第65話 荒野の悲鳴
「北東の荒野に、大規模な魔力反応――!」
王城の一室に、伝令の声が響き渡った。結月たちは、療養を終えたばかりの体を押して、緊急の会議に集まっていた。
「セレイアの遺跡がある、あの場所か」
レインが険しい表情で尋ねると、フィオナが地図を広げながら頷いた。
「斥候からの報告では、カイエンとその残存戦力が、荒野に集結しつつあるそうよ。目的は、まだ完全には掴めていないけれど」
「決まっています」
結月は、拳を握りしめた。カイエンが最後に語った言葉――「セレイアごと、封をこじ開ける」という発想が、脳裏に蘇る。
「あの場所の裂け目を、直接、こじ開けるつもりです」
「そんなことをすれば、どうなる」
ゼルギウスの問いに、ノアが緊張した声で答えた。
「セレイアが縫い留めていた綻びが、完全に破られる。三百年前とは比較にならない規模の裂け目が、そのまま開放されることになる」
「魔界エレボスの軍勢が、無制限に流れ込んでくる、ということですか」
「そうだ。しかも、あの場所は、大陸の中央部にも近い。被害の規模は、想像もつかない」
結月は、荒野の光景を思い出した。三百年前の傷跡が、今も生々しく残る、あの土地。そこが完全に崩壊すれば、王国どころか、大陸全体が、危機に晒されることになる。
「行かなければ」
結月の言葉に、迷いはなかった。フィオナが、真剣な表情で頷く。
「王家の軍も、動員できる限りの兵を、荒野へと向かわせるわ。でも、荒野までは距離がある。到着までに、数日はかかってしまう」
「その間に、儀式が始まってしまったら」
「だからこそ、あなたたちには、先行して向かってもらいたいの」
フィオナの言葉に、結月は頷いた。ゼルギウスも、剣を握り直しながら口を開く。
「俺も、共に向かう。かつての同僚の中にも、まだ良識を残している者がいるはずだ。彼らに声をかければ、先行部隊として、いくらかの戦力は集められる」
「頼りにしています」
結月の言葉に、ゼルギウスは、静かに頷いた。会議室に、緊張感のある沈黙が満ちる。
「レインさん、体は」
結月が心配そうに尋ねると、レインは、包帯の巻かれた胸元を軽く叩いた。
「もう平気だ。お前の力のおかげでな」
「無理はしないでください」
「それは、お前にも言えることだ」
レインの言葉に、結月は小さく苦笑した。互いに、無理を承知で、この戦いに向かおうとしている。それでも、止まるという選択肢は、もう誰の中にもなかった。
「出発は、明日の朝一番で」
フィオナの声に、全員が頷いた。会議室を出た結月は、窓の外、王都の空を見上げた。夜空に浮かぶ、完全に重なり合った二つの月が、これまでになく不吉な輝きを放っているように見えた。
荒野の彼方で、世界の運命を左右する、最後の戦いが、確実に近づいていた。
レインが、結月の隣に立ち、静かに剣を確かめた。
「明日から、休む間もなくなる。今夜だけは、しっかり眠っておけ」
「レインさんも、ですよ」
結月の言葉に、レインは小さく頷いた。決戦を目前に控えた王都の夜は、これまでのどの夜よりも、静かに、そして重く更けていった。
第65話 了




