セイテイノア14 第三章 『勇気』
吾妻璃莉、17歳。
誕生日は7月6日。
血液型はA型。
観音高校の新3年生で、3-B所属の女子高校生。
身長は165㎝で、体重45㎏。
髪はブロンド(地毛)で長め。
見た目は良いほう(らしい)。
性格は明るめ。
右利き。
片親(母親のみ)。
父親は知らない。
好きな食べ物は甘いもの全般。
所属している部活は陸上。
2年から所属。
1年のときはぐれていたため成績は良くない(今はだいぶましで平均3ぐらい)。
得意科目特になし、苦手科目数学。
友人少なめ。
親友あり、彼氏なし。
趣味、動画を見ること。
読書はあまりしない。
テレビもあまり見ない。
あまり裕福ではない。
住んでる場所はアパートの一部屋。
バイトは飲食店。
最近憂鬱なこと、クラスメイトの一人が不登校になっていること。
最近頑張っていること、勉強。
嫌いな人、母。それと自分。
好きな色、黄色。
好きな音楽、流行りの音楽。
好きなアーティスト、特になし。
好きな俳優、特になし。
推し、特になし。
尊敬している人、神代乃庵。
好きな人、神代乃庵。
乃庵が学校に来なくなってもうずいぶん経つ。
そろそろ2ヶ月程だろうか。
最期に会ったのは2ヶ月前に彼の母親が意識不明と聞いて入院した病院にお見舞いに行ったとき以来だ。
新学期、というか新年度も始まり、新たにクラスも再編され晴れて3年生。
今年は受験も控えており、より勉強に本腰を入れなくてはならないというのに、未だに彼は学校はおろか家にも帰っていない。
意識の戻らない母親の看病をしながらだから色々大変なことがあるのだろうが、どうもそれ以外にもなにかをしているみたいだ。
たまにお見舞いに行っても知らない人が立っていることが増えた。
最初はバイトか何かに勤しみ、その関係者かと思ったが、それにしては人が多く、年齢もまばらだった。
中には小学生もいるし。
現役高校生の分際でいったいどこでなにをしているというのだ!
学生の本分は勉強だろうに!
まあ、これはどの口が言っているんだという感じだが。
お金の面で苦労しているのならあたしに一言ぐらい相談とかあったら協力するのに・・と思ったが、そもそも彼とはそこまで親密な仲というわけではなかった事実に落胆する。
「あたしは彼にとってはただ助けた人間の内の一人に過ぎないんだもんなあ。」
はぁーとすっかり暖かくなった空気に息を吐き出していると、友達から声をかけられる。
「また今日も来てない?」
「うん。」
あいつが来なくなって学年の雰囲気もガラリと変わった。
どこかどんよりとしてみんな無理に明るくふるまっているように感じる。
これはクラス替えでみんながまだ緊張しているということもあるだろうが、それよりは学年の人気者の乃庵が不登校になったことが大きいだろう。
彼は学年で知らない人はいないであろう程に有名で、いろんな出来事に顔を突っ込んではもめ事や悩みを解決したりしてきた。
あたしも彼に助けられた人間の一人で、彼にはとても感謝している。
当の本人は自分が有名人だという自覚ないみたいだけど。
クラスのいじられ役程度の認識らしい。
そんな彼のお母さんが事故で意識不明の重体と知られた時は一躍学校中のニュースになった。
みんなでなにかできることはないかと考えたりはしたが、高校生のあたしたちにはできることは限られていた。
みんなでお金を出し合って生活の足しにしてもらうことも考えたが、彼がそれを受け取らないだろうことは目に見えていたし、なにより彼が学校に来なくなったことで誰も彼と連絡が取れなくなったのだ。
彼は自分から連絡先を交換するような人ではなかったから、元々そんなに連絡先は多くはなかっただろうが、数少ない連絡先を交換していた人達でさえ、音信不通なのだそうだ。
スマホが壊れたなどで見れない状況にあるのか、見たくないのかわからないからこれまたおいそれと声をかけにくい。
と、このような理由で未だだれも彼の近況を把握できていないのが現状なのである。
