第22話 発覚
足音は、思ったよりも早く近づいてきた。
「隠れる場所は」
結月が小声で尋ねると、レインは周囲を見渡し、柱の陰を指し示した。三人は息を潜め、柱の影に身を寄せる。灯りが通路を横切り、複数の衛士が姿を現した。
「異常なし……いや、待て」
先頭の衛士が、開け放たれたままの檻の一つに目を留めた。腕輪の輝きがわずかに変わっていることに気づいたのだろう。
「誰かが手を加えている! 全員、警戒!」
衛士の声が響き渡ると同時に、天井から鈍い警報音が鳴り響いた。結月は心臓が跳ねるのを感じた。
「隠れていても意味がない、行くぞ」
レインが柱の陰から飛び出し、先頭の衛士を峰打ちで沈めた。結月も続いて姿を現し、残る衛士たちに向き合う。
「境界の乙女……!」
衛士の一人が、驚愕の声を上げた。噂は、思ったよりも広く伝わっているらしい。結月はその呼び名に一瞬たじろいだが、すぐに気を取り直した。
「子供たちを、これ以上苦しめないで」
結月は両手を構え、迫る衛士の足元に薄い膜を張った。足を取られた衛士が体勢を崩す隙に、レインがその一人を制圧する。二人の連携は、これまでの戦いを経て、確実に磨かれていた。
「くそ、本当にいたのか……!」
もう一人の衛士が、剣を抜きながら怯んだ声を上げた。噂の存在が、目の前で実際に力を振るう姿に、明らかな動揺が滲んでいる。結月はその隙を逃さず、相手の得物の軌道に、小さな揺らぎを差し込んだ。剣が空を切り、体勢を崩したところへ、レインの峰打ちが打ち込まれる。
二人がかりで、三人目の衛士も、程なくして地に伏せた。だが、安堵する間もなく、警報を聞きつけたのか、通路の奥からさらに多くの足音が響いてくる。
「数が多い……」
ノアが緊張した声で告げた。結月は檻に囚われたままの子供たちに視線を向けた。まだ半分近くが、腕輪の術式を緩められないままだ。
「全員は連れて出せない。今は、脱出を優先しろ」
レインの言葉に、結月は歯を食いしばった。
「全員助けたいです」
「気持ちはわかる。だが、今ここで全滅すれば、誰も助けられなくなる」
その言葉の重さに、結月は動きを止めた。悔しさを噛み殺しながら、結月は最後にもう一度、力を振り絞った。
「せめて――」
結月は檻全体を覆うように、両手を大きく広げた。個別に緩めるのではなく、施設全体に張られている「吸収の術式」と「子供たちの生命力」の境目そのものに、意識を伸ばす。
これまでにない規模の力の行使だった。全身の血液が逆流するような感覚が走り、視界が一瞬、白く霞んだ。それでも、結月は意識を保ち続けた。
――止まれ。これ以上、奪わせない。
施設全体の魔石が、一斉に鈍い光を明滅させた。腕輪の術式が、ほぼ全ての子供たちの体から、一時的に切り離される。子供たちが、はっとしたように顔を上げた。
「結月!」
レインが叫んだ。結月はふらつきながらも、辛うじて立っていた。額から、玉のような汗が滴り落ちる。
「今のうちに、逃げて……!」
結月が子供たちに向けて叫ぶと、少しずつ、子供たちが檻の中で動き始めた。まだ足元のおぼつかない子は、隣の子が手を引き、支え合うようにして立ち上がっていく。その光景に、結月は胸が締め付けられる思いがした。ここに囚われている間も、子供たちは、互いを気遣い合っていたのだ。
だが、施設の外に通じる道は、増援の衛士たちに塞がれつつある。
「くそ、囲まれた」
レインが舌打ちした。そのとき、通路の奥――増援の先頭に、これまでとは違う、圧倒的な威圧感を纏った人影が現れた。
銀色の髪、純白の外套。ゆっくりと歩みを進めるその姿に、結月は息を呑んだ。
「ゼルギウス……」
「随分と、派手にやってくれたな。継ぎ手の乙女」
民の間では「境界の乙女」と呼ばれるようになっていたが、教会の記録に残る正式な呼び名は、それとは違うらしい。ゼルギウスの声は、静かで、それでいて有無を言わせぬ重みを持っていた。腰の長剣に手をかけながら、彼はまっすぐに結月を見据えた。
「ここで、決着をつけようか」
施設内に満ちる緊張が、一気に張り詰めた。結月は震える足に力を込め、疲弊した体を奮い立たせながら、両手を構え直した。
第22話 了




