セイテイノア17
後日談というかなんというか、切り悪く次の巻まできちゃいましたけれどもええ。
綺麗に終わってはいたんですけどもね前回で、しかしこのお話にはもう少し続きがありまして。
「綾乃。元気してた?」
「あ、うん。また、来てくれたんだ。」
ガラっと扉を開けると、すっかり色の落ち白くなった髪が目立ち、手入れのされていないぼさぼさの女性がベットで上半身だけ起こし外の景色を眺めていた。
「あれ?莉子ちゃんは?」
「今日は遅れるって。」
「そうなんだ。」
綾乃は2/23事件の電車内での唯一の生き残りで、この病院で治療を受けていたらしい。
最近妹さんと偶然校門前で出くわし、お見舞いを気に来ないかと誘われたのだ。
最初こそはためらわれたが、何度もお願いされるうちに・・・という感じ。
恐らく私をつけていたのも彼女だったのだろう。
今では来てよかったと思っているが、初めはひどかった。
譫言をぶつぶつとつぶやいているし、事あるごとに毛布を頭までかけて縮こまっていたのだ。
いったいあの事故でどのような怖いことを経験したのだろう。
彼女以外のみんなが亡くなったというのだから相当なのだろうけど・・・。
めぐみと香菜も、亡くなったらしい。
別にそんな仲の良いという感じではなかったけれども、それでも知った顔が亡くなるというのは心に来るものがあった。
彼女、山下さんの痛みはいったいどれほどのものだったのだろう。
両親だなんて・・・あたしにはよくわからない。
・・・あたしに会う資格があるのか。
会って何を言う。
さっさと改心しとけばよかったのにって?
言えるわけない。
しばらくそうしてうだうだ考えて、そうしたら山下さんがあたしの背中を蹴ってくれた。
「まだ生きてんだろうが。」ということらしい。
彼女らしいとも言えば彼女らしい。
うだうだ余計なことを考えていたが・・・資格とか、かける言葉とかは別にどうでもよかったらしい。
ただあたしがそこにいるだけで、彼女にとっては救いだったみたいで。
「・・・ケーキ、チョコが良かった。」
「ならあげない。」
「嘘嘘、イチゴもおいしいよ。」
今ではこんな軽口も言っている。
「前は甘い方が好きじゃなかったっけ?」
「・・・好みが変わったんだよ。誰かさんと一緒で。」
「あたし?」
「そう。前まではうちと一緒でやんちゃな男が好みだったのにね。」
「あれは・・・憧れてただけだよ。」
「・・・そう。まあ、確かにあのときは、そうかもね。」
綾乃はあの事件以降人が変わったように大人しくなった。
あたしと関わらないうちに変わったのか(希のように)、それとも痛い目を見て反省したのか・・・それにしては痛すぎるとは思うけれども。
それに伴って食べ物の好みや、人の好みなどが変わった。
食べ物というよりは、色?
さっきのケーキもイチゴは避けていた。
本人は口にはしないけど恐らく綾乃は、赤色にトラウマを覚えている。
なぜそうなったのかは想像するに難くはない。
「乃庵は、元気?」
「元気、らしいよ。あたしは会えなかったけど。」
「・・・そう。なら、良かった。」
「・・・。」
「今彼は、何をしてるの?」
「わからない、もう、学校からは乃庵のいた痕跡は消えてちゃった・・・。」
あの日荷物を回収しに来た乃庵は学校に置いていた勉強道具や荷物を全部回収し、その在籍記録すら消してしまった。
いったいなぜ彼がそのようなことをするのか、なにか悪いことに巻き込まれているんじゃないかという不安がぬぐえない。
自分の記録を削除するだなんて・・・何かに狙われているときにしか聞いたことがないから。
できることなら彼の力になりたいけど・・・。
もしヤのつく相手ならば、あたしにできることは何もない。
だから彼は消したのかもしれない。
この学校の人達が巻き込まれないように。
