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セイテイノア  作者: みか
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25/32

セイテイノア25

俺は今校舎の誰も使われていない教室に高橋祐奈を呼び出していた。

彼女を呼び出した理由はもちろん、彼女のことが好きだから、というわけではない。

彼女が山田の協力者、呪いの本を持っている人物かもしれないと思っているからだ。

少しずるいかもしれないが一般人向けの塀を飛び越え侵入させてもらい、嘘のラブレターを靴箱に入れて呼び出した。

もしこれで彼女でなかった場合俺はいったいどうなってしまうのだろう。

不法侵入に、偽証罪?とかになるのだろうか。

恐ろしいことこの上ないがそういうときは真木さんはなにかしら庇ってくれるだろうと半ば投げやりな気持ちで待っていると、彼女は教室に恐る恐る現れた。

初め彼女は呼び出した主が俺であることに驚いているようだったが、部屋に入ってきてくれた。

「私を呼び出したのは神代さんですか?」

「ああ、そうだ。」

「あの、申し訳ないんですけどこういうことは瑠々を通してって言われているんで、今すぐ答えを出すわけには・・。それに神代さんには芦塚さんが・・。」

「いや、ごめん。手紙の内容は嘘なんだ。君をここに呼び出すための嘘。」

俺のその言葉に彼女はえ?という予想もしていなかったような顔を見せる。

俺がいる時点でそこは疑わないのか・・。

天然なのか、計算づくなのか。

俺では判断ができないから油断はできないが。

如月の二の舞になることは避けなければならない。

俺は彼女から本のことについて聞きださなければいけないのだ。

「あの昭和を彷彿とさせる熱烈な文章も嘘なのですか?」

・・・それは忘れてくれ。

俺が今までラブレターなる物を書いたことがなかっただけだ。

え?ああいう物じゃないのか?

相手に対する気持ちを書き綴るもんじゃないの?

どのぐらい書けばいいのかわからなかったからA4にぎっしりと書いたが、もしかしてそれは少なかったのか?

結構考えるのに時間がかかったのだが、これは俺が嘘の気持ちだったからで本当に好きな人はすらすらでてくるものなんだろうか。

「嘘ってことはここに呼び出されたのは・・・。」

「そう、別件だ。少し話があって。」

「話・・。」

「そう、お話。」

「あ、そうなんですね。良かった。これからリンチでもされるのかと思ってました。」

痛いのは好きじゃないですから。

こいつは俺のことをいったい何だと思っているのだ。

そんなに怖い顔でもしていたか?

まあ、これからの彼女の行動次第ではそうなるかもしれないためあながち否定しづらいところもある。

そうならないように願うしかないが。

俺も女子高生に暴力を振るいたくはない。

彼女が無自覚であの本に振り回されているだけだという可能性もある。

あれらは計画的な犯行ではなく、事故であったと。

ほとんど確信をもってこうして対面したわけだが、対面した今もとても目の前で手を合わせて心底安心しきっている様子の彼女があんな惨いことができるとは思えない。

思えないが、時として人は自分の思いもよらない行動をするものだ。

「お話というのは、なにを話せばいいのでしょう?」

「・・・実は、昨日芦塚が襲われて、亡くなった。」

「・・・え?」

俺の言葉に言葉を失ったのは彼女だ。

もちろん如月は亡くなってはいない。

重傷だが、なんとか命に別状はなかったようだ。

報告によると如月を襲ったのは山田ともう一人がいるから如月が重症なことは知っているはずなのだが・・・彼女のこの驚きようはまるで本当に知らなかったかのようだ。

まさか高橋じゃないのか?

