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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第56話 突入

 典礼の夜が、ついに訪れた。


 王都ヴェルダリアの空には、二つの月が、静かに重なり合おうとしていた。街は建国記念祭の賑わいに包まれ、通りには灯りが溢れている。だが、その華やかさの裏で、大聖堂は、これまでにない厳重な警備に固められていた。


「予定通り、東側の搬入口を使う」


 ゼルギウスが小声で告げた。結月、レイン、ノア、そしてゼルギウスの四人は、資材を運ぶ荷馬車に紛れ、大聖堂の外壁へと近づいていった。


「衛士の配置は、こちらで調整済みだ。今のうちに」


 ゼルギウスの合図で、四人は素早く搬入口の陰に身を寄せた。扉の鍵は、事前にゼルギウスが細工していたらしく、あっさりと開いた。


「ここから、地下へ続く通路がある」


 大聖堂の内部は、外の喧騒とは対照的に、荘厳な静けさに包まれていた。石造りの通路を進むにつれ、結月は、体の奥に、これまで感じたことのない重い気配を感じ始めた。


「近づいてる、感じがします」


「ああ、儀式の準備が、最終段階に入っているんだろう」


 レインが低く応じた。通路の先、地下へと続く階段の入り口には、数人の衛士が立っていた。


「俺が引きつける。お前たちは、その隙に先へ進め」


 ゼルギウスが前に出ようとしたところで、結月がその腕を掴んだ。


「一緒に行きましょう。ここまで来て、離れ離れになるのは」


「だが」


「わたしの力なら、音を立てずに、あの衛士たちを無力化できます」


 結月は静かに、両手を構えた。セレイアから受け継いだ技術――複数の境界を同時に扱う制御術を思い出す。衛士たちの足元、地面と足裏の境目に、それぞれ小さな揺らぎを作り出す。


 衛士たちが、一斉に、声を上げる間もなく体勢を崩し、その場に崩れ落ちた。完全に意識を刈り取ったわけではないが、しばらくは動けないはずだ。


「見事だな」


 ゼルギウスが、驚きを隠せない声で呟いた。結月は小さく息を吐き、先へと進んだ。地下へと続く階段は、これまで見たどの通路よりも長く、暗かった。


「地下第三層――触媒施設の脇を抜ければ、本堂の真下、祭儀の間まで、あと少しだ」


 ゼルギウスの声に、結月は頷いた。だが、階段を下りるにつれて、周囲の空気が、明らかに変わり始めているのがわかった。重く、そして、どこか歪んだ気配が、全身にまとわりついてくる。


「これは……」


「儀式の力が、すでに動き始めている証だ」


 ノアが緊張した声で告げた。結月は自分の手のひらを見つめた。境界の揺らぎが、これまでにない強さで、肌に伝わってくる。


 最後の角を曲がった先、重厚な扉が、四人の前に立ちはだかった。扉の向こうから、大勢の気配と、低く響く詠唱の声が漏れ聞こえてくる。


「ここが、祭儀の間か」


 レインが剣を抜き、扉に手をかけた。結月は深く息を吸い、覚悟を決めた。この扉の向こうに、これまで積み重ねてきた全ての戦いの答えが待っている。


「行きましょう」


 結月の合図と共に、扉が押し開かれた。中から溢れ出す、眩いほどの光と、無数の触媒が発する重い気配。四人は、その光の中へと、迷いなく踏み込んでいった。


 扉をくぐる直前、結月は、懐に忍ばせたミアの組紐に、そっと指先で触れた。これまで出会ってきた、全ての人々の想いを胸に、結月は、迷いのない足取りで、光の中へと進んでいった。


第56話 了


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