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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第72話 覚悟

 裂け目の中心に近づくにつれ、結月の全身に、これまで感じたことのない圧力がのしかかってきた。


 空気そのものが、悲鳴を上げているようだった。地面の亀裂から漏れる光は、もはや、目を開けていられないほどの強さを放っている。


「本当に、大丈夫なのか」


 レインが、隣を歩きながら、何度目かの問いを繰り返した。結月は、その声に、静かに頷いた。


「怖いです、正直。でも、やらなきゃいけないことだから」


「俺が、代わってやれたら、どれだけよかったか」


 レインの声には、深い悔しさが滲んでいた。結月は、足を止め、レインの手を、そっと握った。


「代われることじゃないって、わかってますよね」


「わかっている。それでも、思わずにはいられない」


 結月は、小さく微笑んだ。この数ヶ月、共に過ごしてきた時間が、走馬灯のように頭をよぎる。境獣に襲われたあの夜、村での穏やかな日々、王都での出会い、そして、数々の戦いの記憶。


「レインさん」


「何だ」


「もし、わたしが、うまく戻ってこられなかったら」


「結月」


「最後まで、聞いてください」


 結月は、静かに、しかし確かな声で続けた。


「もし戻れなかったら、悲しんでほしいけど、自分を責めないでほしいです。わたしは、自分の意志で、この道を選びました」


 レインは、しばらく無言で、結月を見つめていた。やがて、静かに、しかし強く、結月を抱きしめた。


「戻ってこい。絶対に、俺がお前を、繋ぎ止める」


 結月は、その温もりに、目を閉じた。恐怖は消えない。それでも、この温もりが、確かな支えになることを、結月は知っていた。


「行きましょう」


 結月は、レインの腕の中から、静かに離れた。ノアが、二人の元に駆け寄ってくる。


「準備は、いいか」


「はい」


「セレイアが最後に立った場所――尖塔の中心に、まだ、彼女の力の残滓が残っている。そこを起点にすれば、これから行う縫い直しを、少しでも安定させられるはずだ」


 結月は頷き、瓦礫を乗り越えながら、尖塔の中心へと向かった。かつて、セレイアの結晶に触れ、力の一部を託された、あの場所だった。


「セレイアさん」


 結月は、静かに、そこにいるはずの存在に語りかけた。


「あなたが最後に選んだ道を、わたしも、今から選びます。でも、あなたと同じ結末にはなりません。わたしには、支えてくれる人たちがいますから」


 返事はなかった。だが、結月は、確かに、その場に、微かな温もりが宿っているのを感じた。まるで、遠い過去から、静かに見守ってくれているかのように。


「レインさん、ノア。それから、みんな」


 結月は、周囲に集まった仲間たちを見渡した。ゼルギウス、そして、遠く荒野で戦い続ける有志たち。全ての想いが、今、結月の背中を押していた。


「行ってきます」


 結月は、両手を、尖塔の中心――裂け目の最も深い場所へと、静かに差し伸べた。世界の全てを賭けた、最後の縫い直しが、今、始まろうとしていた。


 輪の向こうから吹き込む風が、結月の髪を、静かに揺らした。ここから先は、もう、引き返せない。それでも、結月の瞳に宿る光は、最後まで、迷いのないものだった。


第72話 了


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