セイテイノア18 第四章 『天使からの贈り物』
「ー-大丈夫?元気なさそうだけど。」
「・・・。」
「そう?なら良かった。」
「・・・。」
いつも答えようと口を開こうとするのだが、何故か声が出せない・・。
ぱくぱくと金魚のように口を開けて閉じてを繰りかえすだけだ。
しかし、それでもなぜかこの質問の主には意図が伝わるようで、すぐに意図をくみ取ってくれる。
彼女はいったい何者なんだろう。
そして、ここはいったいどこなんだろう。
よくある借家の一室のようだが、あまりにもものが多すぎる。
机の上には空き缶や飲み終わったペットボトルが散乱し、そこに入りきらなくなったものが床に散らかり、足の踏み場もないほどになっている。
ここの部屋の主は掃除と言う概念を知らないのだろうかと向かいに座る彼女を見る。
すると彼女は決まって、汚なくてごめんねと申し訳なさそうに言うのだ。
俺はそれに違う、そんなことを言おうとしたんじゃない、そんなことないといつも言おうとするのだが、声は出ないままで、次第に耐えがたい眠気に襲われその心地の良い空間から隔絶される。
もっとそこにいたかった。
そんな感情を抱えたまま俺はその夢から目を覚ます。
「またあの夢か。」
ここ最近よく同じ夢を見る。
初めは見たことのない人が夢に出てくるなんてこともあるんだなと自分の想像力に感心したこともあったが、こうも続くとな。
なにか良からぬことがあるんじゃないかと疑ってしまう。
予知夢的ななにか。
とはいっても彼女の顔はぼやけて靄がかかったようでよく見えないし、その夢もすぐに終わってしまうのでそこから特に得られることはなさそうだが。
精々気を引き締めることぐらいだ。
最近は悪魔の侵略も一旦は落ち着きを見せている。
のあや真木さんも働きづめでろくに休めていなかっただろうからこれはうれしい限りだが、嫌な静けさが蔓延っているのが事実だ。
俺のような下っ端も久しぶりの休みを噛みしめるが、俺がこの世界に足を踏み入れた2月の事件からまだ3か月しかたっていないというのにこの世界に現れる悪魔の数は2.23事件の時ほど一斉にじゃないが増えてきてはいた。
力の強い奴も増えてきていた。
それがどうしてこんな急に・・。
示しを合わせて奇を伺っているようでどこか気持ちが悪い。
まるで狐につままれている気分だ。
先日の事件もそうした中での出来事だったので、正直油断していて対応が遅れてしまった。
まあ、なんとか止めることができたからよかったが、魔将が呼び出される一歩手前までいってしまった。
みかに自校の監視を任せておいてよかった。
俺の至らなさだ。
俺がいたから狙われた、というのは考えすぎかもしれない。
だけど、俺は二度とこういうことがないようにその学校から俺がいたという痕跡はきれいさっぱり消した。
どうやら俺は狙われているみたいだし、するに越したことはないだろう。
うちの学校の教師、石川健二。
まさか彼がオリジンだとは思わなかった。
今年初めてうちの学校に来て、担任を持ったようだけど、正直俺はほとんど学校にいなくて自分のクラスの担任だったというのに全く知らなかった。
みかも確証はなかったと言っていた。
まあ、正直オリジンであることを隠されるとこちらとしては見分けようもない。
一般の人間と見た目は何ら変わらないのだから。
一応Arkの方でわかるオリジンについてはデータで管理されているみたいなのだが、それも完全ではないらしい。
俺を通して亜人化から回復した人間は一律で登録されて言っているが、俺以外の手段で以前に亜人化を回復した人間はその限りではないだとか。
立会人のいない個人での解決までは把握しきれないのは当然というか、納得ではある。
みんながみんな目立ちたいわけではないし。
彼は気を失わせた後すぐに真木さんに引き渡したが、どうも彼には協力者がいたんじゃないかとの疑惑がかけられていた。
彼は最後までみかのように無口で、他人に興味がないようで、まるで何を考えているのかわからなかった。
そこに付け込まれたのか、いやそうであってほしいと願うばかりだが。
できることなら少しぐらい話がしたかった。
なぜそうなってしまったのか、今なにを考えているのか。
真木さんに頼めば話ぐらいは聞けるだろうか。
彼の考えや、記憶のことも。
思えば俺は彼らの記憶のことについて未だに何も知らない。
のあは前世の記憶のようだと言っていたが、誰も彼もまるで話したがらないので聞きずらいのだ。
真木さんはそれを聞くのは女性に年齢を聞くことぐらいタブーだと言っていたし。
みかに聞けば答えてはくれそうだが・・あいつはどうも俺を信用しすぎる節があるからなあ。
俺が頼めばおそらくなんでも、本当に人さえ殺しかねない。
それゆえに頼みづらいのだ。
自分が助けた人に頼むのも弱みに付け込んでいるようで聊か憚られる。
のあならずばずば聞けるんだろうが、俺にはそれができない。
ああいう図々しいところも見習っていくべきなんだろうなと今のなにも情報の得られていない現状を振り返り思う。
結局あの男の発言もわからずじまいのままだ。
『楽園を探せ』
まず楽園ってなんだよ。
遊園地とかそういう単純なことでもなさそうだし、もっとわかりやすい伝言じゃダメだったのだろうか。
まさか天国とかそういう意味じゃないよな?と思うがそもそも俺は死ねないので天国に行くこともできない事実に気が付く。
じゃあいったいこの言葉が差す楽園とはいったいどこだというのだ。
俺はいったん考えることを止め、ベッドにどさっと寝転ぶ。
・・・もしかしてこれは隠喩でもっと他のことを指しているのか?