2月23日、2.23事件と呼ばれる彼のお母さんが意識不明となった日、当時世間は大パニックだった。
なんせ、電車の脱線事故なんて日本では初めて聞いたし、車の衝突事故や死傷事件も各地で次々に起こり、その日だけで死傷者数は4桁にも及んだ。
あたしの通う高校の生徒からも2名重傷者が出ており、後に1名は死亡とその2名は当時隣のクラスだったこともあって、かなり沈んでいた。
しかしそれからすぐに乃庵のお母さんが意識不明の話で持ちきりになり、あまり好かれていなかった問題児だったせいかそれ以降亡くなった彼女らの話をする者はいなくなった。
これらの事件は正直テロか何かかと思ったが、どれも個別に起こったもので連鎖的でもないらしく、たまたまその日のその時間に重なっただけというのが警察の出した答えだった。
それに対し、ネットやニュースではそれはそれはものすごい考察が飛び交っていた。
飛んでいる黒い幽霊を見たや、ビルの側面をものすごい数の生き物が這いずり回っていた、三鷹市の死神をこの目で見たという眉唾物のものから、現代日本でそんな同時多発的な事故が計画的なもの以外で起こるわけがないというそれっぽい主張まで。
中には、他国からの宣戦布告だとか言う人もいた。
流石にそれは考えすぎだとは思うが、そのせいで最近世間はどこかぴりぴりしていてどこか全体的に重苦しく感じる。
日本も物騒になったなあと思いながら伸びをし、一時間目の授業の用意をしようと席に座り鞄から教科書を取り出していると、窓際の席で一人ぼーっとしている青年の姿が目に入った。
海峰みか。
乃庵が学校に来なくなる直前に気にしていた人物。
それまでは彼は病弱が理由で全くと言っていいほど学校に来ていなかったのだが、乃庵と入れ替わる形で急に学校に来るようになった。
毎朝一番に学校に来て、特に何をするわけでもなくただぼーっとしていたり、窓の外を眺めていたりしている。
どう考えても乃庵が学校に来なくなったことと無関係ではないのは明らかで、初めは乃庵との関係や何かあったかなどクラスの子もしつこく聞いていたのだけど彼は答える気がないようで、知らないの一点張りだった。
彼が答える気がないとわかると、乃庵がいない今、クラスメイトも次第に彼に対する興味を失っていき、誰も彼に話しかけるはおろか、近づく者もいなくなってしまった。
しかし、それも仕方ないかもしれない。
なんせ彼は今乃庵が学校に来なくなったことの元凶として扱われているのだから。
彼から何の説明もないし、時期がきれいに噛み合っているし、そうなるのも仕方がないと言えば仕方がない。
いじめられていないのが不思議なくらいだ。
彼から漂う不思議なオーラのおかげだろうか。
彼は一人でもさして苦ではないらしく、寧ろその一人でぼーっとしているのが嫌に様になっていた。
それになにか彼からは関わってはいけない雰囲気を感じるのだ。
何かよくわからないが、彼の心の奥から何か不気味なものが感じられるような・・。
別の高校に彼女はいるようなのだが、それ以外の交友関係は見つけられず、如何せん得体の知れないままだ。
そのためみんな遠巻きから敵意のような目は向けるものの、直接手は出さないという言わば冷戦のような膠着状態のようなものが続いていた。
かくいうあたしもその一人のようなもので、彼に対して全く責任を感じていないと言ったら噓になる。
乃庵が異様に彼に執着していたのは直接見ていたし、暴力をふるったシーンも目撃している。
それに彼は夜に・・。
「璃莉。見てあの子またひどい落書きされてる・・・。」
あたしは希にそう言われて窓際の席を見る。
安藤咲。
このクラスになって初めて同じクラスになる、時々学校に来る人。
遠目で見えづらいけど、机にはアバズレやビッチと書かれてあるのが見えた。
その言葉は少なくともからかいやいじりの範疇で使われることはない。
もっとその先で使われる言葉である。
そのように言われる理由は、欠席が多いからか、彼女の見た目からか、はたまた両方か。
彼女からはあるうわさが切っても切れない。
男あさりをしているんじゃないかって。
