第13話「永遠の誓いと微熱の檻」
辺境の公爵邸は、数日にわたって吹き荒れた猛吹雪によって外界から遮断されていた。
厚い雲が太陽を隠し、昼間であっても屋敷内には薄暗い影が落ちている。
だが、レティシアのいる空間だけは、常に暖炉の火が赤々と燃え、心地よい温度が保たれていた。
ユリアンが彼女のために、魔力を駆使して屋敷内の気候を微細に調整しているのだ。
「……そろそろ、王都からの使者が来る頃でしょうか」
窓枠に積もった雪を見つめながら、レティシアがぽつりと呟いた。
セドリックの失脚後、新たな王太子として彼の実弟が立てられ、王家の権威を立て直すための事後処理が慌ただしく進められているという報告は、諜報員を通じてユリアンの耳にも入っていた。
辺境の公爵でありながら、王都の勢力図を単独で塗り替えた彼に対し、新体制の王家がどのような態度に出るのか。
「来るはずがない」
背後から、ユリアンの低い声が響いた。
振り返る間もなく、彼の長い腕がレティシアの腰に回され、背中が彼の広い胸板に密着する。
「私があの愚か者を失脚させたことで、王家は私という存在の本当の恐ろしさを骨の髄まで理解したはずだ。今更、この辺境に手出しをしようなどと考える命知らずはいない」
彼の吐息が、レティシアの耳たぶをかすめる。
王都での戦いを終えてから、ユリアンのレティシアへの執着は、もはや隠そうともしない剥き出しの熱を帯びていた。
「では、私たちはこのまま……ずっとここで?」
「不満か」
ユリアンの声が、わずかに低く沈む。
彼がレティシアの腰を抱く腕の力が強まり、逃げ道を塞ぐように身体がより密着した。
「いいえ。不満など、あるはずがありませんわ。ただ……」
レティシアはユリアンの腕の中で少しだけ身をよじり、彼を見上げた。
「ユリアン様が、これで本当に良いのかと。あなたは、王国でも並ぶ者のいない強大な力を持っていらっしゃる。その力を、この雪に閉ざされた辺境で、私一人のためだけに使っていて良いのでしょうか」
それは、ゲームの知識を持つレティシアだからこそ抱く、わずかな罪悪感だった。
本来のシナリオであれば、彼はその力で王国を未曾有の危機から救い、歴史に名を刻むはずだったのだから。
だが、ユリアンは鼻で笑った。
「くだらない。国家の安寧など、私の知ったことか」
彼の冷たい指先が、レティシアの頬をなぞる。
「私の力は、私が守りたいと思うもののためだけに存在する。そして、私が守りたいのは世界でただ一人、お前だけだ。それ以外のすべてがどうなろうと、私の心が揺らぐことはない」
断言するその声には、微塵の迷いもなかった。
ユリアンの青い瞳が、レティシアの瞳を真っ直ぐに射抜く。
そこにあるのは、自己犠牲でも使命感でもない。ただ純粋で、恐ろしいほどの独占欲と愛情だけ。
「ユリアン様……」
「お前は、私の運命を狂わせた。私という化け物を鎖に繋ぎ、この微熱の檻に閉じ込めた。その責任は、一生かけて取ってもらう」
ユリアンがレティシアの唇を塞ぐ。
それは、有無を言わせぬ支配の口付けだった。
彼の舌がレティシアの口内を深く探り、彼女の呼吸を自分のものとして奪い尽くしていく。
レティシアは抵抗するどころか、彼の首に腕を回し、その冷たく熱い感触に溺れていった。
(ああ、これでいい。これが、私の望んだ結末だ)
王太子妃という肩書きも、社交界の華やかな生活も、すべて捨てて手に入れた、最強で最愛の推しとの永遠。
二人の唇が離れた時、レティシアの頬は熱く上気し、ユリアンの青い瞳は底なしの愛執に濁っていた。
「愛しています、ユリアン様」
レティシアが囁くと、ユリアンは彼女の額にそっと唇を落とした。
「お前のその言葉が、私の唯一の命綱だ」
吹雪の音だけが響く静寂の屋敷で、二人は互いの体温を確かめ合うように、再び深く抱き合った。




