セイテイノア22
血がないって・・。
確か自殺の方法は刃物による出血多量だったはずだが。
そんなことがあるのか?
すでに片付けた後とか、現場がシャワールームですべて流れ去ったとかならわかるが、現場はあまり使われていない教室だというし、自殺者である彼女ら5人の血が一滴も残らないなどあるはずがない。
「その話は本当なのか・・?」
「警察も困惑してたって聞きました、そのあまりの現場のきれいさに。」
それで今捜査の手が行き詰っているという感じだろうか?
警察は複数犯の計画的犯行とかを視野に入れ始めてたりするのだろうか。
もうこの世界に染まってしまった俺はすぐに不可解なことが起きると悪魔だとかオリジンだとかの可能性を考えてしまうが、一般人はなにを考えるのだろうと思考にふけっているところで、万代さんが急に声を低くしてしゃべりだした。
「でもですね、この学校、でるんですって。」
「でるってなにが?」
「お化けですよ!!人の血を吸い取ってしまうというお化けが!!きっと彼女たちもそれにやられたんです!!きれいに話が繋がりますし!!」
「優。さすがにそれはオカルトの読みすぎ。」
「お化けなんて非科学的なものいるわけないでしょ。」
リーダー格の上谷を含む彼女らはまたいつものがと言わんばかりに彼女の話を流している。
「いるよ!!三鷹市の死神だって、ドッペルゲンガーだって有名ですわ!!」
「いないよ。あほらし・・。」
テンションが上がってもうお嬢様言葉を隠そうともしない万代さんを上谷さんは適当にあしらうのだが。
「じゃあなんで瑠々はそんないもしないと思っているものの動画とかを怖がってるのかなー?」
「い、いや別に怖くないし・・。あんなのただの合成だし・・。」
「怖がってますわ!!この前みんなで一緒にテレビ見てた時だって「ああー!!!!聞こえないー!!!」
万代優の口を全力に止めにかかる瑠々を見て笑いあう他の女子たち。
「・・・仲良いんだな。」
「そうですよーうちら4人みんな仲良しですー。」
「4人?あたしが抜けてますよー?」
上谷がおいっと万代さんに詰め寄る。
「ごめんなさい5人の間違いでーす。」
「仲が良いのは良いことだが、もう暗くなるから帰れ。いつまでも校門にいるわけにもいかないだろう。」
「お兄様は帰らないんですかー?」
「如月がまだだからな。」
「じゃああたしも帰らなーい。」
「いいから帰れ!俺が責任とれないの!!こんなのがばれたらまずいし!!」
「ばれたらまずいってなにがうぷっ!」
一人がなにか言いかけたところを瑠々に口を噤まされ、そのまま連行される。
「彼女がいるんだから当たり前でしょ。あたしらはもう帰ります。」
そう言って彼女は名残惜しそうな者二名を引きずりながら、それじゃまたねーと颯爽と下校していく。
忙しいやつらだったな・・。
ばれたらますいというのは彼女云々ではなく、世間体のことだったのだが、まあうまくいったからよしとするか。
事件についての情報も手に入ったし、仲良くもなれたっぽいしある程度満足のいく結果だったと自分をほめながら校舎を振り返ると。
「・・・。」
そこに彼女はいた。
「えーと、もう用事は終わったのか?」
あまりにも音もなくそこにいたからその様子はかなりホラーだったが、なんとか声は上げずに平静を保つことに成功する。
「とりあえず今日のところはね。事件の起こった教室も特定できたし、立ち入り禁止だったけど中も見れた。」
「で、どうだった?」
「別に。すでに片付けられた後みたいで特になにか見つけられたわけじゃない。」
「そうか・・。じゃあ次はどうする?聞き込みでもするか?」
俺の提案に対し、それでいいんじゃない?と少し投げやりに返す彼女。
なんか機嫌が悪いようだが、思ったより手掛かりがなくて不機嫌になっているのか?
