第32話 南門の攻防
倉庫の外は、すでに白い甲冑の衛士たちに囲まれていた。
「投降しろ! これ以上の抵抗は、街への破壊工作の証拠を積み増すだけだぞ!」
指揮官らしき男が、声を張り上げた。結月は苦い笑みを浮かべた。自分たちが証拠を持って逃げようとしているというのに、逆に破壊工作の犯人扱いをされている。
「本当に、酷い言いがかりですね」
「教会のやり口はいつもこうだ。都合の悪い真実は、都合よく塗り替える」
レインが剣を構えながら、忌々しげに吐き捨てた。結月は懐に包んだ水晶――決定的な証拠を、しっかりと抱え直した。
「ノア、街の外に出る道は」
「この裏手に、細い水路がある。だが、衛士たちに囲まれているのは表側だけじゃない」
ノアの言葉通り、倉庫の裏手にも、複数の気配が近づいているのがわかった。完全に包囲されている。
「正面突破しかない、か」
レインが低く呟いた。結月は深呼吸をして、両手を構えた。もう一度、大規模な扉を編むには、体力が心許ない。だが、ここで諦めるわけにはいかなかった。
「レインさん、少しの間だけ、時間を稼いでもらえますか」
「何をするつもりだ」
「街の人たちに、証拠を見てもらいます」
結月の言葉に、レインは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに理解したように頷いた。
「――正気か。だが、面白い」
結月は倉庫の扉を大きく開け放ち、外の衛士たちの前に、包んでいた水晶を高く掲げた。周囲には、騒ぎを聞きつけた市民たちも集まり始めている。
「皆さん、聞いてください!」
結月は声を張り上げた。緊張で喉が震えたが、それでも言葉を止めなかった。
「この水晶は、街の要石を人為的に破壊するための仕掛けです! 教会が、自分たちの手で境界異常を引き起こそうとしていた証拠です!」
「な、何をでたらめを――」
指揮官が慌てて否定しようとしたが、結月はさらに続けた。
「もし信じられないなら、確かめてください。この水晶と、要石が共鳴していたことは、術式に詳しい方なら誰でもわかるはずです」
集まった市民たちの間に、ざわめきが広がった。中には、術式に明るい商人や学者らしき人物もいたのか、水晶を興味深そうに覗き込む者もいる。
「本当に、要石の波長と一致してる……」
「じゃあ、噂の境界異常って、まさか」
「うちの店も、南門の足場のせいで商売あがったりだったんだ。あれが、そういうことだったのか……」
人だかりの中から、様々な声が上がった。誰もが、これまで漠然と抱いていた違和感の正体を、ようやく理解し始めているようだった。市民たちのざわめきが、次第に指揮官への疑いの声へと変わっていく。指揮官は焦った様子で、剣を抜いた。
「黙れ、これ以上の混乱は――」
「市民の前で、力で黙らせるつもりですか」
結月の一言に、指揮官の動きが止まった。周囲を囲む市民たちの視線が、今や結月ではなく、教会の衛士たちに向けられている。
「証拠を、公的な第三者に検分してもらいましょう。それが、一番確かな方法です」
結月は水晶を布で丁寧に包み直しながら、毅然と言い放った。指揮官はしばらく苦渋の表情を浮かべていたが、やがて周囲の市民たちの視線に押されるように、剣を引いた。
「……今日のところは、退く。だが、この件は必ず精査させてもらう」
衛士たちが、ぞろぞろと引き上げていく。緊張が解けた瞬間、結月はその場にへたり込みそうになった。レインが慌てて肩を支える。
「無茶をする」
「でも、うまくいきました」
「ああ。街の人々の目の前で、あの水晶を見せたのは、正直、賭けだったな」
結月は集まった市民たちを見渡した。まだ半信半疑の表情もあるが、少なくとも、教会の言い分を鵜呑みにする者は減っているように見えた。
「フィオナ様に、この証拠を届けましょう」
「ああ。今度こそ、握り潰させはしない」
結月は水晶を大切に抱えながら、レインとノアと共に、混乱の残る南門を後にした。街の空には、夕暮れの光が広がっている。危機は去った。だが、それが本当の解決なのか、結月にはまだわからなかった。
第32話 了




