第77話 それぞれの道
それから一ヶ月が経つ頃には、王都には、すっかり穏やかな日常が戻っていた。
白門教会は、王家の主導のもと、大規模な改革が進められていた。カイエンに連なる腐敗した幹部たちは、次々と処分され、代わりに、良識ある聖職者たちが、新たな体制を築き始めている。
「教会の門――境界を越えるための正規の施設は、これからは、王家と共同で管理することになったわ」
フィオナは、王立図書館の一室で、結月とレインに、最新の状況を説明していた。
「密輸や、危険な人体実験に繋がるような研究は、全面的に禁止。透明性のある運用が、義務付けられることになったの」
「よかった……本当に」
結月は、心から安堵の息を漏らした。あの地下施設の光景は、思い出すたびに、今も喉の奥を締め付けてくる。だが、これで、二度と同じ悲劇が繰り返されることはない。
「フィオナ様は、これから、どうなさるんですか」
結月の問いに、フィオナは、少し照れくさそうに微笑んだ。
「陛下から、教会改革の監督役に任命されたの。王女という立場も、こういう時には、役に立つものね」
「大変な役目ですね」
「ええ。でも、やりがいはあるわ。あなたたちが、命懸けで暴いてくれた真実を、無駄にしないためにも」
フィオナの声には、これまで以上の力強さが宿っていた。結月は、その姿に、心強い頼もしさを感じた。
その後、結月たちはゼルギウスの元を訪ねた。彼は、教会の再建に携わる中で、新たに設立された「境界監視隊」という組織の、初代隊長に任命されていた。
「これまでの罪滅ぼしには、程遠いだろうがな」
ゼルギウスは、簡素になった詰所で、静かにそう語った。
「これからは、教会の武力としてではなく、王国全体の安全のために、この剣を振るうつもりだ」
「オルクレインの誓いを、これからも、続けていくんですね」
結月の言葉に、ゼルギウスは、静かに頷いた。
「セレイア様の記憶を守るという、本来の使命だ。今度こそ、正しい形で」
結月は、その決意に、深い敬意を覚えた。かつての敵が、今は、確かな信頼のおける仲間として、この世界のために動いている。
王都を発つ前、結月たちは、ガイウスの工房にも立ち寄った。彼は、証言をきっかけに、教会改革の象徴的な存在として、多くの人々から感謝されるようになっていた。
「あんたのおかげで、俺も、ようやく前を向けそうだ」
ガイウスは、そう言って、深く頭を下げた。結月は、その言葉を、静かに噛みしめた。
救出された子供たちの多くも、少しずつ、それぞれの日常を取り戻しつつあった。ガレスの村長の元に預けられた子供たちからは、時折、フィオナを通じて、元気な様子を伝える手紙が届いていた。
「みんな、ちゃんと、前を向いて生きてるんですね」
結月は、届いた手紙の一つを読みながら、静かに微笑んだ。長かった戦いの果てに、確かに、多くの人々の日常が、取り戻されていた。
「次は、俺たちの番だな」
レインが、隣で静かに言った。結月は、その言葉に、少し首を傾げた。
「わたしたちの、番?」
「お前自身の、これからのことだ」
レインの言葉に、結月は、はっとした。教会という大きな脅威は去った。だが、自分自身の未来については、まだ、何も決めていなかった。
窓の外、王都の空に、穏やかな夕暮れの光が差し込んでいた。それぞれの道を歩み始めた仲間たちを見送りながら、結月は、自分自身の、これからの道について、静かに考え始めていた。
レインが、隣に並び、静かに問いかけた。
「決まったら、教えてくれ」
「はい。でも、たぶん、もう決まってる気がします」
結月は、湖畔の方角――かつて訪れた、あの静かな場所を思い浮かべながら、小さく微笑んだ。
第77話 了