少し考えるがまたすぐに行き詰ってしまう。
そもそもあの男のことだ。
人を小馬鹿にしたように飄々しているあの男。
ここまで手を尽くしても何の手がかりもないのだから、ただのいたずらという可能性もある。
今頃必死に頭を唸らせている俺を見て笑っているのだろうか。
・・・。
ありえる。
なんだかだんだん考えるのが馬鹿らしくなってきたな。
俺は身体を起こし一人部屋で遅い朝食を食べ、今日のニュースを垂れ流しながら思う。
今日は特に真木さんの組織Arkからの連絡も入っていないし、ニュースもいつも通り平和そのもので、やっとお見舞にいけそうだと胸を撫で下ろす。
ここ最近はあの騒動の後入ったArkの仕事が忙しくて母さんのお見舞に全然いけていない。
たまに行った時に花の水が代えられていたりして、誰かが定期的に来てくれていることはわかるのだが。
「今日は久しぶりだし、ケーキでも買っていくか。」
そんな独り言をつぶやきながら俺は食べ終えた皿を洗い、出かける準備を始める。
ケーキとは言ったが、もちろん母さんはまだ目覚めてはいない。
まあ、気持ちの問題だ。
普段何も持って行っていないからその分の。
花は見舞に来てくれている誰かが定期的に置いてくれているし、他に持っていくものが思いつかなかった。
もしかしたら目が覚めるかもしれないし、覚めなかったら俺が二人分食べればいいしなと考えていると、ピリリと支給された携帯に連絡が入った音が聞こえた。
嫌な予感がしてそれを開くと、そこには『纐纈と思われる男が南本庄町で目撃情報があったとの連絡』という件名のメールが一通全体に送られているだけだった。
南本庄町はここから遠いので俺は少し安心する。
せっかくの休みに駆り出されたくないという思いもあるが、今組織全体で危険視されている男に一人で会いたくないのが本音だ。
オリジンであることをいいことに好き勝手を尽くしているのだとか。
噂によるとこの前のバスジャックのニュース、こいつの仕業らしい。
日本にしては珍しいニュースで2桁人の死傷者が出たらしいそれは、恐らく彼が境界近辺にいた一般人に手をかけたのだろうということだった。
その残忍性と強さから真木さんが指名手配をかけているのだそうだ。
のあの足元にも及ばない俺ではとても相手にならないだろう。
しかしそんな俺の評価とは対照的に、最近はのあも俺の単独行動を許してくれるようになってきた。
これは俺が認められてきた証、ということなのだろうか。
真偽のほどはわからないが、ともかくそのおかげで俺はこうして久しぶりの休日を満喫できているわけだが。
以前は休日にもかかわらずのあが付き人のようにいて正直休むに休めなかった。
まああんなことがあった後では仕方ないのかもしれないが、今ではすっかりあの男の干渉も無くなったし、大丈夫だろうと判断したのだろうか。
上の考えることはわからないなとあっさい底辺社会人並の感想を抱きながらいつもの病院に足を運んでいると、ふと目の前の横断歩道を華音ちゃんが横切るのが見えた。
方向的には病院から出てきたように見えたが、誰かのお見舞の帰りだろうか。
ご両親の怪我はすっかり完治したはずだが、どうしたのだろう。
もしかしてまた力が暴走でもしたのかと思い、声をかけようとして俺も急いで角を曲がるが、そこにすでに彼女の姿はなかった。
見間違い、だったのだろうか。
いや、確かにあの横姿は彼女だったと思うのだが、実際に角を曲がっても誰もいなかったし、あの速度で物陰に隠れられるわけないしな。
見間違い、か。
疲れているのか?俺は。
幻覚まで見てしまうだなんて、重度にも程があるが。
首を傾げながらもロビーで手続きを済ませていると、ふと今日の面会名簿に彼女の名前高嶋華音があることに気づいた。
なんだやっぱり来てくれていたのか。
自分がおかしくなっていたわけではないことに気づき胸を撫で下ろす。
次会ったら礼となにか買ってあげようと心に決めて俺は目的の病室まで向かいドアを開けると、また花が代わっていて彼女がやってくれていたことなのだと感心する。
