セイテイノア16
どうやら東京の方でバスジャックがあったらしい。
日本でバスジャックなんて珍しくつい齧りつくようにそのニュースを見てしまったが、最終的に犯人が集団心中を選んで、死傷者は2桁にも及んだみたいだった。
怖いこともあるものだ。
朝からやる気が削がれてしまう。
今日は一大イベントが待っているというのに。
あたしは欠伸をしながら、下駄箱になにかが詰まっているだろうことを見越して少し距離を開けて扉を開ける。
しかし今日はなにも入っていなかったようで、少し拍子抜けをしてしまった。
ならば上履きがないのかと思ったがそういうわけでもない。
ふむ。
今日は、ついてるかもしれない。
これからすることを思えば幸先が良く、自信が湧いてくるスタートだった。
なんとも不謹慎な占いで少々笑ってしまいそうになって、あたしはポケットの中の紙をくしゃくしゃに丸めた。
もしかしたらって用意してきたけど、この調子ならいらなそうだ。
少し浮足立ちながら階段を駆け上がり、大きく息を吸って、その扉を開ける。
始業間際でざわつく教室。
各々がグループを作り、雑談したり、読書をしていたり。
その中で少しだけ浮いている空間があった。
あたしの席だ。
今日は机に落書きもされていない。
なんと幸運なことだろう。
それはもう、逆に怖くなってしまうぐらいに。
大丈夫だよね?この後とんでもないことが待ち受けてたりしないよね?
そんな心配とともに自分の席に向かうと、いつも空いている隣の席に誰かが座っている。
希、ではない。
あたしがいじめられる前はそんなことはよくあったが、そうではない。
実に2週間ぶりに、安藤咲が登校していた。
「・・・。」
久しぶりの登校だというのにそこに会話はない。
気まずい空間がそこにはあった。
気まずいと言っても周りは気にせず話続けている(彼女がいないものとして扱っている)のでかなり軽減はされているのだが、しかし目線だけはこちらを向いているような気がした。
いったいどんな会話をするのかと耳だけはこちらに傾けている。
そんな感じ。
息苦しい。
「おはよう。」
あたしは彼女に意を決して声をかけてみた。
これぐらいなら許されるだろう。
なるべく自然になるように話しかけられたはずだ。
しかし彼女からの返事はなく・・・、あったのはいじめっ子達だった。
「あれ?きてんじゃんアバズレ女。こんな教室の端っこで傷の舐め合いでもしてんの?」
「・・・。」
最悪だ。
「おい、なんか言えよ~あんたをかばったこいつひどいことになってんぞ~。」
そう言って山下さんはあたしの髪を掴む。
「あんたのせいで可哀想に・・・。代わりにあんたが土下座するってんならこいつ許してやってもいいよ。」
そう言って彼女はあたしを安藤さんに見せつけるように押し出す。
しかし、あたしはその手を取って、山下さんに向き合った。
「あなたにお話があります。」
今、言うしかない。
チャンスが向こうから舞い込んできたのだ。
「放課後、いつもの校舎裏に来てください。」
少し意図していた場面とは違ったけれども、あたしは噛むことなく、胸を張って言うことができた。
震える手をどうにか落ち着かせるために大きく息を吸う。
あたしは例の校舎裏に一人で立っていた。
ある人を待つために。
あの場面はああするしかなかった。
安藤さんが引け目を感じないためにも、絶望しないためにもあたしが屈していないということを見せつける必要があった。
彼女は相変わらず無視というか山下さんとその周りの人たちはおろか、あたしにすら気づいていないかのような素ぶりだったけれど。
でもそれでいい。
この作戦は効果がないのだと彼女達に証明できるから。
被害がこれ以上拡大することはない。
・・・大丈夫大丈夫。落ち着け。
確かこういう時は、人という字を書いて飲み込めば落ち着くって言ってた。
明らかな迷信でいつもは笑い飛ばすのだが、こういうときはそれがやけに頼もしく感じた。
うん。大丈夫。
落ち着いてきた。落ち着いてきた。
これなら・・・「おい。あたしに話ってなに?」
突然聞こえた背後からの声に心臓が飛び出そうなほど驚き、後退する。
「あんたが呼んだんでしょ?死神さん?」
死神じゃないと言おうとして言葉に詰まる。
実際に目の前にすると先ほどの意志はどこへやら。
身体が震えて仕方ない。
喉が渇いて言葉が出ない。
でも、それでは意味がない。
話し合いをするためにここへ彼女をわざわざ呼んだのだから。
「無駄な時間だったらつぶすから。あんたと違って忙しいのよねあたし。あんたみたいに小奇麗な顔じゃないから。」
彼女は髪をくるくると指で巻きながら言う。
小言はいい。
その一言がぐさりぐさりと胸に突き刺さるが、ぐっとこらえてさっさと本題を・・・。
「山下さんは、どうしてこんなことするの・・・?」
