セイテイノア19 潜水
ここが、あの箱状の物の中・・・か?
目を覚ますと俺はベットの上にいた。
一見ただの一軒家の一室のようだが。
正直楽園と聞いていたのもあり天国のイメージ図のようなものを想像していたので少し驚いた。
とりあえず箱詰め状ではないようで安心するが、誰の部屋だろう思い、ぐるりと部屋を見回す。
てっきりこの世界に入ってしまえばなにかすぐにあの男の言葉の意図がわかるものだと思っていたが・・・。
いったいここからどうしろと言うのだ。
ゴール手前で手綱を外された気分で、もしかすると収容所とはここのことではないのかとも頭をかすめた時、ふと机の上に散乱している紙が最初に目についた。
どうやら誰かを描こうとしているみたいで、一枚一枚に人の全身像が描かれていた。
そのどれもがうまく描けており、ほれぼれする出来だった。
絵が下手な俺からするとうらやましいほどの。
しかし問題だったのは、肝心の顔の部分が黒く塗りつぶされていたこと。
精巧に描かれた身体と違って首から上には顔が描かれておらず、黒いペンでぐしゃぐしゃにされていたのだ。
なんなんだこれは・・。
俺はそれを見ているとなんだか気分が悪くなりそうだったので、とりあえず部屋を出る。
部屋を出てみると、そこには廊下と他の部屋への扉、左手には階下へと続く階段があり、やはり一般的な一軒家のようだ。
二階建ての一軒家か?と推測をめぐらしながら階段を降りていくと、その中腹辺りに窓が立てつけられているのを見つけた。
窓自体はスポーン地点だった部屋にもあったのだが、他のことに気を取られてまじまじと見れていなかったので俺はそこで初めて異常なことに気づいた。
外の景色が、ない・・・?
正確には窓にモザイクがかかっていて外の様子が何もわからないのだ。
まるでお風呂場と脱衣所とを分けるあれのような。
あれをなんというのだったか忘れてしまったが、まさか窓にそんな機能つけているわかじゃないよな?
これがおしゃれだとでも?機能性ゼロだが。
スマホを開いて見ても県外のようで繋がらない。
まあそりゃそうだよなとあれの名前を調べることを諦め、慎重に階段を降りていたところ、一階から微かに談笑するような声が聞こえてきた。
誰かいるのか。
俺は一瞬人がいることに安堵して声をかけようとしたが、そういえばここにいるのは収容されるような危険な人物ばかりだと気を引き締める。
その声は一つだけ明かりのついた部屋からしてきているようで、俺は気づかれないように近づく。
とりあえず俺はこの世界にいられる30分の間にできるだけ多くの情報を持ち帰らないといけない。
何があるかわからない以上慎重に動かないと・・。
そう思い、少しだけ開いていた扉の隙間から部屋の中の様子を伺うのだが、俺は最初目の前に広がる光景に呆気に取られて声を出すことができなかった。
だってそこには上の部屋で見た顔を塗りつぶされた人間二人と机を挟んで談笑している石川の姿があったから。
片方は、子ども、か?
その身体つきから大人の方は顔はわからないが、恐らくその相手は女性なのであろうことが読み取れる。
隣に座っている子どもの方は、よくわからない。
服装は女の子っぽいが。
三人で食事を囲み、顔さえあれば本当の家族のようにしか見えない。
俺がそのあまりにも歪な絵面に部屋の入り口で立ち尽くしていると、その顔のない大人の女性の方がこちらに気づく。
「あら?お客さん?」
そう言ってとたとたとこちらに近づいてくる彼女。
声は人間そのものだが、俺は得体の知れない人間に似た何かが近づいてくることにひどい恐怖を感じた。
今すぐにでも逃げ出したいほどに。
しかし、彼女がこちらに気づいたことにより、入り口に背を向けていた石川もこちらの存在に気づいたが、気づくと同時に顔を強張らせ、声を荒げて彼女を引き留めた。
止まれ。と。
その瞬間彼女はまるで時間が止まったかのように静止する。
いや、彼女だけではない。
椅子に座ってこちらを興味深そうに見ているような様子だった子どもも、その子どもが驚いて手から滑り落ちてしまったコップも、俺以外のすべてがその場で動きを止めた。
「こ、これは・・。」
突然起こった超常現象に俺は度肝を抜かれている中、その止まった時の中で彼が椅子から立ち上がり俺ににじり寄ってくる。
「なぜお前がここにいる?」
その目は怒りに染まり、まるで縄張りに勝手に侵入してきたものを排除する雄のようで、あの無気力な彼の姿はどこにもなかった。
「なぜって言われても、俺にもわからない・・。お前が、あの男の言葉の指していたものなのか・・?」
俺はそのあまりの剣幕に圧倒され、つい尻すぼみになっていってしまう。
「あの男・・?誰だそいつは。」
あの男を知らない?