彼女とまともに話している人を見たことがないため、そのうわさはひどく悪質な憶測であることは容易に想像できた。
彼女はあまり気にしているには見えないけど、実際はどうなのかわからない。
かなり強がっているだけで本当は泣きたいかもしれないし、心の内では殺したいほど憎んでいるかもしれない。
心の中までは誰も見ることはできない。
それは、あたしが痛感していることだ。
海峰みかがいじめられない原因は恐らく彼女の存在も関係している。
いじめやすい存在が身近にいるとそっちに流れるのだ。
男より、女。
力の強いほうより、弱いほう。
反応のないほうより反応の良いほう。
より弱いほうに、いじめやすいほうに。
わかってはいる。
これは良くないことなのだと。
誰かが声を大にして抗わなければならないことだと。
だが、ここにいる誰もが、あたしを含めてそれを持ち合わせていなかった。
「そう、みたいだね・・・。」
こんなことしか言うことができない。
そんなあたしが死ぬほど嫌いだった。
下校時、下駄箱で上履きから靴に履き替えていると、下駄箱の角から遅れて一人の男子がやってきた。
うわ、気まず・・。
その男子は海峰君で、見る限りいつも通り一人で帰宅する途中のようだった。
今日は彼女とは帰らないのだろうか。
お互いに無言のまま、必然的に先に下駄箱にいたあたしが先にでることになるのだが、あたしはずっと彼が靴を履き替える様子を見ていた。
靴を取り出そうとしていた彼は不思議そうにこちらをみるが一瞥しただけでそのまま靴を取り出し、靴を履き終え歩き始める。
言わなくちゃ。
今なら周りに誰もいないし、心置きなく言える。
こんなチャンスめったに来ない。
今こそ聞くんだ。
あの日のことを・・。
「あ・・あの・・・。」
しかし、その声は彼には届かず、強く吹いた風の音にかき消された。
そう、あたしは彼の正体を知っていた。
正確には彼が普通ではないことを知っているのだが。
あの日、乃庵が学校に来なくなり始めたきっかけの日の2日前、あたしは夜なんとなく家にいづらくなったからいつものように外で時間をつぶしていた。
いつもはコンビニの前に座ったり、公園のベンチに座ったりと動かずにぼーっとするのだが、この日は不用心にもぶらぶらと辺りを散策していた。
乃庵にあれほど注意されたというのに。
確かこうして危ないことをしていればまた乃庵が助けに来てくれるなどと浮ついたことを考えていたような気がする。
そうして、どこに向かうわけでもなく気の向くままに足を進めある住宅街に差し掛かったところで誰かが道の真ん中で突っ立っていることに気づいた。
こちらに小さい背中を向けきょろきょろと首を動かし、何かを探している様子のその人は初め、迷子か何かかと思った。
しかし、近づいてみるとその制服はうちの学校のもので、途中で後ろ姿から海峰君であることに気づいた。
どうしたの?と背後から近づくあたしの声に気づき振り返った彼の目はその暗闇の中でもはっきり見えるほどに鈍い光を放っていて、瞳の奥がゆらゆらと燃えているようだった。
そのあまりの不気味さにあたしは腰が抜けてしまった。
そんなあたしからは彼はすぐに興味をなくし、暗闇に溶けて言ってしまったが。
あれは、なんだったのだろう。
あたしの見間違いか、それとも・・。
きっと夢でも見たのだろうと信じたかったが、それは夢にしてはあまりにも鮮明すぎて今思い出しただけでも背筋が凍る。
本人に聞いて確かめたかった。
しかし、そのたびにあの出来事が思い出されて足がすくんでしまう。
本人に問い詰める勇気がなかったから、乃庵を止める勇気がなかったから今こんなことになっているというのに。
今のいじめについてもそう。
あたしは昔から何も変わらない。
乃庵に助けてもらった時から、いや、きっとその前からずっと。
ずっと弱虫のままだった。
「それじゃあHR始めるぞ~。」
担任は今日もお構いなしに朝の会を始める。
クラスの後ろで汚れた机に座る彼女には触れずに。
気づいていないわけではない、よね?
