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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第25話 広がる噂

 王都に戻る道すがら、結月は行く先々の町で、思いがけない噂を耳にすることになった。


「聞いたか、ガレスの一件」


「教会の地下から、大勢の子供が救い出されたんだろう。噂じゃ、境界の乙女とかいう娘がやったって話だ」


「本当かどうかわからんが、教会があんな真似をしてたなんてなあ」


 宿場町の食堂で、結月は俯きながらその会話に耳を澄ませていた。自分の行動が、こんな早さで、こんな形で広がっているとは思っていなかった。


「レインさん、これ……」


「思ったより、噂の広まりが早いな」


 レインも驚いた様子で、周囲を見渡した。ノアが小声で付け加える。


「助け出された子供たちが、村々で少しずつ話しているんだろう。止めようがない」


 結月は複雑な気持ちで、自分のスープを見つめた。教会に追われる身であることに変わりはない。だが、自分たちの行動が、人々の間で「正義」として語られ始めていることに、戸惑いを隠せなかった。


「教会は、この噂にどう対応するでしょうか」


「もみ消しにかかるだろうな。表向きは否定して、裏では情報の出所を徹底的に洗う」


 レインの読みは、王都に着いてすぐに現実のものとなった。街の広場には、教会の名で貼り出された告示が掲げられていた。


「『一部で流布される悪質な流言について、白門教会は関与を否定する。虚偽の噂を広める者は、法に基づき処罰の対象となる』か」


 結月はその文面を読み上げ、拳を握った。


「あんな酷いことをしておいて」


「予想通りだ。だが、この告示自体が、噂が本物であることの裏付けになる。何もなければ、こんな大袈裟な否定はしない」


 告示の前には、人だかりができていた。中には、あからさまに冷ややかな表情で、それを見上げている者もいる。


「白門教会が、こんな告示を出すなんてな。よっぽど都合が悪いんだろう」


「うちの隣村にも、境界の乙女に助けられたって子がいるって話だ。噂は噂じゃすまねえよ」


 通り過ぎる人々の会話に、結月は、密かに胸を熱くした。教会の権威は、これまで絶対的なものだった。だが、その足元に、確かな亀裂が入り始めている。


 二人はその足で、王立図書館へと向かった。フィオナは既に待ち構えていたらしく、二人の姿を見るなり、研究室へと引き入れた。


「無事でよかった……! 通信の後、生きた心地がしなかったわ」


 フィオナは結月の手を取り、心底安堵した様子で言った。結月は持ち帰った証拠の品を、机の上に並べる。


「これが、ガレスで見た全てです」


 フィオナは書類の切れ端と、腕輪の欠片を、震える手で受け取った。慎重に検分しながら、その表情がみるみる険しくなっていく。


「これだけあれば、王家の評議会に持ち込める。教会がどれだけもみ消そうとしても、証拠がある限り、無視はできない」


「本当ですか」


「ええ。ただ、時間がかかるわ。教会には、評議会にも影響力を持つ者がいる。慎重に進めないと」


 フィオナは証拠を丁寧に保管箱にしまいながら、結月に向き直った。


「ユヅキ、あなたの噂も広まっている。良くも悪くも、ね」


「知っています。市井では、感謝されている、みたいですけど」


「教会の中では、あなたは最も危険な『異物』として、指名手配に近い扱いになっているわ。懸賞金も、日を追うごとに吊り上がっている」


 結月は息を呑んだ。予想はしていたが、実際に数字として突きつけられると、その重みは違う。


「今後、どうすればいいでしょうか」


「表立って動くのは、これまで以上に危険になる。でも――」


 フィオナは真剣な眼差しで続けた。


「あなたを英雄視する声は、教会にとって大きな脅威よ。人々の期待という力を、上手く使えば、教会の腐敗を白日の下に晒す助けになる」


「利用する、ということですか」


「利用というより、味方につける、と言った方が正確かしら。危険は増えるけど、あなたが望むなら」


「ゼルギウスさんは、まだわたしたちを追っているんでしょうか」


 結月が尋ねると、フィオナは慎重な口調で答えた。


「表向きは、そうならざるを得ないでしょうね。ただ、ガレスでの一件を、そのまま報告するかどうかは、彼自身の判断次第だと思うわ」


「わたしたちを見逃してくれたこと、ですか」


「ええ。もし正直に報告すれば、彼自身が疑いの目を向けられる。それでも、報告しないという選択をするなら、それは、彼の中で、何かが変わり始めている証かもしれない」


 結月は、その言葉を、静かに胸に刻んだ。ゼルギウスという人物の内側にある迷いが、少しずつ、輪郭を帯び始めている気がした。


 結月はしばらく黙り込んだ。自分一人の安全を優先するなら、身を隠すのが正しい。だが、あの地下施設に残されたままの子供たちのことを思うと、立ち止まっている暇はなかった。


「やります。この力を、もっと役立てられるなら」


 結月の決意に、フィオナは静かに頷いた。窓の外、王都の空に日が傾き始めている。噂という名の新しい力が、結月の周りで、静かに、しかし確実に、渦を巻き始めていた。


第25話 了


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