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セイテイノア  作者: みか
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セイテイノア27 第五章 『二体の悪魔』

ゥウウウウゥー!!

突然けたたましいサイレンの音が辺りに鳴り響き渡る。

なんだ!?

俺はあまりの音に耳をふさぎこみそうになるが、なんとかその騒音の出元である自身の携帯を手に取る。

これは確か、前回の反省を生かして悪魔が攻めてきたときに鳴るように新たに設定したとか言っていた・・・。

よほど緊急性がない限り使われることはないと言っていたが、まさかそれが使われる時が来るなんて。

支給された携帯を開くとそこには三鷹市に悪魔が発生中、至急手の余っているものは駆けつけたしの文字がでかでかと書かれてあった。

三鷹市!?

俺の育った学校があって、璃莉達がいて、母さんの入院している病院がある。

そこで悪魔が暴れているのか・・?

心臓の鼓動が速くなる。

行かなきゃ・・・。

使命感に駆られ俺は今すぐにそこに向かうために走りだそうとして、視界の隅でおびえたような表情でこちらの様子を伺う少女の姿が映った。

・・・この子を置いていっていいのか?

連れていく方が危険だろうが、ここは安全と言えるのか?

隣の地区だしいつ三鷹市で暴れている悪魔がやってきてもおかしくない。

また狙いは俺かもしれないし、ここにやってくる可能性も決して低くない。

誰か頼れる人に預けられたらいいのだが・・・。

そこで俺はちょうど良い人物がこの場所にいることに気づく。

そうだ、如月達に預ければいい。

彼女らなら如月が怪我しているとはいえ、みかもいるし安全だろうと、そう思って俺は怯える少女の手を取って病室に戻り、驚いている彼女に頼み込む。

「この娘を頼む。」

「・・・あんた行く気なの?」

彼女は初め嫌そうな表情をしたが、すぐに俺の真面目な雰囲気を察したのか俺に問いかける。

「当たり前だ。」

如月達が華音ちゃんの面倒を見ることを承諾したので、俺は安心して部屋から出ようとすると後ろから恐らく俺に向けたものであろう声が聞こえた。

「気を付けて」と。

振り返らなかったが恐らくあの震えた声は華音ちゃんのものだろう。

もう悪魔退治なんて慣れたものであまり恐怖感も感じなくなってきたが、子どもからの応援というものは勇気がもらえるものだな。

恐らく俺は今日この命を枯らし切るだろう。

しかしそれでも死ぬことはない。

何度死んでも1秒後にはすっかり元通りだ。

「気を付けて」という言葉を聞いた時、俺はどこか懐かしい感情に駆られてしまったことに驚きを隠せなかった。

死なない俺が一体何に気を付ければいいのだろう。

今は俺の命を使ってより多くの命が有限の者を救ったほうがいいとわかるが、そう言えば最初は死ぬことに対してビビりまくってたな。

真木さんの世界で久しぶりに同じようなことを味わったが、もうあんなへまはしない。

そういった意味ではあれは俺にとって良い刺激だった。

あれがなければ俺はもし今回同じようなことが起こった時、同じように心が恐怖に支配されて何もできなくなっていただろう。

もう死ぬことに対して無駄な躊躇はしない。それによって助かる命があるのなら。

だってここは現実という俺のよく知った世界で、もう二度と俺の意気地なさで誰かを失いたくはないから。



街は大パニックだ。

遠くのいたるところで火煙が上がっているのがここからでもわかる。

前回は電車やビル内という人目に付きづらいところだったためあまり目撃者がでなかったが、これはもうどうしようもないだろうな。

やっと世間が非常事態に気づく。

なぜ今の今まで隠してきたのか謎だが、真木さんにはなにか考えがあるのだろうか。

それとも素直に信じてもらえなかっただけか。

