第62話 退却
ゼルギウスとカイエンの剣戟は、これまでのどの戦いよりも激しかった。
オルクレイン家に代々伝わる剣技は、教会に仕える中で磨かれたものだが、その根底には、セレイアを守るために生まれた、本来の技があった。ゼルギウスは、その原点を思い出すように、一撃一撃に、これまでにない鋭さを込めていく。
「――ほう」
カイエンが、初めて、明確に押される素振りを見せた。ゼルギウスの剣先が、カイエンの変化した腕の、わずかな隙間を捉える。
「な……!」
浅くだが、確かな傷が、カイエンの腕に走った。赤黒い光が、その傷口から、噴き出すように漏れ出す。
「くくっ……面白い。血が、こんなにも脆いとはな」
カイエンは、自らの腕を見つめ、忌々しげに呟いた。人工的に取り込んだ力は、確かに強大だが、自然な境界とは違う、無理のある構造をしている。その脆さを、ゼルギウスの一撃が、的確に突いていた。
「レインさん、ノア、子供たちを!」
結月は、震える体を叱咤しながら、声を張り上げた。二人は頷き、まだ触媒として繋がったままの子供たちの元へと駆け寄る。
「結月の力で、ほとんどの糸は断ち切れている。あとは、俺たちの手で、直接運び出すだけだ」
レインの言葉に、結月は頷いた。全身に力は残っていないが、意識だけは、はっきりと保っていた。
ゼルギウスとカイエンの攻防は、なおも続いていた。だが、傷を負ったカイエンの動きに、明らかな精彩の欠如が見え始めている。
「これ以上、ここに留まるのは、得策ではないな」
カイエンは、そう呟くと、大きく後方へと跳び退いた。祭壇の水晶に手をかざし、何かを操作するような仕草を見せる。
「逃がすか!」
ゼルギウスが追撃しようとしたが、カイエンの周囲に、再び触手が形成され、その行く手を阻んだ。
「今日のところは、退かせてもらう。だが――」
カイエンの視線が、結月に向けられた。
「お前の力、確かに見せてもらった。次に会う時までに、もっと成長しておくことだ。中途半端な力のままでは、こちらとしても、興が削がれる」
その言葉を最後に、カイエンの姿は、赤黒い光と共に、祭壇の奥へと消えていった。祭儀の間に、重い静寂が満ちる。
「逃げられた、か……」
ゼルギウスが、剣を杖代わりにしながら、荒い息を吐いた。結月は、その場に崩れ落ちそうになるのを、辛うじて堪えた。
「でも、子供たちは……」
「全員、無事だ」
レインの声に、結月は振り返った。触媒の術式から解放された子供たちが、次々と、意識を取り戻し始めている。虚ろだった目に、少しずつ、光が戻っていく様子に、結月は、涙が込み上げるのを感じた。
「よかった……」
結月は、その場に膝をついた。全身から力が抜け、視界が霞む。だが、それでも、確かな安堵が、胸を満たしていた。
「フィオナ様に、連絡を」
結月は、震える手で懐の通信具を握りしめた。この光景を、この結果を、一刻も早く、外の世界に伝えなければならない。
祭儀の間の外、大聖堂を取り囲むように、王家の直轄部隊が動き始める気配が、微かに伝わってきていた。長かった戦いの一つの区切りが、ようやく、訪れようとしていた。
結月は、通信具を握りしめながら、これまでの旅の全てが、ようやく一つの形を結ぼうとしていることを、静かに実感していた。まだ、全てが終わったわけではない。それでも、確かな前進だった。
第62話 了




