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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第78話 伝えたい言葉

 王都を離れ、結月とレインは、かつて訪れたことのある、あの湖畔へと足を運んでいた。


 戦いの喧騒が去った後の静けさの中、湖面は、これまで見たどの時よりも、穏やかな輝きを湛えていた。二つの月は、もう完全に離れ、それぞれの軌道を、静かに巡り始めている。


「ここに来るの、久しぶりですね」


 結月は、湖畔に腰を下ろしながら、懐かしそうに呟いた。レインも、隣に座り、湖面を見つめる。


「あの頃は、これほどの戦いになるとは、思っていなかったな」


「わたしも、です」


 結月は、これまでの旅を、静かに思い返した。境獣に襲われた夜、レインに助けられたあの瞬間から、全てが始まった。数え切れないほどの出会いと、別れと、そして、命懸けの戦い。


「レインさん」


「何だ」


「これまで、本当にありがとうございました」


 結月の言葉に、レインは、少し驚いたように振り返った。


「今更、改まって、どうした」


「改めて、ちゃんと伝えたかったんです。あなたがいなかったら、わたしは、とっくに、どうにかなっていたと思います」


 結月は、湖面に映る自分たちの姿を見つめながら、続けた。


「セレイアさんは、独りぼっちでした。でも、わたしは、あなたがいてくれたから、最後まで、自分自身でいられました」


「それは、俺だけの力じゃない。フィオナ様も、ノアも、ゼルギウスも、みんなの想いがあったからだ」


「はい。でも、一番、そばで支えてくれたのは、レインさんです」


 結月は、まっすぐに、レインの目を見つめた。心臓が、早鐘を打っている。それでも、この言葉だけは、今、はっきりと伝えたかった。


「わたし、レインさんのことが、好きです」


 その一言に、レインは、しばらく言葉を失ったように、結月を見つめ返した。夕日が、二人の顔を、橙色に染め上げている。


「……知っていた」


「え?」


「お前の気持ちくらい、とっくに気づいていた」


 レインの声には、これまでにない、柔らかな響きがあった。結月は、頬が熱くなるのを感じた。


「じゃあ、なんで、何も言ってくれなかったんですか」


「お前が、自分の口で、伝えてくれるのを、待っていた」


 レインは、静かに、結月の手を取った。


「俺も、同じ気持ちだ。出会った頃から、ずっと」


 結月は、その言葉に、胸が溢れそうになった。これまでの旅の全てが、この瞬間のために、積み重ねられてきたかのような気がした。


「これから、どうなるにしても、俺は、お前のそばにいる」


「わたしも、レインさんのそばに、いたいです」


 二人の視線が、静かに絡み合った。湖面に、二人の影が、寄り添うように映り込んでいる。言葉はもう、いらなかった。ただ、互いの温もりだけが、確かな答えを示していた。


 夕日が、ゆっくりと、湖の向こうに沈んでいく。穏やかな静けさの中、結月は、これまでの旅で得た、最も大切なものの一つを、確かに、その手に抱きしめていた。


 二つの月は、もうすっかり離れ、それぞれの静かな軌道を巡っている。結月は、レインの肩に、そっと頭を預けた。長かった旅の果てに、ようやく辿り着いた、穏やかな夜だった。


第78話 了


※ 「はじまりの森で、拾われました。」

  という、少女が主人公の異世界冒険恋愛ものの投稿を開始しました。

  良ければ、一度お読みいただければ嬉しいです。

  https://kakuyomu.jp/works/2912051606207709228

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