これはよいお嫁さんになるぞと謎の父親面をしつつも、俺はそのいい香りに包まれながら吸い寄せられるように幸せそうに寝ている母さんの隣に座り、口を開く。
「母さん。今俺さ、人助けができる仕事しててさ、毎日大変だけどすごい楽しんだ。」
一度口火を切った口は止まることを知らず、最近あった大変だったこと、感謝されてうれしかった話など、俺は時間が経つことも忘れその後ずっと目の覚まさない母親相手に独白していた。
「・・・乃庵。なにやってるの?」
横から聞こえた声に俺は目を覚ます。
どうやら俺はいつの間にか病室で寝てしまっていたらしく、すでに時計は俺が最後に見た時より1時間ほど進んでいた。
「・・・沙奈か。お前こそどうしてここに?」
「どうしてもなにもお見舞でしょ。来ちゃ悪いわけ?」
少し不機嫌そうに彼女は「というかその名前呼び一向に直んないのね。・・・まあいいけど。」と続ける。
「ああ、いやごめん。そういう意味で行ったんじゃなくて・・。」
「わかってるわよ。」
「ああ、そう。」
「・・・。」
「・・・。」
気まずい沈黙の間が流れる。
「そういえば、あの花はいつもお前が代えてくれているのか?」
俺はそれに耐えかねたように話題を切り出すが、彼女は「いや、違うけど。」と二言で終わってしまう。
「・・・今日はみかとは一緒じゃないのか?」
「外で待ってるよ。」
「どうして一緒に来ないんだ?」
「みかはあんまりこういうの好きじゃないみたい。」
「・・・ふーん。よくわからないけど、まあ、みからしいと言えばらしいか。」
「乃庵は今日仕事休みなの?」
「そうだな。」
「最近異変少ないしね。」
「油断はできないけどな。」
「そう、ね。」
どこか深刻そうな面持ちでそう告げる彼女。
先日の出来事をみかから聞きでもしたのだろうか。
みかから話すことはないだろうが、流石にあれは隠しきれないか。
裏で璃莉の警備もさせてしまったし、言及されてもみかも特に取り繕わないだろうしな。
隠すようなことではないから別にいいが、みかに頼んだ俺は小言の一つや二つ言われるかもしれないなと少し様子を伺いながら彼女を見ると、なんとも言えない表情をしていた。
・・・これはみかについて言いたいことがあるが、相手が俺だから言いづらいとかそこら辺だろうか。
そんなことを考えているそのとき、彼女から、正確には彼女の持っている鞄から音楽が鳴り出した。
しかし彼女はそれを手に取る気配はなく、「それ、でなくていいのか?」と俺は思わず聞いてしまう。
「いい。」
きっぱりとその電話コールに対して無視を決め込む彼女。
よくわからないが、でなくていいというならそうなのか?
良からぬことに巻き込まれていないなら良いが。
結局彼女は、「みか自身にもちゃんと向き合ってね。」という一言を残して部屋から出て言ってしまった。
それはそうだなと俺も椅子から身体を起こしながら思う。
みかは強いが危ういから、俺がちゃんと見てやらないと。
みかは何故か俺には従順な姿勢を見せる。
それは命を救ってもらった恩からきているのかわからないが、正直そこまでしてもらわなくてもという感じだ。
本人にもそれは伝えているのだが、一向に治る気配を見せない。
そりゃあ彼女も心配に思うはずだ。
自分の彼氏がこうでは困ると。
窓から外で合流して仲良く帰っている二人の姿が映る。
あの二人は俺がみかを正気に戻した後日すぐに付き合いだしたらしい。
彼女はあの時点で上の名前しか知らないと言っていたので、あまりにも早い交際だが、まさかみかがそれを承諾するとは。
そういうことには興味がないものだと思っていたのに。
まあ彼もしっかり男だったということで安心したものだが、彼女から聞くには付き合った後も特になにも変わらないらしい。
男女のあれこれも当然全然ないようだし、それで一回俺のところに沙奈自身から質問に来てたほどだ。
ホモなのかどうか聞いてくれとも言われたときには流石に笑ったが、ここまで何もないと笑い話にしてよいものか悩みだすころだ。
・・・あるのか?
今日のお見舞に来なかったのも俺に会うのが恥ずかしかったから、とか?
