第21話 地下保管庫
潜入は、儀式まで四日と迫った夜に決行された。
ノアが把握していた裏道――排水路を経由する経路を使い、結月とレインは塔の地下へと近づいていった。石造りの通路は湿り気を帯び、灯りは最低限しかない。
「ここから先は、警備が本格的になる」
ノアが先導しながら、小声で告げた。結月は懐から通信具を取り出し、握りしめた。フィオナへの合図はまだ早い。まずは確証を掴まなければならない。
通路の突き当たりに、鉄格子の扉があった。レインが慎重に鍵の構造を確かめる。
「魔力式の鍵だ。壊せば警報が鳴る」
「わたしがやります」
結月は鉄格子に手を添え、扉の「施錠されている」状態と「開いている」状態の境目を探った。焦らず、丁寧に。境獣を止めたときのような荒々しさではなく、柱を修繕したときのような繊細さで。
境目に触れた瞬間、結月はわずかに眉をひそめた。この鍵には、通常の錠前とは違う、何か奇妙な感触がある。まるで、内側にもう一枚、見えない膜が張られているような。
「二重になってます……何かが、この鍵の中に隠されてる」
「隠されてる?」
結月は集中を深め、二枚目の境目にも意識を伸ばした。かちり、と重なった二つの音が同時に響き、扉が静かに開いた。
中に踏み込むと、そこは想像していたよりもずっと広い空間だった。天井まで届く柱がいくつも並び、その根元に、鈍く光る魔石が無数に埋め込まれている。そして、部屋の奥――結月は言葉を失った。
簡素な檻のような部屋が並び、その中に、粗末な布をまとった子供たちが座り込んでいる。数は、ざっと見ただけでも二十人は下らない。
「……ひどい」
結月の声が震えた。子供たちは一様に生気を失った様子で、こちらに目を向けることすらしない。中には、腕や首に、複雑な紋様の描かれた腕輪をつけられている子もいた。
「あの腕輪……」
「魔力を吸い上げる術式だ。おそらく、儀式当日まで、少しずつ子供たちの魔力――生命力を、蓄積させている」
ノアの声に、隠しきれない怒りが滲んでいた。結月は檻に近づき、子供たちの顔を、一人一人、確かめるように見渡した。年齢は様々で、幼い子は五歳にも満たないように見える。誰もが、頬がこけ、目の下に暗い影を落としていた。
「ここに、どれくらいの間、閉じ込められてるんでしょうか」
「檻の隅に、傷のような刻み目がある。日数を数えていたのかもしれない」
レインの指摘に、結月は目を凝らした。石の壁に、爪で刻んだような、細い線が幾つも並んでいる。数えるまでもなく、それが、絶望的なほど長い日数を示していることは、明らかだった。
結月は檻に駆け寄り、腕輪に触れようとした。
「待て」
レインがその手を止めた。
「今、無理に外せば、術式が暴走して子供たちが危険にさらされるかもしれない。それに、ここで動けば、儀式そのものが警戒されて延期になる。延期になれば、次にいつ機会が来るかわからない」
「じゃあ、どうするんですか。このまま放っておくなんて」
結月の声に、抑えきれない怒りが混じった。レインは静かに、しかし確かな口調で答える。
「証拠を持ち帰る。フィオナ様を通じて、王家と教会上層部の一部――まだ良識のある者たちに、この事実を突きつける。それが、この子たち全員を確実に救う一番の道だ」
結月は唇を噛んだ。頭では理解できる。だが、目の前で苦しむ子供たちを、今すぐに助け出したいという衝動が、胸の中で暴れていた。
「わたしの力なら、腕輪を壊さずに、術式だけを一時的に緩めることができるかもしれません」
「できるのか」
「試してみます」
結月は檻の隙間から手を伸ばし、一番近くにいた子供の腕輪に、そっと意識を向けた。術式と肉体――吸い取る側と吸い取られる側の境目に、ごくわずかな緩みを作る。無理に外すのではなく、負荷を軽くするように。
子供が、小さく身じろぎした。虚ろだった目に、微かな光が戻る。
「……できた」
「全員は無理か」
「時間がかかります。でも、少しでも楽になれば」
結月は次々と、檻を回りながら同じ処置を施していった。額に汗が滲み、息が上がる。それでも手を止めなかった。
処置を終えた子供たちの中に、小さな女の子が一人、結月の袖を、そっと引いた。
「……おねえちゃん、だれ?」
掠れた声だったが、確かに、意志のある言葉だった。結月は、その子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「助けに来たの。もう少しだけ、待っててね」
女の子は、まだ状況を飲み込めていない様子だったが、こくりと小さく頷いた。結月はその頭を、そっと撫でた。ここにいる全員を、今すぐにでも抱きかかえて連れ出したい。その衝動を、必死に抑え込む。
「レインさん、まだ半分も終わってません」
「わかっている。だが、時間には限りがある」
レインの声にも、これ以上ないほどの焦りが滲んでいた。結月は歯を食いしばり、次の檻へと手を伸ばした。一つ、また一つ。指先の感覚が鈍くなっていくのを感じながらも、結月は手を止めなかった。
半分ほどの子供たちの処置を終えたとき、通路の奥から、複数の足音が近づいてくるのが聞こえた。
「見回りだ」
ノアの声に、結月は身を固くした。レインが剣に手をかけ、結月を庇うように前に立つ。灯りの近づく気配が、確実にこちらへと向かってきていた。
第21話 了