ここら辺はまだ何が起こっているのかわかっていない人がほとんどのようだ。

渋滞の原因がなんなのかわからずいら立ちを隠せないで前の車両に怒鳴り散らかしている人も見える。

良かった、ここはまだ平和だ。

そう、思える。

俺(・)た(・)ち(・)はビルや建物の屋上や壁を走りながら、眼下の様子を眺め、状況を把握する。

そう。俺たちなのだ。

正確には俺の他にもう一人が俺の後ろをついてきている。

俺はすっかり一人で現地に向かうつもりだったのだが、如月があんた一人では不安だといってみかを同行させたのだ。

俺は直前にほぼ一人で任務をこなして見せたのだがなぜそんなにも信用がないんだろうか。

まあ悪魔退治に割く人員は多いに越したことはないんだが、と思いながら俺はちらりと無言で後ろをついてきているみかに目をやる。

定期的に眼下の景色を見て、正面に視線を戻すという行動を繰り返している。

何を考えているのかぜんっぜんわからんな。

正直みかは俺より如月を優先して彼女の保護につくものだと考えていたので(彼女は怪我人だし)、俺の方についてきてくれたことには驚いたものだ。

目の前にいる多くの助けを求める人の存在を感じたからだろうか。

そういうタイプには見えなかったが。

どちらかというと他人の生死なんかに興味がなく、如月以外はどうなってもいいというような感じだと思っていたがそうではなかったということなのだろう。

最初に「俺も行く」と言い出したのはみかからだったし。

建物と建物の間を飛んでいるせいか下々の渋滞に巻き込まれることもなくかなり速いペースで移動ができている。

最初はこの移動方法には甚だ疑問だったが、こうしてみるとかなり便利であることがわかる。

流石に周りを気にせず走っている車や電車にはまだまだ速度的に敵わないが、小回りが利くし特にこうした文明が発達した社会では渋滞を気にしなくていいというのはかなりでかい。

まあ、のあのこれは恐らく新幹線やジェット機にも勝てるだろうが。

そのあまりの衝撃のせいでよく意識が持っていかれていたもんだ。

それに比べると俺の移動スピードは蟻のようなものだが、よくここまで成長したものだと思う。

そこまで考えた所で、俺はそういえばのあは今回のこれには来ているのだろうかと、のあから以前預けられた位心伝心を取り出す。

それを見ても彼女の位置は表示されておらず、俺はため息を吐く。

少し前からこれはずっとこうなのだ。

起動はしているはずなのだが、壊してしまったのだろうかと俺は冷汗をかく。

正直ずっと持ち歩いていたので乱暴には扱っていたし、もしそうなら俺はこんな世紀の大発明品を壊してしまって取り返しは付くのだろうかと焦りも出てくるというものだ。

さっきの警報付きの携帯はArkのメンバーだけではなく、のあにも支給されている全体への支給品なので替えはあるだろうが、この道具は主に彼女を緊急時に呼び寄せるための物の側面が強い。

まあこれは彼女一人の戦力がのあ>Ark全員となっているのが悪いのだが。

極度の機械音痴の彼女がこれを正しく使えるのだろうかという心配はさておき(流石に起動して画面を見ればいいものは使えると信じたいが)、正直彼女がいれば大抵のことは彼女一人でよく、今回要請が来たということはそういうことなのだろう。

とするといったいどこで何をやっているのか。

彼女の仕事は悪魔からこの世界を守ることだろうに。

前回の悪魔進行が終わってから彼女はずっとこうだ。

あれほど自分の手元から離れさせたがらなかった俺を嫌がっていた真木さんの組織にあっさりと引き渡したし。

これはあの事件であれほどボロボロになりながらも俺を守り抜いた彼女を信用したという風に見えなくもないが、元はと言えば彼女が逃がした朝風のせいで引き起こされたわけだし・・。

しかし改めて考えてみると今更ながら亜門の手引きがあったとはいえどうやって朝風は逃げ出したんだ?