「あたしはあんたみたいな人たらしと違ってそういうの苦手だから聞き込みはお願いするわ。」
「人たらしって・・・じゃあ如月はどうするんだ?」
「あたしは中でもっと詳しく調べたいから、最初に決めた通り、あたしは校内の調査、あんたは校外での調査をお願い。もしかしたら特定の誰かをストーカーさせたりもするかもだから覚悟しといて。」
そう言ってスタスタと先に歩いて行ってしまう彼女。
女子高生相手にストーカーはそれこそ俺じゃなく如月がやったほうが良いと思うのだが。
俺がやるとほぼ間違いなく豚箱行きだろ・・。
俺は露骨に嫌な顔をして反対の意を示すのだが、しかしそんな俺のことなど気にもせず、寧ろ振り返った彼女の顔は嫌に笑顔でこう言った。
「もちろん手伝ってくれるよね?彼氏さん?」
どうやら俺は今回の仕事中ずっと尻に引かれることを覚悟しなければならないようだ。
如月は彼女らと別れる前にはすでに俺の背後にいたらしく、会話もばっちりと聞かれていたみたいだった。
あの後勝手に彼氏設定にしたことをそれはそれは怒られたものだ。
なぜせめて兄弟設定とかにしなかったのかとも言われた。
それを聞いて俺もその手があったかと感心したものだが、全然顔も似ていないが行けるものなのだろうか。
不意に名前を聞かれたときに本名を言ってしまいそうでやっぱり彼氏設定のほうが俺的には楽だったのだが、彼女的にはそれが嫌だったらしい。
仕事だから!と言っても全然割り切ってくれず、俺が真木さんに次の休日はみかと重なるように頼んでみるからと言ったことで、なんとか彼女を説き伏せしぶしぶ納得させた。
確かに本命の彼氏がいるのに彼氏役名乗り出るのはいろいろとまずかったか?
ばれた時のリスクも考えると。
そんなにこの仕事に時間をかけるつもりはなかったが、ことによってはかなりの長期戦になるかもしれないし、如月はずっとこの学校にいるわけだし。
仕事を円滑に進めるためとはいえ俺は彼女のことを何も考えていなかったのかもしれない。
いったい俺はいつからこんな仕事人間になってしまったんだ。
前はこんなことなかったのにと少し自責の念を感じながら、俺は今日も校門前で彼女が戻ってくるのを待つ。
ここ数日は如月が普通に登校し、朝から夕方まで学校で過ごし、俺は下校時刻には校門前に来て下校する生徒から情報を収集するという日が続いていた。
それにより、すっかり例の女子5人のグループとも仲良くなり、下校時に少し話をして帰るのが日課となっていた。
その時に聞いたのだが、この学校は5年前までお嬢様学校として有名であったのだが、2年ほど前から一般女学生の募集も開始したようで、今はお嬢様と一般人が混ざっているというのが現状ということらしい。
その割合はちょうど半々くらいなようで、その生活水準の違いからか価値観の相違も多く、衝突することも多々あるのだとか。
今俺が話しているグループは所謂お嬢様グループと言われるところに属しているようで(これは言葉の節々から洩れる気品あふれる言葉から容易に想像できたが)、今は一般人の層との懸け橋になれるようにまずは話し方から変えていこうとしているのだと。
なんとも意識の高いことで。
お嬢様は心の余裕から違うんだなとひどく感心していたところ一番言葉の矯正の進んでいない万代が口を開く。
「芦塚さんに学校で話しかけようと思ったんですけど、なんか怖くて話しかけられなかったーです、わ。」
「はい、アウト。」
一番矯正ができているリーダー格の上谷が冷静に突っ込み、万代さんは「あっ!!」と口を押さえる。
「全然直る気配がないよね万代。直す気あるんですか?」
「ありますっ!!・・・。」
何か言い足りないという風に勢いよく言った割に最後意味もなく口をパクパクとさせる彼女。
その様子は餌をやった金魚のようで少し可愛らしかったが、彼女にとってはつらいことなのだろう。
「でもわかるよ。ちょっと話しかけづらいよねー。」
「そうかな?あーいや、そうだな。俺も最初、いや今でも話しかけづらいときあるし。最初は結構傷つくつもりでいったほうがいいかもしれない・・・。」
あいつもう少し愛想よくしろよ・・・。
それじゃ集められる情報も集まらんだろうて。
「彼女、去年の冬ぐらいから急に雰囲気がかわってしまって中々・・・。」
そんなことを彼女達の一人が言う。
「去年の冬?」
「ええ、まるで人が変わったように。口調も変わって、初めは一般人の方に好きな人でもできたのかと思ったのですけど、どうやらそんな良い雰囲気でもなかったし・・・。」
確かに好きな人ができたら人は変わると言うが、まああの雰囲気なら明らかにそうではないわな。
それにしても、そうか。
彼女はその時期にオリジンに・・・。
「元々は中の良い人もいたんですけど、それでどんどん孤立していっちゃって・・・。」
「芦塚のことを気にかけてくれてありがとう。これからも少し気にかけてやってくれたら助かる。」
「今度仲の良かった子を紹介しますね。」
「ああ、俺も少し話を聞きたい。」
「乃庵様はいつからの付き合いなんですか?」
「俺はちょうどその時期からだな。だからその時期より前の芦塚を知らないんだよ。」
「乃庵様はいつもどんな会話するんですか?」と訪ねられる。
「いつも、いつもは・・・。」
とそこまで言ったところで俺の思考はいったん動きを止めた。
・・・ん?
