第79話 帰る場所
湖畔での夜を明かした翌朝、ノアが、思いがけない話を持ちかけてきた。
「結月。君の力が、これほどまでに成熟した今なら、できることがある」
「できること、って?」
結月が首を傾げると、ノアは、静かな眼差しで告げた。
「君が、最初にこちらの世界に来たときの、あの『継ぎ目』。あれを、意図的に、もう一度開くことができるかもしれない」
結月は、息を呑んだ。
「元の世界に、帰れるってことですか」
「一時的にか、恒久的にかは、わからない。だが、可能性は、確かにある」
その言葉に、結月の胸の中に、様々な感情が渦巻いた。祖母の顔、故郷の神社、友人の茉莉、そして、あの日置いてきた、日常の全て。
「レインさんは、このこと」
「まだ、伝えていない。決めるのは、まず君自身だと思ったから」
結月は、しばらく黙り込んだ。あの日、皆既月食の夜に、コハクを追いかけて飛び込んだ、あの光の渦。あそこから始まったこの世界での日々が、脳裏を駆け巡る。
「祖母に、会いたいです」
結月は、静かに、しかし確かにそう言った。
「無事だってことを、伝えたい。それに、色々な人に、心配をかけたままだから」
「わかった。準備には、少し時間がかかるが、可能な限り、力を貸そう」
結月は、レインの元に戻り、事の次第を伝えた。レインは、しばらく無言で、結月の話に耳を傾けていた。
「帰るのか」
「わかりません。ただ、祖母に、会いに行きたいんです」
結月の言葉に、レインは、静かに頷いた。
「それなら、一緒に行く。俺も、お前の故郷を、見てみたい」
「レインさんが、来てくれるんですか」
「当然だ。お前が、どこに行くにせよ、離れるつもりはない」
その言葉に、結月は、胸が熱くなるのを感じた。
数日後、準備が整い、ノアの導きのもと、結月とレインは、かつての境宮神社の裏山に相当する、こちらの世界の場所へと向かった。ノアが、慎重に境目を探り、かつての「継ぎ目」の痕跡を辿っていく。
「見つけた。ここに、微かな繋がりが残っている」
ノアの言葉に、結月は、両手を構えた。セレイアから受け継いだ技術、そして、これまでの旅で培った、全ての制御術を注ぎ込む。
目の前の空間が、ゆっくりと、歪み始めた。あの夜と同じ、しかし、あの夜よりも、遥かに安定した、確かな輪が、形作られていく。
「これが……」
輪の向こうに、見覚えのある景色が、薄っすらと浮かび上がってきた。木々の合間から見える、朱色の鳥居。結月は、思わず、涙が滲むのを感じた。
「行けそうです」
「無理はするな」
レインの言葉に、結月は頷いた。輪は、確かに開いている。だが、これを完全に安定させ、通り抜けるためには、まだ、慎重な調整が必要だった。
「もう少しだけ、時間をください」
結月は、輪に向き直り、両手に、さらに意識を集中させた。故郷への道が、今、確かに、目の前に開かれようとしていた。
レインが、結月の隣で、静かに輪の輝きを見つめていた。
「本当に、大丈夫か」
「はい。ちゃんと、帰ってきます。おばあちゃんに、顔を見せたら」
結月の声には、迷いのない、確かな温かさが宿っていた。
第79話 了
※ 「はじまりの森で、拾われました。」
という、少女が主人公の異世界冒険恋愛ものの投稿を開始しました。
良ければ、一度お読みいただければ嬉しいです。
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