もしこれが演技なのだとしたらすごい有望株だが。

「怪我じゃなくて・・・ですか?」

「ああ、だから最後に監視カメラで彼女と一緒に映っていた君には、捜査に協力する義務がある。」

これも嘘。

監視カメラなど確認すらしていない。

「神代さんは警察の人だったんですか・・?」

「まあ、そんなところだ。」

「そうだったんですね。だから芦塚さんも・・。」

ぶつぶつとなにか言いながら狙い通りと言わんばかりに彼女は鞄の中を漁りだした。

そしておもむろに黒く分厚い本を取り出し、栞の挟んであるページを開きそれをこちらに向ける。

俺はそれが何かすでに知っている。

それは人を死に至らしめる本で、この世界を混沌に引きずり込む本で、人の心に付け込む本で。

存在してはいけない物。

しかし、俺はなにもしない。

ただその工程をずっと黙って見ていた。

「芦塚さんは、本当に死んでしまったんですか?怪我ではなく。」

「ああ、死んだよ。」

「そう・・・。良かった。これで、まだ一緒にいられる・・・。」

彼女がそう言って、開かれたその見開きには、やけにクオリティの高いノーフェイスの姿が描かれていた。

宗教画のようなそれは、顔がないのに不敵に笑っているように見え、薄れゆく意識の中俺は心の中で誓う。

前は危うく騙されかけるところだったが、もう同じ轍は踏まない。

もし本当にお前に悪意がなかったとしてもそれで今までの行為が許されるわけではない。

決して悪魔と人間は相容れないのだと。

そう強く心の中で思った。



ぶくぶくと身体が再構築されていくのを感じる。

この感覚はまだ慣れないな。

まじまじと自分の身体が復活していくのを眺めるというものは。

最近は再構築中に意識が戻るようになってきて、損傷した箇所以外は動かせるようになってきた。

今回は損傷個所が手首で、出血多量が死に方なのでまだ少し貧血気味だが俺は目の前で信じられないという様子で立ち尽くす彼女に声をかける。

「その本をこちらに渡してくれないか?」

そう言われてより大事そうにぎゅっと強くその本を抱きしめる彼女。

「な、なんですか・・・あなたは・・・。」

その様子は少し怯えているようにも見える。

まあ、仕方ないだろうな。

「なんて言うんだろう。不死の人間?ゾンビ?適切な呼び方はわからないけど、死なない特性を持っている、持ってしまった人間だ。どれだけ刻まれても死ぬことはないし、潰れても焼いてもバラバラになっても干からびても呼吸ができなくても何も食べなくても心臓が止まっても、死ぬことはない。だから俺は君がせっせとその本を引っ張り出しても特に止めようともしなかった。君が俺を殺してくれたらそれがそのまま証拠になると思ったから。」

「い、意味が分からない・・。そんな人間、フィクションにしか・・。」

そりゃあそうだ。

普通はこんなこと例え目の前で起こったとて信じられないだろう。

だが目の前で起こらなければ信じられるわけもない。

「その本の特性はよく知っている。特定のページを見たものを死に追いやる悪魔の本。その本をこの状況で開いたということは、君はその特性を知ってて俺にそのページを見せたということでいいんだよな?」

俺の問いつめるような言い方に彼女はびくっと身体を震わせ、小さくごめんなさいとつぶやく。

もしかしたらそれは命乞いだったのかもしれない。

不死身の化け物を殺そうとした報復に自分も殺されると。

「さっきの口ぶりから芦塚をやったのは君だってわかるけど、集団自殺事件も君がやったのか?」

俺は腕を寄せて身体の面積をできるだけ小さくしている彼女に怯えさせないようにできるだけ優しく尋ねる。

年下の女子をいじめるほど人間落ちぶれてはいない。

落ちぶれてはいないが、彼女はこの事件を唯一知る手がかりだ。

このまま逃すわけにはいかない。

「・・・違う。あれはあいつらが勝手にしたことだ!!あの一般生が勝手に私の本を奪っていって勝手に死んだんだ!!私のせいじゃない!!」

突然のあまりの剣幕に俺は一瞬思考が固まる。

彼女からこんな大声が出るとは思ってもいなかった。

奪って、と聞こえたが、もしかしてあれは事件じゃなくて事故だと?

てっきり彼女が芦塚のときと同じように隠蔽のために意図的にやったものだと思っていたが。

「そうだよ・・・。あいつらがまたいつものように貴族相手に意地悪してるから・・報復してやろうと思ってたまたま図書室で見つけたこの本を手に取ったら、それも奪い取って行って・・・。やっぱり返してもらおうと思って言いに行ったらあんなことになってて・・・。わざとじゃない。そのときはこんなことになるなんて知らなかったし、まさかほんとになるなんて思ってもいなかった。警察に自首することも考えたけど事が事だったから私の関与もばれていないみたいだし、どう伝えたらいいのかわからないし、元はと言えばあいつらが悪いし、私はこのまま何も変わらない日常に戻れると思っていたのに・・そんなとき。」

