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セイテイノア  作者: みか
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11/32

セイテイノア11 強襲

「さ、三桁って・・。」

今までだっていても二体とかだったのに、どうしてそんなことが。

「とりあえず、また飛ぶよ。」

そう言ってのあはボロボロだというのにお構いなしで準備万端なようだった。

市街地からはかなり離れてしまっているが、彼女の脚力なら問題なく一発でいけるだろう。

流石に何も関係ない一般人女性は戦場に連れていくわけにも行かず、ましてやこの多大な負荷を耐えられる気もしなかったのでやむなしで自力で帰ってもらうことになった。

彼女もそこまでお世話に慣れませんと口では言ってくれていたが、その手は震えており、内心不安で仕方ないのは誰が見ても明らかだった。

あのようなことを体験してすぐのことだ。

それが常人の反応だろう。

しかしだからと言って彼女を送り届ける余裕もなく、申し訳ないと思いつつも好意に甘え、俺とのあは市街地に飛んだ。



俺たちが降り立った場所のちょうど目の前で複数の悪魔が逃げ惑う人々を追い回しているのが目に入る。

のあが制圧しようと足に力を入れたとき、横から誰かが飛んできて今にも襲い掛かろうとしていた一匹の悪魔の頭をもぎ取った。

頭をなくした悪魔はその場で一瞬痙攣したかと思うとどさりと膝から崩れ落ちる。

それを見た他の悪魔が数匹そいつに挑んでいったが、尽く返りうちにあったのを見るや否や逃げて行ってしまった。

その人物はその残党を追いかけようとしたが、そこで俺たちに気づき、残りを遅れてきた二人に追わせ声をかけてくる。

「のあさん!」

そう言ってのあを見つけた瞬間すぐさま駆けつけ抱き着こうとするその人物は誰であろう、真木さんだった。

その行為自体はきれいに避けられていたが、のあに状況について尋ねられるとすぐにはっと理性を取り戻し現状を説明する。

「朝風が悪魔どもを解き放ったようで。いったいどこのだれからそんな方法を聞いたのか知りませんが。

 しかし、街に解き放たれた悪魔どもの駆除はあらかた我々で済んでいます。」

あとはこの広場で暴れていたさっき逃げたものと朝風本人ぐらいなのですが・・と淡々と状況を話していく。

さっきまでの様子とは大違いだなこの人。

のあのことになると一回何も考えられなくなるようだが、スイッチを入れなおせば大丈夫らしい。

先ほどの戦闘スタイルものあのようだったし、本当に好きなんだろうな。

「肝心の朝風の位置が特定できていなくて・・・。」

「彼の向かう場所には心当たりがある。」

「ほんとですか!?」

ああ、だから残党の処理は頼んだよ。とのあは真木さんの肩に手を置くと、任せてください!と新人バイト張りの良い返事が聞こえてきた。

あんた一応トップなんじゃないのか。

一度やらかしているとはいえ、威厳のかけらもないその姿にどちらがトップなのかわからなくなる。

「ああ、あとそれと・・。」

いったいこれを部下が見たらどうなるんだと思っていると、突然のあが小声で真木さんに耳打ちし始める。

何を話しているか声が小さくてよく聞こえないが、いったいなにを話しているのだろう。

不思議に思っているとその話自体はすぐに終わり、内緒話が終わった後すぐに真木さんは携帯を出し、立て続けに電話をかけ始めた。

さまざまな人や場所に連絡を取っているようで、その様子を見て少し見直す。

本当にこの人はトップなんだなと、実感させられる。

そうしている間にのあは俺を担ぎ、次の移動への体制を整え、電話の応答で忙しそうにしている真木さんを横目に俺らは朝風のいるであろう場所に飛んだ。

いつも通りのジャンプ。

何の変哲はない。

しかしそのとき俺は大ジャンプしている俺達より高いところ、はるか上空に黒い影ようなものが見えて。

「鳥・・・?」

遠すぎてはっきりとは見えないが、飛行機には見えない。

俺はあんな高度を飛ぶ鳥もいるんだとこんな緊急事態だというのに呑気なことを考えていた。



何処に飛んだのかというとそれは俺ん家だ。

理由はわからないが、朝風は俺の母親をずっと狙っていたところをのあに捕えられたのだ。