そこで俺は初めて気づく。
そういえば俺は如月と仕事の話かみかの話しかしていないということに。
しかしそのどちらも彼女らに話すことはできないし、これは困ったぞ。
あーでもないこーでもないとなにか良い言い訳や当たり障りのない答えを探し頭を捻ったが、なかなか良い答えが見つからない。
仕方がないので俺は「秘密。」と濁すことにした。
困った時の最終兵器。
それに対し彼女たちは「えっちなことですわ!!」と変な勘繰りをみせるがそれはしかとする。
こういった俗にまみれた話題は流すに限ると思っていたのだが、しかしそれは逆効果だったようで、これが所謂むっつりですわだのやることはやったのだのと追及が激しくなった。
貴族はそういう下品な話に興味ないものと思っていたが、もしかするとむしろ貴族の方がその辺の情報封鎖は徹底していて、より知的好奇心がくすぐられるのかもしれない。
これ以上そのことについて深掘りされるのもまずいので俺から、別の話を振ってみることにする。
強引な軌道修正だ。
年頃のおなごがそのような破廉恥な話をするものではない。
しかもこんな人目に付く場所で。
「高橋さんよく色んな本持ってるけど、どんな本読むの?」
というわけで俺はいつも本を抱えて少し離れた位置から眺めている彼女に助けを求めて質問するが、「あー相手がいるのに祐奈に浮気ですかー?」「これだから男性は。」と周りからひどい言われを受ける。
「どんな本って、いろんなジャンル読みますけど。」
彼女は少し困惑しているようだったが、答えてくれた。
良かった。彼女に無視されるとこの後ろの低俗な馬鹿どもの話に付き合わなければならなかったところだ。
そのため、俺はなんとかこの流れを維持しようと少し強引に話を進める。
「おすすめのジャンルってある?」
「ありますけど・・・。」
「じゃあその中で最近気に入った本がもしあったら教えてくれない?」
「いいんですか!?」
その瞬間そう言って目を輝かせる彼女。
これがヲタクの弱い所である。
自分の守備範囲になると釣り針に食いつく魚のごとく引っかかってくれる。
申し訳ないが今はこれに乗じさせてもらおう。
彼女はあれもいいけど、でもあれもなあと何をお勧めするか迷っている様子だった。
俺はその姿をまるで幼い子どもを見るような気持ちで見ていると、背後の彼女たちはなぜか意味深な笑みを浮かべてこちらを見ていて。
「そ、そうですね。では・・・よるよるさんの『まるで夢のようだった』とかどうでしょう。」
「・・・どういうところが良かったの?」
俺は本のことには詳しくなかったので、どういう点が良かったのか参考までに聞こうとしただけなのだが、俺がそう言った瞬間明らかに後ろの彼女らの顔がにやりとした。
まるでこいつやらかしたなと言わんばかりに。
それがいったいどういう意味なのかわからないでいると次の瞬間目の前でこの話をしてからずっとどこかうっとりとしていた高橋さんの目の色が変わったのがはっきりとわかった。
そしてついに火ぶたが切られたかそれは呪文のように早口で溢れ出す。
「そうですね。この本の良いところは色々あるんですけど、まず最初このタイトルを聞いてどう思いました?なんか明るそうな話だと思いましたよね?でも残念この作品めっちゃ暗いし鬱なんです。普通こういう夢のようなとか使われるとそう捉えちゃうんですけどそれが違うって言うのがまた良いんですよね!しかもちゃんと内容も面白くてですね、ネタバレの都合上あまり言えないんですけど世界観の作り込みも独特で、この作者は毎回暗い話を作るんですけど、それでも毎回新たな気づきというか自分にはなかった感情に気づかせてくれるんです!ちょっと言葉にしづらいですけど。あと何と言ってもこの本で一番面白いのは最後のオチの解釈が読者にまるっきり委ねられているところがですね・・・!!」