じゃあこいつではないのか?
「よくわからないが、僕たち家族の邪魔をしないでくれ。」
そう言って彼は後ろで静止する彼らにちらりと目を向ける。
・・・家族?
家族と言ったのか?今。
その顔のない者たちのことを。
「・・・なんだいその目は。お前もなにか言いたいことがあるのか?」
お前も・・?
『も』とはどういう意味だ?
もしかしてそれは、誰か俺以外に彼と話した人がいるということか?
この閉鎖された空間に。
「・・・ってくれ。」
「え?」
「いいから帰ってくれ!!僕たちの時間を邪魔するな!!」
一回目のぼそりと言った声に対して、建物全体を震わせた彼のその叫びは、空間にも亀裂が走らせた。
ぴしりとこの部屋を縦に分断するようなひび。
一体何が起こっているのかわからない俺に石川は冷たく告げた。
「なにが幸せかを決めるのは他人じゃない。」
恨めしそうなその言葉が聞こえたかと思った次の瞬間、だんだん大きくなっていた空間の亀裂が完全んに割れ、石川もその崩れ落ちるひび割れに飲まれ周りの景色と一緒に消えて行ってしまった。
なんなんだ今のは・・・。
空間が壊れるなんて聞いたことがない。
それに、彼は消えたのか・・・?
彼の最後の言葉に思考をめぐらす暇もないままに、崩れ落ちた景色から俺はまた知らない景色の中に放り出された。
さながら舞台が切り替わったかのようだ。
ここは、どこだ?
さっきの家の外かと思ったがどうやらそうではないらしく、宮殿、のように見える。
しかしかなり広いな。
真木さんの所有する会社のあのビルのロビーと同等かそれ以上はある広間に俺は唖然とする。
こんな豪邸入ったこともなければ見たこともないぞと俺は天井や壁に付属しているインテリアを物珍しげに眺めながら、目の前に広がる異様に長い階段を登っていく。
どうにかしてまたあの空間に戻りたいが、戻り方がわからない。
そもそも空間は一つで繋がっているわけではないのか?
今起こったことが強制転移的なものなのかあの世界が俺が来たことによって壊れたのかわからない。
後者だとすると元々マトリョーシカみたいにこの宮殿の中にあの家があったことになるが・・・。
そう考えると俺が強制転移されたほうがあの口ぶりからしても納得がいく。
・・・俺は石川に追い出されたのか。
どうやったかはわからないが、多分そういうことなんだろう。
なぜ?
いや、俺が捕らえたから俺を恨むのは当然か。
それにしては俺が来るまであんなに幸せそうだったが・・。
あの空間が嫌でそこに閉じ込められる原因を作った俺を恨んでいるというよりは、あの空間に入ってきたことを嫌がったという感じだ。
というかこの空間の支配権は真木さんにあるんじゃないのかよ。
まともに話もできずに追い出されたが?
これじゃあ無駄足じゃないかとなんの説明もなくこの空間に放り込んだ彼女を恨みながらもなにか手がかりはないかと辺りを散策する。
さっきの感じから予想すると恐らくこの空間も収容所なんだろうが、それにしても広すぎないか?
それに装飾も派手だし収容所というより別荘?と言った感じだ。
さっきも一軒家だったし、普通収容所というのは狭い牢屋なのではないだろうか。
俺は実際に見たことないから詳しくはないが、実際はこうなのだろうか。
これでは反省も糞もないように思えるが・・。
収容所とは思えないうざったいほどに光り輝いている長い廊下を歩き、突き当たった重く佇む扉を押してみる。
その扉を開くとその先には大広間ともいえる広大な空間がさらに広がっており、その中央、そこに存在する椅子に誰かが座っているのが見えた。
そしてその周りにはたくさんの女性?が群がっていた。
メイドさん、だろうか?
とりあえずさっきと違いみんなちゃんと人間の見た目をしていることに安堵するが、その様子はまさしく王様のようで、メイドさんも彼を慕っているのかなされるがままで従順だった。
メイドと言うよりもうそういったお店みたいだなと突っ込みたくなるが、その中心にいる人物を見て俺も納得する。
俺が近づいてきてもしばらく彼女らに夢中だった彼は、ようやく目の前に俺がきた時に俺の存在に気づき声をかけてくる。
「あ、ゾンビお前だ。」
だれがゾンビだ。
「どうしておまえがここに?」
そう言って、周りに群がる女性を払いのけながら纐纈は席を立ち、こちらに歩いてくる。
だいぶ人間に対する扱いが荒いのには目を瞑り、俺は考える。
こいつはつい先ほどここに投獄されたはずだが、なんでここにいるんだ?
