セイテイノア20
「有意義な会話はできた?」
まさかひたすら嬲られてたなんてことないよね?と俺の顔を覗き込みながら彼女は言う。
どうやら膝枕をされているようで、俺は不意な画角にどぎまぎしてしまう。
人生で二回目の経験。
確か一回目は初めて死んだときに如月にされたときだったと思うが、なんだ、意識を失った人を起こすときはそうするのがデフォなのか?
心臓に悪いからやめてほしいのだが、俺は危うくそうなりかけるところでしたよと言いながらなんとか身体を起こすことに成功する。
「なりかけるところだったのか。それは惜しいことをした。」
「笑いごとじゃないですよ!!」
「ごめんごめん。まあ、君死なないからいいかなって。」
全然良くないのだが。
俺の命を軽く見てないか?
まあ実際に軽いのかもしれないが。
「で、実際どうだった?石川や纐纈なんか話にもならないだろう?」
「・・・ええ、まともに話すことすらできませんでした。門前払いされたというか・・・というか説明も無しに放り込むなんてどういうことですか!?」
「実際に見た方が早いでしょ。事実こうしてあそこのやばさを身をもって体感したみたいだし。」
「いや、確かに早いかもしれませんがもし俺が不死身じゃなかったら死んでますよ!!」
「君が不死身だからそうしたんじゃないか。」
「・・・。」
この女一回しばいたほうがいいのだろうか。
なんだろうこの人、あれだけ人に尽くせるのに俺に対してだけ扱い雑じゃない?
のあと距離が近いから逆恨みでもされてる?
そんなに器が小さい人ではないと思っていたのだがと俺は若干の怒りを覚えつつも、無理を言ったのは自分なんだからとなんとか自分を諫める。
「確かに不死身ですけど、こうなんというかモラルというか人間として尊厳とかありますし、普通に痛いですし、次からはこういうのは勘弁してください。」と懇願すると、彼女も自分が悪かったのを認めたのか「ごめんごめん、ユーモアの理解って難しくって。」と素直に謝ってきた。
確か真木さん前にのあが人間らしくなってきて良かったと言っていた気がするが、のあのこと言えないだろこいつ・・。
「で、自分の中でなにか整理はついた?」
「まあ、少しは。」
「なら良かった。」
整理は正直ついていない。
新たなことばかりで思考が追い付いていないのだ。
確かに知りたいことは知れたのだが、それ以上に考えなければならないことが増えすぎた。
詰め込み教育にも程があるだろう。
そもそも新出事項は一つ一つに時間をかけてやるものだろうに、これでは一時間の授業に微分積分同時に教え込んだみたいなものだ。
もう学校に行っていないからほとんどそれについても忘れてしまったが、確かかなり時間をかけて教えてもらった記憶がある。
ばっちりゆとり世代の俺にはきついのだ。
こういうことを言うと甘えるなだのなんだのと言われそうだが、正直これは教え方が悪いと思う。
だから俺は「質問があるんですけど。」と疑問を投げかける。
まるで模範的な生徒のように。
もっともこれは勉強のような個人で収まるような話ではなく、最悪世界が滅びかねない深刻な話なので真剣になるのは当たり前なのだが。
慎重に見極める必要があり、義務がある。
別に亜門の言葉を信用したわけではない。
そうではないが、俺も気になってはいた。
まるで甘い蜜を垂らして獲物を誘い込んで離さないようなあの仕組みに、なにか人間らしくないものを感じた。
あの世界の歪さ。
そして、真木さんの真意を。
「なんだい?」
「あの、その中にいる人達は二度と外には出られないんですか?」
「当人達が出たがらないからね。」
「それはその、中が快適すぎるからで、もう少し悪い環境というか居たくないと思う様な環境じゃないと意味がないと思うんですけど。」