あ、なるほどね。
俺は先ほどの彼女らの笑みをわずか一秒で理解した。
「・・・どうでしたか?」
時間にして10分、体感1時間のセールストークが終わり、彼女が感想を求めてくる。
「・・・いや、うん。なんとなく良さがわかったよ。」
そうですか!!と嬉しそうにする彼女だが、熱が入ったのか彼女に盛大なネタバレまでされてしまい、正直読む気は失せてしまったのが。
他4人はその間彼女らのみで話していたようで、満足そうな彼女を見てやっと終わった?と上谷は戻ってくる。
「どうだったよ?祐奈のいつもの。」
「ああ、すごい、強烈だった・・。」
俺の疲れ切っている姿を見て上谷は笑う。
「でしょう?本の話させるといつもあれなんだから。」
「お前らはよく無事でいられるな。」
「もう慣れたからね。」
「慣れ、そういうものか。」
「そういうもの。あれだけ一つのことに没頭できるのも良いところだしね。」
そう言って彼女は、お買い得だよ、とこちらにウインクをしてくる。
「いや、俺には彼女が。」
「そうだったね。ごめんごめん。」
うん、じゃあ、今日はここら辺で。
そう言って彼女たちは去ろうとするが、高橋さんだけはとことことこっちに寄ってきて、「あの、さっきの本なんですけど、その、今は持っていなくてお貸しすることができないんですけど・・。」と申し訳なさそうにする。
「いや、いいよ。自分で買うから。」
俺がそういうとそれは良かったですと笑いみんなの輪に戻っていくのだが、その背中は何故か少し寂しそうで、俺は微かな違和感を感じるのだった。
「え~と、よ、よ、よ・・。」
次の日の昼時、俺は図書館にいた。
というのもこの仕事、立山女学園の生徒とゆっくり話せるのが放課後のみでそこ以外は暇なので、こうして彼女たちの話のネタになりそうなものを探しに来ているのだ。
彼女たちと言っているが、それは主に高橋さんなのだが。
他4人はフレンドリーすぎて向こうから無限に話題が飛んでくるので用意する必要がない。
それはもうマシンガンのようでこちらが制止をかけないといけなく、言葉を矯正しようとしているだろうにお構いなしだ。
おかげで俺までお嬢様言葉が移ってしまうかと思った。
そこまで考えて俺はふと上谷さんと高橋さんとは話しやすかったことを思い出す。
なぜだろうとその理由に少し思考を巡らすとすぐにその原因に思い当たった。
彼女達、お嬢様口調じゃないんだ。
まるで上流階級の人ではなく、一般の人のように話してくれる。
まさかこれがこんなにうれしいことになるとは思ってもいなかった。
やっぱりあの二人が適応力が高いだけで、どれぐらい練習しているのかは聞いていなかったが使い慣れた言語を矯正するというのは難しいのだろうなと他人事のように思う。
「あれ、名前なんだっけなあの作者。確かよから始まってたと思うんだけど・・。」
昨日のあれは読書仲間が欲しいといったようにも見えたし、高橋さんがお勧めしてくれた本を自分で買うと言ってしまった手前、流石に読まないわけにはいかずこうして図書館で探しているのだが、昨日の話だと言うのにど忘れしてしまった。
まあ、幸い頭文字は覚えているからよから始まる作者の棚を眺めていたら勝手に思い出すだろう。
時間はいっぱいあるし。
そんな楽観的に捉え、よから始まる作者の棚を覗くのだが、そこで俺は自分の考えが甘かったことを痛感する。
多すぎだろ、よから始まる作者。
よから始まる作者だけで教室の端から端までありそうな棚一つすべてを網羅しており、他の棚を見ても同じように一つの平仮名で一つの棚という感じに並んでいたのを見て、俺は一気にやる気が損なわれるのを体感していた。
だって「よ」だぞ!?
