第12話「北の最果て、雪に閉ざされた檻」
王都のざわめきを背に、公爵家の馬車は北へとひた走る。
窓の外の景色は、次第に色を失い、白一色の雪原へと変わっていった。
辺境の領地へ近づくにつれ、ユリアンのまとう魔力は本来の冷たさと強さを取り戻していく。
だが、それは周囲を威圧するためではなく、ただ一人、隣に座るレティシアを外の寒気から守るための、極めて繊細な結界として機能していた。
「寒くはないか」
分厚い毛皮の外套に包まれたレティシアを、ユリアンが自身の腕の中に引き寄せる。
「平気です。ユリアン様がこうして温めてくださいますから」
レティシアが彼の胸元に顔を埋めると、ユリアンは短く息を吐き出し、彼女の髪にそっと顎を乗せた。
王都での出来事は、すべてが遠い夢のようだった。
セドリックの失脚、エラーラの追放。
それらのニュースは、辺境の深い雪に吸い込まれ、二人の耳に届くことはもうない。
馬車が巨大な鉄格子の門を抜け、凍てつく静寂に包まれた公爵邸に到着した。
出迎えた執事や使用人たちの顔には、以前のような怯えの色はなかった。
彼らは、主人が連れ帰った一人の令嬢が、この氷の屋敷にどのような変化をもたらしたのかを、すでに十分に理解しているのだ。
「お帰りなさいませ、旦那様。レティシア様」
執事の深い一礼に迎えられ、二人は屋敷の中へと足を踏み入れた。
暖炉の火が赤々と燃え、以前は肌を刺すようだった室内の空気も、今は心地よい温もりに満ちている。
ユリアンの魔力が制御され、彼自身の心が安定している証拠だった。
その夜。
レティシアは、ユリアンの寝室に招き入れられていた。
王都の別邸での夜から、彼らは互いの距離を測ることをやめ、より深い部分で繋がり合うことを求めていた。
天蓋付きの広大なベッド。
ユリアンはレティシアの髪を梳きながら、彼女の白い首筋に幾度も唇を落としていた。
「お前は、本当にここにいていいのか」
彼の声は、かすかにかすれていた。
「王都にいれば、もっと華やかな生活が待っていただろう。私のような化け物の側ではなく」
「まだそのようなことを仰るのですか」
レティシアは身をよじって彼に向き直り、その冷たい頬を両手で包み込んだ。
「私が望んだのは、華やかな生活ではなく、あなたです。この雪に閉ざされた屋敷こそが、私の世界のすべてですわ」
ユリアンの瞳が、大きく揺れる。
彼はレティシアの腰を強く抱き寄せ、その言葉を反芻するように深く息を吸い込んだ。
「……お前は、私を狂わせる」
ユリアンの唇が、レティシアの唇を塞ぐ。
それは、これまでのどんな口付けよりも深く、そして甘かった。
彼の冷たい指先が、ドレスの背中のリボンを解いていく。
衣擦れの音が、静寂の部屋にひどく生々しく響いた。
「もう、引き返せないぞ」
「引き返すつもりなど、最初からありませんわ」
レティシアの言葉に、ユリアンの理性が千切れる音がした。
彼の重い身体がレティシアをシーツに縫い留め、その冷たい肌が彼女の熱を貪るように重なり合う。
吐息が混ざり合い、視界が白く明滅する。
レティシアは彼に身を委ねながら、深い解放感に包まれていた。
悪役令嬢として破滅するはずだった運命を自ら叩き壊し、手に入れた最高の結末。
愛する最推しの、すべてを独占しているという絶対的な優越感。
(私は、彼を救ったんじゃない。私が、彼に救われたのね)
ユリアンの腕の中で、レティシアはそっと瞳を閉じた。
外では吹雪が吹き荒れ、屋敷を白い闇の中に閉じ込めていく。
だが、この氷の檻の中だけは、恐ろしいほどの熱情と、甘やかな幸福に満ちていた。
もはや、誰も二人を引き離すことはできない。
雪に閉ざされた辺境の地で、二人の狂おしくも美しい時間は、永遠に続いていく。