女に宮殿に、なんでもあるじゃないか。
こんなところに閉じ込めても反省するはずもないじゃないか。
何ならこいつならむしろこっちの方が気に入りそうだ。
どういうことなんだ、真木さん・・・。
「神田を知っているか?」
「もし知っていたとしてなんでお前にそんなことを話さないといけないんだ?」
「調査のためだ。」
俺の返しにはあと盛大にため息を吐く男。
「見返りは?」
「見返り?」
「そうだ、なんでおまえにただで情報を話してやらなきゃなんねえんだよ。」
む、それもそうか。
いやそれもそうかか?
相手は罪人だぞ?
捜査には協力してもらうのが当たり前じゃないのか?
・・いや、黙秘権という言葉もあるか?
結局俺はなんかしてやられている気がしないでもないが、その交渉に応じる。
「真木さんに俺から言って、刑期を軽くしてもらうとか。」
「要らねえな。」
とりあえず挙げた無難な選択肢をばっさりと食い気味に否定される。
「そもそも俺はここを気に入ってんだ。そこを追い出されたくはねえ。」
来たばっかりだしなとまるで観光気分のように彼は語る。
「じゃあ、好きなものをここに持ち込めるとかは?」
「・・・。」
これには彼も無言だった。
これは行けるのか?と手ごたえを感じ、俺はさらにプッシュしようとしたところに彼の言葉で遮られる。
「ここは良い。なんでも好きなものが手に入るし、好きなことができる。誰にも縛られることがないし、誰にも縛られない。」
自由って感じがするよ。
そう言ったと思うと彼は手をかざす。
すると周りの景色が一瞬で変貌して、さっきまであった宮殿とメイドが消え去り、俺はいつの間にか闘技場のような場所に立っていた。
辺りには剣や銃、鎌やハンマーなどさまざまな武器が立てかけられており、見るからに物騒だ。
「えっと?これはどういう・・?」
「俺と勝負しようよ。」
そう言って男は俺にいつの間にか取り出していた真木さんと戦ったときに使った凶器を突き付ける。
意味が分からない。
そもそも今の技はなんだ?
景色が変わった?
元々ホログラムだったってわけではなかった。
ちゃんと触った感触はあったし、あれらは確かにそこに存在していた。
あのメイドさん達も。
ならばまた強制転移、か?
みんなそんな技が使えるのか?
そんなゲームみたいな技はそんなにポンポン使えるもんじゃないと聞いていたが、どういうことだ。
「いや、俺が絶対負けるから嫌なんだけど。」
「いいんだよ、それが最初から狙いなんだから。」
「狙い・・?」
「さっさと死んで、もう一回”あれ”見せてくれよ!!」
あっぶな!?
俺はすんでのところで飛び込んできた凶器を躱す。
「あれ・・?」
危なかった。マジでひやひやしたぞ今の。
俺は平静を装い強がって男に質問し返すが、もしかしたら声は震えていたかもしれない。
「あれはあれだよ。ほら、あの生き返ったやつ。俺を負けに至らしめたやつ。もう一度よく見せてくれよ、ここには邪魔者はいないからさあ!!」
こいつ、俺を殺す気か!!
とりあえず武器を手に入れないと話にならないと思い、俺はそこまで走ろうとするが、男の武器が伸びる方が圧倒的に速い。
俺は避けることも受けとめることもできず左腕に深々と刃物が突き刺さる。
「ぐあっ!!」
そのまま吹き飛ばされた先で痛みに悶えながらも立ち上がる。
なんとかこの男から逃げなければと本能的に思ったからだ。
しかし、男はすでに俺の前にまで来ていて、逃げようとしていた俺の前に立ちふさがる。
「あれがなければ俺が負けることはなかったのになあ。なあ、あれなんなんだよ。確実に死んでたよなあ?生き返ったのか?不死身なんてそんなもん聞いたこともねえが、世の中広いもんだなあ?」
幸か不幸か吹き飛ばされた目の前に剣が落ちていたので拾おうとするが、足でそれを遠くに蹴り飛ばされてしまう。
おいおいおい、どうすんだよこれ。
自由すぎんだろこいつ。
話が通じない。
もしこの世界で死んだらどうなるんだ?
ゲームみたいに元の世界に帰れるのか?