「なに?そんなこと聞くために呼んだの?」
「・・・こんなことは良くないと思う。こんな、人を物みたいに・・・「あいつは。」
震えそうになる声を抑え、勇気を振り絞って言ったあたしの言葉を彼女は無情にも遮る。
「あいつは、病人ぶって周りからちやほやされたいんだよ。生意気でしょ?そういうこと。」
「そ、それは本当かどうか・・・「本当だよ。うちの友達が彼女が変な男と一緒にいるっていうのを見たって言ってる。それも学校を休んだ日の昼に。飛んだアバズレ女でしょ?」
そう思うよね?と彼女は圧をかけてくる。
言葉が出てこない。
「本当は病気でもないし、学校にも来れる。なのにこの世の終わりみたいな顔して、同情を誘ってる。うちらがそれを罰してやってんの。違法なことをしたら罰がないとでしょ?そういうこと。」
「・・・・。」
「いちいちうざいんだよね。自分が一番不幸だ、みたいな顔してるやつ。」
・・・癪に障るってことだろうか。彼女の行動が。
イベントの時だけ来る不登校児みたいなものだろうか。
それに対してずるいと思ってしまうみたいな・・・。
少しその気持ちはわからなくもないけど、でも・・・。
「いいよ別に。あんたに理解してもらわなくても。元々あんたも気にいらなかったんだ。そんな顔して自分なんてって卑下してるやつ。そのブロンドの髪も、整った顔も、スタイルも、噂も。全部ぶっ壊してやりたかった。」
そう言って彼女が取り出したのはライターだった。
「まずはその目を惹く髪を消してあげるよ。そうしたら少しはうちからも気づかれなくなるんじゃない?」
それが狙いなんでしょ?
そこから先は・・・うん。言いたくないや。
「はあ、はあ・・・。」
またあいつ、私に何も言わずに・・・。
どうせここだろ。
そう思って校舎の角を曲がった私は驚愕した。
そこには放心した状態で座り込んでいた璃莉の姿があったから、ではない。
彼女の特徴ともいえ、彼女を彼女たらしめるブロンドの髪が、ほとんど無くなっていたからだ。
失恋をしてばっさり切った、というわけではない。
まるで燃え落ちたかのような・・・。
その事実に気づくと私は腸から煮えくり返るような怒りを覚えた。
「あはは・・・。失敗しちゃった・・・。」
「それは、見たらわかるよ・・・。」
「彼女、安藤さんが病人ぶってるのが気に入らないんだって。」
「知ってるよ。そういう話は確かによく話してた。」
そういう噂があるのも。
彼女の彼氏が安藤さんに気があるって話も。
全部、知ってるよ。
「あたしのことも気に入らなかったみたいで、ね。ごめん。」
そう言うと彼女は堪えきれなかったのか、彼女の人魚のような吸い込まれてしまいそうな瞳からぽろぽろと雫が零れ落ちた。
彼女が泣く姿は初めて見た。
それはでもそうだろう。
髪は女の命。
璃莉の綺麗だった髪は見るも無残に焼かれ、ところどころ皮膚まで見えてしまっている。
彼女がそれについた火をどうにか消そうと地面を這いずり回ったのがその汚れから見て取れた。
ところどころ綺麗な切断面があるのは自分で切り落としたのだろうか。
強烈な吐き気を覚えた。
『だからやめとけっていったのに』
そんな言葉はどこか遠くへ行ってしまった。
今この言葉をかけたら彼女もどこか遠くへ行ってしまう。
そんな気がした。
「・・・後悔なんて、しない。」
しくしくと泣いていた彼女を抱きしめていると、彼女が不意につぶやいた。
「後悔・・・?」
「うん。あたしは安藤さんを助けたことを後悔なんてしない。」
「あんた・・・。」
「だってそうしたらあたしは彼女のしたことを肯定したことになってしまう。」
溢れ出る涙をぬぐいながら顔を上げる彼女。
綺麗だった髪も乱れ、服や顔はぼろぼろで泥にまみれあの輝かしかった姿はどこにもない。
しかし・・・。
ああ、私は・・・。
「あたしは後悔なんてしない・・・。」
私は彼女のこのようなところに心を奪われたのだった。
次の日あたしは頭にニット帽をつけ学校に行くと、少し教室がざわついた。
みんなが口々にあたしの頭を見て何か言っている。
こんな注目され方をしたのは入学したとき以来だ。
恐らく今回は違う意味でなんだろうけど。
それほどまでにあたしは変わってしまったらしい。
あの人に見せたときはそう・・・だけで終わったけど。
山下さんがあたしを見て驚いている。
そりゃあ驚くだろう。
来るとは思っていなかっただろうから。
隣の安藤さんも目を丸くしていた。
彼女の初めて人間らしい反応を見れて少し複雑な気分だ。
できればもっと良いことで引き出したかった。
というか、二日連続で来るなんて珍しいな・・・。
せっかく来てくれたのに、これで何か自責の念とかを感じてなかったらいいけど。
なにかフォローをしようかとも思ったけど、何といえばいいのかわからない。
何?美容院で失敗したって?