真木さんの能力を知ってしまった後で考えると朝風が逃げ出すことなんて不可能に感じる。

亜門も捕らわれる前で自由だったとはいえどうやったのだろうか。

なにか彼女の意思以外にも外から干渉するトリガーがあるのか。

真木さんのことを昔から知っていそうな彼なら知っていてもおかしくはない。

もしあるのなら、それを俺に教えなかったのは教えると不都合なことがあるからだろう。

まあ普通に考えて牢屋のカギを手あたり次第適当な人に渡すはずはないが。

・・・これは知らべる価値があるな。

そうすれば彼と簡単に情報交換をすることができるようになるし、今よりももっと真実に近づけるかもしれない。

なにかを隠しているように見えるのあや真木さん、オリジン達の真実にも。

もちろん彼の言葉のすべてをうのみにするわけではない。

話を聞いてそこからそれを照らし合わせるのは俺の仕事だ。

自分でそれが本当なのかどうか判断する。

どうも彼は全部適当を言っているわけではないようだし。

まあそれはあの不吉な男、神田に対してもそうなのだが、彼は如何せん過激すぎる。

とても話し合いで終わる気がしない。

強制的に連れていかれるか、悪くて存在を消され良くて洗脳でもされそうだ。

あのノーフェイスと組んでいる時点でろくでもない奴に決まっているが、今回もやつが絡んでいるんだろうか。

いや、十中八九絡んでいるだろう。

あの華音ちゃんの反応からして本当に俺の母親の見舞いには来ていないのだとすると、恐らくあの時来ていたのはあの男の人形だ。

名簿にも名前が残っていたから見間違いじゃないし、それならばあの時すぐに追いかけたのに姿かたちもなくなっていたことにも説明がつく。

足元まで見てなかったが、恐らくそこには人形が崩れた後の泥でもあったのだろう。

つまり彼は偵察に来ていたのだ。

なぜあの病院なのかは知らないが、それはたまたまなのかもしれないし、もしかしたら俺の母親が入院していることをどこからか知ったからなのかもしれない。

俺がだめなら次は身内って事、なんだろうな。

なんとも悪魔に魂を売った奴らしい卑怯な方法だ。

そういうわけで俺は奴らが俺の母親を狙って病院に現れると予想して、とりあえず全力で母親の入院する病院を目指しているのだが、そこまであともう少しというところで異変に気付き、地面に降りる。

なんだ、これは。

壁?

遠くで見た時は何もなかったのに近くまでくると透明な壁みたいなものがありこれ以上先に進めなくなっていた。

ぺたぺたとそれに沿って動いてみるが、どうやらそれは円状になっているようで一周したわけではないから確証は持てないが、この街を囲っているようだった。

もしかしてこれは結界か?

だとしてもこんな大それた結界を張れる人物なんて心当たりがない、とするとこれは敵が張ったものになるが。

どちらにせよ困ったことになった。

俺はまだ結界について何も教えてもらっていない。

解除の仕方も設置の方法ものあがやっていたのを見ただけだ。

どうやってたっけなあれ。

俺は確かこんな感じと言うように朧げな記憶を頼りに見よう見まねでやってみるが、もちろん結界はびくともしない。

目的を目の前にしてもしかしてたどり着けないのではと焦りの感情が強まってくる。

まずいぞ、どうすると打つ手が無くなって冷汗が出始めた時、ずっと俺の背後で黙って俺の行動を見ていたみかが「どいて」と珍しく声を出した。

俺はなんのことかわからないままとりあえず言われた通りその場を開けると、みかは思いっきり俺の前の透明な壁に向かって鋭いパンチを繰り出した。

直後ものすごい衝撃音が辺りに響き渡り、俺はぽかんとそれを見ていると立ち込めた煙の中からみかが出てきて。

「ほら、開いたよ。」と彼は何でもないような顔でこちらを見てくる。

・・・え?結界ってそんな力技で開けられるの?

それならばなぜのあはわざわざあんなめんどくさそうな方法でやっていたんだと不思議に思ったが、すぐにそれを撤回する。

思い返せばのあも何回も無理やり結界を突破してきたことあったわ。

俺はあの古びた崩れかけの神社でのあに助けてもらったときのことを思い出す。

あのときの俺はよくわかっていなかったが、神田が結界を張っている的な発言をしていたのにも関わらず空から降って来たからな。

真面目に悩んでた俺が馬鹿みたいだと思いながら俺は恐れも知らずにさきさき進んでいくみかの背中を追いかける。

如月が如月ならみかもみかだな。

俺はこいつらは本当にお似合いカップルだなと少しくすっとして、結界の中に足を踏み入れる。

そんな少し楽観的な感想を抱けるくらいには余裕を取り戻した俺だったが、踏み入れた先で俺が見たのはこの世の物とは思えないような光景で、そんな余裕はすぐにどこかへ吹き飛んでしまうのだった。