今回も俺の母親が狙われるに違いないと思ってここに来たのだが。

いる気配が感じられない。

予想が外れたのか?と思っていると、のあが大きなため息を漏らし口を開く。

「どうやら一足遅かったようだね。」

「・・・遅かったってどういう・・。」

俺はそれが何を示すことなのか頭の中ではわかってはいたが自然とその理解を拒んでいた。

「もう連れ去られた後ということさ。」

「・・・っ!」

「ここには私がいない間は警備兼見張りを置いておくよう言ったはずなんだが・・。」

とそこでのあは家の敷地内に転がる死体の一つを見つけてああ、なるほどねと納得する。

その死体は上半身がなくだれか判別はできなかったが、自分の家の敷地内でこのようなおぞましいことが行われていた事実に吐き気が込み上げてきた。

「早く朝風を追わないとっ!」

俺は気が動転してのあを急かすが、彼女は慣れているのか落ち着いているようだった。

「まあ落ち着いて。闇雲に探しても埒が明かないし、ここは二手に分かれよう。」

君は真木と合流して市内を探してくれ。私は郊外を当たってみるからと急いで追いかけようと詰め寄る俺をなだめて言う。

二手でわかれて・・?

どうしてそんなことを今になって・・。

「俺の護衛はもういいんですか・・?」

「君は何もできないわけではなくなったみたいだし、まあいいかなって。

 その証拠にほら、二回も大ジャンプしたのに身体大してつらくないでしょ。」

それはそう、だが。

確かに電車の中のときから体が軽い。

今では折れていたであろう骨の痛みもないし、大ジャンプのときに周りを見る余裕すらあった。

何故なのかはわからない。

でも、大男をねじ伏せた際に確かになにか感じた。

なにか枷のようなものが外れたような・・。

でも、それでも大したことはできなかった。

あの頭のおかしい男にはぼこぼこにされたし、一般人を捌くので精いっぱいだった。

そんな体たらくでいいのか?

のあはそんな俺で安心なのか?

今まで過保護的に俺を自分のそばから離そうとしなかった彼女らしくない発言に俺は首を傾げる。

彼女の発言の意図を汲み取ろうとしていると、のあはいつの間にか開いていた携帯を閉じ、ここで待っていれば向こうからきてくれるからと言い残して行ってしまった。

取り残された俺は唖然として消えていく彼女を見ることしかできない。

あそこまで俺はそばから話さなかった人が今になってなぜ?

俺はもう要らなくなったのか?

それとも思いのほか俺を守りながら戦うのはつらかったのか?

恐らく後者の方だろうと俺は電車の時のことを思い出しながら思う。

俺を守りながら戦闘はとてもやりづらそうに見えた。

今回もそうなることを危惧したのだろうか。

それにしたって俺を任務から外せばいいだけのはずだが。

少なくともあののあの発言は言葉通りの意味ではないと確信できる。

となると俺はのあを信じて言われたとおりに真木さんと行動を共にするのが一番良いのか?

真木さんはのあの連絡先も交換しているようですぐに連絡できるようだし。

そこで俺はふと疑問に思う。

あれ、俺はなんでのあの連絡先を持っていないのだろうと。

そう、俺は未だにのあの連絡先を知らないのだ。

今までずっと一緒にいたからその必要がなかったせいですっかり忘れていた。

次にあった時にちゃんと交換しておこうと心に決めて、どのくらいで真木さんが来るのだろうと思いめぐらせた瞬間、彼女は到着した。

敷地内にきれいに着地した彼女は俺を見つけるや否や近づいてきたかと思うとおもむろにお姫様だっこしだした。

「・・・え?」

「このほうが運びやすいでしょ。」

困惑する俺に対し彼女はそれだけ告げると足に力を入れ、飛んだ。

それはのあのそれとは比べ物にならないくらい非力なものであったが、家上を走り、渋滞する道路を飛び越え、ものの数分で一つのビルの前まで着いた。

そしてそこで俺を降ろし、ビルの中に入っていく彼女にとりあえずついていく。

ビルの中はとてもきれいなつくりになっており、こんなところに朝風がいるのか?と俺はここに連れてこられた意味がわからず不思議に思っていると、横からお疲れ様です社長と声が聞こえた。

社長?誰のことだ。

俺はこんなビルの社長がどのような人か気になり、その人物が見ている方を見るとその目は俺の前にいる彼女に向けられていた。

そして彼女もそれに答える。

・・・え?