いつも通りに不死身の力が発動して息を吹き返すのか?
それとも不死身でも・・。
「ま、とりあえず死んでみてよ。」
嫌な汗が噴き出しながら纐纈を見上げていた俺はその凶器が振り下ろされる瞬間、そのとき取る行動として恐らく一番愚かなことをした。
俺はその場から逃げるわけでも、その振り下ろされる凶器を避けようとするでもなく、目をつぶり身体を丸めてしまったのだ。
まるで現実から目をそらすかのように。
今まで、自分の特異体質に気づいてからか、そんなつもりはなかったが、心のどこかで自分は不死身だから大丈夫と高をくくっていたのだろう。
いつの間にか死にたくない理由が自分が消えてしまうから嫌じゃなくて、痛いから嫌に変わってしまっていた。
どれぐらいぶりだっただろう。
死ぬのが怖いと感じたのは。
「・・・。」
・・・あれ?
俺は本当に死を覚悟して無限にも感じるそのときを今か今かと待ったが、しかしいつまで経っても痛みが訪れない。
もしかして俺のあまりの情けない姿勢に殺す気も失せたのかと思い、恐る恐る目を開き、指の隙間から様子を伺うと。
「あれ?」
そこはまた違う空間で、あの男の姿は影も形も無くなっていた。
最初は纐纈がまた強制転移させたのかと思ったが、どれだけ待っても彼は姿を現さない。
まさか俺が目をつぶっている間にあの男が逃げたのかとも思ったが、勝ち確だった彼がわざわざそうするはずもなく、俺はあの男の幻影に怯えながらも辺りを散策する。
今度の場所は辺りにはなにもなく、建造物はおろか、石ころ一つ落ちていない。
ただ固いタイルのような床が一生続いているだけだ。
太陽はあるようだが薄暗く、なにかで太陽光が遮られているみたいだが、雲っていうわけではなさそうだ。
夢ってわけでもないよな。
思い出すだけで身震いをしてしまう。
なぜあいつはいなくなったんだ。
何かを警戒した?
それとも俺の情けない丸まった姿に殺す意欲がそがれたか?
後者の方がありえそうだが、もしこの世界で死んだらどうなるのだろう。
しかもそれが俺なら。
・・・。
とりあえずこれまで以上に慎重に動こうと心に決めるが、ここは収容所。
何が起こるかわからないし、どんな野蛮な人物がいるかわからない。
それはこの2回の接触で明らかになった。
もしかして俺はあの男にはめられたか?
ありえない話ではない。
ここに俺を誘い込めば俺の不死身の力も消え殺せると、そう踏んでいるのかも・・。
本当に不死身の力がなくなっているのかはわからないが、証明する手段もない。
「・・・まずいことになったな。」
どうにか真木さんに異常事態なことを知らせたいが、方法がわからない。
中はこんな無法地帯になってますよー。
もう正直30分経つまでどこかに隠れていようかとも考えるが、辺りには隠れられそうな建造物はおろか、遮蔽になるものすら何もない。
とりあえず隠れられそうなところを探そうと俺は恐る恐る周りを警戒しながら暗がりを進みながら考える。
そういえばここが収容所なら朝風もどこかにいるということだろうか。
俺の母親をあんな目にした張本人。
・・・いや、のあの証言通りなら彼は殺されたんだった。
やむを得ない事情があったとはいえ、あの歳の子どもが殺されてしまうのは感化されていい問題ではない。
そんな状況になってしまったことに疑問符をなげかけなければならない。
俺の母親にされた仕打ちを思えば恨むべきなのだろうが、死なれてしまっては恨むことすらできない。
話すことも、知ることもできない。
なにか事情があったんだろう、と。
人の親を殺さなければならないやむを得ない事情があったんだろうと考えることにしていつも考えることをやめていた。
俺はそれを知るべきなのだろう。
知ろうとするべきだ。
『楽園』を探せ。
彼の言葉が思い起こされる。
それの答えが、ここにあるのかもしれない。
そう思うとおのずと足が前に進んだ。
隠れる場所を探して縮みこんでいた身体をまっすぐ起き上がる。
そのせいだろうか。
いや、単純に薄暗かったせいかもしれない。
しばらくこの世界について考え込みながら歩いていたところで俺は急に目の前に何者かの気配を感じて立ち止まった。
顔のない幽霊がそこに立っていた。
俺は無様にも大声で悲鳴を上げ、大きく後退し距離を空ける。
不思議そうに首を傾げこちらを覗くその黒く、翼の生えた幽霊はどこかで見たことあるもので、俺は嫌な予感に駆られつつも逃げることのできないジレンマに全身から嫌な汗が流れ出すのを感じていた。
そして、横に避けた幽霊の奥にいつ間にか現れた賽銭箱の上に座っている男がこう言った。
「やあ、待ちくたびれたよ。」
「そんなに強張るなよ。真似してみただけだ。」
「・・・俺を殺しに来たのか?」
「死に急ぐなよ、死にたがりがよ。彼はご執心のようだけど、僕はお前になんか興味ないよ。」
「ならどうしてここにいる?」
「それはこっちのセリフだよ。まさか本当に入ってくるなんて。石川と話すつもりだったのだろうが、どうやったら自分でこの空間に閉じ込めたような相手とまとな会話ができると踏んだのか知らんが、あの女から何も聞かなかったのか?」
「・・・。」
「・・・その様子ではなにも聞かされなかったみたいだな。」
無理やりにでもこちらの空間に連れてきて正解だったと半ば呆れがちに彼は言う。
確かになんで俺は話が聞けると思ったんだろう。
現実の刑務所と同じだと勝手に思ってしまっていたのか?