なんなんだこれは・・・。

そこは地獄と言っても差し支えがないほどの光景が広がっていて、俺は一瞬ここが俺の生まれ育った場所だと気付くことができなかった。

道路の標識は車がぶつかってひしゃげ、ブロック塀のいたるところが崩れている。

少し遠くに目をやると、よく通った高台に位置する学校も、昔よく遊んだ山も今は赤く燃え盛っており、日の落ちかけた暗い空を赤く照らしている。

そしてその手前でみかが三体ほどの悪魔と同時に戦っているのが見えた。

その背後には一般人が見え、みかは彼らを助けるために飛び出したことが容易に想像できた。

俺もそこに加勢しようと足を一歩踏み出したところで、何かに足を掴まれ引きずり倒される。

足元を見ると触手のようなものが絡みついており、そのまま俺はどこかに連れ去られていく。

初め俺はどうにかこれを引きちぎってみかの助太刀に入ろうと思ったが、やめた。

みかを信頼することにする。

みかなら恐らく大丈夫だろう。

俺よりずっと強い。

それにこいつが本体のところまで案内してくれるって言うんなら好都合だ。

こういう広範囲に被害を出すやつは早めに処理しなければならないからだ。

だから俺はわざと路地を引きずりまわされ、突きあたりになっている最後の角を曲がったときそいつは姿を現した。

そいつは路地を通行止めにするような感じでそこに陣取っており、その場所から動かずそこら中に身体を覆っている触手をうねうねと伸ばしていた。

こんなやつ昔やっていたポ〇モンにいたような気がする。

俺はぎりぎりで足に絡みついていた触手を引きちぎるとその勢いのままその触手の悪魔に向かっていく。

悪魔も歯向かってくるものがいるとは思っていなかったのか、驚いたように全身の触手がびくりと震えた。

その間に俺はその悪魔に張り付き身体をまとっている触手を一つずつ引きちぎりにかかる。

こういうのはまとわれて中に隠れている本体が弱点だと相場が決まっている。

他の触手がようやく異常事態に気づいたのか俺を排除しようと刺したり引き離そうと引っ張るが関係ない。

俺はそいつに意地でもしがみついて作業を強引に続行する。

触手に意外に柔らかく簡単にちぎれ、すでに2回ほど死んだかな?というくらいで急に触手の動きが止まった。

まだ本体の姿は拝めていないため俺は異変を察知し警戒するが、手を休めることはなく草むしりのようにひたすら毟っていく。

すると次の瞬間周りを覆っていた触手がぼろぼろと崩れ始め、すぐに跡形もなく消えてしまい俺は路地にぽつんと一人取り残された。

・・・?

倒した、のか?

まあなんかよくわからんがよし!

意図していない勝利だったが、まあ勝てればいいだろう。

てっきり本体があると思っていたのだが、それらしい手ごたえも感じなかったし触手が本体だったのだろうか。

悪魔は個体差がありすぎて弱点がよくわからん。

触手だけの生物なんて見たこともないし存在できるのかも怪しいところだが、それが彼らが悪魔たる所以であり、それが彼らの強みでもあるのだが、弱みでもあるようだな。

弱点丸出しでいなきゃいけないなんて生物として欠陥だろ。

疲れた身体をなんとか叩き起こし、周りを見回すが、それにしてもひどいな。

外から見えた景色は多少火煙が上がっているだけで少し火事があったのかな程度に感じられるほど中の様子とは雲泥の差だった。

結界で外から見える中の景色も歪ませていたってことなのか?

外から見た経験がないからわからないが恐らくそうなのだろう。

大した事なさそうだと勝手に決めつけて中の仲間に任せて引き返さなくて本当に良かった。

とりあえずみかと合流しないと。

大丈夫だろうと任せてこっちに来たが、それにしてもやはり姿を見ないと不安なので元来た道を引き返そうとしたところで別の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。

・・・そんな余裕はない、か。

俺は心の中でみかに無事でいてくれと願いながらその悲鳴の聞こえた方に駆け付ける。

こんなことをしていたら俺はいったいいつになったら目的の病院に辿り着けるのかとため息が出そうになるが、そうは言っても目の前で困っている人がいるのにそれを放置していくわけにもいかない矛盾。