昨日、芦塚が直接訪ねてきた。

「初めは知らぬ存ぜぬで流そうと思ったけど、彼女は意外にも証拠をそろえてきていて見逃してもらえそうになかった。だから私は彼女を殺すしかないと思った。幸いにも私は最初にあいつらがこの本を開いて自殺してからこの本の使い方を読み込んでいたし、やり方も特定のページを見せるだけと簡単だったからそれはすぐに実行できた。彼女を人気のないところに連れ込んでうまくいったと思ったのに・・。ねえ、Arkってなんなんですか?みんな神代さんみたいな化け物ばっかなんですか?・・・悪魔っていったいなんのことですか?」

「その本を渡してくれたら話すよ。」

これはそう簡単に話していい内容じゃない。

真木さんが世間にこれを隠す理由。

それは世間の混乱を防ぐためだろう。

「・・・じゃあ、いいです。」

「その本は災いを招くよ。」

「・・・それでも渡したくありません。私にはこれしかありませんから・・・。」

カタカタと震えながら本を大事そうに抱え込む彼女。

これしかない・・・とはどういうことだ?

「・・・覚えてますか?初めて校門で話したときのこと。」

覚えてますかと言われてもな。

かなり前のことだし、正直自信はないが・・。

「万代さんが私たち4人は仲良しですと言いましたよね?」

「言っていた、気もする・・。」

「あのとき咄嗟に瑠々が私を省くなと誤魔化してくれましたが、あれは恐らく省かれていたのは私です。」

そう、なのか?

「私は元々あった瑠々たちの4人のグループに混ぜてもらっただけなんです。瑠々の人望があるから私の存在は許されているだけ・・・。私は本当はあの中にはいないんです。」

だって私は貴族じゃないから。

そう寂しそうにつぶやく彼女。

「・・・。」

・・・だから、少し距離を感じたのか。

高橋さんが俺に本を貸すことができないと告げた後、輪に戻ろうとしたあの時。

俺はあれは共通の趣味の友達がいないことによる寂しさかと思っていたが・・・。

言葉がずっと標準語だったのも納得だ。

しかし、それではなぜ上谷はあんなにぺらぺらなのだ?

「この本のおかげで私は勇気をもらった。初めて私が、自分でなにかを変えられるって、そう思えた。この本がなくなったらまた以前の私に・・・。」

そう語った彼女の言葉で俺は彼女がなぜその力に溺れてしまったのかを少し理解した。

昨日上谷が言っていた。

高橋には意思がない。

今までろくでもない男からの誘いも断れずに付き合っていたと。

やっぱりそれについて自分でもなにも思っていなかったわけではないということだ。

そりゃあそうだ。

人はロボットではない。

彼女が本が好きなように、感情があって、好きなことがあって、嫌いなことがある。

至極当たり前なことだ。

心の中では嫌だと思ってはいたが、断る勇気はなかった。

恐らく彼女があいつらという事件の被害者達も彼女にいたずらという名のいじめをしていたのだろう。

もしかしたら俺にあんな熱弁した本が手元になくて貸せなかったのも・・・。

申し訳なさそうにしていた彼女の顔が思い出され、怒りとは逆の感情、同情、憐みの感情が湧いてくる。

彼女から本を取り上げることは、悪いことか・・?

取り上げないべきなのか?

