第50話 生き延びた証人
「証拠をさらに固めるなら、当事者の証言が、一番確かだと思うの」
フィオナの提案に、結月は顔を上げた。
「当事者、というのは」
「昔、教会の『保護』という名目で連れ去られながら、生き延びて逃げ延びた人がいるという噂を、少し前に耳にしたことがあるの。もし見つけられれば、証言者として、これ以上ない存在になる」
フィオナは古い調査記録を、机の上に広げた。
「十五年ほど前、似たような手口で子供たちが集められた事件があったの。当時の生存者の一人が、王都の下町で、ひっそりと暮らしているという話よ」
「探してみます」
結月とレインは、その足で王都の下町へと向かった。狭く入り組んだ路地の奥、小さな工房を営む中年の男が、噂の人物だった。
「境界の乙女、って、あんたか」
工房の主は、結月の顔を見るなり、驚いたように目を見開いた。名乗る前から気づかれたことに、結月は少し戸惑った。
「噂は聞いてる。あんたが、ガレスで子供たちを助けたって話も」
「はい。それで、少しお話を伺いたくて」
結月が事情を説明すると、男の表情が、みるみる強張っていった。しばらくの沈黙の後、男は工房の奥にある椅子に、力なく腰を下ろした。
「十五年前のことだ。俺も、あんたが助けた子供たちみたいに、教会の連中に『引き取られた』」
「その後、どうやって逃げ延びたんですか」
「儀式の準備中に、混乱が起きた。詳しい原因はわからねえが、境界がおかしくなって、大勢の魔物が施設に入り込んできたんだ。俺は、その隙に逃げた」
結月は息を呑んだ。おそらく、当時も、境界の不安定さを利用した何らかの儀式が試みられ、失敗していたのだろう。
「他の子供たちは」
結月の問いに、男は苦しげに目を伏せた。
「わからねえ。みんな、逃げ切れたわけじゃない」
工房に、重い沈黙が落ちた。結月は、これ以上言葉を重ねることができなかった。男はしばらくして、震える声で続けた。
「あんたが、今も同じことを止めようとしてるなら、俺にできることがあれば、協力する」
「本当ですか」
「あの日のことは、忘れようとしても忘れられねえ。せめて、俺の証言が、これ以上の犠牲を止める役に立つなら」
結月は深く頭を下げた。男――名をガイウスと名乗った彼は、自分の身に起きた出来事を、詳細に書き記すことを約束してくれた。
「フィオナ様に、証言を届けます。危険が及ぶかもしれませんが」
「今更、怖がっちゃいられねえ。あんたたちが命懸けでやってることに比べりゃ、大したことじゃない」
ガイウスの言葉に、結月は胸が熱くなるのを感じた。教会の非道を知る者は、想像していたよりも、多く存在しているのかもしれない。声を上げる勇気を持てなかっただけで。
「ありがとうございます」
結月とレインは、ガイウスから受け取った証言の書面を大切に抱え、工房を後にした。
「これで、また一つ、証拠が積み上がったな」
レインの言葉に、結月は頷いた。だが、その足取りは、これまでのどの瞬間よりも、重く感じられた。証拠が積み上がるたびに、教会が犯してきた罪の深さが、より鮮明に見えてくる。
「フィオナ様に、届けましょう」
結月は懐の通信具を握りしめた。夕暮れの下町を歩きながら、決戦の日が、確実に近づいていることを、改めて実感していた。
レインが、隣を歩きながら、静かに口を開いた。
「ガイウスのような人が、他にもいるはずだ。声を上げられずにいるだけで」
「わたしたちが、その声を、少しでも拾えるといいんですけど」
「拾えるさ。お前がやってきたことは、確実に、そういう人たちの背中を押している」
レインの言葉に、結月は、小さく頷いた。
第50話 了