こちらが面会を望めばできるものだと。
「彼になら勝てるとでも踏んだのかもしれんが、この中では誰もやつには敵わん。お前も見てきただろう?世界を思うがままに作り替える彼らの力を。」
「石川や纐纈のことか?」
「そうだ。この世界では、基本的に一人に一つの世界が与えられ、その世界の中ではその人はなんでも思うがままに望み通りにすることができる。」
望み通りって・・、どれほどだ?
「それはもうなんでも思い通りだ。創造から破壊まで手広く、ね。」
どうしてそんなことになっている?
それでは収容所の意味がまるでないではないか。
容疑者たちは再犯を防ぐための反省のはの字すら感じないだろう。
「意味なんてないよ。彼女、真木陽子はここに彼らを閉じ込められるのならばどうでもよいと思っている。端から出す気がないんだ。」
「出す気がない・・?なぜ・・・?」
「なぜって、普通は誰もこの自分の世界に入ってこれないからだよ。外に干渉することもできず現状彼らは一人で妄想してるのと何ら変わらない。誰に迷惑をかけることもできない。」
妄想・・・。
最近よく聞く気がする。
「じゃ、じゃあ罪を犯した人間にむしろ好待遇を与えているっていうのか?」
「好待遇といえるかは捉え方次第だと思うけど。なんせ、二度と現実に帰れないんだから。夢のような環境を提供するかわりに、本来の世界からは永遠に垢バンされる。まあ無期懲役みたいなもんだ。」
「・・・二度と帰れないって、更生の機会は与えられないのか?」
「彼女はどうも与える気はないらしい。彼らを見たらわかるだろ?反省させる気なんて微塵もないなんでも買い与える富豪家庭の子どものような現状、寧ろ本人たちからここに留まりたくなるように仕向けている。」
纐纈の発言を思い出す。
ここは気に入っていると。
それは、どうなんだ・・。
一生出れないなんてそれじゃあ、死んでいるのとなんら変わらないんじゃないのか。
「お前だって本当に出ることができるのか疑問だね。」
「俺は・・・。」
確かにどうなんだ?
そう言われると途端に自信が無くなってきた。
俺と彼女にそこまで信頼関係があるか?
のあが俺を守ろうとしている、ただその一点のみで俺と彼女は繋がっている、いわば上司の指示があるから手を出していないだけだ。
本当のところは何を考えていたか・・・。
「お前のことを危険分子だと思っている可能性は否定できない。」
「・・・。」
「それに、彼女が本当に危険なオリジンだけを収容しているとも考えにくい。そうは思わないか?」
「・・・何故だ。」
「何故って少し考えて見なよ。彼女の歳でどうしてここまでの権力を手にしているのかを。」
ただの大富豪というだけでは説明がつくか?と彼は言う。
「そもそもその仮説ですらどうなのかって話だけど、人がいとも簡単に人の自由を奪う権利を持っていてそれを全く自分のために行使していないっていう考え方の方が危ういと思うけどね。それは、人の可能性に夢を見すぎだよ。」
「・・・。」
「彼女は、あの若さであの地位に就くために、いったいどれだけの人を拘束したんだろうね。」
自分にとって都合の悪い人を。
「・・・自分もそうだって言う気か?」
「いやいや、僕はまるでそうではないよ。僕と彼女はたまたまウマが合わなかっただけさ。」
「・・・。」
まあ、彼女が本当に私利私欲のために人を不当に拘束しているとしてもそれは俺の知ったことではない。
少なくとも今は。
確かに30分はとっくに経っている気もするが、それは俺が密度の濃い時間を過ごしすぎただけで体感時間がおかしくなっているだけかもしれない。
それにもし仮に俺をここから出す気がなかったとして、それはただ単に俺を守るならこの結界の中にずっと入れておいた方が安全なのではないか、という考えかもしれない。
だから今は、どうやってこいつをやり過ごすかを考えたほうがいい。
「そんなに警戒しないでよ。僕は本当にお前に興味がないから。ただ依頼があるからお前を待っていたというだけさ。」
「依頼・・・?」
「そう、依頼。お前にあることを話してくれという依頼。」
俺と話す・・・?
