかのように動かなくなった。
忘れもしない。
「どうした、俺のこと忘れたか?」
だんだんその声は近づいてくるが、私は逃げ出そうにも足が動かない。
嫌だ。
「ま、お互い死なないように頑張ろうや。」
そう言って彼は私の頭にぽんぽんと手を数回乗せた。
こういうところだ。
この人は平気でそういうことをしてくる。
なまじ顔があの人に似ているから断れない。
断りたいのに、その勇気が出ない。
「纐纈君。他の人に危害は加えないでっていったよね?」
真木さんが俯く私の前にいつの間にか立っていた。
「危害って・・・俺はただ顔見知りを見つけて声をかけただけだが。」
「籠から出したとき彼女には近づかないでって言ったでしょ。」
「言った・・・っけ?」
「言ったよ。それが守れないならまた籠に返すけど?」
冷たくそういう彼女に纐纈は「はいはい、悪かったよ。」と退散していった。
私にはそれが信じられなかった。
あの纐纈が言われたとおりにするなんて真木さんは彼に何をしたんだ?
こんなしおらしい彼を見たことがない。
籠に返すと言っていたが、それがそんなに嫌なことなんだろうか。
「逃げるなら今のうちだよ。」
立ち尽くす私に彼女は囁く。
逃げる・・?
どこに?
そもそもこの街は結界とやらに覆われて外に出ることができないじゃないか。
この世界からだってそう。
あの世界に戻ることができないのなら、どこにいたって同じだ。
「どうなったって知らないからね。」
彼女がそう言ったとき、彼女の後ろから闇が迫って来た。
正確には彼女の後ろのこの病院に続く一本道から。
そしてそれは瞬く間に空全体を覆い、一瞬にして辺りを夕方から夜へと塗り替えていく。
「本命のご登場だ。」
本命・・?
何を言っているのかわからないまま私はその場を動かずじっとその迫りくる暗闇を見ていると、その中からぬっと半分の人間のような化け物が現れた。
上半身はフードを深く被っている普通の人間のように見えるが、下半身はまるで別。
無数の触手が伸び、辺りの塀や看板を紙屑のようになぎ倒している。
街中で見た悪魔とは格が違うのが見ただけでわかった。
「これはこれは丁寧な歓迎で。」
そいつはずらりと並んで待ち構えている私たちを見て余裕そうにそう言った。
その声は深い悲しみに包まれているような悲壮感あふれる声で、冷たく、冷酷なものであった。
これが本当の悪魔というものなのか。
私は明らか人外なのに人の言葉を話すそいつを見てようやく理解した。
「街に回さなくてもよいのか?一般人が悲鳴を上げておるぞ?」
「ああ、いい。ここが一番大事だ。」
真木陽子はものすごいプレッシャーを放っているその化け物相手に物怖じせず言い切って見せる。
「妙に鋭いところだけは変わらんが、しかしあの女もおらんのにそんな強気で大丈夫か?◆※▲◇よ。」
?
今なんて言った?
良く聞こえなかったが、この悪魔と真木さんは因縁の関係とかなのだろうか。
「ああ、恐るるに足らないね。あんたのような弱小魔将、のあさんが出るまでもない。」
「そうか、それは残念だ。儂も無駄な犠牲は出したくなかったというのに。」
挑発的な彼女の言動に反応して化け物がそう言った瞬間、空からまた新たな化け物が現れた。
こいつも下半身は触手でできていて、上半身はフードを被った半人間のようだが、少し違う。
目の前のしゃべる化け物の下半身が樹の幹のような触手だとするとこいつらはたこのようで、腕も四本あり、宗教で使われるようなリングが手首につけられている。
そのリングと空から降りてきたせいもあってか、目の前の悪魔みたいなやつとは対照的にどこか天使のような神々しさをも感じる。
半人間の背後からはどこに隠れていたのかさらに多種多様な化け物が現れ、今か今かと主の様子を伺っている。
「いけ。」
そんな冷たい言葉が聞こえたかと思った次の瞬間、一斉にこの化け物共がレールを解かれた犬のように走り出した。
こんな数、いけるのか・・・?