そんな多いと思うか?
俺はこの中から果たして見つけられるだろうか。
そんな不安を抱えながらも意を決してその棚に挑もうとすると、不意に横を子どもが通った。
その子は両手で大量の本を抱え、よろよろと今にも倒れそうに歩いている。
そもそもあれは前が見えているのだろうかと心配になって背後からそれを眺めていると、俺はその人物に見覚えがあることに気が付いた。
その小さい背丈と、それに似つかわしくない腰まである長い黒髪は・・・。
「・・・華音ちゃん?」
俺の声に反応して辛そうに首を後ろに向けるその少女は誰であろう、高嶋華音だった。
「ここ、広いですからね。」
俺が本を見つけられない旨を彼女に話すとそうつぶやく彼女。
「この本はここに置けばいいか?」
「・・・はい。そこら辺で、大丈夫です。」
俺は指示された場所に彼女が運んでいた本を置き、お互いに席に着く。
「・・・ここの図書館は世間一般で見ても大きい方なのか?」
「それは、はい。」
そうなのか。
この図書館は真ん中にカウンター、周りに円状に本棚が配置されていて、二階はテラスのように吹き抜けになっており、かなりおしゃれで凝っているとは思っていたが。
さすがにこれが普通ではないか。
あまり図書館に行く機会がなかったのでそこら辺の基準を知らなかった。
俺の住む市は財政に余裕がある方なのだろうか。
「華音ちゃんはよくここに来るの?」
「はい、私学校に行っていないので・・。」
そう言って彼女は、置かれた本を一つとって、ノートを開いてつらつらとなにやら書き込んでいく。
どうやら勉強をしているらしい。
学校に行っていない分、自分で勉強して追いつこうと。
なるほど。
うーん。
耳が痛い話だ。
どっかの誰かさんは丸一日休みがあってもやることなくだらだらと過ごすだけというのに。
カリカリと鉛筆が進む音を聞きながら偉いなーと思って見ていると「・・・あの。」と彼女から声を掛けられた。
俺はじっと凝視してたのがまずかったか?と、焦って不審者のような変な返事をしてしまう。
しかし彼女はそんな俺を見て一瞬不思議そうな表情を見せ、口を開く。
「・・ここ、わかりますか?」
そう言って問題集を見せてくる彼女。
気持ち悪がられたかと思って焦ったが、それは早計だったようで心底安心する。
良かった。ばれてなかったか。
少女と青年ではいったいなにが事案につながるかわからないからなと恐る恐る指が触れないようにそれを受け取ろうとする俺だったが、受け取ろうとした瞬間「やっぱり、いい。」と問題集を戻されてしまった。
掴もうとした手が空を切り、急に雰囲気の変わった彼女に困惑していると、彼女はそのまま荷物をしまい始めた。
そして席を立つと、俺の静止も聞かずに逃げるように去って行ってしまった。
机の上に山積みの問題集を残して。
「てなことがあったんだけど、俺の何がいけなかったと思う?」
「セクハラね。悔い改めなさい。」
俺は隣を歩く如月に今日の昼の出来事を話した。
放課後、上谷さん達と話して、その帰り道。
「いやいやいや、まあ確かにその通りなんだけど、なんかこう、もっとあるじゃん!!」
慰めとか、擁護とか!
