第76話 静まる荒野
結月が再び目を覚ましたのは、三日後のことだった。
見慣れた木の天井――王都に用意された療養所の一室だった。窓から差し込む光が、柔らかく部屋を照らしている。
「……ここは」
「王都だ。あの後、フィオナ様の手配で、すぐに運ばれた」
枕元に座っていたレインが、安堵の表情で答えた。結月は、ゆっくりと体を起こそうとした。全身に、まだ重い疲労が残っていたが、それ以上に、確かな安堵が、体の奥から湧き上がってきた。
「わたし、ちゃんと、戻ってこられたんですね」
「ああ。お前は、最後まで、自分自身を保ち続けた」
レインの声には、深い誇らしさが滲んでいた。結月は、自分の両手を見つめた。もう、透ける気配はない。しっかりと、この世界に、根を張っている感覚があった。
「荒野は、どうなりましたか」
「裂け目は、完全に閉じた。ノアが確認してくれたが、境界は、これまでにないほど安定しているそうだ」
結月は、深く息を吐いた。世界を飲み込もうとしていた危機が、確かに、去ったのだ。
「カイエンは」
結月の問いに、レインの表情が、わずかに翳った。
「捕らえられた。だが、力の反動で、体は大きく衰弱している。裁きは、これから正式な手続きを経て下されるだろう」
「そう、ですか」
結月は、複雑な思いを抱えながら、静かに頷いた。あれほどの野望を抱いた男が、最後には、自らの力に飲み込まれかけていた。その末路に、勝利の喜びだけでは片付けられない、重い余韻が残った。
「子供たちは」
「全員、無事だ。それぞれの家族の元に、少しずつ、戻り始めている」
その言葉に、結月は、心から安堵した。ガレスで、大聖堂で、そして、この荒野で助け出した、多くの子供たちの笑顔が、脳裏に浮かぶ。
部屋の扉が開き、ノア、フィオナ、そしてゼルギウスが、次々と姿を見せた。
「結月!」
フィオナが、駆け寄って結月の手を握った。目には、涙が滲んでいる。
「本当に、心配したのよ。もう、二度とあんな無茶はしないで」
「約束は、できません。でも、無理はしないように、気をつけます」
結月の答えに、フィオナは苦笑した。ゼルギウスも、静かに頭を下げる。
「境界の乙女。いや、天野結月殿。改めて、感謝を」
「ゼルギウスさんこそ、本当に、ありがとうございました」
「オルクレインの誓いを、ようやく、本来の形で果たせた気がする」
ゼルギウスの声には、これまでにない、清々しい響きがあった。ノアは、結月の枕元に寄り添い、静かに目を細めた。
「セレイアも、きっと、安心しただろうね。三百年越しに、ようやく肩の荷を下ろせたんじゃないかな」
結月は、その言葉に、胸が熱くなるのを感じた。セレイアが辿った孤独な道の先に、自分が見つけた答えが、確かに、意味を持っていたのだと、実感できた。
「これから、どうなるんでしょうか」
結月の問いに、フィオナが、真剣な表情で答えた。
「教会の再建には、まだ時間がかかるでしょうね。でも、良識のある聖職者たちの手で、少しずつ、健全な組織へと立て直していく方針が、すでに固まりつつあるわ」
結月は、窓の外に広がる、穏やかな王都の風景を見つめた。長い戦いの果てに、ようやく訪れた、静かな日常。その尊さを、これまでのどの瞬間よりも、深く噛みしめていた。
ノアが、窓辺に降り立ち、静かに告げた。
「セレイアの結晶も、役目を終えて、静かに眠りについたようだ。彼女も、ようやく、安らぎを得たのかもしれない」
結月は、その言葉に、深く頷いた。長い旅の果てに辿り着いた、確かな平穏だった。
第76話 了
※ 「はじまりの森で、拾われました。」
という、少女が主人公の異世界冒険恋愛ものの投稿を開始しました。
良ければ、一度お読みいただければ嬉しいです。
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