第48話 誓いを継ぐ者
荒野を抜け、街道に戻る道すがら、結月たちは思いがけない形で、その機会を迎えることになった。
「――待っていた」
街道脇の岩陰から、静かに姿を現したのは、他でもないゼルギウスだった。護衛の姿はなく、たった一人で、剣を鞘に納めたまま立っている。
「ゼルギウスさん……!」
結月は反射的に身構えた。レインも即座に剣の柄に手をかける。だが、ゼルギウスは敵意を見せる様子もなく、ただ静かにこちらを見つめていた。
「戦いに来たわけではない。話がしたいだけだ」
「信用できるとでも?」
レインが警戒を緩めずに言った。ゼルギウスは小さく息を吐き、近くの岩に腰を下ろした。
「五年前、俺がお前を始末しなかった理由を、考えたことはあるか」
レインは答えなかった。ゼルギウスは構わず続けた。
「あの時も、俺は迷っていた。教会の命令と、自分の中にある何かとの間で」
結月は、遺跡で読んだ記録の内容を思い出した。オルクレインの誓い――セレイアに仕えた騎士の子孫としての、本来の使命。
「ゼルギウスさん。あなたの家系のことを、知りました」
結月の言葉に、ゼルギウスの表情が、初めて明確に揺らいだ。
「……何を知ったと言うんだ」
「オルクレイン家が、代々セレイアさんの記憶を守る誓いを立てていたこと。それが、いつしか教会に取り込まれて、本来の意味を失っていったこと」
ゼルギウスは長い沈黙の後、静かに目を伏せた。
「その記録が、まだ残っていたとはな」
「知っていたんですね、最初から」
「幼い頃、祖父から聞かされたことがある。我が家には、誰も知らない古い使命があるのだと。だが、教会に仕える身となってからは、その話を、都合よく忘れたふりをしてきた」
ゼルギウスの声には、これまで結月が聞いたことのない、深い疲労と苦悩が滲んでいた。
「大司教猊下は、俺を、何かの触媒として利用しようとしている。詳細までは明かされていないが、セレイア様に誓いを立てたオルクレインの血筋だからこそ、意味があるらしい」
「利用……ゼルギウスさん自身も、道具にされているんですか」
「そう考えるのが、妥当だろうな」
ゼルギウスは自嘲するように、口の端を歪めた。結月はその表情に、初めて、この男の人間らしい弱さを見た気がした。
「なぜ、今になって、わたしたちに話を?」
結月の問いに、ゼルギウスはしばらく黙り込んだ。やがて、静かに、しかし確かな口調で答える。
「大司教猊下の計画が、想像以上の段階まで進んでいることを、最近になって知った。人工の境獣、密輸された素材、そして――集められた子供たちの、本当の用途を」
「本当の、用途……」
結月の背筋に、冷たいものが走った。ゼルギウスは苦しげに続けた。
「子供たちは、儀式の触媒として、生きたまま、最後まで消費されることになる。境界を強引にこじ開けるための、生贄としてな」
結月は言葉を失った。想像はしていた。だが、それがはっきりと言葉にされると、あまりの残酷さに、胸が締め付けられる。
「そんなこと、絶対に許せません」
「俺も、許せるとは思っていない。だが、教会という組織そのものに、まだ完全に見切りをつけられずにいる自分もいる」
ゼルギウスは立ち上がり、結月をまっすぐに見据えた。
「まだ、お前たちの側につくとは言わない。だが、儀式の詳細な計画が固まり次第、また接触する。それまでは、俺のことを、完全な敵とは思わないでほしい」
ゼルギウスはそう言い残すと、踵を返し、街道の向こうへと去っていった。結月はその後ろ姿を、しばらく見つめ続けた。
「信じても、いいんでしょうか」
結月が呟くと、レインは複雑な表情で首を振った。
「わからん。だが、あの人の目には、嘘をついているようには見えなかった」
ノアも同意するように頷いた。結月は懐の通信具を握りしめ、フィオナに、この新たな展開を伝える決意を固めた。敵の内側に、確かな亀裂が生まれ始めている。その亀裂を、どう活かすべきか――結月は、静かに考えを巡らせ始めていた。
第48話 了