ざっと数えても数百はいる。
それに対してこちらはいても数十名。
あの空に浮いている天使と主の半人間の実力が測れないのも問題だ。
他のメンバーは一段と警戒しているみたいだが、お通夜になっていやしないかと私は自分よりベテランであろう他のメンバーをちらりと見ると、寧ろ燃え上がっているようでぽきぽきと腕を鳴らしていた。
どうしてこれでそんな気持ちになれるのだ。
怖くないのかと問い掛けたくなる。
戦闘狂の纐纈はまだいいとして、先ほどの少年やそれと同じか下ぐらいの年端のいかない子もその中にはいた。
しかしそんな子も真木さんが先陣を切り、悪魔の群れを一掃するとまるでおもちゃを欲しがる時のように目を輝かすのだ。
彼女は真っ先に敵の真っただ中に突っ込んだかと思うと一瞬で悪魔に囲われ姿が見えなくなった。
死んでしまったのでは・・・と心配したのもつかの間彼女は自分に群がってきた悪魔どもを全員文字通り蹴散らした。
頭をもぎ取り、身体を蹴破り、引っかき、殴り飛ばし、返り討ちにして見せた。
それはまるで獣のような勢いで、それまで嬉々として格好の獲物を見つけたような様子だった他の悪魔たちは、彼女のそれを見て警戒してお互いに顔を見合わせ、いったん動きが止まる。
私は正直そんな彼らを怖いと思った。
人類のために戦ってくれているというのになんとひどいやつなのだろう。
だが、私にはとてもできないことだと思った。
だから私は勇猛果敢に戦う彼らをおいて逃げ出した。
一目散に背を向けて。
「はあ、はあ・・。」
私は病院の開いていた部屋の隅でうずくまる。
一度悪魔に勝ったからと言ってなんだというのだ。
明らかにあいつとは比にならない程の雑魚だったではないか。
それにあのゴキブリの姿をした悪魔に勝ったのは不意打ちだったし、なによりそうせざるを得ない状況があった。
「戦えないよ・・・。」
外で大きな音が響き渡っている。
悪魔と人間が戦っている音だ。
ここが破られれば恐らくもうどこにも逃げ場はないだろう。
ここが最前線で、正念場だ。
それだというのに、私は・・・。
どれくらいそんな他人任せにしていただろう。
しばらくそうして大人しくしているといつの間にか周囲の音は止み、辺りは静けさが取り戻されていた。
決着がついたのだろうか。
恐る恐る私は扉についている小さい窓から廊下の様子を伺う。
悪魔はいない、みたいだな。
一体どっちが勝ったのだろうと気になるところではあるが、逃げだした手前手を広げて彼らの元に変えるわけにもいかず、私は誰もいない廊下をとぼとぼと歩く。
とりあえず悪魔がここまで来ていないということは彼らが勝ったのか?
真木さんの力は圧倒的だったし、その仲間たちも闘志に満ちていた。
あの数とはいえありえない話ではないだろう。
やはり私なんていなくても良かったのだ。
こんな間違ってたまたま力を与えられただけの小心者の力があったところで何が変わっただろうか。
私ひとりで戦況が変わるなら、真木さんもあんなに邪険にしないだろうし、それこそ私よりベテランの人たちで事足りるはずだ。
彼らが勝ってくれたことで罪悪感は多少やわらいだことはよかった。
しかし、今度は私はこれからどうしたものかと頭を抱える。
真木さんに好きにしていいと言われ、一回自分で結界とやらは見てきた。
自分ではどうしようもなく、この中から逃げられないことはわかった。
中には悪魔があふれ、とんでもないときに外に出されたもんだ。
頼みの綱の真木さんも忙しくて私に構っている余裕はないようだし。
・・・・。
いっそこのまま逃げてしまおうか。
今までもそうだったように。
そのときはただ知らなかっただけだけど、私では彼らの役に立てそうにない。
こんなメンタル病んでいる支持待ち人間をいったいだれが欲しがるだろうか。
誰もいないとこに行ってしまえば、誰にも迷惑をかけることもない。
ひっそりとそこで死ぬのだ。
できれば痛くない方法で。
ああ、いや、私は今結界でこの街に閉じ込められているんだった。
・・・どうしたものか。
こんなとき、彼がいてくれればそっと道を差し示してくれるというのに、もう彼はいない。
そんな事実が私をまた深い闇の中に引きずり込んでいく。
・・・駄目だな。
本当に私はもうだめだ。
生きていくのが辛すぎる。
私は意味もなく、当てもなく歩くことに疲れていたところに101の文字の描かれた病室がふと視界に映った。
ここで休んでいこうと決め、私はそこを目標に最後の力を振り絞る。
この世界で目覚めてから寝ることが好きだった。
夢の中ならば幸せな景色に浸れるからだ。
幸せだったあの頃の記憶を想起し、浸り、そして起きてまた絶望するの繰り返し。
こんな心が疲れているときはいったん寝て、幸せな夢を見るに限ると今までの経験が私に告げていた。
今すぐにでもベットに飛び込みたいという思いに駆られながら私はその果てしなく重たく感じる扉に手をかけ、やっとの思いでそれを開く。
その先に楽園があると信じて。
しかし、現実は非情で、私はここが本来の世界ではないことを再確認した。
無数の管につながれた若い女性がすでにベットを占領していた。
なんと運が悪いことか。
悪魔が暴れたことによってみんな逃げ出した病院で取り残された患者の居る病室をわざわざ引き当ててしまうなんて。
それも私らしいかと乾いた笑いが出てきて、私は入り口の扉にもたれかかるようにぐったりと座り込んだ。
そしてもうここでいいかと全身の力を抜き、冷たく固い壁と床に寄り添う。
このまま寝て起きたらすべてが嘘であってくれないか、そんな何十回目かのような願いにも少女のように胸を膨らませながら、私は目を瞑る。
もう絶望はお腹一杯だよ・・・。