彼らしいと言えば彼らしい。
それはもう戻ってこないという覚悟のようにも思えるけど。
「もし、彼に会えたら伝えといて。」
今までごめんって。
「会えたら、ね。」
「うん・・・それでいいよ。」
コンコン。
そのとき、病室をノックする音が聞こえた。
「・・・ああ、そういえば今日は役所の人が来る日だった。」
そう言う彼女の表情は暗そうだった。
先ほどまでとは打って変わって。
「また?」
「そう。」
体調の回復した彼女は奇跡の生還者として事故についての取材を受けているらしい。
「また、掘り返されるの?」
「わかんない。けど、彼らも仕事だから・・・。」
「断ればいいのに。」
「私ばかり、休んでもいられないよ。」
部屋を後にする際、役所の人と入り口ですれ違った。
男女の二人組で、一人は、少しこどもっぽい印象を持つ男性、年はもしかしたら近いかもしれない。そしてもう一人は、頬に火傷跡の目立つ女性。
少し怖い。
横を通るときに目が合って、こちらのことをまるでゴミか何かを見ているかのように感じた。
人を見た目で判断してはだめだとは思うが、大丈夫なんだろうか。
綾乃は大丈夫なんだろうか。
あの二人組が中に入った後、引き返して中の様子を探ろうかとも思ったが、さすがにそれはやめておいた。
あまり過保護になりすぎても、良くないと思ったのだ。
彼女は頑張る判断をしたんだし、私も少しは自立しないと。
「彼女はどうやって助かったの?」
病院からの帰り道でそう言うのは希。
「彼女にもわからないんだって。」
「ふ~ん。まあ、あんな大規模な事故があったら、奇跡でも起きない限り助からないよね。」
よく生存者がいたものだよと希は言う。
「綾乃は責任を感じているみたいなんだよね。」
「・・・?なんの?」
「親友を殺してしまったこと。」
「事故でしょ?しょうがないじゃん。」
「そんな風に割り切れないんでしょ。」
被害者にとっては簡単じゃない。
でも。
「綾乃は、乃庵のことも気にしてる。」
「神代君?なんで彼が出てくるの?」
「それは私にもわからない。でも、彼女は彼になにか、後ろめたいことがあるみたい。」
「昔のことじゃなくて?」
「じゃなくて、その日に。あの事故の起こった日に。」
「・・・彼が、関わってるって?」
「その可能性は、高いと思う。」
「でもあの事故の生存者はその加藤綾乃さんだけなんでしょ?」
「・・・らしいけどね。」
ふ~ん、意味が分からんと彼女は手を頭の後ろで組む。
「その電車に乗るまでで何かあったのかな?」
「その可能性はあるけど・・・。」
あんなに気にすることだろうか。
昔のこともあるし、喧嘩ぐらいはするだろうけど、それであそこまでなるか?
ただ今がナイーブになっているだけならいいんだけど。
「自分のしてたことの異常さに気づいたんでしょ。今回のでさすがに反省したってわけ。いい気味ね。」
やっぱり薬が効かなきゃ、毒を飲ませないとと彼女は恐ろしいことを言う。
「それは言いすぎだよ。」
「うん、言い過ぎかも。ごめん。変わるために死んじゃったら元も子もないよね。」
あははとごまかす彼女。
「・・・でも」
風が振り返る彼女の髪をたなびかせる。
人が変わるにはそれくらいの衝撃は必要だよ。
まるで経験してきたかのように彼女はそう言うのだった。
気づけばいつの間にか家の前まで来てしまっていたようだ。
結構な距離があったというのに考え事をしていたら一瞬だった。
せっかくいじめに終止符を打ったというのに、また気になることが出てきてしまう。
一つ解決したらまた一つ。
欲望のように事欠かないな。
一度に押し寄せてこない分全然いいけど。
アパートの階段をカンカンと上がりながら鍵はどこにやったかなとごそごそ探していると、誰かが自分の部屋の前に立っているのが見えた。
スーツを着た・・女性?