なわけないか、あほらし。
一瞬悪魔のような考えが頭をよぎったが、みかのいつもの無表情を思い出し我に返る。
いつかもっとみかのことを知る機会を作るか。遊びに誘うかなんかして。
そう決めて俺は病院から出ると、その敷地の出口付近に夕陽に照らされて誰かが立っているのが見えた。
その人物はこちらに気づくとたたたっと軽快なステップで近づいてくる。
「や、今から暇?」
まるで待っていた彼氏がようやく姿を見せたかのようなセリフを吐く彼女は誰であろう俺の所属する会社の社長で25階相当のビルを所持していてのあの信奉者である、真木陽子であった。
「直接来るだなんて、なにか急用ですか?」
「いや、そういうわけではないんだけど、ちょっとね。」
「あ、もしかして璃莉の母親、オリジンじゃありませんでした?」
「いや、彼女、桜木綾香は間違いなくオリジンだったよ。よく見つけたねというレベルだよ。」
「・・・そうですか。それは、良かった。」
そう口にするものの心境は複雑だ。
本当にこれで良かったのか。
璃莉はこれについてどう思っているのか。
彼女を巻き込みたくはないが、あれだけ毛嫌いしていたとはいえ自分の母親が急に、しかも特に説明も無しにいなくなったとなるとその心境は想像が付かない。
璃莉の話からもしかしたらと調査をお願いしてみたが、まさか本当にオリジンだとは思っていなかった。
あのままではいずれ桜木さんも限界が来ていた、らしいが、本当のところはどうなのか俺はわからない。
今は本部でメンタルケアを受けているようだが、どのような気持ちなのだろう。
赤の他人を育てさせられるというものは。
真木さんが言うには、彼女はだいぶ早い時期、何年も前から記憶を取り戻しており、初め何故か自分に子どもがいることに驚きを隠せなかったのだそうだ。
それと前の記憶を取り戻したことによる悲しい記憶も蘇り、とても子育てどころではいられなくなったと。
言っては悪いが、鬱病の妄言をそこまで信用していいのか疑問に思うのだが、真木さんはこれが事実であることに確信を抱いているようだった。
オリジンである人にはわかるのだろうか。
俺がこの組織に入った瞬間に俺が唯一亜人化によって暴走しかけている人を治せるとして、オリジンは瞬く間に増えていった。
これは前任者であるノーフェイスが畜生だったせいもあるだろう。
しかしそれでも未だにまだ見つけられずに苦悩している人はいる。
この組織もあまり表立って活動できない以上、知名度の問題は切っても切り離せない問題なのだろうが、なにか良い解決策はないものか。
もっと世間一般で悪魔の存在が知れわたれば、それを退治する組織として有名になれるだろうか。
いや、それでは本末転倒か。
悪魔が世間一般で知れ渡るということは、それによる被害が知覚できるほど大きくならないと誰も信じないだろう。
それでは意味がない。
そもそもそんなことが明らかになったら大混乱になることは間違いなしだし、案外今の状態が一番良いのかもしれないとそんなことを思う。
「そういえば、桜木さんのことでもないんだったら要件はなんなんですか?」
「君にある男の捕獲を手伝ってもらいたくてね。休日なのは知ってるんだけど、いいかな?」
代わりの休みは用意するからと申し訳なさそうに言う彼女。
それに対して俺は今から!?とあまりにも急な話にしては内容の深刻さに驚きを露わにする。
正直、休み云々関係なく気乗りはしないが、彼女の頼み、会社のトップの頼みならば致しかたがない。
誰だって仕事がなくなるのは怖いからな。
というか俺のような未熟者じゃなくてもっと適任がいるだろうになぜ俺に声がかかったんだ?
納得しかねている俺に彼女はスマホを片手に告げる。
「元々はみか君と如月さんにやってもらう予定だったんだけど、どうも彼女らは今日忙しいらしくてね。」
開かれたスマホの画面には不在着信の文字が映っていた。
通話の相手は如月沙奈。
それを見て俺は先ほど病室で鳴り響いた如月の携帯のことが思い出される。
「君が彼女らを説得してくれる?」
「・・・。」
あいつ俺に仕事押し付けやがった。
・・・まあ、いいさ。
こんなことにいちいち腹を立てるほど俺も子どもではない。
今日は久々に二人でゆっくりでもすると良い。
生意気な後輩の尻を持つのも先輩としてやることの一つと割り切りながらも、今度はもっときつい仕事を回してやると心に決めて俺は真木さんに連れられその病院を後にした。
「で、ある男というのは?」
「纐纈だよ。今朝メール来たでしょ?あいつ。罪状は一般人の殺人と、暴力行為、詐欺、拉致監禁などなど。役満だね。」
纐纈、ね。
俺は彼にまつわる噂から「そんな凶悪なやつ捕らえられるんですか?」と心配そうに尋ねるが、彼女は「私こう見えて腕っぷしには自信があるからね。」とそう言って歩きながらこちらを向き、ふんと力こぶを誇示しようとする。
そこには全くと言っていいほど誇示した物はなかったのだが、まあオリジンとはそういうものだろう。
のあにだってあの細身の身体のどこにあんな力があるのかなぞだし、何かしらの不思議な力でなっているのだろうと思考を放棄している。
というかそもそも彼女の力は以前見る機会があったが、圧倒的に俺よりはるか高みにいて疑ってはいなかったのだが。
「で、手伝うって言っても俺は何をすればいいんですか?」
「纐纈をどうにかこうにか気絶させればいい。別に手段は問わない。」
「き、気絶って・・。知ってると思いますが俺戦闘はあんまり得意じゃないですよ。それこそあの二人の方が・・あ。」
だから予めあの二人に声をかけていたのか。
まあ、当の本人は愛しの人との時間を取ったみたいだが。
「ほとんどは私がやるよ。君は万が一の時に手助けしてくれればいい。」
