7 戦嵐のうねり
翌日の土曜、午前八時半。
横浜にある大規模イベント会場に、尭史は足を踏み入れた。
「去年より人が多いかもな」
何食わぬ顔でぶらぶらと歩く。
「結構人入りがあるものなのね。ここまで大きな会場とは思わなかったわ」
(エキスパート構築の国内大会としては、年間通じて最大だからね。これぐらいは必要さ)
「馬上槍試合が出来そうな広さよ? ここがあの、テーブル一つあれば足りるゲームのために使われるとは思えないのよ」
そりゃトーナメント違いだな、と尭史は肩をすくめた。
(スクロールカップのメインである構築戦だけだったら、ここの半分も必要ないだろうね。でも今日はそれ以外にも、一般プレイヤーが楽しむためのイベントが開催するからさ)
「どんなの?」
(大きいものから言うと、まず大規模ドラフト戦。ものすごく簡単に言えば、来週末に発売予定の最新エキスパンションをその場で開封して、その中身のカードだけ使ってバトルする大会)
「それも、参加するのは数十人でしょ?」
(とんでもねえ。一部門百六十人参加で、今日と明日合わせて四部門。小計六百四十人がプレイする計算さ)
「ぎょー」
(隅っこのブースでは、会場限定のオフィシャルショップが設けられてる。隣の小ホールは交流スペース、という名の公認即売会だ)
「即売会?」
(一般ユーザーが作った二次創作のマンガとか、キーホルダーとか、攻略本とかを、作った本人が売るイベントさ。普通の版権者はそういうの嫌がるんだけど、S.N.o.W.はカードを作らない限りで認可してる)
「よくわからないけど楽しそうね」
(あと、コスプレも可。モノ持参してる人は、みんな外にしかいられないけど)
「なにそれ」
(仮装)
「ああ! それは判るわ。聖染騎士団でも、新人が好んでやってたっけ。伝説の武人のマネをすると士気が上がるとかって言って」
(思った以上にコスプレそのものでオレは驚いたよ)
そんな会話をしておきながら、尭史はあらゆるコーナーを素通りしていく。
「あれ。どこにも寄らないの? どらふとっていうの、好きそうなのに」
(並行開催って言ったろ。スクロールカップの参加者は、空き時間に覗く程度しか参加できないよ。ま、一回戦敗退とかだったら、話は別だけど)
オレたちには無縁だろ? と尭史はウインクしてみる。
「……へたくそ。こうやるのよ」
ジェローナの方が、明らかに様になっていた。
辿り着いたのは、やや大きめの会議室。
五十人ほどのプレイヤーが、そこにはいた。
「ここは?」
(選手控室。ここに居る人みんな、スクロールカップの参加者だ)
スタッフに呼び止められ、尭史はプレイヤーIDカードを提示する。
「千葉県代表、鮎川尭史さんでお間違いないですね」
デッキの登録用紙と、注意事項確認のサイン用紙。それと引き替えに首から下げるネームタグと簡単な腕章を受け取り、部屋の中に通された。
そこの空気には、すでに緊張感があった。
会話している者もいたが、半分以上は口をつぐみ、ピリピリとしていた。
尭史の後からも、何人かが入室してくる。それで全員なのか、スタッフが少し気を楽にしていた。
「何人が参加してるんだっけ?」
(あれ、言ってなかったか。64人だよ。全都道府県から、ここまで来てる)
「それってすごいこと?」
(手前味噌だけど、国中から集められた猛者ってことだ。そうだな、詳しく言うなら)
一つ唸ってから、また口を開いた。
(S.N.o.W.のプレイヤーは、無料でIDカードを作れるんだけどさ。公式大会で一定以上の成績を残すと、規模と順位に応じたポイントが加算されるわけよ)
「勝利の価値を数字で表したもの、と」
(まずそのポイントが、先月の地点で、各都道府県中最も高かった者が選ばれる。これで47人な。札幌、仙台、横浜、神戸、広島、松山、福岡は二位まで。東京、大阪、名古屋は三位までが出場権を持つ)
「えっと。それで60人かしら。あと四人は?」
(今月の頭に札幌、東京、大阪、福岡で行われた選考会の一位通過者。これで全部ってわけだ)
「ふむふむ。で、尭史は?」
(オレは千葉のポイント獲得数一位だ。二年ぶり二回目の出場)
「尭史って、実はすごかったのね」
ようやく気付いたか、と得意げだった。
規定の集合時間まで、十分足らず。
二人は静かに会話を続けていたが、ふとジェローナが眉をひそめた。
「ねえ。誰か、こっち見てない?」
尭史が顔を上げると、見知らぬ顔と目があった。
(誰だろう。見ない顔だ)
強豪の顔は大抵知ってるはずなんだけど、とジェローナにこぼす。
男は細目で、ひょろひょろとしていた。
一見してまだ若いことが明白だった。同じくらいの歳か、と尭史は思う。
するとその男が近づいてきた。安っぽいウォレットチェーンが、ジャラジャラうるさい。
「そこにいるのは、『滝登りの鮎川』サンじゃありませんのん?」
その一言で、尭史は苛立ちを覚えた。
「そう呼ぶヤツもいますね」
「いやー、嬉しいなあ。僕がこのゲーム始めたころに知ってから、憧れてたんですわあ」
「そりゃ、どうも」
「自分、同い年なんでタメきいていいですよん」
「んじゃ、きみもそれでいいよ」
「いいんですのん? 遠慮しませんよん」
(男だってのに、なんつーしゃべり方だ。こいつ!)