いや、それはないだろう。

彼女はすでに自分のためにそれを意図的に使ってしまっている。

自分の保身のために人を一人殺めかけている。

それは許されるべきではないし、贖罪するべきだし、任せられるわけもない。

だが、俺の中のなにかがそれを妨げる。

いや、なにかじゃないな。

それははっきりしてる。

目の前の一人の女の子の唯一の支えを奪い取ることへの抵抗だ。

泣いている女子にさらに追い打ちをかけることができずにいる。

俺の中の甘さが邪魔をする。

俺は騙されているのだろうか。

もしかしたら彼女は演技で俺をたぶらかそうとしているのかもしれない。

今までの様子からそんな器用なことができるとは思えないが、しかし俺はそれを判別する術を持っていない。

せめて、彼女のことをもう少し知っていたら・・・。

彼女のことをもう少し知っている人がいたらと思わずにはいられないが、その心当たりのある人物は今当てにできない。

もう少し、証明が必要か。

「君は自分にはその本しかないと言っていたけど、本当にそうだと思う?」

「・・・なにかあるんですか。こんな私に。」

・・・あるよ。

何も持たない人間なんているわけがない。

「そもそもなんで君はそんなにいつもの生活に戻りたがってるの?」

「・・・そんなこと、だれも捕まりたくなんかないでしょう。」

「どうして?」

「どうしてって・・だから捕まると将来が大変ですし、周りにも迷惑が掛かりますし。」

「周りって、例えば?」

「・・・お父さんとか、瑠々とか。」

「その二人には迷惑かけたくない?」

「・・・はい。」

「それは、どうして・・?」

「・・・・。」

「好きだからでしょ?二人のことが。」

「・・・。」

そこで彼女は何かに気づいたように大きく目を見開いた。

「でもっ!それは・・・瑠々がやさしいから・・。きっと彼女は誰にでもああなんです。瑠々は、人気者でやさしいから私のような一般人の日陰者にも手を差し伸べてくれるんです・・・。」

「・・・いや、そんなことないけどな?」

俺は昨日の彼女の様子を思い出す。

「少なくとも彼女は君が思うような殊勝な人物ではないと思うぞ?」

「あなたに・・・あなたに何がわかるんですかっ!!私は瑠々とずっと一緒に育ってきたし、あなたなんかよりずっと瑠々のことを知ってる!!」

「・・・ずっと一緒にいたら、何でも知っているのか?」

「そりゃあ、そうですよ・・。何年瑠々と一緒にいたと思って・・・。」

「じゃあ、お前は上谷がなぜこんなにも標準語がぺらぺらなのか知っているのか?」

俺のその発言に対して、はははっと彼女は笑う。

「そんなの簡単です、瑠々が天才だからですよ!瑠々は昔からずっと賢かった!!ついていけない私にいつも手を差し伸べてくれていた!」

「それは違うぞ、高橋。」

確かに世の中に何も勉強をしなくてもすべてを理解できる人天才と呼ばれる人は存在する。

圧倒的な戦闘センスを誇るのあや、組織を作り、まとめあげる真木さん。

彼らにだって彼らなりの悩みや努力があった。

少なくとも俺の知る上谷は完璧超人ではなく、そんな風に切り捨てていい存在ではなかった。

「天才って言うのは、理解から最も遠い感情だ。」

「・・・何を言って。」

「どうして彼女が標準語がぺらぺらなのか知ろうとしたことはあるか?どうして彼女が勉強ができるのか知ろうとしたことはあるか?どうして彼女がお前にだけ優しいのか、知ろうとしたことはあるか?」

「私にだけ・・・?瑠々はみんなに優しいよ。貴族生にも一般生にも。ほんとに何も知らないんだね。」

「いや、お前にだけだ。正確にはお前には特に、だな。」

「私にだけ・・?そんなわけないでしょ。」

何年前の話をしているの?という彼女は少し寂しそうに見えた。

「上谷はずっとお前のことを考えていたぞ。」

「そんなわけないよ。仮に、もしそうだったとしても、嬉しいけど瑠々は貴族の令嬢なんだから、立場を弁えないといけない・・。」

私なんかと関わってはいけない・・・。

そんな悲壮感に満ちたつぶやきが辺りに満ち、彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

「あーあ、私も貴族だったらなあ・・・。貴族に生まれていれば、こんなこと・・・・。」

その涙をぬぐいもせずにまるで覚悟を決めたかのように彼女は顔を上げる。

なんだ?まだなにかあるのか?