明らかに罵倒の意味だし机の上にでかでかと書かれてある。
後ろの席だからと言って気づかない大きさではない。
見て見ぬふりを、しているのだろう。
大事になるとめんどくさいから。
この担任は、そういう人なのだ。
「ねえ、しんどくないの。」
あたしは勇気を出して机で一人携帯を見る彼女に聞いてみた。
「・・・何が?」
「・・・いや、ごめん。別に・・・。」
あまりの高圧的な態度に気圧されて尻尾を巻いて逃げ出すあたし。
なんとも恥ずかしい限りだ。
穴があったら入りたい。
彼女が自分に話しかけてくる人を警戒するのは目に見えていたのに。
「そんなに恥ずかしいと思うのなら話しかけに行かなければいいのに。」
机に突っ伏しているあたしを見て希が呆れて声をかけてくる。
「だって、可哀想でしょ。よく耐えていられるなって・・・。」
「そう思うんならその席どいてくれない?そこ私の席なんだけど。」
「・・・だってあの席・・・。」
「・・・まあ気持ちはわかるけどね。」
そう言って誰かも知らない隣の空いている席にどかりと希は座る。
「可哀想、ね。私はその言葉あまり好きじゃないな。」
「・・・?なんで?」
「上からでしょ、言い方が。」
そう?
気にしたこともなかったけど。
「ほら手のひらをこちらに見せておほほってやってそう。語尾にですわとかつけてそうじゃない?」
なんなんだそのイメージは。
旧時代過ぎない?
今どき流行らんぞ。
「まるで自分は気にしてやってんだぞ?みたいな高みの見物を決めてる感が出て嫌い。別に璃莉がそうだとは思ってないけど。」
「ごめん・・・。」
「別に璃莉に対しては思ってないって。ただその言葉に対して私なりのこだわりというか変なプライドがあるだけ。それに謝るんなら私じゃなくてあの子にでしょ。」
そう指さされて彼女を再び見ると複数の女子に囲まれていた。
何をされているのかわからないけど、変な言いがかりをつけられているのが容易に想像できる。
「ねえ、希はああいうの見ても平気なタイプ?」
「別に、平気ってわけじゃないけど、私は結構ドライで身内しか興味がないから。例えばあんたがいじめられようなら本気で抵抗するかもしれないけど、他人なら知らんって感じ。わざわざ自分から首を突っ込もうとは思わん。」
「・・・そう。」
「私はいじめはいじめられる側にも責任があるっておもっちゃうタイプだからね。」
・・・それは、どうなんだろう。
「彼女も受け入れてるっぽいし、担任に言っても聞く耳持ってくれないし、もうこれはうやむやコースだろうね。」
「担任に言ったの?」
「言ったよ。そりゃあ言うでしょあんなん。」
「じゃあ、無視してるんだ。」
「そういうことになるね。なんのお咎めも、説教もないし。あいつ顔がいいだけでなにもしてくれないもん。いじめっ子グループにチヤホヤされて甘くなってるんじゃない?」
「・・・。」
「所詮こんなもんだよ現実。神代がイレギュラー過ぎただけで。」
あいつがいなくなったらこんなもん。
そう言う彼女は少しバツが悪そうに見えた。
「璃莉も関わる相手は考えなよ。いつターゲットが自分になるかわかったもんじゃないんだから。」
午後の時間を知らせるチャイムの音が鳴り響く中、彼女は捨て台詞のようにそう言って、あたしを蹴り飛ばした。
そういえばここ、希の席だったね。
モデルさんが、そこに立っていた。
週に1回、乃庵の母親のお見舞いに花束を抱えて歩いていたところ、病室の前に誰かが立っているのが見えたのだ。
それはこんな田舎では珍しいきれいなブロンドの髪で身長もすらっとして高く、あまりにもこの場には場違い感が漂っていた。
あたしはそれを見たとき、最初死神があたしの命を取りに来たんだと思った。
三鷹市の死神。
噂と特徴は一致している。
それに場所が場所だ。
病院と死神なんてあまりにもベストマッチすぎる。
しかし彼女?は乃庵の病室の前に立っていて。
あたしの足も自然と止まってしまう。
もしかして・・・。
嫌な想像が頭をよぎったとき、彼女はあたしに気づいたのか病室の窓から離れ、あたしの方に歩いてくる。