まさかここが、彼女の経営する組織とかいうやつか!?

優に50mはあるんじゃないかという佇まいのビルに入り、俺は新たに明らかになった彼女の存在の大きさに叫び声を上げそうだった。



俺は受付で社員?と思われる人達と話している真木さんを離れた位置から眺めている。

彼女に君はここにいてと人目の少ないところに放置されたが、それから15分はあそこで立ち話をしている。

ひっきりなしに人が入れ替わり、忙しそうでとてもじゃないが声をかけられる雰囲気ではない。

彼女が頼られているのはわかるが、俺はさっさと朝風を追いたいというのに。

どうしてここに連れてこられたかわからず手持無沙汰感を隠せずにいたところにやっと話が終わったのか彼女が鍵を回しながらこちらにやってきた。

「彼らはみんな悪魔のことを知っている。知らないのは世間だけだ。」

「どうして隠すんですか・・?」

「一般に知れ渡ると世間は混乱し、動揺する。もしそうなるといろいろとまずいんだよ。」

「まずい・・とは?」

「・・・悪魔の契約って知ってるだろう?」

「はい。」

「どんなイメージ?」

「・・・ええと、契約してしまったらそのときは願いが一見叶うけど、後で痛い目を見る、みたいな?」

「そう、そうでないと、困る。」

・・・?

困る?

「悪魔の契約というのは、一見魅力的に見える契約内容だが、実際はそんなことはなく自分が痛い目を見る。一般的な悪魔のイメージはこうなんだ。だからみんな悪魔に契約を持ち込まれてもほとんど相手にしない。余程余裕がない人以外は。この世界にいる限りは基本的に悪魔が侵入してくる方法はそれしかないんだ。人間だのみのね。それ故に人々の悪魔へのイメージが大事なんだ。今のまま知らず、恐れ、逃げ惑う意識が一番都合が良い。だから、もしそれを崩されでもして、悪魔との契約はデメリットがなく、し得だと誤報が広まってしまったならば、物量でも力でも負けているこの世界はつぶされるのをただ待つしかない。」

私たちは今際(いまわ)の際を立っているんだよ。

そう言って、彼女は俺を裏口に手招きする。

先ほど振り回していた鍵でそこを開けると、従業員専用入口かと思っていたそこには少しの空間とエレベーターの入り口があるだけだった。

これに乗って上まで行くのか?と思って、エレベーターのボタンを見るとどうやらこのビルは26階まであるらしい。

改めてとんでもないビルだなと俺は思いながら彼女に招かれるまま開いたドアに足を伸ばす。

「そういえば華音ちゃんの両親、退院決まったって。」

唐突に26階、最上階を目指し扉の閉まった密室で真木さんは口を開く。

華音ちゃんとは俺が仕事として最初に助けた少女のことだ。

少し前に真木さんに誘われてお見舞に行ったのだ。

「それは、良かったですね。」

危害を加えてしまったという華音ちゃんの両親は思いのほか傷が浅く、すぐにでも退院できそうだった。

彼女自身も元気そうで俺のことを快く迎え入れてくれ、一緒に遊んだりもした。

そう遠くない未来に元通りの生活に戻れそうだなと安心していた。

しかし、病院から出ようとしたときに真木さんから少し話があると引き留められた。

どうやら、華音ちゃんは両親とうまくいっていないようなのだ。

この事件前はうまくやっていて仲睦まじい家族だったらしいのだが、あの事件をきっかけに両親の方が華音ちゃんに対し恐怖感を抱いてしまうようになってしまったらしく、華音ちゃんが急に動いたりすると怯えた表情を見せるようになったのだという。