あの呪いの本には見たものを自死に追い込む力があるとしか聞いていないが・・・。

そこまで考えて俺はようやく彼女のやろうとしていることを理解する。

「待てっ!!早まるな!!」

俺は力づくで彼女のそれを取り上げようとするが、一足遅かった。

これでは間に合わない・・・。

また俺は選択を間違えたのかと、そう思ったとき、彼女の手が止まった。

「何を、しようとしているの・・?」

その声を聞いた瞬間、彼女の手から本がごとっと音を立てて床に落ち、「どうして・・・?」と高橋は顔を覆う。

おそいよ、まったく。ひやひやしたぞ・・・。

教室隅のロッカーからがたんと勢いよく出てきた彼女は、俺がずっと登場を待ち望んでいた上谷瑠々本人であった。



「実は協力してほしいことがあるんだ。」

そう切り出した俺に上谷は訝しげな表情をする。

「君にしかできない仕事だ。」

「私にしかできないっていうのは、どういうことですの?今そのラブレターを祐奈の靴箱に入れていることとなにか関係がありますの?」

こ、怖え・・。

一昨日断っておいてどういう風の吹き回し?と言った感じだ。

「あ、あります・・・。」

「ふーん。言ってみてごらんなさい。もしどうでもいいことだったら不法侵入で通報しますから。」

腕を組みながら俺に話せと促してくる彼女。

だからなんでいちいちこいつは脅してくるんだと思いながら俺は真面目な口調で話し始める。

「実は、高橋が校内集団自殺事件の犯人かもしれないんだ。」

その言葉に彼女は眉を顰めるが、少し考え込んだ後に俺に尋ね返してくる彼女の言葉に俺は畏怖にも似た感情を覚える

「・・・それは、芦塚さんが学校に来なくなったことと、昨日あなたが血相を変えてどこかに行ったことと関係があるんですの?」

鋭すぎる。

意を決して話した割には聞き分けが良すぎる。

高橋をあそこまで気に掛ける上谷なら、俺がそんな疑いをした時点で激高したりすることもあるかと思ったがそうではないようで、落ち着き、冷静に与えられた情報から推測している。

その思慮深さからは本当に彼女がただの一般高校生だとはとても思えない。

これは元からなにか違和感を感じていたのか、それとも二人はグルで俺をはめようとしているのか。

俺はもしかしたら彼女はあちら側なのかもしれないと、慎重に彼女を見る。

「ああ、芦塚が血だらけの状態で林の中で見つかった。」

「・・・血だらけって、大丈夫なんですの?」

「わからない。」

「・・・そ。」

「俺の読みが正しければ、彼女が犯人なんだ。協力してくれるか?」

俺はあえて細かい説明はせずに尋ねる。

「山田雛、じゃなくて?」

「彼女も容疑者として候補が上がっている。」

「・・・ふーん。私もその事件の犯人についてはずっと独自に考えてはいたから協力はしたい。ですけれど、それはあなたの読みが正しいことが証明出来たら、ですわね。もし違っていたら、わかっていますよね?」

「そのときは俺を好きなようにしてくれ。今は君の協力が必要なんだ。」



「私あなたのことこんなに大好きですのに・・・。」

そう言いながらひたすらごめんなさいと謝り続ける高橋を抱きしめてなだめる上谷を少し後ろから眺める。

正直俺の必死の証明は失敗したのかと一時期は焦ったぞ。

本来ならば俺が死んでリセットした段階で出てきてくれるものと思っていたからだ。

あれ以上の証明の方法を俺は思いつかなかった。

途中から諦めて俺の力で説得しようともしたが、結局駄目だった。

説得するどころか関係を悪化させるばかりで、もし彼女が姿を現してくれなかったら・・・。

「私は男を忌避するほど嫌っていて、一般生のこと祐奈以外みんな馬鹿だと見下してるし、正直生徒会の仕事もめんどくさくてやりたくないですわ。」

優しく高橋の髪をかき分けながら続ける。

「でも祐奈のためだと思うと頑張れましたの。」

そう告げる上谷の声は自分を偽っていたときでさえ聞いたことがないほど優しく、俺は耳を疑った。

「どんなに辛くても祐奈に教えられるならと勉強を頑張った。どんなに苦しくても祐奈のために学校を変えられるならと人間関係も頑張った。どんなに痛くても祐奈のためならばといじめにも耐えられた。全部祐奈のためでしたのよ・・・。」

「私の、ため・・・?」

「標準語を覚えようとしたのも、貴族生と一般生との懸け橋になろうとしたのも、生徒会に入ったのも、友達を増やしたのも。全部、あなたが私の動機でしたの。あなたのために、あなたと周りの目を気にせずに一緒にいるためにって・・・。」

でも私はその中でなにかとても大事なことを見落としていたのかもしれませんわ。

「大事なことって。」

「あなたともっと関わってあげればよかったですわね。他のことに気を取られて一番大事なあなたとのコミュニケーションが足りていませんでしたわ。」

いつの間にか本当に自分がしなければならないことを見失ってましたの。

「それは、そうだよ・・・。今更気づいたの・・?」

「ごめんなさい。私が悪かったわ。」

「・・・でも、それでも私は瑠々が幸せならそれでよかった。それなのに、私はっ!!あんなくず共に頭を下げて、パシらされてる瑠々なんて見たくなかった!!」

・・・?どういうことだ?