先ほど病院で見たのと同じ。
すんごいピシっとしていて見るからに優秀そうで、すんごい美人さんだった。
ただ、年齢はそこまでいっていなそうで、どうしてこんな人が?とじっと見ていると、誰もいないことに気づいたのか諦めて階段のあるこちらに歩いてくる。
なんだなんだ。
怪しい宗教やサービスじゃないだろうな。
こんな昼間・・ではないか夕方か。
もし、本当にそうだったらいつものうちにそんな金ありませんの一言でもくれて追い返してやろうと思っていると、そのきれいな女性が階段で隠れていたあたしに気づいたようで口を開いた。
「吾妻璃莉さんですか?」
「え、はい。そうですけど。」
急に話しかけられ若干うろたえながら答えるあたしに、彼女は名刺を差し出した。
彼女は宗教勧誘ではなかった。
もちろん訪問販売でもない。
そこには児童相談所の文字が書かれてあり、それに対する疑問を頭の中で形にする前に続けた彼女の言葉で、あたしは先ほどまで考えていたことがすべて吹き飛んでしまった。
「私児童相談所の真木陽子と申す者です。
こちらに母親として戸籍登録されていました吾妻綾香さん、もとい桜木綾香さんは近所の通報と本人の意向により、別居させた方がいいという結論にさせていただくことになりました。」
「・・・え?」
あたしはあからさまに困惑する。
それもそうだ。
だってあの人のことは母親と思ったことはなかったが、まさか本当にいなくなるなんて思ってもいなかった。
あたしはずっとこんな関係が続いていくものだと、そう思っていた。
「急なこととなって申し訳ありません。ですが、もう決まったことなので了承していただければと思います。あなたもそれを望んでいると聞いたので大丈夫だとは思いますが。」
「え・・?いや、え?」
「お金や賃貸のことは安心してください今まで通りで、独立できるように補助金が下りることにもなっています。」
「いや、そういうことじゃなくて・・。」
「学校にも今まで通り通っていただいて結構ですし、親権者については未成年後見人を立てるつもりですので心配ありません。他になにか質問がありますか?」
お金のことは心配ないって・・・あと未成年後見人?なんだそれは。
「急すぎて頭が付いて行かない・・。」
「ゆっくりで結構ですよ。」
「えっと、とりあえず、今日からこの家はあたし一人になるってこと?」
「はい。」
「あたしに事前の話も無しに?」
「はい。」
・・・意味が分からない。
そんなことがあるだろうか、まともな児童相談所で。
というか別に虐待を受けていたかと言われると別にそこまでではないし。
あったとしても何年も前の話で、もう終わったことだ。
それが何で今更・・・。
「なんで勝手に話を進めるんですか?」
「そうしなければならない理由があったからです。」
「納得いきません。彼女と話させてください。」
あたしはそれではとそのまま去ろうとする彼女の前に立ちふさがり、はっきりとその人の目を見て話す。
どうして今になってくるんだ。
本当に助けが必要な時は来なかったくせに。
どうして今になって・・。
なにかがあるはずだ。
あたしの知らないなにかが。
「できません。」
「なんでですか。」
「彼女はまだ面会ができるほど落ち着いた精神状態ではないからです。」
その人は表情一つ変えずにあたしの質問に応じる。
あの人が面会できるほど落ち着いた精神状態じゃない?
確かにここ数日帰っていないし、酒や男に溺れてはいたし、あたしとも一切会話しようとはしなかったが、でもそれが我が家では普・通・だった。
これが当たり前なのだと。
それでもお金だけは下ろしてくれていたから別にあたしはもう何も思わなくなったのだ。
それなのにあたしじゃなくてあの人の方が限界だと?
普通そこはあたしじゃないのか?
他人のように扱われてきたあたしが、先に壊れるべきだろうが!!
なんであたしより先にあんたが参ってるんだと腸が煮えくり返るところをなんとか堪え、彼女に交渉を続ける。
「・・・あの人になにかあったんですか?」
「なにかと言われればなにかはありました。しかしそれはつい最近起こったことではなく、今までずっと抱え込んできたものです。」
ずっと・・・?
「どうかこれ以上彼女を縛り付けないで上げてください。」
「あ、あたしが悪いって言うの・・?」
あたしはその言い草に声も出なかった。
「あなたが悪いわけではありません。それに彼女が悪いわけでもない。これは仕方がなかったことなんです。」
「仕方がないって・・・。」
「それでは、失礼します。」
「ちょっと待って!!」
そのまま帰ろうとする女性に対し、あたしは少し強めに手を取り強引に引き留めようとして、息を飲む。
彼女から出ている雰囲気がガラッと変わったからだ。
まるでこれ以上関わるなとでもいうかのように。
人を近づけないどころか怯えさせるようなその威圧感は、先日味わったものを思い起こさせた。
あたしが「え、あ。」と言葉をうまく繋げられないでいると彼女は背中を向けてそれではと帰って行ってしまった。
話を聞くどころか引き留めることも叶わなかった。
そのまま彼女の姿が見えなくなった瞬間、緊張がほどけたのかものすごい脱力感に襲われた。
とりあえず家に入るが、リビングまで行く気力も湧かず、玄関にもたれかかるように崩れ落ちる。
今日からあの人がいない生活。
ずっと願っていたことだ。
しかしいざその状況が来ると素直に喜べないのはなぜだろう。
将来やお金が心配だからか?