まあ今日回るところが当たれば、だけどね。
そう言って彼女は指をぽきぽきと鳴らす。
何とも頼もしい限りだ。
「そういえば最近のあさんはどうしてるの?一緒に行動してないみたいだけど。振られた?」
しばらく話すこともなくただ歩くだけの無言の時間が続いた後真木さんが口を開いた。
「一言余計ですが、俺も詳しくは知らないんですよね。なんかやることができたとかなんとか。」
「いつ戻ってくるのかもわからない感じ?」
「そうですね。まあ元からそんな人でしたけど。」
それを聞いて彼女は見るからに落ち込んだ様子を見せる。
この人も大概だよな。
どうしてこの人はこんなにのあに執着するんだろう。
命の恩人とかだろうか。
彼女なら幾千もの命を救っているだろうから普通にあり得る話だろう。
きっと彼女がのあに対して抱いている気持ちはみかの俺にするそれと同じようなものだろうから。
「以前似たようなこと聞きましたけど、真木さんがのあに執着する理由って聞いてもいいですか?」
「ああ、そういえばあのとき話が途中だったね。」
彼女は一瞬意味が分からないというようにキョトンとしたが、すぐにあのビルで同じようなことを聞いたことを思い出したようだ。
「私がのあに執着するのは、のあが私を救ってくれたからだ。」
「救ってくれた・・。」
「そう、のあが私に命を吹き込んでくれた。のあがいなければ私はあのままあの場所で何をするということもなく死んでた。」
彼女は正面を向いたまま小さく恩人なんだと口にする。
恩人・・。
そのしみじみとした様子にこれ以上は聞けないかと俺は判断し、真木さんから聞いた言葉を反芻しながら考える。
のあはいったいいつから活動していてどのくらいの人数を救っているのだろうと。
「その当時ののあさんは今噂になっている死神と近い感じだったな。」
「その噂ってあれですか?あの、三鷹市のって。」
「そうそれ。孤高で奇麗で無口で何考えてるのか全然わからなかった。」
「それ今も変わらないと思いますけどね。」
「いや、だいぶ柔らかくなったよ。人間ぽくなったというか。」
そうなのか。
今も機械のようなのに、以前はどれだけだったんだ。
「変わったと言えばそう言えば真木さん、今日ちょっと違いますよね。」
「・・・ん?わかる?」
「わかりますよ。雰囲気が違いますもん。」
今日の真木さんは髪型と服装が少し大人びている。
初対面のときが制服だったのもあって、こんなぴしっとした服は少し新鮮に感じた。
「この服の方が動きやすいしね。」と素っ気なく彼女は答えるが、心なしかその様子は少し嬉しそうに見えた。
やはり彼女も女性ということなのだろうか。
できる人すぎてあまりそういう目線で見たことはなかったが。
「君、モテそうだよね。そう言う話、無いの?」
「ない・・・いや、あれは・・・数回なら、ある、のか?」
「なんでそんな懐疑的なの。」
「いや、あれはカウントしていいのかという問題がありまして・・・。」
「そんなややこしいのがあるんだ。」
恋愛っていうのも難しいんだねと他人事のように言う彼女。
あなたのは恋愛と言うのかわからないけど、誰しもあなたのように真っ直ぐな眼差しを向けられるわけじゃない。
俺も経験はないが、恐らくもっとドロドロとして、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられたものだ。
ていうかそんな真木さんこそ浮いた話の一つや二つくらいありそうなものだが。
「私はないよ。誰もそんな思いで寄って来ないから。」
嘘だろ?
この容姿と能力で?
俺が男だったらすぐに告白しに行きそうなものだが。
俺は男なんですけれども。
いやまあ俺は例外としても、そこら辺の男ならすぐに食いついてもおかしくないだろう。
そうならないのは、彼女の性格的な問題なのか?
自分より優秀ではない人に興味がない的な・・・。
そこまで考えて俺は彼女がのあにご執着だったことを思い出す。
それは眼中にすら入ってないわけだ。
男側もなんとなく相手にされていないことを感じているのかもしれないな。
できる女性というのは男に劣等感を抱かせやすいとも聞くし、彼女も彼女で大変?なんだなと結局よくわからないところに俺の考えは落ち着き、二人で目的地にひたすら歩いていると、彼女はある家の前で止まった。
住宅街に乱立しているような普通の一軒家。
何の変哲もない2階建ての新築に見える家で俺はまるでここが目的地であるかのように立ち止まる彼女を見やる。
ここが目的地、なのだろうか。
こんな一般的な家にそんな凶悪なやつがいるもんなのかと疑問に思うが、口にはしない。
そしてそんな俺を無視し、彼女はおもむろに玄関まで行き、インターホンを押す。
ピンポーン。
インターホンの音が2回ほど響き、しばらく待っていると「はあ~、誰?」と中から眠そうに頭を掻いている一人の男性が出てきた。
そのとき、不意に彼女が俺の方を見て声を出す。
「ビンゴ。」
その声がした瞬間俺は意識が飛んだ。
何が起こったかわからなかった。
蹴られた、のか?
胸と背中に走る激しい痛みをこらえながら周りを見回すと、家から出てきた男と真木さんが激しく戦っている様子が目に入り込んだ。
ぼさぼさの髪に清潔感のない服、手入れのされていない髭、明らかに不審者であるそいつは、真木さんの蹴りをしゃがんで彼女に飛び掛かる。
彼女はそれを避け一旦大きく距離を取った。
加勢しなければと身体を動かそうとすると、がらがらと身体の上に乗っていた瓦礫が崩れ始めた。
どうやら俺はいつの間にか家の対面の塀まで吹き飛ばされていたらしく、崩れた塀に埋もれた身体をなんとか引きずり出す。
ビンゴってことはこいつが狙ってた纐纈ってことか?