もちろん、両親も自分の愛娘にそんな目は向けたくないし、そんなことは考えたくもないだろうが、トラウマのように脳裏に焼き付いてしまったのだろう。

彼女の両親もすっかり参ってしまっており、俺も時折頭を抱えて深いため息をついているのをその日ずっといたわけでもなかったというのに何度も目撃した。

だから彼女はあんなに俺と遊んだ時楽しそうだったのか。

久しぶりの遊び相手で話し相手だったから。

俺は腐っても家族なのだから時間が解決してくれると思ってそこまで深刻に考えていなかったが、真木さんはそう考えてはいなかったようだ。

どうにか彼女とその両親の仲を回復させようと躍起になっていた。

そのたびに少し寂しそうな表情を見せる彼女を見るのが辛くなって逃げるように俺は病院を出てきてしまった。

病気は治せても関係の溝までは治せない。

第三者の俺ができることはこれ以上ほとんどない。

後は本人たちの努力次第で、俺は祈ることしかできないのがなんとも歯がゆかった。

これは俺の家族にもいつ起こってもおかしくない問題で他人事にしていい話題ではない。

それというのも、俺の母さんも最近様子がおかしいのだ。

家に帰るたびに急いで玄関まで出てきてお帰りと言ってくるし、ご飯はやけに豪華だし。

新婚夫婦か。

さすがにいってらっしゃいのキスとまで言い出したりしないだろうな・・。

俺は不死身みたいだから命の心配はないよと何度言っても未だに信じることができていないようで、風呂にまで一緒に入ってこようとするようになった。

本当に勘弁してほしい。

やはりこのような社会的なことから逸れた人間にはまっとうな人間との関係に困難を抱えるのは誰もが通る道なのだろうか。

そういえばのあはそこのところどうしているのだろうと気になって、いつかのあに聞いてみたのだが。

「私は家族いないからそこんところは楽。」

とだけ帰ってきた。

楽って。

もう少し言い方というか、何かあっただろう。

家族がいないというのにたくましい人だとは思うが、いや、いないからたくましくなったのか?

どちらかはわからないが、家族のことなど一切気にしない様子ののあのその言葉を聞くと、こんなことで悩んでいたのが馬鹿らしくなってきたものだ。

「彼女は家に帰されるんですか?」

「いや、華音ちゃんはもう少しこちらで預かることになった。ご両親たっての希望だとさ。」

悲しいもんだよねと他人事のように呟く彼女。

俺はそれを聞いて少し安心したが、同時に疑問も湧いてくる。

「預かるってどこでですか?」

「このビルの中だよ。そういう訳ありのオリジンの子どもを預かる場所もあるんだ。今は学校だから流石にいないと思うけど。」

場所に困っているのであれば今誰もいない俺の家でも使ってもらおうかとも思ったが、それは別に杞憂だったようだ。

流石にこの大きさのビルであれば施設は充実しているようだ。

「当たり前でしょ、悪魔と戦う最前線なんだから。ここが落とされれば指揮系統はばらばらだよ。そこら辺の対策もばっちりしてある。まあわざわざこんなオリジンが固まった場所に攻め込もうとするやつもいないと思うけど。」

そう言って上を見上げる彼女を横に、エレベーターはどの階にも止まることなく上まで登っていき、26階、最上階で到着を知らせる音を発した。

そして案内された部屋は所謂社長室と言われるところだった。

社長本人なのだから何も気にする必要はないのだが、社長室にずかずかと入っていく様子には肝を冷やされるところがある。

そして、ある角まで行き何かをかざしたかと思うと、シャッと音を立て壁が横にスライドして部屋が現れた。

おおっ!!

「ほら、これとか映画でしか見たことないでしょ?」

初めて見た本物のセーフルームと隠し扉にかなりの感動を覚え、テンションが上がっているところに

彼女から入らないの?と言われる。

「俺が?どうして?」

「?どうしてって君を頼むってのあからメールが来たのだけれど。こういうことでしょ?」

はい?