失敗してニット帽かぶらなければならないほどになりますかねえ。
まだ病気を患っての方が・・・いやそれもありえないか。
恐らく教室のみんな気づいている。
これが山下さんによって引き起こされたことだと。
当の本人は面白くないような顔をしてそっぽを向いているが・・・あ、担任の先生が他の先生に連れていかれた・・・。
朝の会はどうするんだろう。
そんなことを思っていると、クラスの男子があたしに声をかけてきた。
「・・・それ、どうしたの・・・?」
その言葉にクラスの全員が固唾を飲んで耳を傾けた。
ざわついていた教室に示しを合わせたかのように静けさが訪れる。
例えるなら、生きていたら何回かは自分が言葉を発したタイミングで急に教室全体が静かになり、あれ?何かまずいこと言ったかな?となるあれである。
あれは恐らく偶然各グループの話題の区切りが重なっただけで会って、そこに何の意図もないことがほとんどだろうけど、今回は違う。
確実に全員があたしの回答を待っている。
これによって、これからのすべてが決まるといっても過言ではないのだ。
思わぬ展開に思考が固まる。
何を言えばいい?山下さんに対する恨み辛み怒りを述べたらいいか?そうすれば彼女は一気に転落するかもしれない。
さすがにクラスの人も今回のには度が過ぎていると感じているみたいだし、容認していたように見えた担任も連れていかれた。
流れは完全にこっち側ではある。
だがあたしは、そうは言いたくなかった。
だってそれはまた新しい被害者を出すだけだから。
誰かに押し付けているだけ・・・乃庵ならきっとそうしない。
この負の連鎖には終わりを告げないといけないのだ。
だからあたしはこう言った。
何が正解なのかわからなかったけど、これが正しいのかはわからないけど。
「山下さんと本気の喧嘩をして、あたしが負けた。これはその代償です。」
「なに?また呼び出して。また髪燃やされたいの?」
山下さんは校舎裏で校舎に背を持たれてあたしに険しい視線を送ってくる。
「・・・もう、燃やすほど髪もないでしょ。」
周りに人影ものないので、あたしはほらと言ってニット帽を外し、むき出しになった頭皮を見せる。
彼女との喧嘩の代償だなんてよく言ったものだ。
クラスのみんなもあたしがそう言った後、そんなわけないよね?といった表情で顔を見合わせていたものだ。
だけどあたしは強引にそれで押し通した。
これでこの話は終わりだと。
「私に恩でも売ったつもり?これでいじめは終わりだって?」
「事実終わりじゃないの?もうそんな雰囲気じゃなくなったよ。」
担任も変わるみたいだし、彼女も目をつけられてもう以前のようには動けない。
「・・・くっ。」
その目線、まだちょっと怖いのでやめてほしいのですが。
なんとか勇気で奮い立たせてはいるが、怖いものは怖いし、されたことは嫌だった。
身体が勝手に反応してしまうのだ。
彼女の一挙手一投足に。
「な・・・あい・・っかり・・・。」
「・・・?」
「なんであいつばっかりって言ってんの!!」
唐突に発せられた金切声にあたしは身体が固まってしまう。
まるで金縛りにあったかのようだ。