こんな住宅街のど真ん中で戦闘してしまっているが、大丈夫なのか?
周りにばれるどころの騒ぎじゃないぞ。
俺は早めに決着をつけるために、どうにか戦闘に参加しようとするがまるで入り込む隙が無い。
男は暗器?のような物を使っているようだが、どうも様子が変だ。
彼がそれを振るうたびにその刃先が伸び縮みしているような・・。
いや、間違いない。
自由自在に伸縮している。
なんだあの武器は。
のあが使っている武器と似たような怖さを感じる。
まるで武器が生きているかのようだ。
真木さんが距離をとってもその瞬間に一気にリーチが伸びて首筋をかすめていく。
流石の彼女も間合いが測れずやりづらいのか、いったん彼から距離をとる。
「ちょこまかとうぜえなあ・・。てかなんで俺の場所がばれたんだ?」
気だるげに首を掻きながら纐纈は呟く。
「さあ?どうしてだろうね?」
「あ?お前に聞いてんだけど?」
「知らないものは知らないよ。」
「じゃあなんでここがわかったんだよ。」
真木さんの飄々とした態度に堪忍袋が切れたのか男が一気に距離を詰め、切りかかる。
彼女は今度はそれを簡単に避けて見せる。
「君はなんでこんなことしてるの?」
彼女は彼の攻撃をひらりと躱しながら質問を投げかける。
「お前には関係ないだろ。」
「そこをなんとかさ。」
さっきまでの苦戦が嘘のように彼女は余裕すら感じられるほど、簡単に攻撃を避けていく。
なにが彼女にあったんだ?とその攻防を見ていると、ある事に気が付いた。
避け方を変えたのか。
彼の武器が振るわれるベクトルに入らないように避けるようにしたんだ。
そうすればいくら武器のリーチが伸びようとその先に彼女の身体はないから当たりようもない。
この一瞬でそこまで修正が効くものなのかと俺は戦闘センスの違いに脱帽する。
「楽しいことをするのに理由がいるか?」
「人を殺すのが楽しいと?」
「人?俺が殺したのは人間を模した人形だぜ?」
そういう彼の言葉に黙り込んでしまう真木さんのその二人のやりとりに俺は思考が止まる。
真木さんからはそうは聞かされなかったが・・・・。
「人形は人間様の鬱憤を晴らすのも、仕事だろうがよ!!」
俺の理解を待つ間もなく男がそう叫んだ瞬間、武器を持っていないはずの方の手から鋭い刃が彼女の喉元めがけて飛び出した。
不意を突かれるも彼女はなんとかそれも避ける。
しかし、態勢を崩し次の男の大振りは避けきれない!!
「っ!!」
目を開けた次の瞬間には真木さんの腹部に風穴が空いていた。
「この武器は元々二つで一つなんだよ。俺が一つの方が扱いやすいからそうしてるだけで。」
こういうだまし討ちもできるしなと男は両手に持った武器をまるで曲芸師のように振り回す。
収縮自在な武器はこういう使い方もできるのか・・。
彼女はいったん距離をとって、患部をしきりに気にしている。
「あーあ。好きなことをしている人の邪魔をするからだよ。」
そんな彼女に男は好機と見たのかすかさず距離を詰め追撃をかけていく。
「人の生き方は自由だもんなあ!?」
「・・・。」
彼女は明らかに動きが鈍っており、今は男の斬撃をなんとか躱しているといった感じだ。
いつまた致命傷をもらってもおかしくない。
俺がなんとかしないと・・。
そうは思うのだが、足手まといにもなりたくなく、かといってあの戦闘に足を踏み出すタイミングがつかめないで、焦りばかりが大きくなっていく。
「なぜ逃げる?」
男は質問を投げかけるが彼女は答える余裕もないのか沈黙を保ったままだ。
「・・・つまんねえなあ・・・。あ。」
すんでのところで避け続ける真木さんを質問攻めにするのも飽きたのか攻撃の手が緩んでいたとき、彼と俺の目が一瞬合ったような気がした。
俺を、見た・・・?
