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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第52話 疑いの目

 大聖堂の最奥、大司教の間では、カイエンが静かに報告書に目を通していた。


「評議会に、証拠が持ち込まれたか」


「はい。陛下は、内部調査の意向を示されましたが、こちらの働きかけで、実施までの時間は確保できております」


 跪く文官の報告に、カイエンは表情を変えることなく頷いた。


「予定通りだ。典礼の日までに片がつけば、それで問題ない」


「もう一点、ご報告が」


 文官が声を落とした。


「先日、ゼルギウス卿の足取りに、不審な点が見られました。北東の荒野方面への単独行動が、報告書に記録のない形で確認されております」


 カイエンの指先が、報告書の上で、わずかに止まった。


「ほう」


「加えて、境界の乙女――継ぎ手の乙女と目される娘との接触があった可能性も」


「なるほど」


 カイエンは静かに立ち上がり、窓辺に歩み寄った。ステンドグラスの光が、その横顔に、複雑な陰影を落とす。


「彼の血には、セレイアの記憶が、色濃く残っているのだろうな。祖先の誓いというものは、存外、根深いものだ」


「いかが、なさいますか」


「泳がせよう。ただし、監視の目は強めておけ。もし、明確な裏切りの兆候が見えれば――」


 カイエンは口の端に、薄い笑みを浮かべた。


「その血の価値を、別の形で使わせてもらう」


 文官は畏まりながら、部屋を辞していった。カイエンは一人、窓の外を見つめ続けた。王都の空に、二つの月が、少しずつその距離を縮めている。


「あと二週間か」


 カイエンは独り言のように呟き、机に戻って、儀式の準備状況を記した書類を取り上げた。集められた触媒の数、大聖堂地下の装置の完成度、そして、当日の警備配置。全てが、着実に整いつつあった。


     *


 同じ頃、街の外れにある小さな宿で、ゼルギウスは一人、静かに考えを巡らせていた。


 自分の行動が、すでに監視されているだろうことは、薄々察していた。カイエンという男は、あらゆる駒の動きを、常に把握しようとする。自分もまた、その駒の一つに過ぎない。


「……いつまで、迷っているつもりだ」


 ゼルギウスは自嘲するように呟いた。オルクレイン家の誓い。祖先が立てた、セレイアを守るという約束。それを教会に利用され続けてきた、長い歳月。


 窓の外、通りを歩く人々の姿を眺めながら、ゼルギウスは、遺跡で結月たちが見つけたという記録の内容を、頭の中で反芻していた。


『我が家系は、いつしか教会に取り込まれ、セレイア様の記憶を守るという本来の使命から、遠ざけられつつある』


 その一文が、まるで自分自身に宛てられた言葉のように、重くのしかかってくる。


「――卿」


 部屋の扉が、静かにノックされた。入ってきたのは、ゼルギウスが密かに信頼を置く、若い部下の一人だった。


「卿、大司教猊下より、緊急の招集がかかっております」


「何用だ」


「典礼の警備計画について、直接、指示があるとのことです」


 ゼルギウスは剣を手に取り、静かに立ち上がった。招集の裏に、何が隠されているのか、まだわからない。だが、猶予がそう長くないことだけは、確かだった。


「わかった。すぐに向かう」


 部屋を出たゼルギウスは、廊下を歩きながら、剣の柄を、強く握りしめた。その表情には、これまでにない、静かな覚悟が滲んでいた。長年、忠誠を捧げてきた組織の奥底に、これから何を見ることになるのか。予感は、決して良いものではなかった。


第52話 了


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