上谷が、パシり?

「あれは後輩の尻ぬぐいをしてただけですわ。先輩として当然のことで気にする必要なんかありませんのに・・・。」

困った子ですわ。

「・・・あれはあなたがやったので間違いないんですのね?」

「・・・ごめんなさい。まさか本当に死ぬなんて思ってなくて・・・これじゃあ瑠々の積み重ねた評価が・・・耐えた意味が・・・。」

「・・・いいんですのよ。祐奈はなにも悪くない。だって私もね、あいつらが死んだって聞いた時、やりすぎだと思う反面、少し嬉しくも思ってしまったんだから。」

私たちは、同罪ですわと上谷は高橋に微笑みかける。

俺は大きな勘違いをしていた。

てっきり温厚で大人しそうな高橋さんがいじめられているものだとずっと思っていた。

しかしそれは違い、ふたを開けて見れば人当たりも良いキャラを演じていた上谷の方がこの事件の被害者にいじめられていたのだ。

この場合いじめなのかどうかはわからないが、話しを聞く限り体の良い奴隷のような使い方をされていたことは事実なようだ。

どうしてそう思ってしまったのだろう。

高橋さんが気が弱かったからか?

いじめられる理由なんて様々で、別に気が弱いからと言っていじめられていることの根拠になんて一つもありはしないのに。

八方美人を演じている彼女がその対象になることだって、あったはずだ。

上谷があそこまで脅迫気質になっていたのも理解ができる。

相手に徹底的に弱みを見せたくないことからきていたのだろう。

俺も一昨日彼女と話して裏の一面を見たことで上谷を理解した気でいたが、飛んだ勘違いだったようだ。

文字通り裏の一(・)面(・)を見ただけ。

そこには二面も三面もあったというのに。

偉そうに講釈垂れたが、結局高橋さんの言うとおりだった。

質で勝負しようかと思ったが、質でも量でも、俺が彼女らに到底かなうわけがなかったのだ。

「勘違いしているところ悪いが、俺は別にお前らを捕まえに来たわけじゃない。」

俺はそろそろいいか?と頃合いを見計らって抱き合って泣いている二人に話しかける。

「じゃあ、どうするんですの・・?」

「最初に言った通りだ。高橋さんが持っている本を渡してくれれば、それでいい。そしてそれは今ここにある。」

そう言って俺の右手に収まっている本を彼女らに見せる。

「人を殺したのに、許されるんですか・・?」

恐る恐るこう言うのは高橋だ。

「許されるわけじゃない。特に芦塚の件については明らかに意図的だし、罪に問われて然るべきだ。」

「・・・。」

「でも、今はもう状況が違うだろ?」

「・・・?」

「上谷がそばにいて、『もうなにもない』わけじゃない。」

その本以外にも新たに手に入れた。

「君にはまだこの本が必要か?・・・上谷じゃあ、不満か?」

「不満なわけ、ない・・・。私が本当に欲しかったのはこれなんだから・・・。」

もう離さないと上谷をぎゅっと強く抱きしめる。

俺は高橋さんは上谷と抱き合っていた間もいつの間にかこの本をきょろきょろと探してしまっていたのを見ていた。

これで本当に大丈夫だろう。

「なら、そっちを本当に大事にするといい。」

俺のその言葉に安心したのか再び彼女は泣きだし、俺が回収した本を自分の鞄に入れるまで間、もう彼女がそれに気を向けることは二度となかった。



こうして突如として力を手にしてしまった彼女のお話は終了したわけだが、この話にはまだ続きがあった。

「どうしてここまでしてくれるんですの?」

「ここまでって?」

任務を達成し帰ろうとする俺を引き留め、上谷は少し不満そうに言う。

「力づくでとればすぐに解決してませんでした?そんな生き返る力を持っているんでしたら、別にあの本とやらが怖かったわけでもないんでしょうに。」

確かに、それはそうだな。

俺は何故かその発想が自分になかったことにはっとし、その理由を考える。

「驕っていたんだよ。もしかして自分には彼女の心も救うことができるのではないかと、勘違いをしていた。」

「実際に救って見せたのに勘違いですの?」

「いや、勘違いだよ。」

俺は何もしていない。

ただすれ違っていた二人を引き合わせただけ。

「君が、彼女を救ったんだ。」

どうせ俺が今回何もしなくてもこの二人の仲は自然と戻っていたことだろう。