次の瞬間、目の前に剣先g。
彼のその行動が何を意味するのか考える暇さえ俺には与えられなかった。
「ほら、お前が逃げてばっかだからこんなことになった。」
新たに増えた肉塊を前に男は着地した真木陽子の方を振り返る。
「お前が連れてきた部下、死んじゃった。」
「誰が死んだって?その目かっぽじってよく見なよ。」
「あ?誰がどう見たって死んでんだろ・・・は?」
そう言って先ほどまでガキがいたところに目を向けると、新たに肉塊となったものから飛び出たものがまるで逆再生のように元通りに修復されていく。
「おいおい、どうなってんだこれは・・?」
男は目の前で起こった奇跡にすっかり目を奪われて、背後に近づいていた彼女にぎりぎりまで気が付かなかった。
「自由な生き方を肯定するなら、私の自由も尊重してくれるよね。」
「いやー君のそれは本当に便利だねえ。」
「便利だなんて。痛いのは痛いんですから・・。」
先ほどの激しい戦闘から打って変わって、惨状とは似つかわしくない雰囲気の会話により俺は目が覚める。
「あれ?真木さん、傷は大丈夫なんですか・・?」
すでに纐纈は気を失っているようで、真木さんの後ろに倒れているのが見えた。
なにはともあれうまくやってくれたようで安心する。
「ん、傷?ああ、これのことか。」
そう言って彼女は来ている服をまくり始める。
「ちょっ、真木さん!?」
異性相手に恥ずかしげもなくそういうことをする彼女に戸惑い必死に見ないようにしようとするが、そこはそれ。
あれはあれ。
思春期真っ盛りの男子なのでどうしても視線が行ってしまう。
顔を覆う指の隙間から覗いてしまう。
しかし今回はそのおかげでその違和感に気づいた。
「あれ・・?真木さん、傷は?」
「大した傷なんてないよ。相手の攻撃ほとんど当たらなかったし。」
「え・・?いやでも・・。」
確実に纐纈の剣が貫通していたように見えたが・・。
血も流れていないし、本当にそんな傷があるようには見えない。
どういうことだ・・?
「あのーもう下ろしていい?」
「ああ、すみません!!全然いいです!!」
気づけば俺は真木さんの腹部を目の前でじっくりと凝視してしてしまっていたことに気づき、慌てて顔を離す。
あれはいったい何だったのだろう・・と考えて俺は他にも聞きたかった事があったことを思い出す。
「そういえば彼、人形を壊しただけって言ってましたけど・・・。あれはどういう・・。」
「ああ、彼の言う人形っていうのはオリジンではないその他の人間のことだから。」
「・・・どういうことですか?」
「文字通りオリジンではない人間を人形と呼んで差別しているのさ。差別や偏見は無くならないものだけど、あそこまで同種を全く別の生き物かのように見下せる生物もそうはいないだろうね。」
人間が、人形?
意味が分からない。
それはどういう意味で、どこから来ているんだ?
「それが意外と結構いるんだよ?オリジンの中には。」
「いるって、なにがですか?」
「オリジン以外を人形だと思ってる人が。」
怖いよねと彼女は同意を求めてくる。
そういえばのあもそんなことを言っていたような気がする。
自分が選ばれた人間だと錯覚しているとでも言うのだろうか?
「元々オリジンというのも我々が人類のオリジナル的なニュアンスからつけたらしいしね。」
「その人達はどれだけ自分のことを買いかぶっているんでしょうね。」
「まあ唐突に力をもったら人間変わってしまうということだよ。ワトソン君。」
「初歩的な推理ということですか・・。」
ま。それだけじゃないみたいだけどね。
彼女は最後にそうつぶやく。
わかっているならすべて教えてほしいものだが、何か教えられない理由があるのだろうかと考えて俺は尋ねるのだが、彼女は「まあ同情の余地ありってことだよ。」としか教えてくれなかった。
仕方がないので俺は気になっていたもう一つのことを質問する。
「こいつの居場所はどうやって特定したんですか?」
「ああ、それはね。桜木綾香が彼と接点があったからだよ。」
彼女が洗いざらい話してくれたよと真木さんは告げる。
昼頃にぽつぽつと桜木綾香からこの話をし始めたようで、それを聞いて急いで人員を探し駆けつけたということらしい。
思わぬところで点と点が繋がったが、彼女の話によるとどうやら彼女は彼にぞっこんだったらしい。
あの男のどこにそんなに惚れる要素があったのかわからないが、まあ人が惚れる理由は人それぞれということだろう。
もしかして、彼が唯一のオリジンの知り合いであったりしたのかもしれない。
それで心を許してしまったとか。
ありそうな話だ。
もう少し早く真木さん達に会うことができていたら・・・そんなことを考えていると、彼女の身体から四角い箱のようなものが出てきたのが見えた。
それは彼女の身体をすり抜けて出て、宙に浮き彼女の周りを漂っている。
そして、彼女が横たわっていた男の肩に手を添えると次の瞬間、男は一瞬にして消えてしまった。
今何が・・・。
あの箱に吸い込まれたように見えたが・・。
「あ、あの。今のってどういう・・。」
「ん、ああこれ?纐纈をこのキューブに閉じ込めただけだよ。」
楽園送りさ、と。
「・・・えでん?」
俺はその言葉にぴくりと反応する。
「うん、この箱の中は一つの空間になっていて、私の許可がないと勝手に出ることはできないようになっているんだ。」
まあ、結界みたいなもんだねと彼女は言う。
「それって何個もあるんですか?」
「あるよ。」
「じゃ、じゃあもしかして今までの犯罪者って全部その中にいるんですか・・?」
「そうだけど。逆に今まで君はどうやってあんな力をもった人間を閉じ込めていると思ったの?彼らからしたら明らかに人間の作る金属製の檻とか紙屑も同然だろうけど。」
それは、そうだな。
そこらへんはあまり深く考えたことがなかった。
自分の考えなさを恥じる。
人間の物差しで物事を考えすぎか?
