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断罪予定の悪役令嬢なのに、最推しの氷の公爵が「お前のすべてを独占する」と異常な過保護で迫ってくる  作者: 黒崎 隼人


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第7話「夜会の火花と冷徹な牙」

 王宮のシャンデリアが放つ光は、辺境の静謐な夜に慣れたレティシアの目には眩しすぎて、目を刺すように映った。

 新入生を歓迎する王室主催の夜会。

 本来ならば、王太子の婚約者として華やかに振る舞うはずだった場所だ。

 しかし今、レティシアは広間の隅に設けられた最も格式高い席で、ただ静かにグラスの水を口に運んでいた。

 彼女の隣には、漆黒の夜会服に身を包んだユリアンが座っている。

 彼がそこにいるだけで、周囲の貴族たちは半径数メートル以内に決して近づこうとしなかった。

 彼のまとう魔力の冷気が、見えない壁となって二人を俗世のざわめきから隔離している。


「退屈か」


 ユリアンがグラスをテーブルに置き、レティシアを見下ろした。


「いいえ。こうしてユリアン様と静かに過ごせるだけで、十分に満たされておりますわ」


 レティシアが微笑むと、ユリアンの強張っていた肩の力がわずかに抜けた。

 だが、彼の視線は常に広間の中を鋭く巡回し、レティシアに向かうわずかな悪意すらも探し出そうとしている。

 その時、人混みが割れ、きらびやかな衣装をまとった一団がこちらへ歩み寄ってきた。

 先頭を歩くのは、金髪を美しく整えたセドリック。

 そして彼の腕には、白いドレスに身を包んだエラーラが寄り添っていた。

 彼女の首元には、王家の宝物庫から持ち出されたに違いない、大粒の魔石のネックレスが光っている。

 光の魔力を増幅させる、国宝級の品だ。

 ユリアンの青い瞳が、すっと細められた。


「やあ、辺境の君主殿。王都の夜会は少し華やかすぎたかな」


 セドリックはグラスを片手に、余裕を装った笑みを浮かべて立ち止まった。

 だがその笑みは、ユリアンの放つ圧倒的な冷気を前にして、かすかに引き攣っている。


「王太子殿下こそ、随分と安っぽい玩具を拾い上げられたようだ。夜会の品位が疑われますな」


 ユリアンの声は、氷の底から響くように低く、一切の感情を排していた。

 エラーラの肩がビクッと跳ね、彼女はセドリックの腕にしがみつくようにしてユリアンを見上げた。


「ユリアン公爵様……。私、ずっとあなたのことが気になっていました。その冷たい魔力の奥で、あなたがどれほど孤独に震えているのか、私にはわかるんです」


 エラーラの緑色の瞳が、潤みを帯びてユリアンに向けられる。

 ネックレスの魔石が共鳴し、彼女の周囲に柔らかな光の粒子が舞い散った。

 それは、見る者の心を無意識に惹きつけ、同情と庇護欲を掻き立てる特殊な波長を持っていた。

 周囲の貴族たちが、うっとりとしたため息を漏らし、エラーラを聖女でも見るような目で見つめる。

 物語の強制力が働いているのだと、レティシアは直感する。

 光の魔力が周囲の認識を不自然に書き換え、彼女を正義の存在へと押し上げようとしているのだ。


「レティシア様も、どうか彼を解放してあげてください。公爵様を独占して、ご自分の虚栄心を満たすのはもうやめて……!」


 エラーラがレティシアに向かって、悲痛な声を上げた。

 広間の視線が一斉にレティシアに集まる。

 王太子をたぶらかし、今度は辺境の公爵を魔女のように縛り付けている悪女。

 エラーラの魔力によって増幅されたその印象が、空気のように広間を満たしていく。

 レティシアが口を開こうとした、その瞬間だった。


「……黙れ」


 地を這うような、恐ろしいほどの怒気を孕んだ声。

 ユリアンが立ち上がった。

 次の瞬間、エラーラの首元で輝いていた国宝級の魔石が、甲高い音を立てて粉々に砕け散った。


「きゃあっ!」


 エラーラが悲鳴を上げ、首を抑えてうずくまる。

 広間を満たしていた柔らかな光の粒子が、一瞬にして凍りつき、氷の粉となって床に落ちた。


「な、何をする! これは王家の宝だぞ!」


 セドリックが顔を真っ赤にして怒鳴りつける。

 だがユリアンは、虫けらでも見るような冷酷な視線を彼に向けた。


「私の婚約者に、二度とその穢れた光を向けるなと言ったはずだ。王家のガラクタ程度で、私の魔力に抗えるとでも思ったか」


 ユリアンの一歩に合わせ、広間の床一面に白い霜が放射状に広がっていく。

 シャンデリアの光が弱まり、室内の気温が急激に低下した。

 着飾った貴族たちが、あまりの寒さと恐怖に歯の根も合わず、次々とその場に崩れ落ちる。


「私の目の前で、彼女を貶める言葉を吐いた罪は重い。王太子と言えど、ただで済むと思うな」


 ユリアンの右手に、青白い氷の槍が形作られていく。

 明確な殺意。

 このままでは、王太子暗殺の罪で彼が破滅してしまう。


「ユリアン様、いけません!」


 レティシアは咄嗟に立ち上がり、ユリアンの背中に抱きついた。

 彼の身体は、抑えきれない怒りと魔力の暴走で、ひどく冷たく硬直していた。


「手を放せ、レティシア。こいつらは、お前を侮辱した。生かしておく理由は微塵もない」


「私は傷ついてなどいません! だから、お願いです。これ以上、魔力を使わないで」


 レティシアは彼の背中に頬を押し当て、腕に力を込めた。

 彼の服越しに伝わる、狂おしいほどの怒りと、自分を守ろうとする不器用な熱。


「あなたが罪に問われることの方が、私にとっては耐えられないのです。どうか、私のために怒りを鎮めてください」


 レティシアの震える声が響いた瞬間。

 ユリアンの周囲に渦巻いていた冷気が、嘘のようにピタリと止んだ。

 形作られかけていた氷の槍が崩れ落ち、床を覆っていた霜が瞬く間に溶けて消えていく。

 ユリアンはゆっくりと振り返り、レティシアの顔を見下ろした。

 彼の瞳の奥にあった殺意が消え、代わりに、ひどく切実な執着の色が浮かび上がる。


「……お前が、そう望むなら」


 ユリアンはレティシアの肩を抱き寄せると、床にへたり込んでいるセドリックとエラーラを一瞥した。


「命拾いしたな。次はないぞ」


 冷徹な警告を残し、ユリアンはレティシアを伴って広間を後にした。

 二人の姿が見えなくなってからも、広間には死のような静寂と、恐ろしいほどの冷気の余韻が残り続けていた。

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