窓ガラスが割れてもおかしくないような衝撃だった。
「あいつばっかりって・・・。」
「まるで自分が一番不幸かのような顔してそこに佇んで、いらつくんだよ!!お前じゃねえよ!!あたしが、今!!この世で一番不幸だろうが!!」
「・・・。」
彼女は2/23事件で両親を亡くしたらしい。
あたしはそのことをついさっき知ったのだが、クラスの人はそのせいであまり強く言えなかったんだとか。
元は彼女もこうじゃなかった。
ちょっと気は強いところあったけど、思いやりがあって、友達思いで・・・。
そのような話だった。
「私が、一番不幸なのに・・・・。」
今にも死にそうな声でそう言って蹲る彼女にかける言葉も見つからない。
今ならって思って声をかけたけど・・・。
泣かすつもりはなかった。かといって怒るつもりでもなかった。
ただ、仲直りしようと思っていただけだったのに。
結局あたしは彼女に何も言うことができないまま、その場を後にした。
帰りがけ、彼女は小さくごめんと言ったような気もしたけど、それは風の音に流されてはっきりとは聞こえなかった。
「あいつそれで許されると思ってんのかな。」
隣を歩く希はそんなことを言う。
「あたしはもういいけど、安藤さんがどう思うか・・・。」
「いいってあんた・・・。」
はぁとため息を漏らして彼女は頭に手を当てる。
「それ、普通に障害罪とかで訴えていいやつだからね?れっきとした犯罪よ?なんでそんな簡単に許すのよ。」
「ま、まあもう反省してるみたいだし・・・。」
「いーや絶対反省してないね。立場が悪くなったから反省してるふりをしてるだけだねあれは。」
「そうかなあ・・。」
そもそも自分が不幸だから周りに当たり散らしていいっていう考えが・・・と彼女の怒りは当分収まる気配が無さそうだった。
ここで愚痴るのならいいが、これが山下さんにいかなければいいけど。
「別に今更蒸し返しはしないわよ。あんたが頑張って作った落としどころを蒸し返そうとは思ってないけど・・・一発ぐらい殴ればよかった。」
怖いことを言っている。
「そういえば、彼、河西君が情報を提供してくれたんだって。なんかいじめられているところを動画にして撮っていたんだとか。悪趣味だわ~。」
いや、それは悪趣味なのか?
寧ろファインプレーなのでは?
「濡らされている女子を盗撮してるんだよ?」
「言い方。」
「ストーカーだし、絶対いかがわしいことに使おうとしてたよあれは。」
「言い方。」
使うやめて。
「月代君だけだね。いい子なのは。」
さすが乃庵が手をかけた子となぜか安田が誇らしげ。
「彼が、なにかしたの?」
「いや、今朝ねあんたのために早くきたらちょうど彼と会って・・・そしたら何してたと思う?」
「何って言われてもね・・・。」
なんだろう。
勉強、とか。
「この流れでそんなわけないでしょ。彼があんたの下駄箱掃除してたの。初めは加担してる側かと思って勢いよく手を掴んだら箒持っててさあ・・・びっくりしちゃった。」
彼が、そんなことを・・・。
じゃあ今朝のあれは、運が良かったわけではなかったのか。
もしかして時々そういう日があったのは、彼のおかげで・・・?