もしかしたら他の理由があるかもしれないと思って聞いてみたが、やはり理由は明白のようだった。
「ていうかそれ、ちゃんと本は元の場所に戻したんでしょうね?」
「いや、どこにあったかわからないから申し訳なかったけど司書さんに丸投げしました。」
俺がそう言った瞬間彼女から再び痛いほど鋭い視線が飛んでくる。
ちゃんと謝ったから許して欲しいという俺に対し、彼女は「謝るのは司書だけじゃないでしょ。」と告げる。
「その子にもちゃんと謝ってよね。」
そしてあたしにもと言う彼女。
なぜこいつには謝らないといけないのかは全くもって意味不明だから無視するとして(彼氏を騙ったことについてまだ引きずっているのか?)、謝るって言っても、気持ち悪がられた完全な事案だからまた自分から会いに行くっていうのもな・・。
その場で謝れれば良かったんだが・・と告げる俺に対し、「それもそうね。」と突き放す彼女。
「もう会うのは諦めなさい。」
そんな殺生な!!
もう俺は二度と彼女に近づくことは許されないのか!?
「なんかこう、方法ないか?例えば同姓の如月が間をもってくれるとか・・。」
「ない。あたし子ども嫌いだもん。」
うぐっ。
確かに子ども嫌ってそうだが。
ばっさりとそう言ってぷいっとそっぽを向いてしまう彼女。
どうやら協力してくれる気は一切ないらしい。
集団自殺事件のことについては協力的なのに俺個人のには協力してくれないのかと思ったが、そういえば集団自殺事件についても各々別のことをしていて特に協力といった協力はしてなかったことに気づく。
確かに必ずしも手伝ってくれるとは思っていなかったが、こうもボロクソ言われるだけ言われてなにもないとはな。
もうこいつに相談するのは二度とやめようと心に固く誓ったところで如月がそう言えばと口を開いた。
「集団自殺の第一目撃者とされる人から話を聞いてみたんだけど、どうやら彼女は第一目撃者じゃないみたい。」
第一目撃者が第一目撃者じゃない?どういうことだ?
何を言うかと思えば、事件の話で早く言ってくれと突っ込みたくもなったが、スタスタと先を歩きながら彼女は話す。
「第一目撃者は、山田雛菜さん。2年生で、被害者の彼女たちの後輩にあたる人だったんだけど、その日はなかなか部室から出てこない彼女らを呼びに行っても反応がなかったので中を覗くとこのようになっていたらしい。第一目撃者じゃないというのは、その部室前に行く途中にだれかがその部屋から出てくるのを見たかららしい。全部彼女の証言で、どこまで真実味があるのかはわからないけど。」
「ちょっとまて。その部室から人が出てきたんならそいつが犯人なんじゃないのか?」
「と言っても、遺体や刃物に本人達の指紋しかついてないし、部屋も荒らされてなかったから。一人なら、ましてや普通の女子高生には複数人相手に乱闘後も無しに殺すのは不可能だと判断したんじゃないかな?」
ま、まあ確かにそうだな。
彼女、山田さんの証言が正しければって話だけど。
もしくはオリジンでもなければ、な。
彼女はいったいどれほど信用できるのだろうか。
「それはわからない。少なくとも友達はいてクラスでもそこそこの地位ではあるみたいだけど。」
フム。
なんもわからんな。
とりあえず、彼女の言うことを全面的に信用するとしたらどうだ?