すでに俺の踏み入れている世界はそういうものとは次元が違う世界なんだと自分に言い聞かせる。
力を持つ人間を閉じ込めるにはそれを上回る力が必要になる。
虫には虫取り籠を。
鳥には鳥籠を。
動物には金属の檻を。
そしてオリジンには、あの箱だと。
「そう、これが私の力。閉じ込める条件はちょっと厳しいかもだけど、結界と違って中からは本当に誰でも勝手に抜け出すことができない完璧な檻。まだ見せたことなかったね。基をたどればこの力があるからこういう組織を作ったんだよ。」
それは大変利にかなっているな。
まさにこのためだけに与えられた力のようなものだ。
適材適所にも限度がある。
「もしかしてその閉じ込められた世界に入ることってできたりしますか?」
俺は思わず聞いてしまった。
「まあできるけど、なんで?」
彼女は不思議に思って首を傾ける。
まあ、その疑問は当然だろう。
しかし俺ははっきりと答える。
「もっとこの真木さんや仲間のことについて知りたいと思ったんです。」と。
思えば俺は仲間のことを何も知らなかった。
真木さんの力や、如月の力も、みかのことだって。
興味がないわけではないのだが、のあさんと一緒にいすぎて単純に一緒に仕事をする機会がなかった。
真木さんの力を知っておけばこれから一緒に戦うときになにか役に立つかもしれないと、そう思った。
しかしそれだけではない。
口にはしなかったが、俺の中にはあの男の残した楽園を探せという文字がずっと燻っていた。
楽園という言葉が出てからずっと。
あの意味の分からない文字はもしかしてこれのことなのではないか?と。
ずっと何の手がかりもなくすでに忘れかけていたが、その答えがようやく来たのではないか?
「私が君を外に出す保証はないよ?」
「のあを病的に信用しているあなたが僕を閉じ込めるとは思えませんが。」
「だからこそってこともあると思うけど?」
それは好きすぎるあまりその人が好きな自分以外のものを傷つけてしまう、ってことか?
つい最近そんなことがあったなと思いつつ、なお俺はお願いしますとしつこく食い下がる。
そんな俺に、真木さんも仕方がないと呆れつつも覚悟を決めて折れてくれた。
俺はこの時にはすでに確信していた。
これがあの男の言っていた楽園だと。
あいつの発言をそのまま受け取るなら見つけたこの段階でいいんだろうが、少なくとも現状それではなにもわかっていない。
もしかしてすでにヒントはあるのかもしれないが、俺の足りない脳では見つけられない。
だから身体を張るしかないのだ。
「あんまりあの空間はお勧めしないんだけど、そうだね、30分だけだよ。それを過ぎたら勝手に外に出すから。」
「ありがとうございます!!」
これで俺は晴れてこの世界の謎の一端を知ることができるかもしれない。
これだけこの界隈で仕事してきているが、俺は未だになにもわかっていないのだ。
この世界の真実も、俺の力のことも、オリジンのことも、のあやあの男、真木さんのことも。
さっきの四角い箱の中になにがあるのか全く想像がつかないが、楽園というからには天国みたいな感じなのだろうか。
いや、ほんとに箱に詰められるだけなのかもしれない。
それこそドラム缶詰めのような。
これだけ渋っていることだし。
もしそうだったら笑えないが、まあもしかしたらあいつとも話ができるかもしれないからな。
俺はさっき彼女が投獄されている人のリストをざっと言ってくれたときにある人がいることを確認していた。
そいつはとても話せるような状態じゃないかもしれないが、ここにいても何も始まらないし行く価値はある。
「じゃあ、行くよ?」
まあ死にやしないだろうと結局ひどく楽観的に俺が心の準備をすませると、彼女は右手を大きく振りかぶった。
・・・え?
なにそのポーズは。
そういえばその隔絶された空間に入るための条件ってなんだったっけ。
確かちょっと厳しいと言っていたが、なにが条件なんだ?
今にも誰かに殴りかかりそうなそのポーズを取られると相手が相手だけにかなり怖いんですけど。
まさかそれを俺に振りかぶるわけじゃないよねと思ったのもつかの間、大きく振りかぶられたそれは無慈悲にも見事に俺のみぞおち目掛けて振りぬかれた。
・・・ああ。
そういえば纐纈を捉える際意識を奪え的なことを言っていたな・・。
これがその条件ってわけか?
俺は身体が衝撃で宙に浮き、なにがなんだかわからないまま意識が遠のいていく感覚をこの身で味わう。
もっと別の方法もあったんじゃとその消えゆく意識の中で恨めしくも考えていると、微かに遠くで真木さんの声が聞こえた。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。」
優しく響くその声はまるで玄関で俺を送り出してくれていた母のようで、それを聞いた瞬間俺は真木さんに抱いていた文句も新たなことを知れるわくわく感も消え、どこか悲しい気持ちになった。
あの頃の風景が思い出される。
まだ何も知らず、学校に通っていた頃、平和だったとき。
あの頃に戻れたらはたして自分は幸せだろうか。
いやきっとそうではないのだろう。
元々かりそめの平和だったというだけだ。
この張りぼて小屋に住んでいる多くの人がこれから現実を直視しなくて済みますように。
そんな泡のような願いを抱えて俺はその世界へ沈み込んでいく。
行ってきます。母さん。