反省のしようがないといいますか。
俺はそんなことをしどろもどろに成りながらも説く。
「なんでお互いこれで良いと思っているのに変える必要があるの?」
「なんでって・・・。」
「win-winの関係じゃん。こっちは危険人物を外に出したくなくて、あっちは中で快適な暮らしをしたい。利害関係は一致している。」
それは、そうだが・・。
「反省させないと意味ないじゃないですか。」
「なんで?」
「それは、彼らがこっちの世界に戻ってきたときにまた・・。」
「彼らは戻って来ないよ。」
「いやだからそれはあの世界の仕組みが破綻してて・・・」
俺は懇切丁寧に自分が思ったことを説明するが、肝心の真木さんは「・・・?」と理解ができていないようだった。
「真木さんはあの世界の設定を自由に変えられるんですよね?」
「変えられるけど、どう変えるんだ?」
「例えば何もない独房のような部屋にするとか、それでいてご飯を質素なものにするとか。」
「可哀想じゃないか。」
「いやでもそれじゃないと反省しないですよ。悪いことをして捕まったのならそれ相応の罰がないと。」
そうでないと寧ろ中に入りたがる人が続出するだろう。
そうして犯罪が増える。
「罰を与えれば出していいの?」
「いや、まあ然るべき罰を与えて、反省した様子が見られたら?」
「どうやって反省したかどうかわかるの?」
「そりゃあ、反省文の中身とか刑務所内の行動とかでですね・・・。」
「それで心の中がわかるの?」
「まあ、だいたいはわかると思いますよ。」
「本当に?」
・・・・。
なんなんだその圧は。
俺を見るその目はまるで俺がなにか間違ったことを言っているのではと思ってしまうほどで、少したじろんでしまう。
確かに100%成功するとは言えないが、余程本音を隠すのがうまい奴でない限りは大丈夫だろう、と思うが・・・。
「もし、失敗したら?」
「・・・失敗?」
「もし、心の内を読むのに失敗して、危険な思想を持っているやつを野放しにしたら?」
「それは、そのときまた捕まえれば・・。」
「ただの刃物を持って暴れる人間とはわけが違う。」
彼女は少し食い気味に言う。
「彼らは簡単に公共交通機関を停止させることもできるし、捕まるまでの短い間でやろうとも思えば何百、何千もの人を殺すことだってできるだろう。
・・・彼らは所謂爆弾なんだ。そんな危険なものをそんな曖昧な判断で自由にさせるわけにはいかないでしょ。」
君もそれの被害者だろうに。
彼女が発したその言葉に俺ははっとさせられる。
「もちろん君も自分が爆弾を背負っているということを忘れないことだね。力を持つ者には責任が生じる、聞いたことがあるだろう?もうすでに君は個人で好き勝手できるような人畜無害な生物じゃないんだから。」
もしかしたら君もこのキューブ送りになるかもしれないよ?と彼女は浮いている箱状の物の淵を指でなぞる。
その仕草がやけに絵になっていて俺は少しだけ見とれてしまった。
「・・・もしこれから外に出たがる人がでたら、どうしますか?」
「でないと思うよ。前例もないし。」
「わからないじゃないですか!!」
「わかるよ。」
だって、人間ってそういうもんでしょ?
そう言ったとき、彼女の目の奥でなにかが陽炎のように揺らぎ、どこかその瞬間人間じゃないなにかに見えた。
『真木陽子はなにか隠している。』
その様子に先ほどの亜門の言葉が思い出されたが、瞬きを挟むと彼女の目の奥の揺らぎは消え、いつの間にかいつもの彼女に戻っていた。
見間違い、か?
あの男が変なこと言うから俺までおかしくなってしまったじゃないか。
疑ってかかるとなにをしてもそうにしか見えなくなってしまう。
猜疑心の怖いところだ。
俺は彼に踊らされているのか?
