第57話 祭儀の間
扉の向こうに広がっていたのは、これまで見たどの光景よりも、凄惨なものだった。
円形の広間の中心に、巨大な魔法陣が描かれ、その周囲を取り囲むように、無数の子供たちが横たえられている。一人一人の体から伸びる光の糸が、中心の魔法陣へと吸い込まれるように集束していた。
「なんて、ことを……」
結月の声が、震えた。子供たちの数は、ガレスで見たものとは比較にならない。おそらく、王国各地から集められた、全ての「触媒」が、この場に集約されているのだろう。
「まだ、間に合う」
レインが低く呟いた。結月は頷き、一歩踏み出そうとした。だが、広間の入り口を守るように立っていた、白い甲冑の兵士たちが、一斉にこちらへと向き直った。
「侵入者だ! 排除せよ!」
号令と共に、十人を超える兵士たちが、四人を取り囲むように展開した。ゼルギウスが前に出て、剣を構える。
「かつての部下たちだ。手荒な真似はしたくないが」
「加減してる余裕は、なさそうですね」
結月の言葉と同時に、兵士たちが一斉に斬りかかってきた。レインとゼルギウスが、それぞれの得意な間合いで応戦する。二人の剣筋は、これまで見たどの戦いよりも息が合っていた。かつての上官と部下という関係が、思わぬ形で連携を生み出している。
「結月、子供たちを!」
レインの声に、結月は頷き、魔法陣の方角へと駆け出した。ノアが先導するように、その傍らを走る。
「まず、光の糸を断ち切らないと、子供たちの魔力が奪われ続ける」
「わかった」
結月は最も近くにいた子供の元へと駆け寄り、その体から伸びる光の糸に、両手をかざした。触媒として組み込まれた術式と、子供自身の生命力の境目を、慎重に探る。セレイアから受け継いだ技術――複数の境界を同時に扱う感覚を使い、糸を一本、また一本と切り離していく。
「くっ……」
一人ずつ処置していく速度は、決して速くない。だが、確実に、子供たちの体から、生気が戻り始めているのがわかった。
「よし……!」
「まだだ、油断するな!」
ゼルギウスの警告に、結月は顔を上げた。斬り伏せた兵士たちの向こう、広間の奥に据えられた祭壇の前に、いつの間にか、白い法衣を纏った人影が立っていた。
「これはこれは。随分と、賑やかにしてくれるものだな」
カイエンの声は、これまでと変わらず、静かで、どこまでも落ち着いていた。結月は反射的に身構えた。
「大司教猊下……」
「わざわざ、儀式の邪魔をしに来るとは。ご苦労なことだ」
カイエンは、祭壇の中心――脈打つように光る巨大な水晶に、静かに手を添えた。
「だが、少々遅かったな。触媒の力は、すでに半分近く、蓄積が完了している」
「まだ、間に合います」
結月は毅然と言い放った。だが、内心では、動揺を隠しきれなかった。祭壇から放たれる圧力は、これまで対峙してきたどの敵とも、桁違いだった。
「境界の乙女、か」
カイエンの視線が、結月を捉えた。その目には、恐れも敵意もなく、ただ、値踏みするような冷たさだけがあった。
「セレイアの記憶を継ぐ者。ちょうどいい。お前がここにいるなら、儀式の完成に、また一つ、興味深い要素が加わる」
結月の背筋に、ぞくりとした感覚が走った。カイエンの纏う気配が、ゆっくりと変化し始めている。まるで、人間としての輪郭が、内側から作り替えられていくかのように。
「本気を、出させてもらおうか」
カイエンがそう言った瞬間、祭壇全体が、これまでにない強さで脈動した。結月は両手を構え、迫りくる決戦の予兆に、全神経を研ぎ澄ませた。
レインとゼルギウスも、それぞれの得物を構え直した。カイエンの変貌した姿は、これまで対峙してきたどの敵よりも、底知れない不気味さを纏っていた。だが、三人の間に、怯みの色はなかった。
第57話 了