「彼に会ったらお礼言っときな。」
お礼、お礼ね・・・。
なんて言おうか。ほとんど彼と話すのは初めてである。
なんなら彼については前話しかけるのに失敗しているわけで・・・。
まあ良い機会か。
この前聞けなかったことも含めて彼と話してみよう。
悪い人では、ないのだろう。
話してみればわかる。
話さなければわからない。
山下さんと同じだ。
時として話せない場合もあるけど、話してみなければわからないのだ。
それで言うと、安藤さんとも話してみたい。
今なら話せる。
どんなものが好きで、何が得意なのか、聞いてみたい。
「担任もどっかいったしどうなるんだろうね。」
「・・・誰が来るんだろう。」
「体育の鬼頭とか来そうじゃない?」
「あの先生はなあ~、いい先生なんだけど、如何せん熱意がちょっと合わない。」
「子ども思いで良い先生だよ。」
「石川とのギャップ凄すぎて耳がキーンとするわ。」
「懲戒免職って結構重くない?あれってつまり解雇ってことだよね?」
「まあそんなもんなんじゃない?担任がいじめを容認してたみたいなものだし。」
そんなものなんだろうか。
「顔はかっこよかったのにね。」
「そんなもんでしょ。顔だけのくずなんているいる。あれの何がいいのかわからん。」
捨てられるのが落ちだぞと彼女は吐き捨てる。
まるで実体験がありそうな言い方で。
「石川先生がいなくなって泣いてた女子もいたね。」
「あいつら将来不幸になるね。」
「助けてあげてよ。」
「助けられないよ。しょうがない、馬鹿に薬は効かないから。」
辛らつだなあ。
「というか希も昔あんなだったじゃん。なんで変わっちゃったの?」
「2年もあれば人は変わるものさ。」
やけに達観したように言うな。
そんな人生が180度も変わるような出会いがあったのだろうか。
「まああったと言えばあった。」
「あったの!?なになに?誰よそれ。あたしの知ってる人?」
「知ってるも何も、ねえ・・・。」
そう言ってやけに含み顔になる希。
「ま、まさか・・・。」
「昔ね。昔。今は違うよ。」
その言葉を聞いてあたしはほっと胸をなでおろす。
親友がライバルだったら大変である。
「いや~かっこよかったなあ~久しぶりに見れて。」
「?どういうこと?最近会ったの?」
再び顔がにやにやとしだす。
久しぶり?
「それなんだけどね~、実は非常に言いにくいことがあるのですが・・・。」
「なに。」
それってことは乃庵についてのこと?言いづらいって何。
今は好きじゃないって言ってたよね?
変な緊張感が背中を覆う。
「実はついさっき教室に姿を見せていました。」
「・・・え?・・・は?」
え、うん?
「だからさっき一瞬だけ教室に来たんだって。荷物を取りに来たかなんかって言ってたかな。それはそれはみんな今日のあんたが教室に入ったときぐらいの衝撃だったよ。っておい、今戻っても意味ないって。もう帰ったから。残り香すらも残ってないって。」
彼女の掴む手を振り払おうと格闘すること数秒間。
私の身体になら匂いついてるかもよと言う希にほとんど強引に連れられる形でなんとか帰路に就く。
「あ~うう~。」
「その声にならない声やめて。泣いてるのかと思うから。・・・え、何、マジ泣きしてんの?こわ。」
「ここ最近で一番悲しい・・・。」
「髪を失ったことよりも悲しいのか・・・。」
「一目見れたら禿になってもいい。」
「誰かー!!救急車を呼んでくださーい!!緊急オペをー!!」
「お預けされると余計切なくなるね。」
「なんだかなあ・・・その上げた株を調整しにかかるのやめてくれない?そのまま高いままでいさせてよ。ストップ高でいてよ。」
果たしてその使い方はあってるのかわからないけど、でも・・・。
「確かに今会ってもあたしのことわからないかもしれないしなあ・・・。」
そう言ってあたしは自分の頭に手を伸ばす。
もし誰?とか言われたものならショック死してしまうし、どうせ見せるなら自分の一番良い姿を見てもらいたいものだ。
せめて元の長さとは言わないけど、ショートになるぐらいの長さにまで・・・。
「別に私はそのままでもいいけど。」
「え?女の子らしさ皆無じゃないこれ?」
ショートどころでもないよ?坊主。
「それでいいよ。似合ってる。」
「本気で言ってんの?」
「うん。本気。」
希のその目はマジであった。
本気と書いてマジ。
こんな男っぽい姿がいいとは彼女の好みはよくわからない。
「坊主がいいんならなんか隣のクラスにいなかったっけ。ほら野球部のエースの・・・。」
「ないない。私は璃莉のその姿がいいのであって、坊主が好きなわけではない。」
あ、そうなんだ・・・。
そんなに似合ってるのかなこれ・・・。
若干の偏見というか、色眼鏡がかかってそうなのであまり鵜吞みにはできないけど、一応誉め言葉として受け取っておこう。
あたしを励ますために言ってくれたのかもしれないし。
「まあとりあえず今日は帰りますか。」
やはり自分の行いはお天道様は見てくれているもので、乃庵と会うことすらできなかったものの、異様な達成感に襲われる。
まるで自分の行いが肯定されたかのような。
認めてくれたかのような、変な気持ち。
少しは乃庵に近づけただろうか、もうすでに暮れかかっている空を見上げながらそんなことを考えて、あたしは坂道を下った。