どうやら俺と彼女の間には大きな認識の祖語があるようで、俺は上がっていたテンションを何とか抑え、どういうことがあったのかを話す。

すると彼女は事情を理解したようで、なるほどねと意味深な発言をこぼす。

「だから俺は朝風を探しに行かないといけないんです!」

「でも市内に彼はいないよ。もう私たちで探し終えたから。」

俺の必死の熱弁に対し彼女は冷静に告げる。

「探したって・・・この広い市内全部ですか?」

「うん。今は市外を探してもらっているところなんだ。」

市内には朝風はいない・・。

「じゃ、じゃあ俺は戦力外通告を受けた、ってことですか・・・?」

俺の悲痛な叫びに対し彼女は「まあそういうことなんじゃない?」とあっさり言い捨てる。

もちろんのあが朝風の位置を最初から知ってて言ったわけではなく、偶然の一致ということも考えられるが、今日のようなことがあった後だと余計に痛感する。

そう、なのか。

・・・まあわかりきっていたことだ。

いつまでもこんな子守してもらえるわけじゃないって。

でもなんだろう、この喪失感は。

「そういうわけだから、大人しくのあさんからの吉報を待ちなよ。」

彼女の実力は知ってるでしょと真木さんは俺に飲み物を注いでくれる。

ああ、知っている。

彼女一人ならばよほどのことがない限りどんなやつにも負けないだろう。

魔将とかいうあいつでやっと善戦したぐらいだ。

例えその時の傷がまだ残っていたとしても俺という足かせがいなければきっと良い結果を持ち帰ってくれる。

俺の母さんも連れて帰ってきてくれる。

今はそう信じよう。

「それにしてものあさんがこんな気の使い方を覚えていたなんて、いったいどこで習ったのやら。」

「全然らしくなかったですけどね。」

「あはは、そこはまだへたくそなんだ!」

「・・・。」

俺はまだジョークを返せるような心持ではなく、沈黙の時間が流れる中、彼女からまた口を開く。

「君ほどの優秀な人材でも外されることがあるなんて驚いたよ。」

その言葉に首をうなだれていた俺はピクリと反応し、顔を上げる。

俺が、優秀・・?

「優秀だよ。今までのあさんと組んだことのあるやつなんて聞いたことがない。

 初めはどんなやつかと思って警戒したけど、本当にあの奇病を治しちゃうし。

 元々のあさんはこの界隈では有名だから噂になってるよ。

 すごい新人が現れたって。」

ソファアに腰かけている俺の対面に顔を覗き込むようにして入り込んでくる。

「君はこの世界を救ってくれそうな気がするよ。」

一瞬だけ静寂が辺りに訪れ、日に照らされて半分に影が落ちる真木さんの顔がひどく美しい物のように感じた。

少しだけそれに見とれてしまい、言葉が詰まる。

だってそんなことを言われたのは初めてだったから。

「・・・そんな、俺はたいしたやつじゃない。この力だってたまたま持っているっていうだけで。」

みんな俺を過大評価している。

俺のこの手で守れたものなんてほとんどないというのに。

のあの手柄を奪っているだけだ。

自分の小さな手を握りしめ、ふさぎ込む俺を見て、彼女はふーんと意味ありげな発言をして席から立ちあがり社長席に戻る。

「まあそんな悲観しなくていいんじゃない?今回の敵が余程強敵なのかもしれないし、元々ずっと一人だったから一人の方が慣れてるんでしょ。」

あの人がおかしいだけだから。

「そう、だといいですね。」

彼女を長く知るであろう真木さんのその言葉は重みが違うように感じられた。

「真木さんはのあとどうやって知り合ったんですか?」

俺はつい気になって聞いてしまう。

何か場を繋げなければという思いもあったが、聞いてしまったのは単純にのあの過去のことが聞けるかもしれないと思ったからだろう。

しかし言った後に、彼女自身が話したがらないのに他人から聞き出すのは別に聞くなとは言われていないがなんだか悪いことをしているような後ろめたい気持ちなった。

「そんなこと知ってどうするの?」

真木さんから帰ってきた若干とげのある言い方に俺は「いえ、やっぱりなんでもないです。」と他人の過去に土足で踏み入れようとしたことを激しく後悔する。

しかし、俺がすぐに折れたのが意外だったのかぽつぽつと話し始める。

「・・・私がのあさんと会ったのは2年前、まだ私が田中だったころだね。」

「田中・・。」

「そう、私の旧姓。この場合旧姓って言っていいのかわからないけど、言うなら新性かな?ありふれたものだよね。でも新姓はこういう人多いんだよ、田中だったり佐藤だったり。なんでかはわからないけど。」

「真木さんは前世の苗字を名乗っているんですか?」

「そうだよ。こっちのほうが響きが良いじゃん。どちらかというとこっちでの名前をそのまま名乗る人の方が稀かな。」

そうなのか。

やはり量産型の名前が気に入らないのだろうか。

とはいっても如月は芦塚で、みかは十六夜が月城だった。

この二人のはありふれた名前ではないように思えるが、当たりだったということか?