真の第一目撃者はただ驚いて逃げて名乗りづらいだけか、全員抵抗する暇もなく殺したか。
前者だとまだいいが、後者だったときがまずいな。
そんな恐ろしい力を持っておきながら私怨で行使しているという残虐さを兼ね備えている。
そしてそれは力を使っているときを目撃でもしないと傍から判別することはできないという匿名さ。
これは特定が困難だ。
「とりあえずあたしは山田さんを探ってみるからあんたは女に鼻の下伸ばしてないでちゃんと仕事しといてよ。」
誰が鼻の下伸ばしてるだ。
次の日、俺は再び図書館にいた。
昨日結局見つけられずじまいだった本を探しに来たのだ。
まあいいかと流していたら昨日高橋さんに詰め寄られて誤魔化すのにかなり苦労したからな。
如月にも心外なこと言われたし、逆に女の子に鼻の下伸ばしまくってやろうか。
手始めにまず高橋さんを趣味の理解で落とすために今日は本をどうしても見つけなくてはと最低な意気込みをする。
タイトルもしっかりと覚えたことだし。
今日は見つけられるだろう。
如月に聞いてみると、意外とその本を知っていたのだ。
高橋さんが進めてきた本の作者は最近流行りの人らしく、他にも『故郷』や『ルサンチマン』など多くの代表作を生み出しているらしい。
如月はその作者のことを「リアルすぎ。」と言って、あまり好きではないみたいだった。
いつもの人嫌いかと思ったがそうではないようで、彼女は暗い話はあまり好きではないのだと。
ハッピーエンドしか認めない、読めない。
意外とかわいいところもあるなと素直にそう思った。
彼女、口では結構ボロクソ言うし態度も悪いけど、実はちゃんと女の子しているよなと思ったが、その理由として次に彼女はこう答えた。
わざわざ暗い話を好んだり書いたりする人は今までに辛いことや悲しいことがなかったんだろうなって思う。だから激しい嫉妬心に駆られる、と。
前言撤回。
この女こえ―わ。
女の子らしいと言えば女の子らしいのかもしれないが、少なくとも俺はそんな女の子らしさ求めていない。
ちゃんと如月は如月だった。
いったい彼女にそこまで言わせる話と言うのはどのような感じなのか。
そこまで聞くと本をあまり読まない俺でも少しは読みたくもなるというもの。
というかそういう考え方の人もいるんだな。
てっきり暗い話は暗い人が読むと言った感じの同ジャンルが惹かれ合うものだと思っていたが。
自分の性格と似た話を読んで共感を得まくる的な。
これが同担拒否とかいうやつか?
・・・なんか違う気もするが。
華音ちゃんは・・いない、か。
一体どのような内容なのだろうと本の内容を想起しながらも、もしかしたら彼女に再び会えるかもしれないと思ってロビーを一目見るが、彼女の姿は見当たらない。
彼女も俺が出現するかもしれない場所に顔を出しづらいわな。
代わりになる施設なんてあるのだろうか。
こんなに大きい図書館はここぐらいだと言っていたし、ここで勉強ができなくなったら彼女はどうやって勉強するんだろう。
勝手の良い勉強場所を奪ってしまったかもしれないと申し訳なさでいっぱいになる。
はぁとため息を漏らしながらロビーを通り過ぎようとすると、俺は机に突っ伏している見覚えがある姿を見つけた。
「よ、今日学校は休みなのか?」
「ん・・?っての、乃庵!?どうしてここに!?」
璃莉は俺に気づくと気だるげだった様子から心機一転、飛び起きる。
そしてあっと何かに気づいたかと思うと、両手で顔を覆い、隠しだした。
もし彼女の口から次の言葉が出なければ、そんなに俺の顔は醜いか?と昨日の出来事に続き心が折れていただろう。
「・・・よくわかったね。」
もごもごとそう言う彼女。
「?そりゃあわかるが・・・。」
「髪とかかなり短くなったのに・・・。」
髪型が変わって人がわからなくなることある?
色とかまで変わったらあるかもしれないけど、短くなっただけでわからなくなることはないだろう。
それが例え年頃の男子ぐらいに短くなっていて、自慢の金髪がほとんどわからなくなっていたとしても。
「メイクとかしてないし、かわいくないし・・・。」
あ、これメイクしてない状態だったんだ。
やべ、全然違いわかんなかった・・。
これからは見分けられるようにもう一度だけ見たいと思ったが、また友達とはいえ異性に昨日の二の舞をするところだったと踏みとどまることに成功する。
「今日は学校休み?」
「いや、あります。」
「じゃあどうしてここに?」
「家に居たくなくて・・。」
家に居たくないって・・・。
それで学校ではなく、図書館なのか・・。
「・・・熱は、ないんだよな?」
「うん、ないよ。何度も測ったけど、平熱だった。」
でも、身体が異常にだるいと漏らし机に再び突っ伏せる彼女。
「でも何故かここにいると少し落ち着くんだ。何回もお世話になった場所だからかな。」
何回もお世話って言うのはそれは家から出なければならない事情がそれだけ多かったということだ。
それだけが彼女が壮絶な家庭を過ごしてきたことが伝わってくるが、一人にはとても広すぎる机を宝物のように右手でさすっている彼女を見て、俺はあることが頭をよぎっていた。
「それはいつからなんだ?」
「・・・一週間前ぐらいかな。今週はあまり学校にも行けてない。」
せっかくいい子ちゃんになったのにこれじゃあ逆戻りだと力なく笑う。
「安藤さんのことを引きずっているのか?」
「かも。それだけじゃなくて他にも色々あったし燃え尽きちゃったのかも。」
燃え尽き症候群か。
よく聞く話ではあるが、どうなんだ?