いや、それは保証してくれるとさっきの人が言っていた。
さっきの人が信用できないからか?それだったらまだお金は下ろしてくれていたあの人の方がましだと判断したからか?
それはある。
それはあるが、恐らくそれだけではない。
変化を恐れていたり、さっきの人の信用のできなさことを差し置いても一つだけ言えることがある。
あたしはやっぱりどこかであの人のことが好きだったのだ。
まったく構ってくれなくても。
男や酒に溺れていても。
なにも思い出と言えるものがなくても。
今まで親と思ったことは一度としてなかったが、シングルマザーで働いてお金を机に置いといてくれたあの人は、吾妻綾香は紛れもなくあたしをここまで育ててくれた母親だった。
「・・・そういえば彼女、さっきの人母さんのこと桜木綾香って・・。」
苗字が変わっているが、なんでだ?
呼び間違い、でもなさそうだったし、別の人のこと、なわけないよね。
あ、再婚か?
それで新生活にあたしが邪魔だからあたしを捨てた、とか。
それであたしにあの人も配慮して何も言えなかった、とか。
ありそう。
というかもうそれ以外考えられない。
「・・・なんか、疲れた。」
なんとかリビングの机までは移動し、突っ伏したままでいるとつけっぱなしにしていたテレビから緊急ニュースの情報が飛び込んでくる。
どうやらまた高校生の集団自殺があったらしい。
それを見てもあたしは特に何も思わない。
自分のことで頭がいっぱいだ。
ニュースの情報一つ一つに感情的になっている余裕などない。
それが例えどんなに近くの、同じ市の学校での出来事であっても、だ。
一高校生に何ができるというのだ。
精々クラスメイトや友達の悩みを解決するくらいだ。
いや、それすらも怪しいか。
・・・あたしは何かが狂い始めてるのを感じていた。
最近頻発している未解決の事件や事故。
クラスの雰囲気。
姿を見せなくなった乃庵。
そして急に消えたあの人。
あたしの知らないところでなにかが連鎖的に起きている。
言いようもない不安に駆られるが、所詮一般人にしかすぎないあたしはどうしようもなく、ただ流れていく不吉なニュースの速報が耳を通過していくのを感じながら、現実のすべてから目を背けるように目蓋を閉じるだけだった。
明日目が覚めたらすべてが夢でありますように。
「石川先生真木陽子に捕まっちゃったけどどうするの?」
夕暮れ、一人の女子高生の声が教室に木霊する。
「せっかくあと少しでここに窓を展開できたというのに・・・。ここはもう無理?」
『まあ無理だろう。学校という狭い空間なら探知されづらいと思ったんだが、さすがに母校はマークしてるみたいだね。』
「ちゃんとしてるというかなんというか・・・あの女にせっかくかき乱した輪も戻されちゃったし、これは仕切り直しだよね?」
『だろうね。君のことはばれていないんだろう?』
「ばれてはいないと思う。ちゃんと石川に矛先が行くようにしたから。ただ・・・。」
『ただ・・・?』
「月城みかってやつにちょっと勘づかれかけてるかも・・・。」
『・・・ああ、噂の新しいオリジンか。なんでもあの神代君が初めて治療したオリジンだとか。』
「デマじゃないみたいですよ。隠してるつもりみたいだけど何度か人間離れした力を出してる。」
『とすると、じゃあ次かな。君のその設定なら次も行きやすいだろう。』
「ええ、まあ。」
『それじゃあ、期待してるよ、咲。』
そう言って通話は切れた。
期待、ね・・・。
全くとんだおせっかいがいたものだ。
私は自然と自分の髪に手が伸びる。
あんなに早くいじめが露呈されるつもりも、大事になるつもりなかったというのに。
やはりどの世界にも馬鹿はいるもので、イレギュラー分子は存在する。
「結構気に入ってたんだけどな・・・あれ。」
放課後の誰もいない教室で、椅子を傾ける鈍い音だけが辺りに響いていた。