田中や佐藤を外れというのはその筋の人に殺されそうではあるが、だいぶ偏りがあるのは事実なようだ。

まあ、日本ではその名字の人が多いのだから仕方のないことではあると思うのだが。

「その、どういう気持ちなんですか?前世の記憶とやらが思い出されるのって。」

やはり前世で仲良かった人とかのことを思い出したり、するのだろうか。

「あー。まあ、気持ちがいいものではないね。」

真木さんは少しバツが悪そうに答える。

その前世とやらはいったいいつの時代を指していて、どのような感じなのだろう。

単純な知的好奇心が無限に湧いてくるが、これは聞いたらいけないやつな気がする。

これは超えてはいけない一線だと俺の勘が告げ、それ以上の追求は避けたところで彼女も理解したように口を挟む。

「それ、正解だよ。ここではそれを話すのは御法度になってる。」

御法度・・・。

「ここにいる人はみんな過去を忘れて生きているんだ。そして、過去に縛られたものが罪を犯す。」

・・・罪を犯す?

なぜ前世のことを話してはいけないんだ?

それほど辛い記憶なのか?

彼女らが知り、共有していることを俺だけが知れないのが酷くもどかしい。

すぐ目の前に、手の届くところにあるというのに。

「まぁ、それでも私のは話そう。」

この世界の断片を知るのを諦めかけていたところに思いがけない声がかかり、思わずうなだれていた顔が上がる。

え・・・?いいのか?

「君には恩もあるし。のあさんの大事な人らしいからね。」

そうして真木さんは俺の対面の席に腰掛けその重たい口を開けようとした瞬間、その社長室にアラームのけたたましい音が鳴り響いた。

その音を聞いた真木さんはすぐに目を瞑り、なにか探っているかのような素振りをしていると、社長室のドアが勢いよく開いた。

「真木さん!!悪魔が!!」

「わかってる。何匹?」

「今のところは人型のが2匹。ロビーに勢いよく飛び込んできて、下で部下が応戦中です!!」

微かに激しい銃撃音と逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえてくる。

「逃がしたのがいたのか?」

「いえ、それはわかりませんが・・・なにとぞお力を貸していただければ・・・。」

「わかった。でもそれはまず彼を逃がしてからだ。私はまず彼を安全なところまで送り届けてから合流するよ。」

「それは、どのくらいかかりますか・・?」

「う~ん。30分ぐらい?」

「そんなっ!!」

「大丈夫でしょ?あんた達なら。」

「まあ、保証はしかねますが・・・。」

「じゃあ決まり。君はこれを下の人たちに伝えてきて。なんならそのまま倒しちゃってもいいから。」

「善処します!!」

スーツ姿でびしっと決めた彼はそう言うと一回俺の方を意味深に眺めた後、急いで踵を返して社長室から出て行った。

「大丈夫なんですか?」

「まあ大丈夫だと思うよ?彼らもオリジンである程度闘えるはずだし、色々と鍛えたし。」

「真木さんも加勢しに行った方が確実なんじゃ・・・。」

「どうだろう。こんな本部を狙い撃ちにしてくる彼らの狙いがわからないし、それに私の任務は君を守ることで、それを頼んだのがのあさんだからね。何よりもそれは最優先なのさ。」

彼女が最優先で守れというのであれば、それはそれなりの理由があるんだとのあへの信頼度100%の彼女はさも当然のようにそう言った瞬間、部屋の外から悲鳴が聞こえた。

それは先ほどの彼の声そっくりで、だんだん遠ざかっていくような、そんな悲鳴。

もしかして先ほどの彼がやられてしまったのではと焦る俺を余所に、彼女が再び何を探るように目を瞑る。

「一階に悪魔が数匹入り込み、一直線にエレベーターのケーブルを伝ってここを目指し登ってきている。」

やけに詳しいねとつぶやく彼女の顔はどこか笑っているように見えた。

「あと数分もすればここにやってくる。その前に脱出するよ。」

「下の階の従業員は無事なんですか!?」

「恐らく君がここにいることがバレているんだろう。あの悪魔が他の人間には目もくれていないらしい。ここまで誰とも会わずに来たというのにどうやって露呈したと言うんだか・・。」

