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境界の乙女  作者: みぎみみ


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第24話 目覚めのあと

 目を覚ましたとき、結月は見知らぬ木立の下に横たわっていた。


「気がついたか」


 レインの声に、結月はゆっくりと瞼を開けた。視界に映ったのは、朝の光を透かす木々の葉と、心配そうにこちらを覗き込むレインの顔だった。


「わたし……」


「丸一日、眠っていた」


「子供たちは」


 結月が慌てて身を起こそうとすると、レインがそれを制した。


「無事だ。近くの村に預けている。ノアが見張ってくれている」


 結月は詰めていた息を、ゆっくりと吐き出した。全身に鈍い痛みが残っていたが、それ以上に、子供たちが無事だという事実に、深い安堵を覚えた。


「わたしの手……」


 結月は自分の右手を持ち上げ、まじまじと見つめた。倒れる直前、指先が透けて見えた記憶が蘇る。今は、いつも通りの自分の手だった。


「あのとき、少しの間、お前の体が薄くなったように見えた」


 レインの声に、隠しきれない不安が滲んでいた。結月は黙って自分の手を握りしめた。


「ノアも、はっきりとはわからないと言っていた」


 レインは続けた。


「ただ、大きすぎる力を、一気に使おうとしたときに、何か良くないことが起きるのかもしれない、とは言っていた」


 結月の脳裏に、ノアが以前口にした、三百年前のセレイアという先代の乙女の話が、ぼんやりと蘇る。詳しい結末までは、まだ聞かされていない。それでも、あの一瞬の感覚と、無関係だとは思えなかった。


「今回は、どうにか戻った」


 レインは結月の肩に、そっと手を置いた。


「だが、次も同じとは限らない。無理はするな」


「……はい」


 結月は素直に頷いた。だが、心の奥では、あの地下施設で助けきれなかった子供たちのことが、まだ重く残っていた。全員を救い出せたわけではない。あの場に残された証拠と記憶だけが、次の一手の材料だった。


「連れ出せなかった子たちのこと、考えてます」


 結月がぽつりと呟くと、レインは、静かに頷いた。


「わかっている。だが、今回助け出した子たちが、それを教えてくれるかもしれない。誰が、まだあそこに残っているのか」


「証言、ってことですか」


「ああ。子供たちの記憶は、何よりも確かな手がかりになる。無理に聞き出す必要はないが、いずれ、力になってくれるはずだ」


 結月は、その言葉に、わずかな希望を見出した。全員を、今すぐには救えなかった。それでも、繋がる道は、確かに残されている。


「フィオナ様に、連絡しないと」


 結月は懐から通信具を取り出した。握りしめると、手のひらにわずかな温もりが伝わってくる。目を閉じ、フィオナの顔を思い浮かべながら、これまでの出来事を強く念じた。


 しばらくして、通信具がほのかに光を放った。フィオナからの返信の合図だった。


「無事、伝わったみたいです」


「よし。証拠は」


「ここに」


 結月は懐からもう一つ、小さな布包みを取り出した。地下施設で拾い上げた、腕輪の欠片と、儀式の日程が記された書類の切れ端だった。命がけで持ち帰った、動かぬ証拠だ。


「これを持って、王都に戻りましょう」


 結月がそう言ったとき、ふと、ゼルギウスの最後の言葉が頭をよぎった。


「――逃がしてやる。今日のところは、な」


 あの言葉には、何か含みがあった気がする。単に見逃したというよりは、何か別の意図があったような。


「レインさん。ゼルギウスさんは、どうしてわたしたちを見逃したんでしょうか」


 レインはしばらく考え込んだ後、静かに首を振った。


「わからん。だが、あの人が理由もなく手心を加えるとは思えない。何か、俺たちの知らない事情があるのかもしれない」


「事情、ですか」


「あの人は、昔から――何と言うか、教会の教義と、自分の中の何かの間で、揺れているように見えることがあった。今回もそれかもしれない」


 結月はその言葉を、胸の奥に留めた。ゼルギウスという人物が、ただの敵ではないかもしれないという予感が、静かに芽生え始めていた。


 木立の向こうから、ノアが駆け戻ってくる姿が見えた。


「子供たち、みんな落ち着いている。近くの村長が、しばらく面倒を見てくれるそうだ」


「よかった……」


 結月は、胸を撫で下ろした。ノアは、結月の隣に腰を下ろし、少し声を落として続けた。


「一人、年長の子が、他にも囚われている場所があるかもしれないと話していた。詳しいことは、まだ本人も混乱していて聞き出せていないが」


「他の場所、ですか」


「ああ。ガレスだけじゃない、ということかもしれない」


 結月の背筋に、冷たいものが走った。予想はしていたが、実際にその可能性を突きつけられると、事の大きさが、改めて重くのしかかってくる。


「王都に戻ったら、フィオナ様と、その情報も共有しましょう」


「そうだな」


 レインの言葉に、結月は頷いた。


 結月は深く息を吐いた。全ての子供を救えたわけではない。それでも、確かに救えた命がある。その事実を胸に、結月はゆっくりと立ち上がった。


「王都に戻りましょう。この証拠を、無駄にしないために」


 朝日が木立の間から差し込み、結月たちの影を長く地面に伸ばしていた。戦いは、まだ終わっていない。だが、確かな一歩を、また踏み出すことができた。


第24話 了


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