もうなにがなんだかわからなくなってきた。
「他に聞きたいことあったら帰りながら聞くからさ、とりあえず帰ろうよ。」
そう言って帰路に就く彼女を見て、俺もなんとか不審に思われないように取り繕う。
「今日はあまり役に立てず申し訳ありませんでした。」
「ああ、いいよ。元々戦闘面に期待して呼んだわけじゃないし、急遽だったしね。何かあった時の保険、なんなら肉壁にでもしようと思ってたから。」
君は死なないから守らなくていいし、便利なんだよねと彼女は褒めているのか貶しているのかよくわからないことを言った後に「あ」とまるでなにか失言でもしてしまったかのようにこちらを見てくる。
「いや、今のは言葉の綾というかほんとにそう思っていたわけではなくて・・。」
ああ。なるほどね。
その様子を見て俺はようやく彼女が何に反省しているのか察する。
「別にいいですよ。俺にできることなんてそれくらいですから。あれは仕方なかったですし。」
「そう?なら良かった。」
彼女はさっきもうしないと決めた俺の命を蔑ろにした発言をしてしまったことに対して負い目を感たようで、心配そうにこちらを見てくる。
やっぱり真木さんは悪い人ではない、と思う。
少し周りとずれているだけで、心根は変わらない。
華音ちゃんを助けようとした優しい女性で、住民を悪魔の群れから身を挺して守って最前線で戦う人で、少しのあへの執着が強い人。
天才は一般人とは違う思考回路を持っているものだし、別にこれで怪しいだとかそういうことはない。
俺が亜門の言葉に踊らされすぎたかもな。
こういうやつがネットの情報をうのみにして騙されるんだろうな。
新たに発覚した自分のリテラシーの低さに絶望しながらも、俺は帰路に就く真木さんの背中を追いかける。
「聞きたいことまだあるんですけどいいですか?」
ここまで来たらもうすべて洗いざらい聞いちゃおうと開き直って横に並んで歩いている彼女に聞くと、いいよと宣言通り心よく了承したが、その直後「あ、でも・・。」と言葉を濁す。
そのまま考え込む彼女に俺の脳裏をなにかまずいことでもあるのかと悪い予感がかすめたとき、彼女は指を立ててこちらを向いて言葉を発する。
「3サイズとかはやめてね。」と。
彼女はその発言と同時にウインクもばっちりと決めてきて、俺は思わず笑ってしまう。
普段の俺なら呆れて馬鹿にしているところなんだろうが、この時の俺は緊張続きで糸が張り詰めていた。それがプツンと切れたもんだから、笑いが止まらなくて止まらなくて。
なんだ、ユーモアあるじゃん。
結局その日は真木さんと別れるまでずっとツボに入ったままで、まともな質問もすることができずに解散することとなった。
その日の夜、俺は夢を見た。
起きたらどのようなものだったかあまり思い出せなくなっていたけど、なにか俺に訴えかけていたような、そんな気がした。
約束通りの休日を二日間もらい、二日ぶりに仕事場に向かう。
正直休みをもらってもこれといったやることがなく、寧ろ助かったという気持ちで本社であるビルに入ると、それに気づいた男がこちらにたたたっと駆け寄ってきた。
「先輩、纐纈を捕らえるのに多大な貢献をしたそうですね~。出世街道まっしぐらじゃないですかうらやましい~。」
このダルがらみしてくる人は灰原薫と言って、所謂俺の先輩にあたる人間だ。
なぜ先輩にあたる人間が俺に先輩と言い、敬語というかなりややこしい事態になっているのかというと、彼の歳が16歳だからだ。
俺よりも二個も下。
この職場には比較的若いものが多い。
それは何歳云々関係なく労働基準法も真っ青なレベルの雇用を行っているからだろうが、国に怒られたりしないのだろうか。
それに危険な仕事でもあるし、そう考えるとだいぶブラックなのか?と俺は考えるが、しかし同じ境遇の人たちのコミュニティーってだけで救われている人がいるのも事実で、給料も悪くはなくむしろ高いほうだし不満はない。
文字通り命張ってるからこれが当たり前なのかもしれないけど。
「別に大した活躍はしてないですよ。」
「またまた~。真木さんがすごいほめてましたよ?彼はとても便利だって。」
べ、便利ねえ・・。
「僕ももっと悪魔どもを殺したいのになあ~。先輩なんかそういう仕事振ってくれません?こんな