それを聞いて俺もここまでの行動を理解する。

裏口での待機、どの階にも止まらないエレベーター。

俺の存在を隠すためだったのか。

だから報告に来た彼も不思議そうに俺を見ていたのだろう。

どうしたものかと窓まで歩いて行った真木さんは眼下の景色を見て目を見開いた。

遅れて俺も何が起きているのか確認しに覗くと、なにやら窓の下から黒い雲のようなものがせり上がってきていることに気づく。

しばらくそれがなにか眺めているとだんだんシルエットが浮き彫りなってきてわかった。

それらは雲ではなく、蜘蛛だった。

黒く大きな開かれた口がほとんどの割合を占める身体から何本もの足が突き出て、壁にそれを突き立て登ってきているのだ。

眼下の景色を覆いつくさんとするあまりの数に言葉を失う。

それは真木さんも同じようで、焦りの色が俺からも見て取れた。

恐らくなにか中で起こった時はその類まれなる身体能力で窓から飛び降りるつもりだったのだろう。

のあではないから流石に26階から落ちるとひとたまりもないだろうが、壁伝いかなにかで。

「君は相当色物に好かれているみたいだね。」

そう悪態をつく彼女は窓から逃げることができないとわかると今度は屋上に出ようと動くが、その前にとエレベーターの扉を力でこじ開け、中のかごを引き上げるケーブルを力技で切断した。

下から甲高い悲鳴が響き渡るが、それには一切目もくれずもう一本のケーブルも切断し、2つのエレベーターを完全に使用不可能にした。

これで中から上がってくるやつは階段からせこせこあがってくるしかなく、時間は稼げるということなのだろう。

屋上への階段を登りながら真木さんは連絡をどこかに入れているが、繋がらないのか苛立たしそうに携帯を閉じる。

「あんなことしていいんですか!?」

「人は乗っていない。」

「あの、セーフルームは?」

「一時しのぎにしかならない!無理だとわかったらビルごと壊される。」

「でも、屋上に出てもどうするんですか!?」

そうだ。階下からの攻撃を避けて屋上に来たが、これでは何を解決しない。

側面の壁からは大量の蜘蛛が迫ってきているのだ。

鍵のかかっていた扉をこじ開け、なんとか屋上へ出ると、目の前に一台のヘリが置いてあった。

「これで脱出するよ!」

そう言って真木さんは操縦席に乗り込む。

ヘリが操縦できるのか!?この歳で!?

俺とそんなに変わらないように見えるが、ハイスペック過ぎないか?

ますます自分が惨めになるじゃないか。

俺は早く!と急かされ情けなくも助手席に足をかけたとき、屋上への扉からなにかが飛び出てきた。

飛び出てきたミノタウロスのような容姿のそいつはヘリのプロペラに飛び乗り、それをもぎ取ってしまう。

なぜ建物中から悪魔が!?

速すぎる・・・。

さっきエレベーターのケーブルは切断し、階下まで落下していったはず・・・。

いや、2個目のときは悲鳴が聞こえなかったが、まさか一匹そのままエレベーター内の壁を強引に上がってきたのか!?

