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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第69話 対峙

「レインさん、ノア、ここは任せます」


 結月は、裂け目の外周部への干渉を、一旦、最小限に留めた。このままでは、埒が明かない。根本を断つには、カイエン自身を止める以外に、道はなかった。


「結月、一人で行くつもりか」


「カイエンを止められるのは、わたしだけです」


 結月の決意に、レインは一瞬、躊躇いを見せた。だが、その目に宿る強さを見て、静かに頷いた。


「行け。俺たちは、ここで魔物を食い止める」


「ありがとうございます」


 結月は、震える足を叱咤しながら、カイエンの元へと向かった。カイエンは、結月の接近に気づき、口元に薄い笑みを浮かべた。


「一人で来るとは、勇気があるな。それとも、無謀と言うべきか」


「あなたを、止めます」


 結月は、両手を構えた。カイエンの纏う赤黒い光は、これまでにない強さで脈動している。境界そのものと融合しかけているその姿は、もはや、人間の域を超えた存在に見えた。


「止める、か。だが、お前一人の力で、これを止められると、本気で思っているのか」


 カイエンが腕を振るうと、赤黒い触手が、結月に向かって殺到した。結月は防御の膜を張りながら、間合いを詰めていく。


「あなたの計画には、大きな穴があります」


「穴、だと?」


「あなたは、力だけを求めて、誰の心も、繋ぎ止めていません」


 結月は、触手を膜で受け流しながら、まっすぐにカイエンを見据えた。


「セレイアさんは、独りぼっちで境界を縫いました。でも、それは、力を貸してくれる人がいなかったからです。あなたは、力があっても、それを分かち合う相手すら、作ろうとしなかった」


「くだらない感傷だな」


 カイエンは、鼻で笑い飛ばした。だが、結月は、怯まずに続けた。


「境界を操る力は、誰かを守りたいという想いが、あって初めて、意味を持つんだと思います。あなたのように、ただ支配のためだけに使う力は、いずれ、自分自身を蝕みます」


「戯言を」


 カイエンが、これまでにない速さで距離を詰めてきた。結月は咄嗟に膜を張ったが、その一撃は、これまでのどの攻撃よりも重かった。膜が、大きく軋み、亀裂が入る。


「くっ……」


 結月は弾き飛ばされ、地面に転がった。全身に、鋭い痛みが走る。カイエンは、ゆっくりと歩み寄りながら、冷ややかに見下ろした。


「所詮、お前も、未熟な小娘に過ぎない。セレイアの力の一端を継いだだけで、彼女の域には到底及ばない」


 結月は、震える体を、必死に起こそうとした。全身が、悲鳴を上げている。それでも、諦めるという選択肢は、頭の片隅にすら浮かばなかった。


「まだ……終わってません」


 結月は、両手を構え直した。だが、力の消耗は限界に近づいている。カイエンとの実力差は、この瞬間、あまりにも明確だった。


「無駄な抵抗を」


 カイエンが、再び腕を振り上げた。結月は、その一撃を防ぐだけの力を、もはや持ち合わせていなかった。それでも、目を逸らさず、まっすぐに、迫り来る力を見据え続けた。


 ――ここで、諦めるわけには、いかない。


 結月の胸の奥で、何かが、静かに、しかし確かに、燃え上がろうとしていた。


 それは、恐怖でも、絶望でもなかった。これまで積み重ねてきた全ての出会いと、託された全ての想いが、結月の内側で、確かな熱として、静かに燃え上がろうとしていた。


第69話 了


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