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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第71話 最後の綻び

 カイエンが倒れてもなお、光の柱は、勢いを衰えさせなかった。


 むしろ、支配者を失ったことで、力そのものが暴走を始めているようにも見えた。裂け目は、じりじりと、その口を広げ続けている。荒野の各所では、なおも魔物との戦いが続いていた。


「ノア、これを止める方法は」


 結月は、荒い息を吐きながら、ノアに問いかけた。ノアは、裂け目を見つめながら、これまでになく深刻な表情を浮かべていた。


「セレイアが行ったのと、同じ方法しかない」


 その言葉に、結月の心臓が、大きく跳ねた。


「生と死の境界に、直接、触れる方法ですね」


「そうだ。世界中の綻びを縫うのとは、規模が違う。だが、この一点――大崩壊戦争最大の傷跡であるこの場所を、完全に縫い直せば、暴走は止まるはずだ」


 ノアの声には、隠しきれない苦渋が滲んでいた。


「だが、それは、セレイアが辿った道と、同じことになる」


「わたしの、存在の輪郭が、境界に溶け込む……」


 結月は、自分の両手を見つめた。あの夜、透け始めた指先の感触が、生々しく蘇る。あれよりも遥かに大きな力を、今、使わなければならない。


「他に、方法はないんですか」


 レインが、切迫した声で尋ねた。ノアは、静かに首を振った。


「今のこの規模の裂け目を、他の手段で塞ぐことは、不可能だ。時間をかければ、あるいは別の方法が見つかるかもしれない。だが、今、この瞬間にも、裂け目は広がり続けている」


 結月は、荒野の各所で戦い続ける、多くの人々の姿を見渡した。ゼルギウス、元教会の騎士たち、カルダンから駆けつけてくれた女性、そして、名も知らぬ多くの有志たち。誰もが、命を懸けて、この場所を守ろうとしている。


「わたしが、やります」


 結月の宣言に、レインが、鋭い声で反応した。


「だめだ! セレイアと同じ結末になるかもしれないんだぞ!」


「わかってます。それでも、他に方法がないなら」


「結月……!」


 レインの声が、悲痛な響きを帯びた。結月は、その顔を、まっすぐに見つめ返した。


「レインさん、覚えてますか。前に約束しましたよね。わたしの名前を呼んでくれるって」


「ああ、覚えている。だが」


「今度は、それだけじゃ足りないかもしれません。でも、それでも、みんなが、わたしを繋ぎ止めてくれるって、信じています」


 結月の声には、恐怖と、それを上回る確かな決意が滲んでいた。ノアが、静かに口を開いた。


「セレイアは、独りだった。だが、君は違う。今、この場に集まった全ての人の想いが、君の錨になる。それが、セレイアの時とは違う、唯一の希望だ」


 結月は、深く頷いた。荒野に散らばる、戦い続ける人々の姿を、一人一人、目に焼き付ける。


「みんな、聞こえますか」


 結月は、力の限り、声を張り上げた。ゼルギウスや、周囲で戦う有志たちが、驚いたように振り返る。


「これから、あの裂け目を、完全に縫い直します。危険な力を使うので、みんなの想いを、貸してください」


 結月の言葉に、一瞬の静寂が広がった。だが、すぐに、ゼルギウスが力強く応じた。


「もちろんだ。存分に使え」


「わたしも!」


「俺もだ!」


 次々と、声が上がった。結月は、その一つ一つを、確かに受け止めた。胸の奥に、これまでにない、温かく、そして力強い感覚が満ちていく。


「行きましょう」


 結月は、レインとノアを伴い、光の柱の中心へと、静かに歩き出した。世界の運命を左右する、最後の縫い直しが、今、始まろうとしていた。


 レインとゼルギウスが、それぞれの得物を握り直し、結月の後に続いた。荒野に集まった全ての人々の視線が、静かに、しかし確かに、結月たちの背中を見送っていた。


第71話 了


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