第51話 評議会の壁
ガイウスの証言と、これまで集めた証拠一式を携え、フィオナは再び評議会への提出に踏み切った。
結月とレインは、直接評議会の場に立つことはできなかったが、フィオナの屋敷で、結果を待ち続けた。窓の外の光が、少しずつ傾いていく。
「遅い、な」
レインが落ち着かない様子で呟いた。結月も、膝の上で手を握りしめたまま、扉の方角を見つめ続けていた。
やがて、フィオナが屋敷に戻ってきた。その表情は、疲労と、複雑な安堵が入り混じったものだった。
「どうでしたか」
結月が急いで尋ねると、フィオナは椅子に腰を下ろしながら、ゆっくりと語り始めた。
「陛下は、証拠に目を通してくださった。ガイウスさんの証言も、重く受け止めてくださったわ」
「じゃあ」
「陛下は、大聖堂の内部調査を命じる意向を示された。でも――」
フィオナの声に、苦いものが滲んだ。
「教会側は、これを『信教の自由への不当な介入』だと猛反発している。ダレル侯爵を筆頭に、評議会の一部も、これに同調しているわ」
「それじゃあ、結局……」
「陛下の勅命であっても、正式な調査団の編成には、最低でも一ヶ月はかかる見通しよ。しかも、教会側は、その間に『自主的な内部調査』を行うと主張していて、実質的に、時間稼ぎを許してしまっている」
結月は拳を握りしめた。典礼まで、あと二週間を切っている。一ヶ月という猶予は、あまりにも長すぎる。
「間に合いません」
「わかっているわ」
フィオナも唇を噛んだ。
「これが、正攻法の限界。証拠を積み上げても、権力を持つ者たちが結託すれば、時間稼ぎだけで、実質的な追及を骨抜きにできてしまう」
部屋に、重い沈黙が落ちた。結月はしばらく黙り込んだ後、静かに顔を上げた。
「なら、わたしたちで、直接止めるしかありません」
「典礼当日、大聖堂に踏み込むということね」
「はい。フィオナ様が積み上げてくれた証拠と、正当性は、決して無駄になりません。わたしたちが儀式を止めた後、それを世に示すための土台になります」
フィオナはしばらく結月を見つめた後、深く息を吐いた。
「危険な賭けよ。相手は、大司教猊下直属の戦力。それに、儀式の当日は、警備も最大限に強化されるはず」
「わかっています。それでも、待っているだけでは、あの子たちを救えません」
結月の決意に、フィオナはやがて、静かに頷いた。
「わたしにできる支援は、全て用意するわ。当日、王家の直轄部隊を、大聖堂の周辺に配置できるよう、陛下に働きかける。表向きは『祝祭の警備強化』という名目で」
「ありがとうございます」
「感謝するのは、こっちの方よ。あなたたちがいなければ、この件は、永遠に闇に葬られていたかもしれない」
フィオナは机の上に、改めて大聖堂の見取り図を広げた。三人は身を寄せ合い、限られた時間の中で、どうやって儀式を止めるか、具体的な策を練り始めた。窓の外、夕暮れの空に、二つの月が、少しずつ近づき始めているのが見えた。
「正攻法が塞がれた以上、当日の動きを、寸分の狂いもなく詰める必要があるわね」
フィオナが、見取り図の一点を指しながら言った。結月は、その真剣な横顔を見つめ、頷いた。
「わたしたちにできることを、一つずつ、確実に積み重ねましょう」
夜が更けるまで、三人の議論は続いた。
第51話 了