とりあえず病院の方に向かいつつ助けられる命は助けていくが、俺はきっとどこかで選ばなければならない時が来る。

命の取捨選択を迫られる時が。

その時に俺は正しい選択ができるだろうか。

みかやのあなら簡単にできるんだろうな。

いや彼らなら選択にすらならないかもな。

そもそも正しいことなんてないのかもしれないけど、もしその時が来たら俺は悔いが残らない方を選んでいてほしいと心から思う。

確かさっき悲鳴が聞こえたのはここら辺だと思うが、現場に辿り着いた俺はそう思い辺りを見回すのだが特に誰も見当たらない。

もう手遅れだったか?と嫌な予感に駆られていると少し離れたところでおぎゃーと赤ちゃんの泣く声が聞こえた。

俺は急いでその場所に向かい、その声が聞こえた角を曲がる。

「もうだいじょう、ぶ・・・。」

安心させるためにその角を曲がりながらそう言う俺の目にまず飛び込んできたのは巨大な口だった。

俺はなんとかそれを躱そうとするが、意表を突かれたせいで右腕が持っていかれてしまった。

・・・なんだこいつ!?

まず目立つのは大きな口。

ラフレシアのように開いておいしそうに俺の右腕を捕食しているが、それとその口の下には人間の顔のような物がある。

シミュラクラ現象とでもいうのだろうか。

人の目と口のような位置に位置する身体の模様がどことなく人の顔に、赤ん坊のような顔に見える。

こいつの目はこの大きい口の蓋を構成する花のような5枚の花弁の内の上側の二枚にそれぞれついているようだ。

俺は右肩を押さえながら目の前の化け物から目は離さず、視界の隅で先ほどの赤ちゃんと悲鳴の主を探す。

どこだ・・?

まず彼らの救助が先だ。

さすがに先ほどの赤ちゃんは泣き声のタイミング的に食われてはいないだろうが、と思ったところでこの化け物の後ろに女性と思われる下半身を見つけた。

恐らくあ(・)れ(・)が先ほどの女性の悲鳴の主だろう。

せめて赤ん坊だけでもと必死に目を凝らすがどこにもその姿は見つからない。

もしかしてその大きな化け物の下敷きになってたりしないよなと最悪のパターンが頭をよぎったところで、その化け物が食事を終えて満足そうに声を上げた。

それを聞いて俺は戦慄する。

「おぎゃー!!」

一瞬聞き間違いかと思った。

いや、流石にこの距離で聞き間違えるわけもない。

あまりに目で得た情報と耳で得た情報がかけ離れていたから脳がバグを起こして処理落ちするかと思った程だ。

確かにこの目の前の化け物が、この化け物の口から赤ちゃんの鳴き声を発せられた。

間違いない。

だとすると俺は、そこで無残な姿で横たわる彼女は、まるで植物の甘い匂いに釣られる虫のようにこいつにおびき寄せられて来たってことか? 