怖いような、神々しいような不思議な気持ち。
彼女を前にすると何もかもがどうでもいいことかのように思えた。
自分の命すらも。
「君が、吾妻璃莉君かな?」
その声も透き通るほどきれいで、まるでこの世のものではないかのように感じられた。
女性としての格の違いを見せつけられた気分だ。
あたしはまさか彼女から話しかけられるとは思っていなかったので、とんでもないほど慌てに慌て言葉に詰まる。
「え、あ、はい。」
しどろもどろしながらもなんとか答えることはできた。
その様子はまるで陰キャそのもので、そんなあたふたとてんぱるあたしに彼女は近づいてきたかと思うと、耳元まで顔を近づけて小さな声で囁いた。
「身近な人から目を離さないようにね。」
それは病院という公共施設で話す上で守るマナーとしてはあまりにも過度なものであったと思うが、彼女はそれを告げた途端あたしから離れ、去って行ってしまった。
え・・?
どういうことだ・・?
もちろんあたしは困惑する。
死神のお告げ・・・?
誰か、死ぬ?
いきなり耳元で囁かれるという行為そのものも当然そうなのだが、注目すべきはその内容だ。
身近な人・・。
乃庵のことか?それとも咲のことだろうか?もしかして母さんのことを言っているのか?
誰のことを言っているかわからない意味深な発言に困惑する。
近くで知覚してわかったけど、彼女は驚くほどに人間だった。
少なくとも死神と呼ばれるようなものではないような、そんな気がする。
人肌を感じたし(死神は体温が人のそれより圧倒的に冷たいイメージ)。
そもそも金髪で長身っていくらでも当てはまる人物いるだろうしな。
この街では珍しいかもしれないけど、それでも今であたし含め二人だ。
恐らく外国人はもっといるだろうし、そもそも長刀なんて持っていなかった(持っていたら捕まっているだろうけど)。
それにしても耳元で囁くって、距離間近いな。
あれが外国では普通なのだろうか。
外国では挨拶としてキスしたり、ハグしたりするところもあるというと聞くし。
あたしはクォーターだけど、外国に行ったことはないのだ。
向こうの常識は知らない。
日本生まれ日本育ち。
あまりにも急すぎたことと彼女が美人だったこともあり、少しドキドキしてしまい、未だに動悸が治まらない。
まったく、変な人が多いな、乃庵の元には。
彼が関わる人物はそろいもそろって変な人ばっかだ。
海峰君を始め、さっきの金髪のきれいな女性、そして彼のお母さん。
そこまで思い出してあたしは、すっかり小さくなった彼女の後姿を振り返って少し笑う。
だってそれはあたしもじゃないか。
家庭環境が少し荒れてて、見た目と中身が似つかわしくないメンヘラ女。
彼と関わり、助けられたのはあたしも一緒だ。
類は友を呼ぶというが、彼自身が変な人だからこんなことになっているんだなと思うとなにか変な笑いが込み上げてきて、病院の中だということも忘れ、クスリと笑ってしまった。
今の今まで気づかなかった。
自分がとっくに普通でなかったことに。
そう思うとあたしは何故か気が軽くなって、少し自信が持てたような気がした。
普通とはなんなのだろうと最近考えることが多くなった。
周りと同じことだろうか。
それとも平均のことだろうか。
普通とはなんともまあ便利な言葉で、よく「普通でいいんだよ。」とあたかも普通が簡単であるかのように言う様な人がいるが、そのたびにあたしは思うのだ。
じゃあ誰が普通なの?と。
それを聞くとそれくらいわかるだろと呆れられるかもしれないが、逆にと具体的な答えを求めても大抵誰もうまく答えられない。
わからない問題があったときには大抵例題となるもの、所謂お手本があるはずなのだが、これにはそれがないのだ。
これではわからなくてもしょうがないのではないだろうか。
いきなり習ったことのない範囲をテストで出されているようなものだ。
多くの人はこれを今までの人生で習ってきているらしいのだが、あたしにはその記憶がない。
いったいどの教科で習ったのだろう。
国語だろうか、それとも数学?