「そう、そんなことのために僕はこんなところにいるのさ。地上じゃ、落ち着いて席に座ることすらできないからね。」
彼はそんなことを言って話を始めた。
長く、突拍子もない話を。
「全く、キャバクラやホストじゃないんだから。ただお話するのにこれだけのギャラが発生するという事実をお前はもっと重く受け止めたほうがいい。
知らない?知らないじゃすまされないよ。
こっちがいったいどれだけ策を講じてお前に会っていると思っているんだ。
神田の涙ぐましい努力がこっちまで伝わってきて、お前に興味ない僕ですらお前がこの世界に入ってきたとわかった瞬間感動しちゃったよ。
それと同時に彼の計算高さにも。
お前のお姫様っぷりには本当に感嘆する。僕一人の人生をかけてようやく会話ができるんだから。
いったい何円分の価値だろうね。
僕の人生だからたかが知れてるかもしれないけど。
高すぎると思うかい?
でもそれが実は案外妥当かもしれない。
この世界を天秤にかけているんだから。
僕一人の人生で世界が救われるかもしれない。
そう考えると打倒どころかおつりがくるってものだ。
魔将、という言葉を覚えているだろう?
お前自身がそうなのではないかと問いかけられたことがあるはずだ。
実際にそれが真であるかどうかはまだ定かではない。
だが、どうしてそれが必要なのか、僕達がそれを求めているのか、それについての答えをここで出そう。
お前にとっては信じられない話だろうけど、一旦聞くだけ聞いてほしい。
それがこの世界をより良くすると信じているから。
忘れないでほしいのはお前も僕達も目的は同じだ。
この世界を良くしたいということ。
これだけは忘れずに聞いてくれ。
うん、まあその顔は納得したということにしておこう。
そういうことにして話すことにする。
どちらにせよ僕にこれを話さない選択肢はないんだから。
お前もここから自分から出ることができない以上同条件だが。
・・・覚悟を決めたようで安心したよ。
いいかい?それじゃあ話すが、まず第一に、ここは地球であって地球ではない。
正確には地球のある地域をモチーフにしたジオラマのようなものだ。
どうしてそう思うかって?
理由は簡単、お前は自宅が跡形もなく壊されたらどう思う?
そう、対して気にしないよね。
明日にはきれいさっぱり直っているからと。
これがこの世界の常識であり、認識だ。
だがしかしこれは本来のものではない。
なぜなら、建造物が勝手に修復されるなんてことが普通起こるわけがないからだ。
わかれとは言わない。
これはオリジンにしかわからない。
本当の地球を知っているものにしか。
この性質を知っているからのあさんは好き勝手暴れているし、真木陽子は躊躇うこともなくエレベーターのワイヤーを切断することができた。
まああれは切羽詰まっていたからそうでなくともやったかもしれないが。
こうなっている理由は憶測でしかないが、恐らくこの世界の想像主がそう望んだのだろう。
この街の景色が一生続きますようにとでも
その願いによりどれだけの人の生活が脅かされるかも知らずに。
今では新たに建造物が作れない以上そこまで遠くない未来、人の住む場所がなくなると言われている。
当然の結果だ。
新たに大きな人工物を設置しようものなら次の日には消えてなくなってしまっているのだから。
それに、この世界の大きさにも当たり前だが限度がある。
最初に地球のある地域をモチーフにしたジオラマのようなものと言ったが、この世界の大きさはだいたい東京23区ぐらいしかなく、それより外にはなにもない。
だが、それにこの世界の住人は気づいていない。
お前含めてな。
未だにここが地球だと思い込んで、ハワイだのアメリカだのと存在しもしない国や地域の話をして、挙句の果てには旅行してきたとぬかすやつもいる。
どうしてこんなことになっているんだろうな。
こんな小さな世界でこれから増えていく人類を養いきれると思うか?