確かに璃莉はみかから聞く限りでもいじめのことや友達のことなどの問題を一気に抱えていた。
そしてそれを乗り越えたのがちょうど一週間前ほどだ。
それから何もやる気が起きていないことから見ると、症状としては合致しているようだが・・。
悪魔のことも頭をよぎったが、俺はすぐにそれを払拭する。
この世の犯罪や事故のほとんどは人の手によるもので、悪魔の介入なんて数えるほどしかない。
なんでも悪魔のせいにして思考を投げ出すのはやめろとArkに入って真っ先に真木さんに言われたことだ。
それを調べるのが私たちの仕事だと。
熱や臓器に異常はないことから考えても心に原因があるのはほとんど確実だろうが、問題はその原因をどうやって聞き出すかだ。
今回は本人すらも自覚していないようだし。
いったいなにから聞こうかと思っていたところに彼女が口を開いた。
「あ、そういえば、あたしついに一人暮らしを始めました。」
いえーいと取って付けたように腕だけ上げてピースサインを作るが、その割には覇気が感じられない。
「お母さんがやっといなくなったの。」
そうつぶやく彼女はやけに寂しそうで、態度と言葉の不釣り合い差に俺は嫌な汗が額を流れるのを感じていた。
「・・・全然嬉しくなさそうだな。」
「・・・そう、あたしおかしいの。うれしいはずなのに身体に力が入らなくて。ずっと前から望んでいたはずなのに、いざそれが叶ったらぐしゃぐしゃでもうなんかよくわかんない。」
あたし、おかしくなっちゃった。
それを聞いて俺はたまらず席を立ってしまう。
だって、璃莉の母親を璃莉から引き離したのは俺なんだから。
本を見つける前だったのは都合がよかった。
そのままあの場から離れることができる。
俺は息を切らしながらとりあえず人目に付かないところまで走る。
璃莉を置いてきてしまったが、身体に異常はなさそうだから多分大丈夫だろう。
それに俺がいたほうが恐らく彼女にとってはまずいことになる。
彼女の母親、吾妻綾香、あ、本名は桜木なんだっけか。
彼女はネグレクトで、男に溺れていて、酒に逃げていて、娘からも嫌われていて。
だから実際に引き離した。
璃莉の望み通りに。
これでみんな幸せだと。
だが、実際にはそうはならなかった。
娘が母親を思う気持ちを理解できていなかった。
娘が母親を思う気持ちがここまで強いものだとは。
そして母親はここまで娘に思い入れがないとは思っていなかった。
娘じゃないのだから当然か?
オリジンだったから仕方がないか?
そんなわけがあるか。
そんな言い分で許されていいのか?
あの行為が。あの悲しそうな璃莉の顔が。
救おうとしていなかった桜木の方が救われ、本当に救いたかった璃莉はこのざまだ。
・・・どうすればよかったんだ?
俺は、何もしない方が良かったのか?
なにもせず、黙って璃莉が家に帰れないときは手を貸してあげるぐらいがベストだったのか?
他人の家庭に足を踏み入れすぎたのかもしれない。
もうそれは傍から見れば家庭と言えるものではなかったけれども、親から見ても家庭ではなかったけれども。
娘からすればそれは立派な唯一の家庭だった。
自分のしてしまったことの重さから目を逸らせず、道中視界の隅に映ったどこかへ向かおうとしている高橋さんの存在ですらも今の俺にはどうでもよくなるほど、取り返しのつかないことをしてしまったという感情が自分を覆うまでそう苦労はしなかった。