見回りとか退屈な仕事ばかりじゃなくてさ~。社長とつながりもあるし、ね!!」
僕のやるはずだった悪魔退治の仕事も誰かに取られちゃったみたいで暇なんです~と泣きついてくる彼。
先輩で俺より地位も上だというのに威厳の欠片もない。
そうは言われてもなあ。
俺もこの特殊体質のおかげでこうして少ない月日で一つの班を持てるまで昇進してきたが、未だに戦闘は恐らくこいつ含めた後輩たちのほうが強いだろうし、そのおかげで先輩や同期たちからの風当たりも強い。
それでいて社長である真木さんとも仲が良いのだからずるいと疎まれるのも納得だ。
俺ですら不死身はなあと思っているぐらいなのだから。
実際に今彼の横にいるすらっとした女性からの目は厳しい。
顔の半分を覆うひどいやけど跡が目立ち、身長が高いこともあってかなり威圧感のある見た目をしている。
つまり、そんな俺が仕事を斡旋できるような立場ではないのだ。
回された仕事をせっせこせっせことこなしていく毎日である。
「というか取られたって、どういうことなんですか。」
そんなにこの組織の仕事割り振りは適当ではないと思うのだが。
「現場に行ってみたらすでに誰かが退治した後だったんですよ。窓も消えちゃってましたし。」
久々にそういう仕事振ってもらったのにといら立ちを隠そうともしない彼。
「のあがやってくれたんじゃないんですか?彼女は組織の一員じゃないですし。」
「僕は死神の後片づけ役じゃないんですよお!!もっともっと評価を上げて真木さんに早く認められないといけないんです!!」
この本部が襲撃されたときだって脱線事故の後始末させられてたし・・と、彼は自分の運の無さを悲観しているようだ。
死神、それはここではのあを指す言葉だ。
誰もが恐れ、敬う存在。
組織に属さず、昔から一人で黙々と成果を上げ続けていることから尊敬の念を込めてそう呼ばれている。
まあ組織のトップがあれだから当然組織全体もそうなるのは目に見えていたが。
「はいはい、機会があれば俺から言っておきますよ。」
俺の躱すような濁した発言に灰原はぶーっと不満そうな表情でその場を去っていく。
やれやれと彼の仕事への意識の高さに呆れるが、もっと彼は大人になれないのだろうか。
彼の子どもっぽい態度には、先輩とはいえ敬語を使うのが躊躇われることが多々ある。
実際に年下だからしょうがないのかもしれないが、年下の先輩という関係は厄介なものだと俺は頭を抱えながら、真木さんを目で探す。
もしさっきの話がのあの仕業でないとしたら誰だろう。
仕事の割り振りに何かトラブルがあったのだろうか。
それとも組織に属していない人の仕業?
この組織に属さず一般人に紛れ込んでいるオリジンがのあ以外にいたとしても不思議ではないが。
先日のように目立った行動がないと見た目で判断できない以上特定は困難を極めるし、みんながみんな戦いたいわけがない。
璃莉のお母さんのように埋もれている人もいるのだ。
それを見つけて必要なら保護するのが役目なのだと納得していると、少し離れたところに真木さんを発見した。
声をかけようとするのだが、なにやら忙しそうで躊躇われる。
真木さんが忙しいのはいつものことなのだが、今日はいつもと少し様子が違い、彼女の隣に見覚えのある人が立っている。
如月だ。
2日前に仕事を押し付けてデートを楽しんでいた人物。
真木さんからなにか言われているようで、怒られているのか?と内心ほくそ笑んでその様子を眺めていると、真木さんから俺にこっちに来いとジェスチャーが飛んできた。
にやにやしながらもその場に向かうが、どうやら話の内容は違うようで、「これから君たち二人である高校に潜入してもらいます。」と真木さんは俺たちを順番に見て言う。
「・・・潜入って、まさか自分の所属していない他校に入り込めって言うんですか?」
「うん、そうだね。」
「いや、俺たち確かに高校生ですけどさすがに他校に入れるほど警備はざるじゃないと思うんですが。」
「いーや、それが余裕なんだ。なんてったって今回潜入するのは立山女学園。女子のみが通う魅惑の花園にして、如月沙奈が今現在通っている学校なんだからね。」
君には彼女の補佐をしてもらう。




