第19話 同盟
「密輸の件は、わたしも独自に調べていたの」
フィオナは机の引き出しから、分厚い書類の束を取り出した。結月はそれを覗き込みながら、レインも呼ぶべきかと考えたが、フィオナは首を振った。
「あなたの連れの方には悪いけど、まずは二人で話したいの。男性がいると、話しにくいこともあるでしょう」
「はい、大丈夫です」
結月は頷いた。実際、レインは図書館の入り口付近で見張りを続けているはずだ。フィオナは書類を机に広げ、指先で示しながら説明を始めた。
「この二年ほど、王国各地の港や国境沿いの町で、子供の失踪事件が相次いでいるの。孤児院からの『引き取り』という名目で連れ去られるケースが多くて、書類上はすべて合法に見えるように処理されている」
「合法……」
「教会には、貧しい子供を『保護』する権限があるのよ。表向きは、な。実際には、その保護先が――」
フィオナは言葉を切り、結月の目を見た。
「あなたが見た、あの木箱の中身と一致するんじゃないかしら」
結月は拳を握りしめた。あの夜の子供たちの怯えた顔が、まざまざと蘇る。
「その子たちは、どこに運ばれているんですか」
「わからない。だからこそ、調べているの。ただ、ひとつ気になる情報がある」
フィオナは書類の一枚を取り出した。地図らしきものに、いくつかの印がつけられている。
「十日後、王都から東に三日ほどの都市、ガレスで、大規模な『境界儀式』が行われる予定になっている。教会主催の、非公開の儀式よ」
「境界儀式……」
「表向きは、都市の結界を維持するための定期的な儀式。でも、規模がこれまでにないほど大きい。準備のために、大量の魔石と、それに――」
フィオナは言い淀んだ。結月は息を詰めて続きを待った。
「特別な『触媒』が必要だという記録が、教会内部の書類に残っていたの。触媒の詳細は伏せられているけれど、時期的に、子供たちの失踪と重なっているのが気になって」
結月の背筋に、冷たいものが走った。ノアの言っていた「生贄」の噂が、頭をよぎる。
「もし、その儀式に子供たちが使われているとしたら」
「まだ確証はない。でも、可能性は高いと思っている」
フィオナは地図を指し示した。
「ガレスは、王都から比較的近い。もし本当にそこで何かが行われるなら、あなたの力が、真実を暴く鍵になるかもしれない」
結月は地図を見つめながら、ゆっくりと頷いた。
「行きます。真実を確かめないと」
「危険よ。ガレスには聖堂騎士団の分隊が常駐している。それに、儀式当日はゼルギウス卿が直接指揮を執るという噂もある」
その名前に、結月の喉が、小さく鳴った。だが、怯む気持ちよりも、確かめなければならないという意志の方が強かった。
「それでも、行きます」
結月の声に、フィオナはしばらく黙り込んだ後、小さく微笑んだ。
「あなたみたいな人、嫌いじゃないわ」
「フィオナ様は、来てくれないんですか」
「行きたいのは山々だけど、わたしが王都を離れれば、すぐに気づかれる。ここで情報収集を続けて、必要なときに援護するわ」
フィオナは机の引き出しから、小さな懐中時計のようなものを取り出し、結月に手渡した。
「これは、王家の通信術式が組み込まれた道具よ。緊急のときは、これを握って強く念じて。わたしのところに、合図が届くようになっているから」
結月はそれを受け取り、大切に懐にしまった。手のひらに残る、わずかな重みが、心強い支えのように感じられた。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちよ。あなたのおかげで、ようやく手詰まりだった調査が動き出しそう」
フィオナは書類を纏めながら、真剣な表情で結月を見つめた。
「気をつけて。あなたを失うわけにはいかないの。この国の未来のためにも」
その言葉の重みに、結月は改めて、自分が背負い始めているものの大きさを実感した。図書館を出た結月は、待っていたレインに、これまでのやり取りを手短に伝えた。
「ガレス、か」
レインは地図の場所を思い浮かべるように、目を細めた。
「面倒なことになったな」
「でも、行かないと」
「わかっている。準備を整えよう」
王都の空は、夕暮れの色に染まり始めていた。結月は懐にしまった通信術式の道具に、そっと手を添えた。真相へと続く道は、確実に、しかし危険な方向へと開かれ始めていた。
第19話 了




