第54話 白の剣、翻る
フィオナの屋敷に、ゼルギウスが単身で現れたのは、その二日後のことだった。
「――何のつもりですか」
応対に出たレインが、即座に剣を構えた。ゼルギウスは両手を上げ、敵意がないことを示す。
「話がしたいだけだ。それに、今日は一人で来ている」
結月は騒ぎを聞きつけて駆けつけ、ゼルギウスの姿を見て、息を呑んだ。その表情には、これまでの冷徹さとは違う、何か切実なものが宿っていた。
「フィオナ様、大丈夫でしょうか」
結月がフィオナに視線を送ると、フィオナは緊張しながらも、静かに頷いた。
「話を聞きましょう。ただし、警戒は解かないで」
応接間に通されたゼルギウスは、椅子に座ることなく、まっすぐに結月たちを見据えた。
「大聖堂地下の触媒施設を、この目で見た」
その一言に、部屋の空気が張り詰めた。
「猊下は、俺自身も、次の触媒として使うつもりだと、はっきり告げた。オルクレインの血が、儀式に特別な価値を持つらしい」
「ゼルギウスさんも……」
結月は言葉を失った。追ってきた男が、実は同じように、教会に利用される駒に過ぎなかったという事実に、胸が締め付けられた。
「もう、迷いはない」
ゼルギウスは、腰の剣を鞘ごと外し、テーブルの上に置いた。
「教会を裏切る。オルクレインの誓いに、今こそ立ち返る」
結月は、その決意の重さを、じっと受け止めた。長年、教会の中枢で生きてきた男が、全てを捨てる覚悟を、目の前で示している。
「協力してくれる、ということですか」
「典礼当日の警備計画は、俺が最も詳しく把握している。内部の動き、儀式の進行順序、そして、大聖堂内部の詳細な構造。全て、提供する」
フィオナが身を乗り出した。
「本当に、信じていいの? あなたはこれまで、境界の乙女を執拗に追ってきた立場よ」
「疑うのは、当然だ」
ゼルギウスは静かに頷いた。
「だが、これ以上、あの子供たちを見過ごすことは、俺にはできない。それに――」
ゼルギウスは、結月に視線を向けた。
「セレイア様の記憶を守るという、我が家系本来の誓いを、今こそ果たしたい」
結月は、その言葉に、確かな真剣さを感じ取った。ノアの力を借りて、言葉の裏にある真意を探る。揺らぎは、ほとんど感じられなかった。
「信じます」
結月の言葉に、レインとフィオナが、驚いた顔でこちらを見た。
「結月、大丈夫か」
「はい。ノアの力で確かめました。それに――」
結月はゼルギウスをまっすぐに見つめた。
「オルクレイン家の記録を読んだとき、誓いの重さを、確かに感じました。あなたが、それを裏切るとは思えません」
ゼルギウスは、しばらく無言で結月を見つめていたが、やがて静かに頭を下げた。
「感謝する。そして、改めて詫びさせてほしい。これまで、お前を追い詰めたことを」
「今は、それより先のことを考えましょう」
結月の言葉に、ゼルギウスは頷き、再び剣を手に取った。今度は、敵意のためではなく、共に戦うための得物として。
「典礼当日の計画を、詰めよう。時間は、多くない」
レインが、まだ完全には拭えない警戒を残しながらも、地図をテーブルに広げた。フィオナも、真剣な表情で身を乗り出す。教会最強と謳われた「白の剣」が、今、結月たちの側に加わった。決戦への布陣が、確実に整いつつあった。
結月は、テーブルを囲む面々の顔を、一人一人、見渡した。かつて敵対していた者が、今は同じ目的のために、知恵を絞ってくれている。その事実に、これまでの旅の全てが、確かに報われているような気がした。
第54話 了




