第47話 オルクレインの誓い
遺跡を発つ前、結月はもう一度、記録庫に立ち寄ることにした。セレイアの日誌以外にも、何か手がかりが残されていないか、確かめておきたかったからだ。
「レインさん、これ」
棚の奥、日誌とは別の場所に、もう一冊の記録が残されていた。表紙には「守人の記」とだけ記されている。結月はページを開き、目を通し始めた。
『わたしは、セレイア様にお仕えする騎士の一人である。最後の戦いの日まで、彼女のそばに在り続けることを、ここに誓う』
筆跡は男性のものと思われ、几帳面で力強い字だった。結月はページをめくり続けた。
『セレイア様は、日に日に、その輪郭を薄れさせていかれた。誰にもお止めすることはできず、ただ、そばで見守ることしかできない自分の無力さを、恨めしく思う』
結月はその一文に、胸が締め付けられた。セレイアの孤独を、間近で見つめていた者が、確かに存在していたのだ。それでも、彼女を救うことはできなかった。
『最後の戦いの後、セレイア様は、この地の境界そのものとなられた。わたしは、その事実を、後の世に正しく伝える役目を負う。そして、我がオルクレインの家系は、代々、この場所と、彼女の記憶を守り続けることを誓う』
結月は、その名前に、はっと息を呑んだ。
「オルクレイン……ゼルギウスさんと、同じ」
レインが横から記録を覗き込み、表情を険しくした。
「あの人が、セレイアに仕えた騎士の、末裔だということか」
「教会は、そのことを知っているんでしょうか」
結月の問いに、ノアが低く唸るような声を出した。
「知っていて、利用していると考えるのが自然だろう。セレイアと血の繋がりはなくとも、彼女の記憶を最も深く受け継ぐ家系の者を、教会が『異物狩り』の駒として使っている。皮肉な話だ」
結月は記録をさらに読み進めた。オルクレイン家の記録は、その後も何世代にもわたって続いていた。だが、ある時代を境に、記述の調子が変わっていく。
『我が家系は、いつしか教会に取り込まれ、セレイア様の記憶を守るという本来の使命から、遠ざけられつつある。教会は、我らの血筋を、都合の良い道具としてのみ扱おうとしている』
結月は、その一文に、深い哀しみを覚えた。誓いを立てた者たちの子孫が、時代の流れの中で、本来の意味を忘れさせられ、利用される側へと変えられていった。
「ゼルギウスさんも、同じように、利用されているだけなんでしょうか」
「わからない。だが、あの人が時折見せる迷いには、こういう背景があったのかもしれない」
レインの声に、これまでにない複雑な色が滲んでいた。かつての上官であり、今は敵として対峙する相手。その人物の内側に、思いもよらない過去が横たわっていることを知り、結月の中で、ゼルギウスという存在の輪郭が、少しずつ変わり始めていた。
「もし、ゼルギウスさんが、本来のオルクレイン家の誓いを思い出したら」
結月が呟くと、ノアが静かに頷いた。
「敵から、味方になり得るかもしれない。だが、それは彼自身が選ぶことだ。僕たちに強制はできない」
結月は記録を大切に閉じ、懐にしまった。ガレスの地下施設で、ゼルギウスが自分たちを見逃した、あの一瞬の意味が、ようやく少しだけ理解できた気がした。
「王都に戻ったら、ゼルギウスさんと、もう一度、話す機会があるかもしれません」
「危険な賭けだぞ」
「わかってます。でも、この記録を知った以上、何もしないままではいられません」
結月の決意に、レインは小さく息を吐き、頷いた。荒野に沈む夕日が、遺跡全体を茜色に染め上げている。過去の誓いと、今を生きる者たちの選択が、静かに交差しようとしていた。
「オルクレイン家の記録、もう一度、写しを取っておきましょう。フィオナ様にも、見ていただいた方がいいと思います」
結月の提案に、レインは頷いた。
「証拠としてだけじゃなく、ゼルギウス自身にとっても、大切な意味を持つ記録だ。失うわけにはいかない」
結月は、丁寧に記録を巻き直し、荷物の奥深くにしまい込んだ。荒野を渡る夜風が、静かに頬を撫でていく。
第47話 了