内心気味が悪くて仕方なかった。
「おっと、申し遅れてしまった! 僕、焔村光秀ってーのん。こないだの福岡大会で運良く優勝させてもらって、ここに来ましてねん」
「ああ、そうか。きみが焔村光秀か。名前は大会レポートで見たよ」
「さすがに情報通ですなん。マッチしたときはお手柔らかに頼みますわ」
「こんなところでなければね」
「って、あ! あそこに居るのは『関西の重鎮』増子サン! ご挨拶に行かねば! そいじゃ、またお話しましょうねん」
慇懃無礼にお辞儀をして、焔村は去っていった。
(なんだったんだ、あいつ。見た目も中身も気持ち悪い)
「尭史は嫌いそうね、ああいうタイプ」
(ローナは好きなのか?)
「いや、私は……ええと」
(なんだよ)
「なんか気持ち悪いな、って」
(一緒じゃねえかよ)
「ううん、そういうんじゃなくて。違和感があって」
(それくらい、オレもあったけど)
「あの人最後にお辞儀したでしょう? そのときなんか、目が合ったような気が」
(んなわけあるか。気のせいだろ)
尭史は一蹴した。それでもジェローナの心には、言いようのないわだかまりが残った。
結果からいえばそれは、気のせいではなかったのだが。
しかし彼女がその正体に気付くのは、ずっと後のことである。
「そういえば、ちょくちょく言われてるけどさ。『滝登りの鮎川』ってなんなの?」
(知りたいのか)
「まあ、気になるし」
(どうしても知りたいか)
「ますます気になるわよ」
(だったら教えてもいいけど。絶対その名前で呼ぶなよ)
「わかった」
話を聞いた後どうするか、ジェローナはもう決めていた。
(二年前、オレが高校二年のときにさ。東京選考会に出たら、ものすごいツキの良さのおかげで優勝してさ。スクロールカップの本戦に出場したんだ)
「一回目の出場ってことね」
(そこで、当時は発展途上だった赤黒緑ドラゴン・ミッドレンジっつーデッキを握って挑んだんだよ。そしたら予想以上に相手の予想を裏切れてよ。ベスト8まで進めたんだ」
(すごいじゃない)
(準々決勝では対策されて、負けたんだけど。それでも大会史上最年少でのベスト8だってことで、ちょっと注目を受けた。大会後、インタビュー受けて専門誌に載ったんだけど、そんときの煽り文句が)
「『滝登りの鮎川』と」
(魚が滝を昇って龍になった、っつー中国故事、知ってっかな。それにあやかって、無名のオレがドラゴンで勝ち進んだことを表したって触れ込みなんだけど)
「しゃれてるじゃない」
(バカ言え。故事の中の魚は、鯉なんだよ。鮎じゃねえんだよ)
それを聞いて、ジェローナは吹き出した。
(な、なんだよ)
「や、思った以上に細かいコトだったから! 鮎川だけど鯉。ぶふっ。ダメ、ツボ入っちゃった」
(そんなに面白いかぁ?)
「だってだって! 鯉だけど鮎川だからイヤなんでしょ。可笑しいわそれー」
いつかのように、ジェローナはゲラゲラと笑う。
(笑うのはいいけどさ。いいか、呼ぶなよ。絶対滝登りって呼ぶなよ)
「またまたー。そんなこと言って、ほんとはオイシイって思ってるんでしょ。すごく笑えるもんね、滝のぼ……え、なにその手は。あっだめやめて! 逆さまヤメテ!」
(やめない)
「ぎゃー! バカー! バカ滝登りバカ尭史ー!」
(こりないヤツだな)
そのときだった。
「本戦出場者のみなさま、おはようございます。これより、運営上の注意およびトーナメント表の発表を行います。どうぞ部屋の前の方にお集まり下さい」
スタッフの一声で、64人がぞろぞろと動く。ジェローナはまだバタバタと動く。
「ね、尭史。言わないから。もう言わないから! つまんない注意事項聞いてないで直してよっ」
(いやーちゃんと聞いておかないと失格になるかもしれないしなー)
「元に戻してくださいお願いしますっ」
(よし)
百八十度ひっくり返すと、ジェローナはやはりぐったりとした。
「鬼。尭史、鬼だわ。ポケットの中に川が見えた」
(それより見とけ。トーナメント表が映されるぞ)
「え、なに。もう出番なの?」
言葉と同時に、プロジェクターに図が映された。
「う。目の前グラグラで、全然読めないんだけど」
(左の列の上から三番目。すぐに対戦始まるぜ)
「嘘でしょおー?」
(でも幸か不幸か、ローナの出番はなさそうだ)
「え?」
鮎川尭史の下に記された、一回戦の対戦相手の名。
月居妙。
「オレの実力だけで、楽に勝てそうだ」
そう、うっかり口にすると。
尭史の左肩が、がっしりと捕まれた。
「鮎川くん? そりゃー聞き捨てならねーよー?」
「お、おう。月居……。おはよう」
癖っぽい黒髪から、大きな瞳が覗く。
月居は、女性だった。