小学校までさかのぼって道徳?とかだろうか。
最近小学校で新たに教科化がされたようだし。
道徳の教科化って言われても具体的に何が変わるのかわからないが、他の教科のようにテストとかされるようになるのだろうか。
答えが一つに決まった解答用紙みたいなものがつくられ点数とかが付けられるの?
それだとするともう道徳ですらないような気もするけど。
まあその辺の話は偉い人がなにか明確な理由をもって決めたのだから何かそうしなければならない事情があったのだろう。
あたしみたいな馬鹿には到底縁がない話だ。
とりあえずあたしは、物心ついたときから普通ではなかったということなのだろう。
生まれつきハンデを背負って生きている。
物心ついた時から家にはお母さん一人しかいなくて、お父さんというのはその当時知る方法がなかった。
今となってはあの人をお母さんと呼ぶのも憚られるが。
子どもで何も知らなかったあたしはたまに家にやってくる知らないおじさんたちがそうなのかと思って、クラスの子に聞いてみたがどうやら違うみたいだった。
行事があるたびに親が駆けつけてくれるクラスのみんなを眺めながら、あたしは一人先生と食事をしていた。
そのときに初めてうちの家族が普通じゃないことに気づいた。
結局高校の今に至るまで学校行事にあの人が一回も来てくれたことはなく、家でもろくに会話をしていない。
たまに男を連れ込むのでそのときはあたしが家を出ていく。
あの人があたしにしてくれたことなんて毎日ご飯を買うためのお金を置いてくれることと寝るところを提供してくれていることくらいだ。
体罰や口汚く罵られないだけでもましなんだろうとやっと最近は思うようになったが、当時はどうにか普通になろうと必死だった。
あの人にしつこく行事に来てくれるようねだったり、中学時代は似たような境遇の人たちの輪に入ってこれが普通なのだと思い込もうとした。
結局それもうまくいったとはいいがたい結果になったけど。
ちょうどそのときだった。
乃庵が介入してきたのは。
どうにか普通になろうとみんな合わせて服を変え、話し方を変え、遊びも変えていたあたしをその空間から引っ張り出してくれた。
そのときは余計なことすんな、調子に乗んなってキレていたけど、一回外の世界を知るとなにかがあたしの中で変わったのがわかった。
どちらかというと外というより中かな?
