第27話 懸賞金稼ぎ
狩人小屋を発って三日後、結月たちは初めて、教会以外の追手に遭遇した。
「――見つけたぞ、境界の乙女!」
街道沿いの茂みから飛び出してきたのは、武装した五人組の男たちだった。教会の紋章はどこにも見当たらない。粗野な身なりと、それぞれが手にした武器の使い込まれ方から、傭兵崩れの荒くれ者だとすぐにわかった。
「懸賞金目当てか」
レインが剣を抜きながら、忌々しげに呟いた。
「懸賞金って、教会の?」
「他に誰がいる。噂を聞いて、賞金稼ぎまで湧いて出たか」
男たちの一人が、下卑た笑みを浮かべながら前に出た。
「銀貨五百枚だとよ。生死は問わないってな。悪いが、痛い目を見てもらうぜ」
「五百枚……」
結月は思わず息を呑んだ。数週間前まで、想像もしなかった額の懸賞金が、自分の頭にかけられている。その事実の重さに、一瞬、足が竦みそうになった。
「怖じ気づいたか、嬢ちゃん」
男の一人が、槍を構えて突っ込んできた。結月は反射的に両手を構え、境目に意識を伸ばす。だが、恐怖で意識が乱れ、うまく力が定まらない。
「結月、落ち着け! 呼吸を整えろ!」
レインの声が飛んだ。結月は深く息を吸い、これまでの修行を思い出した。強く動かそうとしなくていい。ただ、輪郭をなぞる程度で十分。
槍の穂先の軌道に、薄い膜を張る。狙いは正確だった。槍が逸れ、男が体勢を崩す。
「今だ!」
レインが素早く踏み込み、男を沈める。だが、残る四人が、示し合わせたように左右から挟み込んできた。教会の兵士のような統制はないが、荒事に慣れた動きだった。
「ノア!」
「わかってる!」
ノアが結月の足元を駆け抜け、一人の男の足をすくうように地面を揺らした。境界魔法とは違う、精霊としての小さな力だ。男が転倒し、体勢を崩す。
「くそ、化け物が二人がかりかよ!」
残る三人が、じりじりと距離を詰めてくる。結月は肩で息をしながら、それでも両手を下ろさなかった。
「わたしは、化け物なんかじゃない」
結月の声に、確かな怒りが滲んだ。境目に意識を集中させ、今度は自分と男たちの間の空間全体に、大きく薄い膜を張り巡らせる。前に進もうとする男たちの足が、見えない壁に阻まれるように止まった。
「なんだこれ……!」
「押せ、押し通れ!」
男たちが力任せに膜を押すが、簡単には破れない。その間に、レインが素早く二人を制圧し、残る一人も、膜に気を取られている隙にノアの足払いで倒れた。
全ての決着がつくまで、それほど時間はかからなかった。結月は膜を解き、その場に膝をついた。全身から力が抜け、荒い息が漏れる。
「大丈夫か」
レインが駆け寄り、結月の肩を支えた。結月は小さく頷いたが、その顔には、これまでとは違う陰りがあった。
「懸賞金って、これからも増えていくんですよね」
「おそらくな」
「わたしのせいで、こんな人たちまで引き寄せてしまう」
結月の声に、レインは首を振った。
「お前のせいじゃない。懸賞金をかけたのは教会だ。それに乗って襲ってきたのは、こいつらの選択だ」
「でも――」
「結月」
レインは結月の肩を、しっかりと掴んだ。
「お前が正しいことをしているから、こういう連中に狙われる。それは、恥じることじゃない」
結月はその言葉に、しばらく黙り込んだ。荒い呼吸を整えながら、自分の中の迷いを、少しずつ静めていく。
「わたしたち、このままただ逃げ続けるだけじゃなくて、何か対策を考えないといけませんね」
「ああ。フィオナ様とも、そろそろ次の一手を相談する頃合いだ」
結月は頷き、倒れた男たちを縄で縛り上げるレインを手伝った。
男たちの一人が、朦朧としながらも、恨めしげに結月を睨みつけた。
「な、なんで殺さねえんだ。俺たちは、お前を殺しに来たんだぞ」
「殺す必要が、ないからです」
結月は、静かにそう答えた。男は、その返答の意味が理解できないというように、目を瞬かせた。
「あんた、変わってるな」
「よく言われます」
結月は、それ以上、男と言葉を交わすことはしなかった。ただ、縄をしっかりと結び、街道の近くの木に、動けないように括り付ける。通りがかった人が、いずれ見つけて衛兵に届けてくれるだろう。
街道の向こうに、遠く街の灯りが見え始めている。懸賞金の重みは、確かに結月の肩にのしかかっていた。それでも、その重みに押し潰されるつもりは、微塵もなかった。
第27話 了




