第43話 遺跡の門
夜明けと共に、結月たちは遺跡の入り口へと向かった。
朝靄の中に浮かび上がる城塞は、昨夜見たときよりも、さらに大きく、そして荒々しい姿を見せていた。石壁のあちこちに走る亀裂からは、今もかすかに、青白い光が漏れ出している。まるで、建物そのものが、まだ完全には死にきっていないかのようだった。
「ここが、正門だったんだろう」
レインが、崩れた巨大な門の残骸を見上げながら言った。かつては両開きだったであろう扉は、片方が完全に崩れ落ち、もう片方も、辛うじて枠に引っかかっているだけだった。
「入りましょう」
結月はそう言って、一歩を踏み出した。だが、門をくぐろうとした瞬間、体の芯に、ぞくりとした感覚が走った。
「……何か、ある」
「感じるか」
ノアが結月の足元に寄り添いながら尋ねた。結月は頷き、目を閉じて意識を研ぎ澄ませた。門の向こう側、遺跡の内部から、微かだが確かな「気配」が伝わってくる。
「境界の、揺らぎです。でも、境獣のものじゃない」
「セレイアの力の残滓かもしれない。三百年経った今も、この場所には、彼女の力の一部が留まり続けている」
ノアの声には、これまでにない緊張と、同時に、懐かしさのようなものが滲んでいた。結月はその感情の複雑さに、胸を締め付けられる思いがした。
「行くぞ」
レインが先頭に立ち、崩れた門をくぐる。結月とノアもその後に続いた。
内部は、外から見た印象よりも、遥かに広大だった。かつては大広間だったと思われる空間には、崩れ落ちた柱がいくつも横たわり、床には、風化しきった甲冑や武具の残骸が散らばっている。
「戦いの跡、ですね」
「大崩壊戦争の最終決戦は、まさにこの場所で行われた。当時の兵士たちの多くが、ここで命を落としたと言われている」
結月は、足元に転がる古い剣の残骸に、そっと目を伏せた。三百年前、この場所で、数えきれないほどの命が失われた。そしてその果てに、セレイアという一人の少女が、世界を救うために自らを犠牲にした。
「奥に、記録が保管されている場所があるはずだ」
ノアが先導し、三人は瓦礫の間を縫うようにして、遺跡の奥へと進んだ。進むにつれて、空気に漂う「揺らぎ」の感覚が、次第に強くなっていく。
やがて、一行は、比較的原形を留めた小さな礼拝堂のような部屋に辿り着いた。祭壇の奥に、石造りの扉があり、そこにだけ、複雑な紋様の結界が張られている。
「これが、記録庫への入り口だ」
ノアがそう告げると、結月は扉に近づき、その紋様をじっと見つめた。見覚えのある結び目の意匠が、随所に織り込まれている。
「これ、わたしの故郷の結び方に似てます」
「セレイアも、境界に対して同じような感性を持っていたのかもしれない。時代も場所も違うのに、面白いものだね」
結月は扉に手をかざし、紋様の境目を、慎重になぞっていった。祖母から教わった注連縄の結い方、村で覚えた解錠の感覚、これまでの経験の全てが、指先に集約されていく。
やがて、かちり、と乾いた音が響き、石の扉が、ゆっくりと開いていった。
「開いた……」
「見事だ。セレイア様御自身の結界を、これほど丁寧に解いてみせるとはな」
ノアが、感嘆したように呟いた。結月は、額の汗を拭いながら、静かに息を整えた。あれほど複雑な紋様を、一つずつ丁寧に解いていく作業は、これまでのどの錠前よりも神経を使うものだった。
中から、長い年月に閉ざされていた、乾いた空気が流れ出す。結月は深く息を吸い、レインと視線を交わした後、静かに一歩を踏み出した。
「行きましょう」
三人は、記録庫の暗闇の中へと、足を踏み入れていった。祭壇に灯された蝋燭の火が、揺らめきながら、彼らの背中を静かに照らしていた。
第43話 了