・・・。

・・・あの人はどんな思いでここまで来たのだろう。

悪魔が急に街に現れて大混乱だっただろう。

みんな逃げ惑い、自分も逃げたかったはずだ。

そんな中赤ん坊の悲鳴が聞こえて心細いながらも勇気を振り絞ってどうにかここまで来たんだろうか。

容易に経緯が想像できる。できてしまう。

俺は普通の人よりは力があるし、不死身だからこんなことができてはいるが、この人は恐らくただの一般人だ。

並大抵の意識でできることではない。

それを、その優しさと勇気をこいつは・・・。

そう思ったとき俺は気づいたら飛び出していた。

人の好意に付け込む寄生虫が。俺が今から駆除してやるよ。



「こっち!こっちです!!押さないで落ち着いてくださーい!!」

あたしは今逃げ惑う人々を誘導している。

突如として終わりかと思えたこの閉所空間から外に出る穴が見つかったからだ。

どうやって空いたのかはわからない。

彼曰く殴ったら空いたらしいが、とても常人がこの分厚い壁に物理で穴を空けられるとは思えない。

ここで言う彼とは今避難民と化け物達の間に立って壁になってくれている十六夜みか君のことだ。

彼は化け物より化け物らしく避難民を追いかけて迫ってくるやつを片っ端から文字通り排除していた。

それこそ機械的に。

これではどっちか化け物かわかったものじゃないが、今はそれがとても助かっている。

彼が時間を稼いでくれている間にこちらもできるだけ多くの人を逃がす。

これがあたしにできる精いっぱいのことだ。

今のあたしにはこのぐらいしかできないが、それでもできることをやるしかない。

乃庵ならきっとこう言う。

今は自分のことで落ち込んでいる場合じゃないし、彼に恥じない自分でありたい。

それが彼に対する恩返しになると思うから。

何故かあたしはこの空間に彼がいることを確信していた。

どこかでまた誰かのために戦ってくれている。

そう思うとあたしもまた頑張ろうと思えるのだ。

「璃莉!!あっちからも化け物が!!」

希が息を切らしながら告げてくる。

目をやると確かにこちらに向かって走ってくるゴキブリのような姿かたちだが従来のサイズの何十倍も大きいのが数匹見えた。

「避難急がせて!!」

そうは言うもののどう考えても避難が間に合わないのは見てわかった。

すでに避難民の列は長蛇の列になっており、後数十分は終わる気配が見えない。

しかし彼らが横から迫る化け物に気づくと混乱して我先にと列が意味なさなくなるのも目に見えている。

どうにか彼らがあれに気づく前になにか手を打たなければ・・。

といっても何も力のないあたしじゃできることなんてほとんどない。

みかのようにこの化け物を蹴散らすこともできないし、ちらりと彼の方を見るが、今彼は5体ほどの化け物と同時に戦っていてとても頼って良い状態には見えない。

なにか、何かないか・・。

焦りが次第に募って嫌な汗が噴き出してきたところであたしはない頭を振り絞って一つだけ良い方法を思いついた。

しかしこれは・・・、いや、やるしかない。

「どうするの璃莉!!」

焦って希がこちらを見てくる。

それに呼応するように安心させるためにこう言った。

「あたしにまかせて。良い考えがあるから。」と。

これはハッタリではない。

うまくいくかは5分5分だが、恐らくこれを彼女に伝えるとうまくいかないだろうと判断して詳細は伝えない。

ただ漠然と自信満々に答える。

それを聞いて希はなにか異変を感じ取ったようだが、あたしの企みまではばれてないみたいで無理しないでよとだけ言ってきた。

無理は、するかも。

でも仕方がない。

これは誰かがやらねばならないことだから。

この中ではあたしが一番足が速いし、体力もある。

そしてもう決意もできてる。

ゴキブリの化け物が近づいてきてやっと避難民の数人が危機に気づき始めた。

そしてその恐怖は直ぐに伝染し、ざわざわとし始めた。

落ち着けあたし。

震えを止めろ。

もう出番だぞ。

いつものようにすればいい。

そう、いつものようにすればある程度の時間は稼げる。

あたしは深呼吸をして、人々が今にも再度混乱に陥ろうとした瞬間飛び出した。

「後はお願い」と人々をどうにか落ち着かせようとしている友達に言い残して、あたしは化け物に向かって走り出す。

「璃莉!!待って!!」と言う友達の静止ももう届かない。

ここまであたしの我儘を聞いてくれてありがとう。

後は避難民と一緒に逃げてくれ。

別にあたしは自分が犠牲になろうとなど崇高なことは考えていない。

ただこいつらと競争するだけだ。

ひきつけるだけ引き付けて逃げ切ってやればいいのだ。

なんなら差が開きすぎてこいつらが諦めないように調整する必要があるかもしれない。

そうあたしが思いついたのはただあたしが囮になるというだけの至極簡単なシンプルな方法だ。

あたしの脳ではこれぐらいしか思いつかなかった。

これを彼女らに話すと絶対に止められ、なんならあたしがやると言い出しかねないと思ったから言わなかったのだ。

これをやるなら一番足が速くて体力のある人がやるのが良いに決まっている。

部活に入らずずっと運動をしていない希、ましてや他の人にやらせるわけにはいかない。

このぐらいかなという距離であたしはかくっと90℃曲がり化け物の前を横に走り抜ける。

化け物は自ら向かってきてくれる獲物にありつけると思っていたところで急にその獲物が逃げだすから困惑しているだろう。

その証拠に化け物は一瞬動きが止まり、どっちに行くかと悩む素振りを見せたが、結局あたしを追いかけることにしたようだ。

食いついた!

