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境界の乙女  作者: みぎみみ


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80/80

第80話 境界の上で


 輪をくぐり抜けた瞬間、結月の鼻先に、懐かしい土と木々の匂いが広がった。


 見慣れた裏山の景色。杉の大木、古びた祠、そして、その先に続く、見慣れた小道。結月は、震える足で、一歩を踏み出した。


「本当に、戻ってきた……」


 隣に立つレインも、物珍しそうに、周囲を見渡していた。異国の景色に、興味深そうな視線を向けている。


 結月は、小道を駆け下りた。境内が見えてくるにつれ、心臓の鼓動が、次第に速くなっていく。


「おばあちゃん!」


 結月の声に、境内を掃いていた祖母――汐里が、驚いたように振り返った。箒が、その手から、乾いた音を立てて落ちる。


「結月……? 結月なの……!?」


 汐里は、震える足で駆け寄り、結月を強く抱きしめた。


「生きてたのね……! ずっと、ずっと、心配してたのよ……!」


「ごめんね、おばあちゃん。心配かけて、本当にごめんなさい」


 結月は、祖母の胸の中で、涙を流した。あの月食の夜から、どれほどの月日が流れたのか、正確にはわからない。だが、祖母の腕の温もりは、記憶の中のものと、少しも変わっていなかった。


「どこに、行ってたの。何があったの」


 汐里の問いに、結月は、少し困ったように微笑んだ。


「信じてもらえるか、わからないけど、全部、話すね」


 境内に、コハクの姿はなかった。だが、汐里は、結月の疑問を察したように、静かに告げた。


「コハクなら、あなたがいなくなった後、しばらくして、ふらっと帰ってきたのよ。少し痩せていたけど、元気にしてる。今は、縁側で昼寝してるんじゃないかしら」


 結月は、その言葉に、胸が温かくなった。あの日、ミアと共に、別の世界で新しい家族を見つけたはずのコハクが、いつの間にか、こちらの世界にも、帰ってきていたらしい。境界に選ばれた者でなくとも、あの猫だけは、昔から迷わずどこへでもふらりと現れる、そういう生き物だった。まるで、境界を、自由に行き来する存在のように。


「あの、おばあちゃん。紹介したい人がいるの」


 結月は、少し離れた場所で、遠慮がちに立っていたレインを、手招きした。


「レイン、です。よろしくお願いします」


 慣れない敬語で挨拶するレインの姿に、結月は、思わず小さく笑ってしまった。汐里は、しばらくレインを見つめた後、優しく微笑んだ。


「結月を、支えてくれた人なのね。ありがとう」


「こちらこそ。結月さんには、俺の方こそ、何度も救われました」


 その日の夜、結月は、久しぶりに、自分の部屋で眠りについた。翌朝、汐里に、これまでの旅の全てを、時間をかけて語った。境界魔法のこと、レインやノア、フィオナ、ゼルギウスとの出会い、そして、命懸けで乗り越えてきた、数々の戦い。


「大変な旅だったのね」


 汐里は、静かに、結月の話に耳を傾けた後、そう呟いた。


「でも、あなたの目を見ればわかるわ。とても、良い経験をしてきたのね」


「うん。辛いことも、たくさんあったけど」


「それでも、あなたは、そこで、自分の居場所を見つけたのね」


 その言葉に、結月は、深く頷いた。


 数日間、故郷での穏やかな時間を過ごした後、結月は、再び、エルミラへと戻る決意を固めた。フィオナやゼルギウス、そして、これから始まる教会の改革――やるべきことは、まだ、たくさん残っている。


「また、行くのね」


 汐里の問いに、結月は、静かに頷いた。


「でも、これで終わりじゃない。ノアの力があれば、こうやって、行き来できるから」


「境目の上に、立ち続けるのね」


 汐里の言葉に、結月は、はっとした。それは、まさに、自分が選んだ道そのものだった。


「うん。境宮神社で、境目を大事にしなさいって教わって育ったから。血筋とか、選ばれたとか、そういうことじゃなくて――ただ、自分がそうありたいから、これが、わたしの役目なんだと思う」


 結月は、鳥居の下に立ち、朱色の柱を、そっと見上げた。この場所から、全てが始まった。そして、これからも、この場所が、二つの世界を繋ぐ、大切な結び目であり続けるのだろう。


 旅立ちの朝、結月は、レインと共に、再び裏山の継ぎ目へと向かった。ノアが、静かに二人を待っていた。


「フィオナ様やゼルギウスさんにも、また会えますよね」


「もちろんだ。そして、この先も、こうして、二つの世界を行き来しながら、君は生きていく。境界の乙女として、そして、天野結月として」


 ノアの言葉に、結月は、力強く頷いた。輪が、静かに開いていく。向こう側には、エルミラの荒野に降り注ぐ、二つの月の光が見えた。


「行ってきます、おばあちゃん」


「いってらっしゃい。また、帰ってきてね」


 汐里の見送りを背に、結月は、レインと手を取り合い、輪の中へと、一歩を踏み出した。


 境界の上に立つ者として、二つの世界を、これからも繋いでいく。それが、結月が、自分自身の力で見つけた、確かな居場所だった。光の向こうに広がる新しい景色に向かって、結月は、迷いのない足取りで、歩き出した。


第80話 了


―完―


最後までお読みいただきありがとうございました。


※ 「はじまりの森で、拾われました。」

  という、少女が主人公の異世界冒険恋愛ものの投稿を開始しました。

  良ければ、一度お読みいただければ嬉しいです。

  https://kakuyomu.jp/works/2912051606207709228

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