「・・・本当にこのまま帰る気ですの?」

上谷はまだなにか言い足りないようだ。

「そのつもりだけど。芦塚のことも心配だし。」

「今回の情報を脅しに使えば、あの一般生のように私たちを人形のように操ることだってできるんですのよ。」

「ん、ん?なんだ・・・?俺の手足にでもなりたいの?」

俺は意図のわからない彼女のセリフに若干冗談っぽく言って見せるが、一昨日のように皮肉たっぷりの返しが来るわけでもなく彼女はうつむいたままで顔を上げない。

あ、そうか。

こいつは明らかな不平等感が気に入らないのか。

今まで弱みを見せないように見せないようにしてきたから。

「そんなに俺の行動が理解できないなら、そうだな。これをあげよう。」

そう言って俺は彼女に俺の名刺を渡す。

「悪魔、退治・・・?」

そこに書かれてある文字を読んで、珍しく不思議そうに首を傾げる彼女。

普段の彼女なら胡散臭と投げ捨てていただろう。

この流れがなければ。

これはほとんどArkの組織内でしか見せない物だ。

「あんたが調べられなかった俺の仕事先だ。人知れず陰で動いている組織だから、当然風潮して回られるのも困るし、なんならここに電話して今回の事件で俺が殺人者を何のお咎めもなくスルーしたことを報告でもすればいい。本来は許されない行為だから、そうなった場合俺は何かしらの罰が下ることになるだろうな。」

これでお互いに秘密を抱えた者同士、平等で安心だろ?と笑う俺に対しての彼女の反応は意外なものだった。

「もしかして神代さんは、天使様、ですの?」と。

天使か。それもありかもなと俺はあまりの突拍子もない言葉に思わず笑ってしまった。

何か言いたげな彼女だったが、次の瞬間誰かが近づいてくる音が聞こえてきて俺はまたいつかと不法侵入がバレる前に教室を去る。

これで本当に終わり。

俺はうーんと疲れた身体を解すように大きく伸びをする。

彼女は本当にオリジンではなかったようだった。

なら山田の方がオリジンで間違いないはずなのだが・・・。

俺の方の仕事はこれで終わり、のはずだ。

後は、真木さん、頼みましたよ・・・。



「あら、高橋さんもいらしたの。」

「うん。でも気にしなくていいよ。疲れて寝ちゃったみたいだから。」

そう言って私は一応万が一があった時のために予め一定時間経って私が帰ってこなかったら突入してと声をかけておいた友人たちを空き教室に案内していた。

「この歳でお昼寝?お可愛いね。」

彼女達は無防備に寝顔を晒す祐奈の顔をつんつんと突く。

「そうだ!!今週末この5人でどこか遊びに行きませんか・・わよ。」

唐突に良いことを思いついたというように声を上げる万代だったが、話し方は相変わらずだ。

「やっぱりこの話し方は慣れませんね・・。」

「うん、自然と口数も減ってしまいます。」

「うーん。やっぱりさ、この話し方やめない?」

意を決して私がそう提案すると、「瑠々さんが言ったことですのに!!」と様々なところからぶーぶーと文句が出た。

「うん。私も最初はそうした方が祐奈が疎外感感じなくていいかなと思ったんだけど、どうやら逆効果だったみたい。」

それにみんなもなんか苦しそうだし。

「じゃあどうするの?戻すの?」

「ん-それぞれが一番しゃべりやすい口調でいいんじゃない?」

私がそう言うと真っ先に万代が私は戻させてもらいますわ!と声を上げる。

文句を言いつつもなんだかんだみんな乗ってくれるんだから。

「あー解放されましたわ。これでやっといつも通り話せます。」

「やっぱこれですわね。」

みんながいつものお嬢様口調に戻っていく中、私もどちらにするか悩んだが、決めた。

「・・・私は、このままにする。」

「どうしてですの?」

「私ひとりだけ、というのも特別感があるでしょ?」

それを聞いた栗栖と藤宮は「あら。」と顔を覗き合わせる。

そんな中一人は開放感からかテンションがおかしくなっていた万代が、私が手に持っていた名刺を見つけ、覗き込んで言う。

「あれ、それなんですの?」

「え、ああこれは・・」

私は急いでそれを隠しながらこう答えるのだ。


「天使様からの贈り物!」



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