学校にもろくに行かず、友達に合わせて外で男を騙したり、恐喝して遊び惚けていたあたしをクラスにほぼほぼ強引な形で連れ戻した彼はクラスのみんなに一言「こいつを頼んだ。」と言い放ったのは今でもはっきりと覚えている。
如何に乃庵の言葉といえども流石にそれにはクラスの人も驚いたのか、唖然としていたけど。
それでもすぐにクラスメイトはまるで転校生が来たかのように接してくれて、その温かい雰囲気にあたしはだんだんと学校に行くようになった。
でも、無理に周りに合わせなくてもよくなって毎日が楽しくなって来たころ、あたしの携帯へのかつての仲間からの連絡がひっきりなしに鳴り響くようになっていた。
初めは急用やバイトなどでごまかしていたが、流石にこれがずっと続くとごまかし切れなくなってきて、今日はどうしようとだんだんと頭を抱える日が増えてきていた。
やはりあたしにこの空間は分不相応だったと踏ん切りをつけようとしていたら、彼に携帯を壊された。
彼にやっぱりあたし戻らないとといったら、ひらきぱっなしになっていた携帯をもっていたあたしの右手を掴んで、その画面を強引に見たかと思うと携帯を取り上げ、反対側にぱかっと折り曲げたのだ。
見事に真っ二つに割れて使い物にならなくなったそれを唖然と見ていると、彼が「最近はもうスマホだからな。」と言って、後日新しいスマホを買ってくれた。
本当にめちゃくちゃする人だと思ったが、それ以来かつての仲間から連絡が来ることもなくなり、二度と会うこともなくなった。
ほんとに乃庵には感謝してる。
だから彼女だけは、乃庵のお母さんだけはどうか奪ってやらないでほしい。
よくわからないたくさんの機械につながれた彼女を見ながらあたしは願う。
あたしみたいな半端ものから奪うのはまだ良い。
でも彼は、彼のような良い人から奪うのはやめてくれ。
確かに最初は同じ母子家庭なのにどうしてこうも違うのだろうと不満や不幸を呪ったりもしたが、そんなあたしにも彼女は親切にしてくれた。
本当に神のような家族だと思う。
この母にしてこの子どもありなのだとそう認識させられた。
だからお願い。
もし神がいるのなら彼女だけは・・・。
「願ったって何も変わりませんよ。」
唐突に横から聞こえた声にびくりと身体が飛び上がった。
「願うくらいならなにか行動した方がいいですよ。受け売りですけど。」
いつの間にかあたしの横に座っていたその女性は寝たきりの乃庵のお母さんを見ながらそう口にする。
あまりにも必死に願いすぎて気づかなかった。
黒い髪であたしと同じくらいの歳、だろうか。
下校途中なのか制服を着ている。
うちの学校ではないみたいだけど、どこかで見たことあるような気がする。
「そろそろ面会時間終わりなんで気を付けてくださいね。」
いったいどこでと記憶を辿っていると、いつの間にか横にいた彼女はそう言って颯爽と立ち上がり、部屋から出ていった。
声をかける余裕もなかった。
いったい何だったんだろうと考えながら、彼女の言う通り時計を見るともう6時を越えており、あと少しで短い針が7にかかろうとしていた。
また来ますと言い残してその病室を出て、帰路に就く。
今度は女子高生か。
しかも他校の。
人間関係広いなあ。
彼はいったいどれほどの人を落としてきたのだろう。
人たらしにも程がある。
同じ学校だけにとどまらないライバルの多さに気が滅入りそうになりながらも今日出会った彼の知人のことを考えながらすっかり暗くなった夜道を歩く。
彼女からはなんかあたしと同じ匂いがした。
だから向こうも話しかけてきたのかもしれないが、なんでだろう。
見た目はあたしと正反対で真面目そうだったのにどこか同類な気がしてしまう。
願うくらいなら行動・・。
そのため彼女の発言の意図はくみ取れる気がし、少し考えてみるが結局わからず仕舞いに終わる。
いったいなにを行動するというのだろう。
あたしがなにかしたところで乃庵のお母さんが助かることなんてあるのだろうか。
精々あたしにできるのは願うことくらいしか・・。
あのモデルさんからは、身近な人から目を離さないように、だっけ?
今日はいろんなアドバイスをいただいたがどれもいまいちパッとしない。
あたしの頭が弱いせいなのかこれは?
その後も小さい頭でうーんと彼女らの発言の意図を考えながらなんとか帰宅した。
しかし、慣れていないことをしたため他のことに気を回す余裕がなく、その時のあたしは気づかなかった。
あたしを尾行する何者の存在に。




