8 謎めいた命令
そのころ中村は、寝過ごしていた。
ひたすら長く、ただただ地味な、堯史との調整。それが、夢にまで出てきていた。
「正気か鮎川? こんな調整、聞いたことないぜ」
「いいんだよ。全国で勝ち抜くには、これくらいの運を味方につけなきゃならないだろ」
「そうかねえ」
中村は首をひねる。堯史の言い分が、どうしても腑に落ちなかった。
「まあ、なんだ。お前に言っても釈迦に説法なんだけどさ。この作業はあまりにも、浮き世離れしすぎてるんじゃないか」
「わかってるよ」
「なら、どうしてだよ? 今からでも普通の方法にしたっていいだろ。いや、そもそも。お前は先週、そうしてデッキを完成させてるはずだ」
大会の二週間前。すなわち、堯史がジェローナと出会う前。
二人は『ごく普通の』スパーリングを行い、『そこそこ上質な』デッキを作り上げていた。
流行のデッキをコピーして。それらの長所と短所を明確にして。
その上で、より多くの流行モノに対して、より高確率で弱点を突いていける。そんなデッキを形にしていた。
「タッチ赤『悲壮破りの軍師、スオウ』デッキ。青白コントロールに有利取れるってんで結論出たじゃねえか」
中村の抗議に、しかし堯史は素知らぬ顔をした。
「おまえが不満に思うのは当然だよ、中村。だからこそ、豚ダブルおごってまで頼んだんだ」
「いや、調整付き合うのは構わないんだよ。『t赤スオウ』を止めたって、それはそれで構わない。俺が気になってるのは、今のこの行動だ」
そして堯史のラップトップを指さす。
「動画を再生しながら、トップメタが作りうる状況を打破する一枚を探すなんて。いいか、バカげてる!」
堯史の反感を買うことを覚悟しながら、しかしそう言わざるを得なかった。
彼らの行動は、以下の通り。
堯史がたたき台としてのデッキ、中村が流行最前線のデッキを握る。そのプレイを録画しながら、プレイを行う。試合終了後、動画を再生。中村のピークタイム――デッキの長所が最も輝くタイミング――周辺の状況を再現し直す。そこから、中村の攻めを凌いだり、覆せる手札・ドローを探っているのだ。
「なんとでも言え。オレは、自分の運に賭けることにしたんだ」
そうまで言われても、堯史の顔色は変わらない。
「全国っつー舞台で勝つには、オレの技術は未熟なんだよ。普通のデッキ使って負けにいくくらいなら、変ちくりんなデッキ使って一か八か試したいのさ」
「それが、滝登りの台詞とは思えないんだよ。最年少ベスト8なんだぜ、お前は」
「ベスト8を狙うつもりはないってことさ」
弱気な台詞のわりに、平然とする堯史。中村は、押さえていた感情が膨らむのを感じた。
「わけがわから--」
ばちっと瞼が持ち上がった。
「ーーねえよ」
見慣れた天井が見えた。
一瞬だけ混乱して、すぐに状況を理解した。
「自分の寝言で起きちまった。きもちわりい」
頭がふらつく。それでも、今しがたの夢ははっきりと思い出せた。
ーーわけがわからねえよ。
それは本当は、言いたくても言えなかった言葉だった。
どこか切羽詰まったような堯史に、気圧されて。
喉元で留まった抗議だった。
(結局、あいつはのらりくらりとしたままで。俺は最後まで、協力せざるを得なかった)
バカげてるとは思いながらも。
断りきれないまま、堯史はデッキを完成させた。
(俺からすれば、完成だなんて言えないけどな。ありゃデッキじゃねえ。厚紙の束だ)
溜息を吐いて、枕元の目覚まし時計に目を落とす。
「ってえ! なんだこの時間は!」
午前九時半。
堯史が一回戦のテーブルに着き、まさにゲーム開始の合図を待っている頃だった。
準備もそこそこに、中村は自転車に飛び乗った。
大きめのバックパックの中で、数えるほどの荷物が揺れる。
幸運にも、会場までは自転車で二十分ほど。
型遅れで安物のロードバイクを全力で漕ぎ、なんとか十五分で到着した。
汗も拭わず、スクロールカップの観客席へ駆ける。
まだ一回戦ということで、そこの人入りはまばらだった。
観客席といっても、直接的に観戦できるわけではない。
ライブビューイングのように、カメラを通した映像を見ることになる。
観客たちが肉眼で注目するには、カードはあまりにも小さすぎるからだ。
複数ある画面から堯史を見つけだす。友人は、新たなゲームを始めようとしていた。
(一本目はもう終わっちまったのか)
各対戦は、二本先取のマッチ方式である。このタイミングで互いの場にフロントしか出ていないということは、二本目に入ろうとしているということで間違いはない。
(鮎川。勝ったのか? どうなんだ)
目を離してスマートフォンで調べようか迷っていると、誰かが中村の名前を呼んだ。
「鈴木じゃん。やっぱ来てたのな」
高校時代の旧友が、そこにいた。
「ま、な。馬渡が出場してるから」
「そういやあいつ、神奈川二位なんだよな。応援したいのは山々だけど」
「中村は千葉一位が大学同じなんだっけか」
「おう。あのテーブルなんだけどさ。一本目の勝敗知らない?」
すると鈴木は、壁際のホワイトボードを指さした。
「二番テーブル、鮎川対月居。一本目は、取れたのか!」
「ちょっと見た感じだと」
と、鈴木。
「月居の方は、ファンデッカーだな。リンゲージ軸の」
「そりゃ楽な相手と当たったもんだな」
中村はとぼけるような顔をした。
「先月までは強かったけどな。型は豊富で破壊耐性があって、打点も高いっつー」
「『巧緻なる魔皇子、レクトル』は、ありゃ強すぎてた。制限食らって当然だろ」
「でも先月までにしこたまポイント溜めてたから出場--ってところか」
十分考えられる話だ、と中村は笑った。
「けど、相手の--鮎川? あいつのデッキも、大概だぜ。なんだありゃ、三色グッドスタッフか?」
「鈴木、やっぱそう思うよな」
「そらそうよ。シナジー無さそうな制限カードがポンポン飛んでて、何がしたいのかまるで判らん」
「俺、あのデッキの調整、ずっと手伝ってたけどさ」
画面の向こうの堯史を見る。
互いに手札を補充し終わって、月居の先行1ターン目。
調整の時と同じような、底の知れない顔が目に付いた。
「なのに正直、わからねえ。ただ、あいつはあのデッキに、絶対の自信を持ってる」
後攻1ターン目、理想的なフラグメントを配置したのが見えた。
「それは確実だ」