まあ、無理だろうな。
人間同士で食料や土地をめぐって争いが起きるのが目に見える。
まあ、今はそれより先に侵略してくる悪魔どもをどうにかしないといけないんだけど。
ああいいや、この話は後にしよう。
お前が知りたいのはオリジンについてだったな。
お前はオリジンが取り戻した記憶の時代は相当前だと勝手に思っているようだが、それは間違いだ。
時系列は長くてもたったの5年ほど前、5年前の7月12日。
その日をもって全人類は記憶を書き換えられた。
壊れた建物が勝手に直っていたり、全く知らない人が親になっていたり、兄弟にされていたり、名前すらも変化していたことにも違和感を持たないぐらいに。
僕自身も2年前に彼に目を覚ましてもらうまで気づかなかった。
いつの間にか世界が変わってしまっていたことに。
そんなことがあるのかと思うかもしれないが、これは本当に起こっていることだ。
大災害だよ。
そしてそれに誰も気づかないまま月日が流れると、その改ざんされた記憶のメッキがはがれて本来の記憶を取り戻した者たちが現れだした。
そう。
それがオリジンと呼ばれる者達だ。
彼らは改ざんされる前の記憶と何故か並外れた力を持っており、まず自分の記憶を頼りにありとあらゆる方法で行方不明の自分の家族や恋人、友達を探そうとした。
死力を尽くして探しても多くの者は見つからなかったが、中には探し出すことに成功する者もいた。
しかし、探し出すことには成功したが取り戻すことはできなかった。
なぜならその相手が自分のことを覚えていなかったからだ。
どんなに雄弁に思い出を語っても、証拠を見せても彼らの記憶が例の方法以外で蘇ることはなかった。
お前の母親もそうだ。
あれは本来、朝風の母親だった。
一人っ子でいじめられ気質だった気弱な少年にとっては唯一の心の支えが母親だった。
別にお前が悪いわけではない。
お前にとっては彼女は母親で彼にとっても母親だった。
それだけのこと。
あれは、彼女を取り戻したいあまりに迂闊なことに手を出し、その心の隙間を魔将に狙われた彼の過失であり、元をたどればすべては5年前に起こった大災害のせいだ。
誰も悪くない。
誰も悪くないが、願わずにはいられない。
いっそのこと思い出したくなかったと。
あのときに死んでおけばよかった。
あの亜人化してしまったときに。
・・・もう終わりなんだよ、なにもかも。
すべてが行き詰っていて、どうしようもない。
悪魔に殺されるか、同族で殺しあうか。
好きな方を選べ。」
「・・・本当にそれしかないのか?」
荒唐無稽な話ばかりで理解しようとするのに精いっぱいだったが、話を終え、座り込んでいる彼に話しかける。
「ない。まあ彼はそんなことはないと思っているみたいだけど、僕は十中八九悪魔になぶり殺しにされると思っている。」
「のあや真木さんがいるだろ。」
「単純な武力ではのあはともかく真木では相手にもならない。彼女一人では人類を守り切れない。それに・・。」
そこで彼は意味深に言いよどむ。
「なんだ。」
「真木陽子はなにか隠している。」
隠している・・?
「隠してるってなにをだ。」
「先ほどの話したと思うが、まず彼女の若さと地位のアンバランスさ。そして彼女の素性の知れなさ。」
「素性が知れないのか・・・?」
「ああ、彼女は生まれも育ちも調べたがよくわからなかった。気づいたらそこにいて、そしてオリジンを仕切っていた。初めからずっといたのあとここら辺が対照的だが、彼女はいつの間にかオリジンを束ねていた。それに確証があるわけではないが、例えばこの空間をつかさどる力、人間が扱える芸当からかけ離れていると思わないか?基本的に人間は力に目覚めても複雑なことはできずに身体能力が上昇する程度がほとんどだ。お前もそれはわかるだろう?」
確かにみかや如月は身体能力系なようで、のあがその最たる例で究極系だが・・・俺の不死身やこいつのこの幽霊はどうなんだ?
