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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第68話 開き始めた裂け目

 遺跡の中心――かつてセレイアが最後の戦いを繰り広げた展望台の跡地に、結月とレイン、ノアは辿り着いた。


 だが、そこに広がっていた光景は、想像を絶するものだった。石畳に刻まれていた結び目の紋様が、大きく引き裂かれるように歪み、その中心から、赤黒い光の柱が、天へと立ち上っている。光の中には、無数の影――魔界エレボスの魔物たちの姿が、うっすらと透けて見えた。


「もう、こんなに……」


 結月は、その光景に、言葉を失った。三百年もの間、セレイアの力によって、辛うじて保たれていた境界が、今、まさに崩れ去ろうとしている。


「間に合わなかった、のか」


 レインの声に、絶望が滲んだ。だが、その時、光の柱の手前に立つ、カイエンの姿が見えた。


「もう少しだ。あと少しで、完全に繋がる」


 カイエンの体は、これまで以上に、境界の光と一体化しているように見えた。半分人間、半分は、もはや何か別のものへと変質しかけている。


「カイエン、止めてください!」


 結月が叫ぶと、カイエンはゆっくりと振り返った。


「まだ諦めていなかったか。だが、もう遅い」


 カイエンが手をかざすと、光の柱が、さらに激しく脈動した。裂け目の奥から、複数の魔物が、この世界へと這い出してくる。


「くっ……!」


 レインが剣を構え、飛び出してきた魔物の一体を斬り伏せた。だが、次から次へと、新たな魔物が現れ続ける。


「結月、境界を、少しでも押し戻せないか!」


 レインの叫びに、結月は両手を構えた。裂け目そのものに、意識を伸ばす。だが、その規模は、これまで結月が扱ってきたどの境界よりも、遥かに大きく、そして荒々しかった。


「押し戻すには、足りない……!」


 結月の力だけでは、完全に食い止めることはできない。それでも、少しでも、時間を稼がなければならない。結月は、裂け目の縁――境界の外周部に、必死に力を注ぎ込んだ。


 完全に閉じることはできないが、拡大の速度を、わずかに遅らせることはできる。それでも、体力の消耗は、これまでにない速さで進んでいった。


「持ちこたえろ、援軍が来る!」


 ノアが叫んだ。荒野の方角から、ゼルギウスと、集まった有志たちが、次々と駆けつけてくるのが見えた。


「加勢するぞ!」


 ゼルギウスが、突破してきた魔物の群れに、剣を振るいながら叫んだ。有志たちも、それぞれの武器を手に、裂け目から溢れ出す魔物たちに立ち向かう。


「ありがとうございます、みんな……!」


 結月は、涙が滲むのを堪えながら、裂け目への干渉を続けた。多くの人々が、この危機を止めるために、命を懸けて戦ってくれている。その事実が、結月の胸に、確かな力を灯していた。


「カイエン、あなたは、これで何を得るつもりですか」


 結月は、力を注ぎながら、なおもカイエンに問いかけた。カイエンは、赤黒い光に包まれながら、静かに答えた。


「両世界の支配、そして――永遠の力だ」


「そのために、大勢の人を犠牲にするんですか」


「犠牲なくして、何が得られるというのだ」


 カイエンの声には、もはや、人間らしい感情の欠片も感じられなかった。結月は、その虚しさに、深い哀しみを覚えながら、なおも、両手に力を込め続けた。


 荒野全体が、境界の崩壊と、それを食い止めようとする者たちの叫びで、混沌の渦に包まれていた。決着の時は、確実に、目前に迫っていた。


 結月は、力を振り絞りながら、裂け目の縁に、なおも意識を注ぎ続けた。腕が震え、視界が霞み始める。それでも、諦めるという選択肢は、微塵も浮かばなかった。


第68話 了


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