第30話 商業都市カルダン
カルダンは、王国最大の商業都市だった。
人口はガレスや王都にも劣らず、大陸中の商人が行き交う市場は、朝から晩まで活気に満ちている。結月とレインは、その喧騒に紛れながら、都市の中心――巨大な要石が据えられた大聖堂跡地へと向かっていた。
「この街の要石は、王国内でも最大級だと聞いている」
レインが人混みを縫いながら言った。結月は仰ぎ見るほどの高さを誇る石造りの塔を見上げた。ガレスのものよりも遥かに大きく、荘厳な威容を放っている。
「あれが不安定になったら、街全体が」
「無事では済まないだろうな」
結月の背筋に、冷たいものが走った。この街には、数えきれないほどの人々の暮らしがある。もし本当に人為的な破壊が計画されているなら、被害の規模は想像を絶する。
「まずは、情報収集からだ」
市場を歩く人々の顔は、一様に明るかった。行商人の呼び声、値切り交渉の笑い声、子供たちが露店の間を駆け回る足音。この賑わいの下に、これから起ころうとしている惨事が潜んでいるとは、誰も想像していないだろう。結月は、その活気を目に焼き付けながら、改めて、この街を守らなければという思いを強くした。
レインの言葉に頷き、結月たちは市場の一角にある酒場で、聞き込みを始めた。
「最近、何か変わったことはありませんか」
「変わったことねえ……ああ、そういえば」
初老の商人が、酒を飲みながら顎を撫でた。
「先月から、教会の技師たちが、要石の点検だとかで頻繁に出入りしてるな。普段はそんなことしないのに、珍しいこった」
「点検、ですか」
「詳しいことは知らんが、夜遅くまで作業してるって噂だ。何やら大掛かりな儀式の準備をしてるって話もある」
結月はレインと目を合わせた。フィオナの情報と一致する。
「その儀式、いつ行われるか、ご存じですか」
「さあな。ただ、街の南門の方に、見慣れない足場が組まれ始めてるらしい。何かの式典用だとか言ってたが」
情報を得た結月たちは、その足で南門へと向かった。遠目からでも、大規模な足場と装飾が組まれているのが見える。
「あれは……観覧席、みたいですね」
「民衆に見せるつもりか」
レインの声に、苦いものが滲んだ。もし境界異常が本当に起きるなら、それを大勢の目の前で演出するつもりなのかもしれない。
「ノア、要石の状態、確認できる?」
結月が小声で尋ねると、ノアはしばらく気配を探るように目を閉じた。
「……妙だ。要石そのものは安定している。だが、その周囲に、複数の細い術式の糸が張り巡らされているのを感じる」
「術式の糸?」
「要石とは別に、独立した仕掛けだ。まるで、要石の安定を、外側から意図的に崩すための準備のような」
結月の背筋が、ぞっと冷えた。予想通り、教会は自らの手で「異常」を作り出そうとしている。
「いつ、仕掛けが発動するかわかりますか」
「わからない。ただ、糸の張り具合を見る限り、そう遠くないうちだと思う」
結月は南門の足場を見上げながら、拳を握りしめた。この街に暮らす人々は、何も知らないまま、これから起こる惨事の道具にされようとしている。
「止めなきゃ」
「ああ。だが、証拠も一緒に押さえる必要がある」
レインが冷静に付け加えた。
「仕掛けを壊すだけでは、教会は『異物が街を襲おうとした』と言い張るだろう。仕掛けそのものが人為的なものだという証拠を、確実に残さなければならない」
結月は頷いた。単に阻止するだけでは足りない。真実を、動かぬ形で世に示す必要がある。
「まずは、あの糸の出所を辿りましょう」
結月の提案に、レインとノアが同時に頷いた。夕暮れの光がカルダンの街並みを橙色に染める中、三人は南門の足場から、術式の糸が伸びる方角へと、静かに歩を進め始めた。
第30話 了