そんな俺の疑問に答えるように彼は、俺のこいつやお前は変わっている方だと隣に彼を囲うように座る黒い化け物と俺を指さす。
「そんな中世界を創造してしまうなんて馬鹿げた力を彼女は持っているわけだが、似たような話どこかで聞いたことがないか?」
世界を創造する力・・。
『悪魔の中でも魔将と呼ばれる力を持った者は世界を創造する力を持っている。』
「・・・彼女が魔将だって言いたいのか。」
「別に決めつけているわけじゃない。でも、この世界の仕組みは悪魔の世界と酷似しすぎている。お前も聞いたことあるだろ、魔将は自分の作った世界の中ではなんでもすることができるいわば神のような状態だって。この世界を作った彼女は余程外の悪魔の世界について詳しいんだろうな。」
「お前は、悪魔の世界を知っているのか・・?」
「少しだけね。それはひどいところだったよ。」
「・・・もし真木さんが悪魔だったらどうなる?」
ゲームセットだ。
彼は少し大げさに降参するポーズを取って見せる。
真木陽子が魔将だなんて、あるわけがない。
あんなに人類のために身を粉にして働いていて、思いやりがあり、のあに心酔しきっている彼女が。
それに姿かたちだって人間そのもので俺の知る魔将とはまるで違う。
彼女の容姿を思い出したところで俺はふと思考が止まる。
そういえばあの傷は、どうしたんだっけ。
確かすぐに治っていたが、ゲームみたいな治癒魔法みたいのもあるのだろうか。
それについて聞こうとしたところで彼が先に口を開く。
「まあ、僕の仕事はここまでかな。」
「・・・どうしてそこまで俺に固執する。」
「さっき言った以上のことは知らないよ、彼に聞いて。僕はただ借りを返しただけ。」
「・・・借り?」
俺はその言葉にぴくりと眉が反応する。
借りって言ってもこれはそんな生半可な借りじゃない。
だって彼の言葉が正しければもう彼はこの空間からは出られないのだから。
一生ここで余生を過ごすしかない。
そこまでして返す借りとはいったい・・。
「僕にとってはとても大きいものだ。お前にはわからんだろうが・・。」
それについて詳しく聞きたかったが、そこで時間が来たことを知らせる着信音がポケットの携帯から鳴り響いた。
なんだ、ちゃんと出られるじゃないか。
「もう時間みたいだけど、まだ聞きたいことはある?」
こちらをだましたことを微塵も気にしてなさそうにそう言ってこちらを冷めた目で見つめてくる。
それはなにか虚ろでもう生きることに疲れたとそう言っているように見えた。
やることを終えたと、そういうことなのだろう。
聞きたいことは山ほどあるが、何しろ時間がない。
それに手に入った情報により新たに増えた疑問も錯綜してうまく頭が働かない。
なんだ、なにを聞けばいい?
あとこの残り少ない時間でなんの情報を手に入れれば、俺は答えに近づける?
彼の大きな借りについてか?
真木さんの裏切りか?
それともオリジンの記憶か?
どれも中途半端になりそうで、他になにかないかと周りを見回すが、ただのだだっ広い薄暗い空間が平がっているだけでなにもヒントになりそうなものはない。
ただそこに彼と黒い化け物がいるだけ・・・。
・・・彼とはもう、会えないのか?
そういえばこいつはなんで・・。
「・・・あんたはなにも望まないのか・・?」
俺はこのなにもないわずかに上空からにぶい光が差し込むだけの空間を再び見回しながら尋ねる。
「望む?」
「ああ、この世界は自身が出たくないと思えるような構造になっているんだろ?」
「ああ、そうだね。そうなっている。」
「じゃあなんで、ここには何も物がないんだ?」
そう言って俺は辺りを見渡す。
薄暗い、靄のかかったようなだだっ広い空間。
「・・・さあ、僕は何も必要としなかったんじゃないか?」
「いや、あんたはまだすべてを捨てきってはいなかったみたいだ。」
そう言って俺は男に覆いかぶさるように身を寄せる黒い化け物を指さす。
気づけば辺りに霧が出始めていてその化け物が見えづらくなっていた。
「前回俺らを連れ去った時は15分くらいで消えたよな。もうすでに最低でも20分以上は立ってるぞ。」
キョトンとした表情を見せる彼。
だんだんその霧が濃くなってきて、彼の姿すら見えなくなってくる。
「気づいていないのか?願いがない人間なんて存在しない。恐らくお前の願いは―」
なんとか早口で時間までに言い切ろうとしたが、最後の言葉を言い切る前に完全に視界が覆われ、俺は限界が来たことを自覚する。
もう少しだけ時間があれば言えたというのに。
いや、言わなくてもわかってるか。
寧ろこれで良かった。
自分でわかっていることほど、他人から指摘されるのは嫌なものだから。
辺りが少し明るくなってきた。
ようこそ、本来の俺の世界。
夢と希望もない世界。
人間より一回りも大きいが、顔のない黒い翼人がまるでペットのようにある男に身体を摺り寄せている。
「そんなに心配そうにするなよ。もう死なないからさ。」
その青年は大きな翼に埋もれながら照れくさそうに口にする。
今の彼を見たらもう数分前の彼とは思えないくらい憑き物がとれたような表情だった。
「少しだけ神田の言っていたことがわかった気がするよ。」