所詮こいつらも動物。目の前の欲に勝てなかったということなのだろう。

動物といっていいのかはわからないがまあゴキブリみたいな見た目だしそれでいいだろう。

ここからはあたしの体力次第だ。

どこまでこいつらを人の群れから引き離せるか。

あたしは陸上部で培った経験と技術を思う存分生かして走った。

今までで一番調子が良い。

呼吸も安定しているし、不思議と疲れもない。

身体がだるかったのが嘘みたいだ。

今のあたしなら県大会にも、いや全国大会にも出られるかもしれない。

人は追い詰められたときにこそ真価を発揮すると言うが、これがそうなのだろうか。

火事場の馬鹿力というやつか?これが。

さっきまで背後から必死にあたしを捕らえようとする化け物の鳴き声が聞こえていたが、それももう聞こえない。

ここはトラックの上、燦燦と照り付ける太陽の下。

心身の疲れなど忘れるくらいの気持ちが良い走りに私の心の迷いも晴れたかのようだった。



「はっ。はっ。はっ。」

後ろを振り返る余裕はないが、あたしの体力が減って来たのか、だんだんとそれは縮まってきているようで徐々にその音は大きく聞こえてくる。

どのぐらい走っただろう。

わからない。

それは一瞬にも思えるし、すごい長い時間走った気もする。

確かなのはそろそろ限界が来たということ。

やっぱり自分より一回りも大きいこんな化け物相手に逃げ切ろうというのは無理があったか。

もうすぐ背後にまで、耳元までその音は迫ってきている。

あたしはどうなるのだろう。

食べられるのだろうか、それとも八つ裂き?

よくよく考えたら意味が分からないことだらけだ。

急に街中に化け物が現れて逃げようと思ったけど透明な壁のようなものがあって街から出れなくなっていて、そして今こうしてその化け物と鬼ごっこをしている。

乾いた笑いが出てくる。

いったいあたしは何をしているんだろうな。

そしてなにをしてきたんだろう。

人様に迷惑をかけるようなことばかりしてきて、更正したと思ったら母親がいなくなって、思い人にも気持ちが届かなくて、それでこのざまだ。

この方法を選んだ時点で覚悟は決まっていた。

決まっていたが、ワンチャン逃げ切れるんじゃないかと思っていた。

誰も犠牲にならない未来もあるんじゃないかって。

「嫌だ、死にたくない・・。」

誰か・・。

その時首元になにかが引っかかってあたしはぐいっと後ろに引き戻される。

「あ・・。」

目の前に映ったのは無数に生えそろってやけにきれいな歯並びの口で、あたしは自分の運命を理解した。

その瞬間それまで忘れていた恐怖と疲れと後悔がどっと走馬灯のように流れ出す。

今まで何度も死にたいと思ったことはあったけど、いざ本当に死にそうになると生にしがみつくもので、あたしはなんとか食われまいとそんなことをしてもどうしようもないというのに必死に顔をそらす。

「助けて、誰か・・。」

そんな諦めにも似た最後の抵抗をした次の瞬間目の前の化け物の首が飛んだ。

そしてそのまま頭を失った化け物は身体の制御が効かずに後ろに倒れていく。

なにやら棒状のものが飛んできて化け物の頭を貫いたようで、後方の地面に突き刺さったそれを見て他の二匹も何が起こったかどこから誰が飛ばしてきたのかわからずきょろきょろと首を振る。

すると、どこから現れたのかいつの間にか化け物二匹の間にいたその人は二匹の顔を思い切り地面にぶつけぐちゃぐちゃにつぶしてしまう。

頭を失った後も数十秒間その二匹はびくびくと動いていたが次第に動かなくなっていった。

その様子は現実のゴキブリの様そのもので大変気持ちが悪い物だったが今はそんなことどうでもいい。

「嘘・・。」

あたしは驚きを隠せず口を手で覆ってしまう。

これは本当に助けが来たことに対しての驚きではない。

確かにそれにも驚き、みか君のような力を持つ人間が他にもいたことにも驚いた。

しかしそれらを超える驚きが今目の前で起こったのだ。

あたしの頭をここ数日ずっと支配していたこと。

その張本人が、そこに立っていた。

「・・・お母さん?」



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