そしてもぎ取ったヘリのプロペラをその悪魔はガソリンタンクに突き刺し、見事ヘリを爆破させた。

彼女はなんとか爆発する前にヘリから抱えられて飛び出すことに成功したが、唯一の脱出の望みが破壊され、真木さんは怒りを露わにする。

爆発の中ケタケタと笑いながら佇むそいつに向かっていき鋭いパンチを繰り出すが、そいつはただ笑っているだけではなかった。

完全に不意打ちのように見えた真木さんのパンチをノールックで避けたかと思うと、お返しとばかりに人間の上半身程もある拳を振り抜く。

彼女はそれを避けきれず屋上に張り巡らされているフェンスに勢いよく叩きつけられた。

ぐしゃっと嫌な音が聞こえ、フェンスが無かったら地上100mの高さから外に投げ出されていたことだろう。

そいつはまたケタケタと不気味に笑いながら周りを見渡し、俺を見つけてニタリとする。

激しく燃え盛る炎を背後にずしずしとヘリのプロペラを担ぎながら近寄ってくるその様子は本当に悪魔そのもので俺は恐怖で足がすくんだ。

だって、次は、俺の番だ。

なんで俺ばっかりこんな・・・。

俺はすっかり怯えきり、悪魔が俺に大きな手を広げて来るのをただ突っ立って見ているしかできずにいると、そいつが急に横を向いた。

真木さんが突っ込んできていたのだ。

その悪魔はそれをさっきのように躱そうとするが、彼女もそれは想定済みだったのか負けじと攻撃を繰り出す。

近接戦闘が始まりその最中、そいつはヘリのプロペラを担いでいる方はどうしても攻撃が大振りになってしまい、当たらないことに気づいたのか彼女と少し距離ができたときにそれを彼女に投げつけた。

屋上のタイルを裂きながらものすごい勢いで彼女に向かっていき、避けろ!と思ったが彼女は動かなかった。

どうしてと思う間もない間に彼女はどうどうと正面でそれを受け止め、それを悪魔に投げ返す。

悪魔は受け止められ、まさか投げ返されるとは思っていなかったのか、対処が遅れ避けることが間に合わなかった。

悪魔もなんとか両手でそれを受け止め、ドヤ顔をこちらに見せる。

しかし彼女はすでに動いており、両手の塞がっているそいつの腹を思い切り殴り、屋上の端まで吹き飛ばす。

良い一撃ではあったのだが、相手を倒すまでには至らず、耐えきったそいつはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

これで終わりかと。

まるで効かんぞと言わんばかりに悪魔は身体を震わせ、勝ち誇った咆哮を掲げる。

だが、そいつは気づいていなかった。

背後のフェンスがクシャクシャになっており、使い物にならなくなっていたことを。

彼女はダメ押しとばかりにそいつに一撃をお見舞いする。

それはガードの上からだったがそいつを一歩後ろに下げ、屋上から押し出すには十分だった。

そいつは自分を支えるはずの物がないことにそこで初めて気づいたがもうすでに遅かった。

悔しそうな悲鳴をあげながら地球の重力に引っ張られ奈落の底に落ちていく。

もうすぐ足元まで来ていた蜘蛛の目の前を格好の獲物が通過し落下していき、数十体が目移りし、追いかけて逆走しようとして背後から来ていた後続と揉み合って一緒に落下していくのが見えた。

もうすぐそこまで蜘蛛の群れが迫ってきている。

一難去ってまた一難、糠喜びしている暇はないらしい。

「どうするんですか、ここから・・・。」

俺は満身創痍で額から血を流している真木さんに問う。

「どう、しようかね・・・。」

空から逃げる方法を失い、この高さでは飛び降りることもできない。おまけに身体は傷だらけときた。

彼女も頭を抱え、どうしたものか悩んでいるように見える。

壁をよじ登ってくる音が更に大きくなり、一か八か中のセーフルームまで戻るかと思ったとき、上から大きな翼を仰ぐ音が聞こえた。

鳥・・・?

俺はその音を聞いて空を見上げるとそこには黒い鳥?のようなものがだんだんこちらに降りてきているのが見えた。

いや、人間か?

よくわからない。

大きな翼があるが肉体は人間のようで鳥人間のようなシルエットだが遠いせいか顔が見えない。

味方か?と淡い期待に胸を躍らせてそいつが近づいてくるのを待っていたが、直ぐに逃げなかったことを後悔した。

そもそもどう見ても人の形ではないのに期待するのがおかしかったのだ。

人外な力を持ったものに出会いすぎて感覚がおかしくなっていた。

そいつには顔が無かった。

俺はそのようなやつを知っている。

顔の無い人間の姿をした化け物を。

「真木さん!中に逃げましょう!!」

そいつは大きな羽音を羽ばたかせながらゆっくりと降りてくる。

「アアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!」



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